第28話 二人の魔王の確信
子供のころ憧れた者について覚えている者はいるだろうか。
自分は覚えている。
自慢げでも何でもなくそれはきっと「夢」でそれはきっと「将来」そのものだった。
けれど今はどうでもいい。
だってそれは「妄想」で、だってそれは「想像」でしかないのだから。
けれど人に食べ物が必要なようにヒトには必要なのだ・・・
「夢」が
けれどだからこそ人には必要なのだ、
「現実」が・・
そして目を閉ざし、
そして目を覚ました。
黒いノイズの奔る培養液の中で
□
時は私が培養器の中に入る前に遡る。
「教えることは何もない。」
その慈悲深くけれど真っ当で冷徹な言葉と共に瞬いた、光。それとともに私は意識を失った。
しかし私は起きていた。
気絶させられたのは確かだが中に入る前に「隙間」があった。
目の前にいるのは白髪桃目の美少女。
透き通るような白髪に澄み切った桃と赤の混じったきっかりとした瞳を持つ少女、それが私が知った彼女の情報である。
「少女だよ、なり損ない。」
慈悲深い口調で言葉を話していた目隠しの少女。
他ならない禍根鳥憂喜だった。
野太い声だし見た目も随分と違う・・
ん、ここまで
「ここまでだったなんんて。驚きだな。」
そう感嘆の声が漏れたこの目のきっかり具合、通った鼻筋、純白の肌。
そして白い髪と桃と赤の混じった瞳、客観的にわかるだけでもこんなに美人だ。
目隠しだけでも人間離れした様子だったけれどこんなに人間離れしていたなんて。
「そこまで褒められるとは思わなんだ。」
「貴方が意外と美人だからだよ。処刑対象の元色欲の魔女の代理。」
そう品定めするようにけれど褒めるニュアンスで確かに言った。
言っておくが私は感性が独特な「奇特」な人ではない。
ならばこそ彼女を意識することなどないのだが本当に結構な面構えだ。
「バーコレ」にも出演できそうだ、知らんけど。
「バージョンコレクション、か世界規模のファッションショーにも出れると言うとは。そこまで褒める必要はないと思うのだが。しかし君は自分を見た方がいい。」
そう奇妙かつ特異的な言葉で諭された私は自身を顧みる。
白い肌、細長い足と腕とそして手指。
して・・大きなけれど髪に掛かった乳房。
"いつの間にか裸になっている"
それに思考が止まっていれば黒布目隠しの少女は慈悲深くこう言ったのだ。
「今から君に「死」の魔力を与える。ところで」
ぎゅっと握り潰されるように乳房が片手で揉みこみながら・・
他人事かつ痛みや快楽を感じずらいとはいえ、髪が掛かっているとはいえ乳房は乳房、体の一部である
しこりがある故かとても・・
キっと睨めば白髪桃目の少女は慈悲深く笑みいきなりこう告げる。
「・・・・君の目的はなんだ。」
■
目的は何か。
そう問われた、誰だって決めることに手間取るそれについては既に決まっていた。
私の目的は決まっているのだ。
真相を知ることでもない、記憶を取り戻すことでもない。
私は既に真相への興味を失いそして記憶を実感は無いとは言え思い出しているからだ。
ならばどうするか、何を目的にするか。
・・・応えなど決まっている。
くちゅくちゅと音が聞こえる。
呼吸が乱れる、体が少しだけ揺れる、
目が意識せずとも開いていき焦点を失いかけ、けれどキッと目の前の少女を睨み意識諸共取り戻す。
聞えるのは自身の口腔、触れているのは他ならない白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女・・ではない。白髪桃目の美少女、禍根鳥憂喜である。
裸になっていたのは彼女が原因らしいというのは行為の前に気付いたことだった。
犯されている。
ただそう実感できるのはほんの少し”感じている”からかそこまで彼女の指が濡れ切っていないからか。口の中から鳴る水音はきっとさっき私が全身を指で蹂躙された時のもので狂い切れないのはきっと何かを頭の考えているからか。
「・・・・・・なんで喋んないの?」
