第20話 二度目の復活
笑みというものには種類がある。
喜びの笑み、悲しみの笑み、怒りの笑み、そしてない交ぜの笑み。
小説や、ドラマ、あるいは現実の中の虚構にしか聞かないその言葉は実在する。
魔術や魔法のみならず、軌跡や神秘のみならず、秘跡としてのみでもなく
奇跡として、
黄金の霊子舞う中、
穴の空いた空と抉れた大地を足蹴にして
唇の前で人差し指を置きながら、目を閉じながらけれどシアは笑んだ。
その笑みは悪戯気なただの少女のものだった。
そのものだったと言っていい。
心が壊れていたわけではない。
この状況で、力に目覚め行使した現状で
有利となったこの環境で、彼女は何もかもを仕組んでいたように笑ったのだ。
まるで悪戯の答え合わせをする無垢な子供のように。
その幼くも拙い感情表現は、その場にいる幼女にはこう映った。
「憐れじゃな、お主。」
「・・・・・・・・・・」
そう憐憫の対象として
しかし、シアとてそれに耳を傾ける程、人が出来てもいない。
傷つく猶予はしかし、彼女は持っていない。必要ともしていないのだ。
そう目の前に立つ少女はただ目を閉じ笑むだけである
そうしてシアは目を開いた。
そこには赤い、朱い目がただあった。
腰の後ろに回していた杖を霊子へと還した。
いつの間にか後ろに回した手刀、杖そのものの機能こそが霊子に変わる様を見届けた後、彼女はそれ、手刀に纏われていた霊子、解消杖の残骸に目を向けもせずに既に識っているように幼女の言葉に耳を傾ける
「いくら模倣を重ねようと子供のような笑みを浮かべようと、無駄じゃよ。お主の死は変わらん。」
「・・なら、殺してみなよクリミナ。」
「語るまでもない。」
静かに告げれば幼女が目蓋を閉じる。
翠の瞳を閉ざせば、矮躯に魔力が集まってゆく。その膨大な力は、その奔流は
拘束されたその体に骨髄に至るまで染み渡る筈だった。
そして彼女は集め出した。
自身の力を起動して
自身に命令する
「「霊子よ、我が元へ!」」
「・・・・・・・」
「・・お、やばそうだな。持ち直されるぞ。「拘束」解除の最低条件がなんなのか、覚えているよな。」
軽薄にも与えるプネウマの言葉にしかしシアは思い出す。
命令
言霊を利用した「命令」というシステムを用い魔術を行使する。
仕組みは簡単で起こしたいと願う事象を命令し「契約」するシステムだ。
それは二つに分けられる。
協調法
多くの概念を内包する言葉はそれそのものが船のようなものである。という言葉が自然と人に染み渡るようにこれらは言葉通りの言の葉、なにかを乗せる葉であり船である。
それを全て示し、魂を全て込め解き放つ、その方法こそが協調であるのだ。
言葉の境を、「「」」、この境界を強調し協調し合う奇跡の軌跡、魔女の神秘にして秘跡そのものの一つそれこそがこの協調法である。
反語法
言葉の心髄それそのものを表すための言葉である。
それは元来神に仇なすなり損ないの先祖にして祖先、「悪魔」の言葉であった。
感情の一極化、否、どころか喪失と消失の起きた彼らはしかし、こう叫ぶのだ
汝はかくあれかし、されば汝は汝とならん。
しかし人々は神の反逆者たる彼らに意思をもって石を投げたゆえにこう宣うのだ。
汝はかくあらざりし、されば汝は汝とならん。
というように唱えればその言葉には魂、言霊が宿り事象の核となり魔素操作の要となるのだ。
感情の励起も確認されていない。
強調し、協調し合う秘跡もなく
魔術操作の要も言葉を発していない為あり得ない。
けれどシアは赤い目になった
感情の励起と協調の秘跡、そして魔術操作が前提であるその力に目覚めたのだ
憎悪と憤怒、欺瞞を司る力を得ているのだ。
一時的とは言えそれは異常な事であった。
しかしこの事態の原因には三つの可能性がある。
可能性の一つ、憤怒していないから、
可能性の二つ、「蛇」の関与、
可能性の三つ、シアが過ぎた天才であり一回で自身の魔法を覚醒させ魔術や魔法に目覚めた可能性、
