第20話 代表会議
星持ちの間
その場所は星瞬く場である。
空を覆い尽くす星々は二等星の周りを回る
北を報せるその星はまるで宇宙の中心を示すように、あるいは丸い花弁の柱頭のように
堂々と
憎らしい程どっしりと鎮座していた
「・・・・・・」
その下で沈黙しながら女は待っていた。
風が髪に靡き草花の香りが鼻を劈く星空の下、草原と丘のただ中に女は居た。
横にいるのは個性豊かな同僚、魔女の代理、五人だ。
しかしその場には六人の魔女の代理しか居はしなかったのだ。
端的に言えばある者が欠けていた。
「色欲の魔女の代理」禍根鳥憂喜、赤子殺し
白髪を二つに結び左右非対称な黒布の目隠しをした少女、
野太い声の彼女が、悪名高い彼女がこの場にいなかった。
それが示すのは・・・
「裏切り者め。」
厳かで涼やかな女の声が星持ちの間を満たす。
女の名前は鈴、ただの鈴だ。
苗字は無い、既にそんなものは初めから無くなったも同然となっている。
吸い込まれるような髪と瞳の少女はバッサリと切られたような髪をぎゅっと握る。
先程まで手慰みに髪を弄んでいる程退屈であった鈴は、しかし裏切り者への怒りに気を悪くする。
「・・・・・・・」
そして国際議連、百名を超える彼らとてこの場に召集されているというのにこの場所に現れない彼らにも気分を悪くした鈴である。
座りながらも
最も椅子に座っているのは魔女の代理や含め全員である。
そこには国際議連の姿もあった。
代表者しか必要の無い彼らとて100を超える席を独占しているのだ。
どれだけ、魔女に重要かつ致命的な事が起こったのか、
誰も何も言わなかった。
少なくとも、魔女の代理は
けれど現れた、
星々が
「気配」と共に
「よく来た、魔女の代理達よ。」
そう機械的に彼らの一人はそう言った事を鈴は認識した。
・・・おどろおどろしい、邪悪な気配
禍々しい悪魔のような気配
それらを垂れ流す、魔素と同じ紫がかった黒色の逆さ五芒星が在った。
ブウンという電子音と共に姿を現した彼らの中の一人はこう続けた
魔女の代理の前で、国際議連の前で、他の賢人会の前で
紫がかった黒い菱形に浮かぶvoice onlyの文字と冷たい三桁の数字、それらを持つ彼らは無い目を以て彼らを見つめる。微かなノイズの後、空間に
「これより「代表会議」を始める。」
声が響いた
■
「以上のことより我々の目的は決した。」
機械的な001の声にその場にいる全ての者が彼らを見上げる
賢人会の実質的な長を務める彼は厳かに言葉にした。
その意味を鈴は考える、この言葉の意味はこれで既に議論は決したという意味なのか、それとも何か別の意味があるのか
「「魔女」は預言書にてこう言われている。悪行には報いが罪には「死」が報酬として支払われると。故にこそ彼女の、禍根鳥憂喜の末路は既に定まっている。」
「「死」であると言えましょう。」
「故に失踪していた彼女、禍根鳥憂喜を魔女の代理から罷免し他の者、19号、プネウマ、そして予言の魔女同様『処刑対象』に断定する」
他人事のような感情の籠っていない賢人会の者達の言葉に対する機械的ながら断定的な001の返答に他の者達が同意する。
その中には他の賢人会も、国際議連も含まれていた、ましてや魔女の代理の大半でさえ、鈴でさえ
賢人会の一人、003の言葉、彼の「死」への同意こそがこの場にいるものの総意なのだ。
禍根鳥憂喜は嫌われている。
それは鏡の世界に住む魔女にとっての一つの常識だった
白髪を二つに結び左右非対称の目隠しをした少女、この世界でも類を見ない見た目と性格の彼女は、どろりとした気配にとんでもない美貌を持つと噂の彼女は
無論だが多くの者に好かれる彼女はけれど好かれない。
始めは好かれても最終的には誰にも好かれず、嫌われ、忌まれる。
それが彼女であった。
故に鈴でさえ、この鏡の世界においてイレギュラーの塊のような「魔王」でさえ
彼女をうっすら、嫌っているのだ。その躊躇の無さと言動の支離滅裂さ故に、行動の矛盾故に。
しかし一人だけ、一人だけそれに異を唱えるものがいた。
「その結論、世は異を唱える。」
そう静かな声で、けれど彼は異を唱えた
「世こそが、異を唱える。」
「傲慢の魔女の代理」明星葵は異を唱えた
■
「世こそが、異を唱える。」
その言葉を発したのは明星葵、傲慢の魔女の代理であった。