そう口ごもりながらもただただ問うように告げるのは私だ。
白髪桃目の少女は何も話さなかった。
例えば「興奮してきたか」
例えば「感じてきたか」だとか、
彼女らしいあるいはらしくない言葉は何も。
ただ指で私の大事なところを犯しただけだった。
時たま唇を開かされ舌を上下左右に弄んでも、舌は入れなかった。
何かを恐れているような、あるいは慈しんでいるようなどこか人間らしくしかし彼女らしい行為の内容に”何か”を感じて入れば。
口腔に挿入された指、そこに冷たい「死」を感じた。
「・・・何・・これ。」
もごもごとけれどそのまま恐れを持って確かに発音した。
恐れ、まるで性器に「死」を挿入されたような恐怖を感じた
服を着た白髪桃目の彼女はしかし耳元に顔を近づけそして慈悲深く笑ったあと歯を見せつけるように口元を歪め首元に噛みつく。
かぷりと冷たい歯の感覚「死」の入ってくる感覚の後、私の視界は暗くなった。
・・・そしてブロックノイズの奔る培養液の中、私はただ目を覚ました。
「死」の魔力を与えられたのだ、禍根鳥憂喜に、
そう実感し私は笑った。
目的通りなのだ
目論見通りだったのだ、彼女の行動のほぼ全てが。
意識を失う所まで全て
・・ともかく私は目的を達成した
自身の目的を秘したままに
■
灰色の天井。
そこに在ったのは退屈で下らないそれだった。
大したことは無い自分は眠らされたのだと理解していた。
自身に「理由」が在ることも。
言い訳がましいかも知れないがだけれどこの事だけはやはり納得出来ない。
「お前の前には美人がいるのだ何か言う事は?」と友達でもない奴に問われて怒れない人はきっと精神に失調をきたしている人だと考えられる。
まるっきり話にならないのだ。
こんな事が現実にあるだなんて・・という事でもない。
鈴、最強の魔女であり暴食の魔女の代理でもあり「魔王」でもある彼女が在る種厚顔なのはいつもの事なのだ。・・・あの家系には何か問題があるらしい。いいや彼女だけだった問題があるのは。
そう考えていればふと気になったここはどこなのか。
灰色の天井、灰色の床、白い家具々どこでどう見ても「研究塔」の建物である。
しかしここではない。
何せ匂いが違うのだ。
アルコール液の匂い、鼻につんとつくその匂いはどう考えても「病塔」のもの。
しかも怪我人の多い一般的なそれである。
少なくとも「一つ目の地獄」の巣窟の一つでははないのだ
ならばここの場所にも理解は出来る。
ここは・・・
「ここは「研究塔」の人体実験室だ。口だけではなく無くな」
チリンと鈴の音が鳴る中黒い少女は冷淡に告げた。
そういつの間にか、あるいは気配を消していたようにいたのだ。
黒い少女の一人、鈴が。
最強の魔女であり「魔王」である鈴が、そうただ立って喋っていたのだ。
■
「研究塔」には多くの部屋がある。
まるで少ないように思える白の摩天楼には当然のように部屋が有るのだ、たくさん。
ろくでもある目的に、ろくでもない目的、
対外的に見ればそれは両全だった。
何か目的があるのだ、それも如何わしい目的が、疑わしい理由の為に。
そしてここは「人体実験室」であると言った。
これはつまり知った通りだろう。
ならば聞くしかない。
「ここは本当に人体実験室なんじゃな。」
「その通りだ、クリミナそしてここにはこの娘もいる。口だけでは無くな。」
冷淡かつ機械的そして突き放すような鈴の声に灰色の天井からクリミナ自身は目を逸らす。
横に完全に目を向ければそこには金のモノクル、団子にした水色がかった髪、紅の瞳の熱血美少女がいた。
金色の三重三角イヤリングがきらりと輝くのか人間性が不思議に輝いているのか分からない程の少女だ。
不思議な形の縦向き専用フォルダー、改め棺型の専用フォルダーを首に掛けた同性にも美少女と分かる美少女。
ここまで来ると、あのなり損ないや、モノクルの少女の横にいる「魔王」を思い出すがだけれど今は思考を中断した。