これら三つにはそれぞれ反論があった。
まず一つ目何故力が「特性」が使えた、そこがかわからないこと。
二つ目可能性としては一番高いが特にその気配が無い故に、辻褄が合わないこと。
三つ目しかし魔術や魔法についてはおそらく可能などではないということ。
結論、今は「変数」が多すぎて判別できない、ということとなる。
・・その中、そんな不確定要素まみれの今回の暴走の中で
黄金に輝きだした矮躯を見遣りながらシアは聞いて、見ていた。
横に浮かぶプネウマの言葉、その言葉の危惧と注意の意を
そして他ならない魔素が分解され霊子と特異な霊子集まるこの状況で、一人の魔女が魔女の代理の力を超えんとするこの状況を。
けれどシアは笑みを浮かべる
「・・・・・大丈夫だよプネウマ、あの子は。」
「乗り越えられない。」
ただ断定するように告げたシアの言葉にその時霊子が、マゼンダと黄金の霊子が、彼女の前で止まった。
魔素や魔力とて同様にである。
「・・・なんじゃ。一体、まさか!」
そうしてクリミナが驚嘆を口から吐き出した直後。
黄金が、それぞれ黄金を。
マゼンダが、マゼンダを
そして魔素が魔力を集め出した。それは集まり攪拌され編み上げられ、あるものが形作られていったのだ。そう無数の剣となって
幼女に切っ先を向ける。
「・・終わりだよ。」
少女が一つ手を幼女の前に翳せば、それは振動し、ぐっと握る。
その直後に
「っぐは」
喘ぐようなけれど男らしい悲鳴のあとクリミナは見た。
矮躯に、幼女の体のあらゆる所に
黄金とマゼンダの小さな小さな剣が、まばらに、けれど敷き詰められたように。
刺さっていた事を
■
クリミナは侮ってなどいなかった
そこに油断は無く
そこに慈悲もありはしなかった。
彼女は決して裏切り者を許しはしないのだ。
それが肉親であれ、恋人であれ。
けれどこの結果である。
幼女はこの結果を危惧していながら届かなかったのだ。
そうまるあの時の、燭台の間でのあの一戦。
シアが掠り傷一つ与えられずとも倒れ伏したように
・・あの時の自身はきっと心のどこかで敵を見くびっていたのだ。
侮らずとも、油断などせずとも軽く見ていたのだ。
相手の力を、自身の底力を
そして彼我の潜在能力、その違いを。
故にこの状況である。
「カハ、ケホ、ゲホゴホ”」
飛び散る血と吐き出されたそれはシアの頬にぺちゃりと付着した事を魔力探知を用いクリミナは理解した。
血の滴が動けない幼女の口端からたらりと零れ落ちる。
痛む節々とあらゆる部位、そして滲む血を歯を食い縛って幼女は言葉にする。
「趣味の悪い、わしの拘束を一時的に緩めて魔素と霊子を集めさせ、集めたそれを用いてわしに突き刺させるとは。」
その言葉にシアは答えず血を拭う、感情の映されていないその瞳はただクリミナの言葉を待っているようだった。
けれどクリミナはこうも考える。
このフェイラー、この予言の魔女の力を鑑みるならば砕けた杖の成れの果てにも自身の力を込めれるのではないのかと、魔女の血と抗体、そして先程霊子として消えた・・・
「解消杖が混ぜられているって思ったでしょ、クリミナ。」
「・・心を読むことに躊躇はないのじゃな。まるで誰かを思い出すようじゃよ。お主はどういう気分じゃ。」
「そうだね、なんか今は興味なくって。」
「考えたくないだけじゃろう。言葉を重ねるな鬱陶しい。」
辛辣かつ酷なその言葉に変わらず無表情のシアを無視して考えをクリミナは巡らせる。
解消杖、マゼンダ色の霊子に還されたシアのそれは今クリミナの中へと還されていたのだ。
あの霊子化させたタイミングに。「抗体」と「拘束」、そして魔女の血だけではなく。
霊子化
物質をその最小単位であるという霊子に分解する。
魔素の浄化にも用いられる技術であり技法
それを用いて解消杖を仕込んだのだ。このなり損ないは、クリミナの体の中に
「非道い言い方だね。クリミナ。だけれど。」
「時間が足りないみたいだ。」
「ッ・・・・・」
幼女の視界が回る。