黄金の髪と瞳、十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年
傲岸不遜、天上天下唯我独尊を地でいく彼は魔女の代理達の中でも随一の「我」の強さを持つものだった。
まるで自身が世界そのものと言わんばかりの傲岸さは、独自のものであり大罪の魔女、「傲慢の魔女」の代行の証であると言えるものなのだ。
本来は上手く作用しないのだが
今回は少しづつけれど確かに作用した。
「・・世こそが異を唱える!」
・・・筈だった。
けれどそうはならなかった
堂々と言葉を発したのは葵である。
しかし問題があった。
問題としては単純に人望が無い故・・・・ではない
「傲慢の魔女の代理、貴様にリーダーとしての素質があるのは知っている、人の上に立つ素質もな・・」
「だが、今貴様の意見には異を唱えるものしか居ないようだが。001殿」
当たり前のように告げた葵の言葉はしかし正しい。
賢人会。彼らは権力者である。
老獪な賢人達、世界最大の腐敗と堕落の元凶、そう呼ばれる彼らではあるが「世界最高権力者」なのだ。
いくら「魔女」の代行とは言えどその権力は途轍もない差がある。
例えば国際議連や魔女の代理の罷免権利などの絶大な権利と権限を持つのだ
「ああ、無論だ、だからこそ言っているのだ。」
しかし葵は耳を貸さない
「何故、居住いを正さない。貴様は今、窮地に立っているのだぞ。」
機械的で非人間的な007の言葉にもしかし彼は耳を貸さなかった葵である。
一度でも無視すれば首が飛ぶと噂される賢人会の者の言葉を葵は無視した、しかも二度も。
「断頭確定だな、処刑台は何処にする。」と哀れに思いながらも鈴は小さく言葉にした。
「ああ、無論だ、だからなんだ。」
けれど憐れみからの言葉を聞かず当の本人である鈴にも目を向けない葵である。
加えて開き直りむしろ更に言葉を返す始末である。
傲岸かつ傲慢な言葉はけれどある者の笑いを呼び起こした
「ふふ、変な奴だ。」
鈴である、他ならない葵を嫌っていた筈の。
所で「外勤」によって殆どこの場所を開けていた彼女にとって彼との再会は久方ぶりである。
裁判を含めても最近は会う機会が少なかった。
しかしいつもと変わらない傲岸かつ傲慢なその態度は鈴には懐かしく思えて仕方が無かった。
だからこそ口添える
「しかし不思議ではありませんか、賢人会の皆様、国際議連の皆々様。」
「・・・・・・」
「何故、禍根鳥憂喜が死なないのか。」
沈黙が支配する中鈴がそう告げれば
・・・一陣の風がフっと草原と丘、
そして星空の間を駆け抜け通り抜けた
■
「皮肉は止してください。魔女を、鏡の世界を裏切った者の末路は「死」である。「魔女」との「契約」の破棄を意味するのだから当然起こる事象でしょう、しかし奴は・・・・・」
「死ななかった。」
「議連」の代表者の言葉に001は賢人会の実質的な長は頷かずに言葉で肯定した。
皮肉を指摘し、禍根鳥に言及した008も同様である。
けれど鈴は知っていた
禍根鳥に「契約」が意味をなさないことを
鈴は知っていた
禍根鳥が裏切ることを
そして目を開ければそこにいた少女が白髪黒目隠しの少女禍根鳥が、一時的に失踪していた彼女が、何故だれもそれについて触れられないのか、話さないのか
どころか話題に上げようとすらされなかったのか
しかし鈴は知っていた
禍根鳥が裏切ることを
微かな「小細工」とともに
けれど止めはしなかった、何故なら全ては
「計画通りであり「予言」の通りだ、全て、全てな。」
機械的ながら001が毅然と言葉にした、
そして他の賢人会もそれに気づき態度を改める
その場にいる者は知っていた
態度の理由を知らなくとも知っていたのだ。
その言葉の意味を、態度の不暁さを
「計画」の絶対性を
「せいぜい励み給え、「犬」達よ・・「処刑対象」に一時的に失踪していた色欲の魔女の代理を入れるかどうかは、君達次第だ。」
その機械的ながら001の言葉に何故かある”頼りがい”に、眉を顰める者、首をただ傾げる者
顎に手を当て思考する者と様々いた、しかし彼らは知っていた。
これは彼ら、賢人会なりの激励なのだと、正確には001、「賢人会代表」なりの
だが女は鈴はそして、
少年、井伊波乃瑠夏は聞き逃さなかった。
ある言葉を、
どこか言い聞かせるような言葉を
「”人類の平和の為に”」
「「人類の平和の為に」」
その言葉による確かな「しこり」と共に、