嫌な事まで思い出す所だった、少なくとも思考すらしたくない事である。
「全くもって嘆かわしいという面だな、クリミナ。だがそれでは話が進まん。口だけでは無くな。」
「話を纏めるなよ、”口だけ”お主が何もしないのは甚だ理解に苦しむようでわしは苦しんでおらん。これから貴様を殴ってもよいのだがな。」
凶暴で粗暴しかし素朴なクリミナの言葉にしかし鈴は答えない、ただ相手にされなかったのだ。
鈴、彼女という存在は「魔王」という称号含めて謎に包まれている。
彼女自身の事も含めて
暴食の魔女の代理という立場を含めて
蝕指家の事も含めて
もっとも既に蝕指家は最大戦力である鈴という「魔王」を諸事情あって勘当している為にもう彼女を間接的にも制限することは出来ない。
彼女の行動には「計画」以外理由が無い、否付けられていないというのが今の「賢人会」含めた現在首脳部の解釈である。
もしかしたら「魔女」がらみの話に成るであろうこの話はけれど、どうなるかは彼女の一存で決まるとはよく聞く話であった。
そう目の前にいるチリンという鈴の音と共に現れる「魔王」の一存で
「最もそこまで自由という訳ではないのだがな私とて従う者がある、口だけでは無くな。」
「「計画」か、わしらの第一義たるそれはしかしどうあってもお主はかかせまい。お主は噂されてばかりじゃからな、だが・・」
平坦にけれど安静に告げけれど言葉の後クリミナは鈴の顔にスっと目をやった。
魔王足る鈴の行動には「計画」に関すること以外目的は無い。
100年以上続く彼女の称号はしかし意義も今は失って久しいという。
彼のなり損ないと関係があるというのが最近の噂だ。
「外勤」という”世界を守る戦い”を担当する暴食の魔女の代理はけれどどうあってもそれについて明かそうとしない。
何故なのか。
知る者はいないが皆、噂をするばかりで真実には触れようともしない。
臆病者、そう思われていても仕方がないなと当人の一人たるクリミナは考えていた。
だからこそ続く誹るような、嘲るような言葉を期待していればしかし応えられる。
「臆病者とは言うまい。お前のことに関しては。少なくともな。」
「そうか」
そう聞こえない程の声で明瞭に言えば口を紡ぐクリミナである。
この先はしかし聞く価値が無いのだ、そう知っていた
何故なら・・
「きっとお前は私が殺そう、口だけではなくな。」
そうクリミナはもうこの言葉を知っているのだ、
飽きる程。
何故か晴香が声を発していないことすら疑問に覚えずにそう感じた。
■
「お主、何故横から何も言わなかった。」
晴香の顔を見て責めるように目を向けながらクリミナはそう言った。
言うのは自分ことクリミナである。
晴香に質問した理由については正直に言おう
晴香、彼女は先程の問いに横から茶化してくるあるいは大声を発すると感じていた。
要するにウザい人である、しかもとっびきりにとてもウザい奴である。
繰り返そう
ウザい奴「そこまで言う必要無いぞ!!傲慢の副代理!!!」
そう耳元で晴香が言葉を大音量で放った。
それは余りにも大声で突風が吹きそうな程にである。
本当にうるさい、このピアス女は何をしているのか。
「シアというなり損ないとて貴方がこうも聞き分けの無い者だとは思わないだろう!!全くもって嘆かわしい!!」
「奴の名を出すなよ煩わしい。そのような事をいつまでも述べているのならばどうあってもこれ以上この場所では話せないな。」
苛み捲し立てるような晴香の言葉に肩を竦ませ平気な顔でしかしクリミナは笑った。
自分達はまだ「研究塔」にいる。
人体実験室その中だ。
「魔王」はここに居ない、先程の言葉のあと扉の向こうに消えている。
残された自分達は話をしていたのだ、そう他ならない「先程の事」について
「「きっとお前は私が殺そう、口だけではなくな。」・・か自身を犠牲にしてでも幸せを築けるのか・・・疑問じゃな。」
「全くもって嘆かわしい!!かような疑問に囚われるとは傲慢の副代理の名が泣くな!!それでも魔女の代理の右腕か!!」