ぐるぐるとのたうち回る、まるで蛇のようなそれは、しかしどうしてかクリミナにある言葉を吐かせた。
「本当にそれでいいのか」
「・・・・・・・・・」
その言葉の後幼女の首ががくりと力を失い矮躯がだらりと力をなくす。
瞬刻ぐさりと肉に刺さる音にプネウマは目を見開いた。
当然である
幼い肉体を少女の手刀が貫く。その状況を見たのだから。
・・それは的確に心臓を貫きそしてギュウと手指に力を込めれば握りつぶした。
広がった瞳孔、
そして光の無い瞳はただある一点を示していた。
彼女が死んだことを
・・幼女はこれにて一度目の「死」を迎えた。
少ないマゼンダと多くの小さな黄金とにその身を血に濡らし、塗れながら。その身を貫かれながら
クリミナから魔力が流れていくその中で
黄金がマゼンダとなり空に還りゆくその中で
シアの手指に滴る血はポタリポタリとただ落ちていく。
それは涙のようで、けれどまるで後悔のように尾を引いていた。
空を見上げればまた一つ戦いが続いていた。地上の地獄を無視して
笑みを浮かべる少女を無視して
■
穴の空いた空と抉れた大地を更に剪み、抉れた空と空気を穿ち貫き、押し広げる。
滅茶苦茶になってゆく大地と空の彼方、ある種の地平線の中で井伊波乃瑠夏と禍根鳥憂喜、魔女の代理と処刑対象の元魔女の代理は戦っていた。
「・・・・」
「・・・フン。」
沈黙しながらも杖を振るい雲を蹴る乃瑠夏に禍根鳥はその様子に鼻を鳴らしつつ空を蹴る。
二人の姿が掻き消えれば・・
空に浮かんだ穴の空いた雲は音と共にその穴を大小構わず増やしていく。
その爆音はまるで腹の底を揺らし、大地に鳴動を引き出させた。
ソニックブームを伴うその戦闘は当然のように前述通り音の壁を突破していた。
魔女の代理、大罪の魔女の系譜、その魔女の血を受け継いだ彼女達はその場にいる魔物、魔女達、そしてシアとクリミナ達の前で示していたのだ。十字の瞳と多くの色の瞳達の前で
圧倒的な力を、決定的な力の差を
「千年もの力、見せてみろ、「嫉妬」よ。」
「・・・・・・・・」
杖を一振りすれば空が裂け、剣を振るえば風が塔を切る、それを禍根鳥と乃瑠夏はお互い見ずとも理解していた。
絶え間ない暴力と斬撃の嵐、そして猛る衝撃波の中で
空気が大地を揺らすその中で戦いは繰り広げられていた。
それを瞳に映す者達にはただ一つの選択肢が与えられていた。
見るというただそれだけのことが
空を響かせ大地を揺らすその戦闘はただそれを見守ることだけしか出来なかったのだ。
「ここまで歯痒いとは思いませんでしたね。傲慢の魔女の代理殿。」
「近衛部隊副隊長殿とて、世と同じであろう。」
「・・・・・・・」
その皮肉に満ちた声を耳から耳に届け19号は戦場をある術を用いて俯瞰する。
魔力探知
魔力を探知し感覚を広げる術である。
五感を拡大するその術は弱きものであれば魔術の域を出ないが、
強きものであればあるモノに匹敵するようだ。
そう「魔法」の域に。
それこそがこの術の「心髄」にして「根幹」であるのだ。
それを今、19号は用いていた。
魔女その基本能力を。
「・・・・何とか「計画」通りに言ったようですね。」
そうして見つけたのはクリミナの亡骸を抱えて笑い佇むなり損ないと浮かぶプネウマである。そして空では・・・
「”旗持ち”副隊長殿、気付いたか。」
「ああ、そうです今は、プネウマとなり損ないがクリミナに勝ち、空で嫉妬の魔女の代理殿とマイマスターが戦っています。」
その現状を表した言葉に明星葵は白ずみながら杖を振るった。
そう戦っていたのだ、
嫉妬の魔女の代理と色欲の魔女の代理が
杖と剣を交えながら、空と大地を揺らしながら。
その空の下戦う彼らも立ち寄れる者は居はしない。
地を蹴れば大地が裂け、杖を振るわば空気が割れた。
嫉妬の魔女の代理と元色欲の魔女の代理には届かずとも激戦が繰り広げられていたのだ。
二人の、魔女の代理と旗持ち、傲慢の案所の代理と国家近衛部隊副隊長の力が拮抗しているこの状況でこの現状をひっくり返せるのは。