星持ちの間の扉は
今、閉じられた。
中に星々と草原、丘を残して
そうして紫がかった黒、その線で縁取られた菱の星を八つ残して、
閉じられた。
■
音が聞こえる
靴の鳴る音が、獣の足音が
音が聞こえる
怒り震える音が、泣き叫ぶ音が、憎しみに歯をぎりぎりと噛み締める音が、火に包まれる音が、血と肉と骨の焼ける音が、食い殺される音が、人が事切れ死ぬ音が。
魔女蔓延り魔法使い跋扈する世界の中で、人間の、彼らのあるいは彼女らの、
音が聞こえた。
その中を少女は歩む、歩みながら思い出していた。
白髪を二つに結び左右非対称な黒布の目隠しをした少女、禍根鳥憂喜を彼女らしい野太い声を、思い出していた。
『貴様に対する命令はただ一つだ。想像と違うだろうが、ぜひとも従って欲しい、その命令とは。ただ聞き見ることだ。ただ世界を感じていなさい。』
その言葉を思い出していた。
泣き声が腕の中から聞こえる。
「おい、おいおい、この子泣いちゃってるじゃねーか!ちょっと待ってろ今、泣き止ませるからな!!」
その喧しい声を少女は、19号は聞いていた。
見てもいたとも思う。
目を開いていたのだその声に
穴の空いた空の中、晴れ渡った空の中、
腕の中の赤子、赤紐の赤子を
ただじっと見つめながら横で赤子をあやすバフォメット、プネウマを目の端に捉えながら
腕をゆすゆすとすれば
プネウマの「あやし」が聞いたのか、19号の「揺らし」が聞いたのか赤紐の赤子が笑った。
その花が咲いたような笑みにしかし19号は笑わない、表情の一つすら変えはしなかった。
なにせ19号に下された命令は「見て聞く」ことであり「笑うこと」ではないのだ。
名前すら持たない彼女にとって、剥奪された彼女にとって
命令とは絶対、命令とは命そのものの価値を持つものだったのだ。
例え体を、命自体を捧げることであっても、19号は寸分の躊躇いもしないだろう。
それ程の覚悟もまた、彼女の中にはあった。
そんな彼女を知っているのか知らないのかプネウマは赤紐の赤子に突きっきりであやしている最中であった。
そしてそれを見つめる者もまたいたのだ、
それは住民である。
魔女でもなく魔法使いでもない、ただの人間の住民。
所謂「紛れ人」であった。
彼らは今、見ていた。
憎らしい者を見る様な目で、悍まし気に唇をいびつに歪めながら
怒りと憎悪、微かな嫉妬と羨望をない交ぜにした表情をしながら、顔をしながら、見ていた。
「紛れ人」とは偶然鏡の世界に引き込まれた者の事である。
魔女の血に見初められることもなく、行く当てもない彼らはある場所に「自治区」を築き狭い世界の中で暮らしていた。
貴族と呼ばれる者達のみ入ることの許されるこの「自治区」は多くの者が闇を瞳に宿しながらそれでも希望をもって生きてきた。
体を売る者、日雇い労働で食い繋ぐ者、魔女を襲い、その身ぐるみを剥いで彼女らの杖と服そして「花」、そして魔女達そのものを売る者の蔓延るこの場所は多くの魔女やひいては魔法使いからでさえ忌避され、敬遠されてきた、忌まわしい場所だった。
魔女の代理の権威すら届かないこの場所にはけれど多くの手練れがいたのだ。
少なくとも魔女の代理に匹敵すると言われる程の戦力を築きあげていた「自警団」。それを抱えるこの場所はしかし、滅ぼされた。
色欲の魔女の代理
禍根鳥憂喜ただ一人に
多くの者が武器を取った。
赤子の笑い声が町をどころか「自治区」を包んだその時から
空が再び晴れ渡ったその時から
手を取り合い、犬猿の仲の者でさえお互いに矛を収め、新な敵に剣を向けたのだ。
けれどもこの有様である。
この街は滅ぼされた、ただの一発の魔法でもない「魔術」によって、
程度の低い魔法、それ程の神秘のみによってこの街は滅ばされたのだ。
この街は栄えていた。
どれだけ腐り果てていようと
どれだけ非行や暴行が横行していようと。
そこには「生活」があり「日常」があったのだ
しかし、力は力に捻じ伏せられるのだ、より強い力に。
・・・・・焼き尽くされた街を我がもの顔で歩く魔物と魔女を彼らは受け入れるしかなかった。
その大群を多くの者が見逃さざるを得なかったのだ
弱肉強食こそが、他ならないこの街のルールだったのだから。
それを元に栄え、それを元に罪を重ねたのだから、
・・・最も抵抗する力すら失われた今でも彼らは睨み続けていた、敵を、魔物と魔女を、そして他ならない赤紐の赤子そして19号とシアを、他ならない禍根鳥を