「傲慢の魔女の代理は彼らの中でも最弱じゃがな。」という淡々とした言葉にしかし晴香は「ん」と口を紡いだのをクリミナは見た。
それに少し苛立たしく思いながらもクリミナは少し回顧した。
何度も聞いたはずの傲慢の魔女の代理に対する罵倒に他人事のような感想を覚えた事では無い。
晴香を見れば先程の珍妙な沈黙が無かっかのように団子の一部になれなかった片方の横髪をくるりと指に巻きつけたあとパっと払っていた
気にしていないのだ全く彼女は、
腹立たしいそうクリミナは感じながらも自分自身に言うようにこう答えた。
「何、瞬間的には彼が最強であろう!彼の方が「魔王」に相応しいという言葉も暴食殿の統治する七罪都市ですらよく聞く!!」
「それらは奴の脅威を知らんものじゃろう。一回殺されかけてみればわかるものを。」
その殺伐とした剣呑な言葉を話しつつ少し理由を思い返すクリミナであった。
禍根鳥憂喜、彼女の指示と「力」の被害者の巣窟にして亡骸の一つたる「一つ目の地獄」であった「病塔」。
「自治区」にいた者でさえいたその場所には一見人気が無いように思える魔王たる鈴にも人気があった。
鏡の世界を裏切った19号という”旗持ち”副隊長ですら写真をせがんでいたのだからさもありなんである。
しかもクリミナ走っていた
話していた時は輪のように囲んで一言も囁き声を話さなかった魔女が話し合いの後は山のように輪を崩し「魔王」の前にファンが押し寄せていたことを。
・・・最も傲慢の魔女の代理はその程度ではないようだがしかし肝要なのは人気などではないのだ。
倫理感の欠如した彼ら「紛れ人」や腐りきった「賢人会」にも対抗する為にも・・とそう思うクリミナの耳に力強くある晴香の声が響く。
「強さが必要だとでも!確かに彼女は名実共に「最強」だが賢人会の傀儡だぞ!!」
「・・・全くもってその通りじゃな。煩わしい。」
「そうも言える。だが何の支障も無い、口だけでは無くな。」
冷淡で冷血、機械そのものような女の声がただ聞こえた。
女、女の声である、
その涼やかな声はどこか聞き覚えがある者であった。
だからこそ視線をその言葉の先、つまりは扉の奥にクリミナは向けた。
殆ど反射的に
そしてチリンという鈴の音に扉の奥、
その先を見つめれば吸い込まれるような髪と瞳の少女、鈴が唐突に風のように、いた。
■
"己の魂の一部を糧にしそして「魔女の血」を媒介にして、魔力を集め、力を扱うのが魔女だとすれば、なり損ないは、「魔女の血」を魂の一部として全て取り込み己の魂のほとんどを燃やして魔力に変え、更にその力で周囲から魔力を奪い、成長する"
その言葉は鏡の世界の小学生が知っている程一般的で常識的な言葉である。
出自に所以があるクリミナでさえ知っている言葉はしかし本当の意味がある。
己の魂の一部を糧に
この言葉の「糧」というものに特殊さがあるのだ。
魔力の収集と生成そして合成、それこそが魔力が「魔女の血」によって練られる過程である。
しかしこの過程には一つ足りない物があった。
それこそが最初の段階。
己の魂の一部を糧にする、段階である。
魔法使いと魔女の"心髄"はここにある。
つまりは意識の一端たる欲望の力で強くなるのだ。
これこそが欲望を元にした魔力の生産である。
欲望を元にした力は制限はある物の際限はない。
つまりは心の燃料化である。
心の、魂の力を糧に魔力を作り出す。
これこそが魔力の生産の仕組みそのものだったのだ。
魔女となり損ない
二人の者が受けるのはそれである。
つまりは魔力の生産の強化。
所謂、精神的あるいは物理的な「進化」だ。
なり損ないは「死」に浸かり
魔女は「何か」そのものとなる。
・・「計画」の通りに
再び地獄が始まる。
5度目の地獄が
そう実験台に貼り付けにされた幼女を見ながら、
そう「死」の培養液満たす少女を見ながら、
二人の「魔王」は確信していた。