それをただ聞き見つめる19号の十字の瞳孔は動揺に同情にも揺れず、ただじっと見つめていたのだ
地獄を
■
「色欲の魔女の代理、禍根鳥憂喜の魔術によって「自治区」が陥落しました!!」
「・・・・・・」
その焦りに焦った高官の魔女の言葉を受け取るのは、六人の魔女の代理、そして百名以上の議員を抱える国際議連だった。
彼らは今、居た。
遺灰城の地下、そこに在る会議室に、
その報告に、多くの者が押し黙る。
魔女の代理
彼らは知っていた、
それが一つの町を滅ぼし得ることを
それが一つの国をも転覆し得ることを
・・しかし
「ここまでとは。」
国際議連の一人、彼のある言葉に又しても沈黙が支配する。
そうそれこそがこの場にいる者ほぼ全ての総意であった。
魔女の代理はここ100年、戦いの機会を得ていなかった。
得たとしても彼らの主たる戦場は、フェイラー戦線は遺灰城や七罪都市などの都市国家の「外」である為に衆人は彼らの実力を噂でしか知らなかったのだ。
それは当然、国際議連のような世界最大の権力機関に所属する「議員」であっても同じであった。
だからこそ、この沈黙である。
多くの者が期待し、多くの者が願った彼らの活躍は、そして他ならない実力の証明は、
こうして成されたのだ、一つの街の滅びとして
彼らは予想も想像も超えた世界を目の当たりにして、ただ言葉を失ったのだ。禍根鳥を『処刑対象』にという言葉すら浮かばずに
明日への希望を失う程
けれどこの場で動じない者達がいた。
「落ち着け、この場には世達がおろう。」
明星葵や他の彼ら、
そう魔女の代理である。
大罪の魔女の代行である彼らとてこの「業」には既に届いているのだ。
千年をも超える彼らの魔女の血は告げていた。
「この戦い勝つぞ!!勝って裏切り者を、禍根鳥憂喜の首を城前に晒すのだ!!!」
そう勝利を
けれど現実はそう上手くはいかない。
人々はどうしても疑ってしまうものなのだ。
「何故、ここまでの力を前にそう言えるのですか。」
国際議連の代表その一人が冷ややかにそう告げた。
顔すら上げない、人の顔すら見ないその抗議はしかし示していた。
そう人の力を人はある種、疑わなければ生きていけないのだろうと言ったのは誰だったか
人が何を信じ、何を疑うかは人々の自由であり、それを無体に変えようとするのではなくそのまま「受け入れるべきだ」と言ったのは誰だったか
ともかく人は人を早々信じられないのだ、「貴方が彼女を処刑対象から外させようとしていたのでは?」
という言葉と共にだからこその言葉に彼は、「傲慢の魔女の代理」、明星葵はこう言ったのだ。
「無論私とて奴を助けたい。
だが、いいやだからこそなのだ!
恐れても良い、目を覆っても良い、だが逃げてはならぬ!逃げてはならぬのだ!!
なにせそれは多くの者の死のみならず己の「死」を意味するのだから。
死、これは肉体の死のみならず精神の引いては魂の「死」をも意味する。
死にたくなければ、足を向けろ!死にたくなければ耳を塞ぐな!!それが!それこそが「死」を退ける手段である!!!」
「故に我らは奴を殺すのだ!!例え思い移ろおうと、「旧知の者」を『処刑対象』として手に掛ける事になろうとも!!!」
「”人類の平和の為に”!!!!」
その強烈かつ熱烈な言葉に、国際議連を含めた多くのものが顔を上げた。
目を見開く者、
耳から手を離す者、
そして心を奮い立たせる者、
その気が、「勇気」がそれがバっと広がり慈しみのようにそして他ならない希望のように包み込んだ。
「そうだ、そうだよ!「俺達がやるんだ「ワタシ達が!!」
多くなる声に、大きくなる望みに人々が、国際議連の一人が少しだけ顔を上げる。
そうそこには在った
「素晴らしいぞ、貴様ら。」
望みと願いそのものが、希望そのものが。
それを以て彼らは国際議連の代表の一人、国際議連代理たる彼はは言葉にした。
まるで別人のように冷ややかな冷笑の瞳を希望の眼に変えて
「彼らに立ち向かいます!!手を、手を貸してください!!!」
未来への言葉を、
明日への「道」を切りひらく為に静かに沈黙する国際議連の代表する達、と
それがそれこそが・・・更なる地獄の「道」とも知らずに
・・・十字の瞳孔が闇の中またきらりと煌めいた
そしてシア達同様に色欲の魔女の代理は罷免、『処刑対象』と成った。