「・・・・・・・」
・・そうシアとプネウマしかいなかった。
19号の加勢をして禍根鳥のフォローに回るのは二人しかいなかったのだ。
穴の空いていく雲は音と共にその数を増やし大地は鳴動を引き出されていた。
その大地の上で少女は、シアは言った。
「私が出る。」
そうクリミナの亡骸を抱きながらシアはプネウマに笑いかけた
穴の空いた空の下で
轟音を聞き流しながら
抉り裂け、揺れる大地を踏みしめ
血に濡れたクリミナを、
なり損ない、正体不明の彼らの末路のように空に還った黄金達、
それに貫かれていた彼女の袖をぎゅっと握りながら
・・女神の笑みを浮かべる少女の腕から、
滴が一つ零れ落ちた。
■
血印、
魔女の血に込められた力と技術の結晶であり魔女の血そのもの、それら単体が魔女の血として機能を個別で持つ。民間伝承のようなものでごく一部の名家と大罪七家全体でしか用いられておらず、民間で正式に取り入れられたのもここ百年であった。しかしある物も存在する。
魔女刻印、
魔女の代理を受け継ぐ為の専用の血印である。
それらには絶大な力が込められており譲渡され代々受け継がれてきた価値を持つ。鏡の国同様、千年以上の「神秘」、その結晶である。
血印と魔女刻印、この二つ。
民間に売り払えば場合によって億を超える値が付くとも噂されるそれは魔法使いと魔女、所持者のその魂の形によって形を変える。
まるで花のような「紋様」に。
「・・・始まったか。」
「・・・・・・なにこれ。」
プネウマが意味深に嘯き、シアがただただ疑問の声をあげる。
マゼンダが集まる、
それは辺りに散布された霊子そのものであり、焼き尽くされた自治区の街並みと人々の残骸、その魂そのものであった。
戦場からの贈り物と言えるそれは幼女の周りを丸く、丸く包む。
「・・・まさか、これが。」
立体的なマゼンダの円それの中にいるシアは驚きに声を上げながらも見ていた。
空けれられた胸部の孔、それがマゼンダによって縫い合わされていく様を
花のような紋様が幼女の体を巡る様を、幼女が蘇っていく様を
その柄はまるで金魚草のようなものであり、それは聖書でしか見た事の無いような「奇跡」そのものであった。
マゼンダの紋様がドクンと脈打った。
これは血印、それが励起している証である。
魔女の五つの基本能力の一つが今起動しているのだ。確かな鼓動とともに。
・・五つの基本能力にはこの二つが含まれていた。
輪廻転生
ある者を代価とし生き直す力であり
あらゆる力の根源である魔女の血、それが持つ力と権限の一つである
ある者、これが指すものは当然術者であるがその人物の過去の記憶そのものではなく、過去の存在そのものである。
魔術や魔法、ひいては現代科学でさえ何かの形で代償が必要である。
現実には犠牲が付き物であるのだ。
だからこそ、魔女の血は要求した、「復活」の代償として。
過去の自分そのものを
そしてこの魔法は最初の魔法、その一つでもある。
故に数ある魔法の中でも最古にして最大の魔法、そのものなのだ。
けれど、もう一つの魔法とて法外である。
継承の魔法
力の消失を回避するための血印、あるいは魔女刻印を用いないこの力は伝承のようなものであった。
百年以上の歴史を持つその力は、基本能力の一つにして魔法の極致そのものである
魔女の血、それを受け継がせるということは「魂」を受け継ぐことそのものである。
即ち、魔女の血を受け継ぐことは所有者の信念の喪失のみならず、精神の喪失を意味するのだ。
避ける為には先の二つのどちらかを必ず使わなければ行けない。
それこそが魔女達の常識である・・が
改善し改竄し、織りなされたこの基本能力はこれまでの魔法と一線を画していた。
力の全てを譲渡するだけで力の継承が可能なのである。
文字通り力の全てを
そのままの力を、何の代償も無しに
精神の喪失を介さないそれは、
だからこそ最新の基本能力にして魔法の「極致」そのものと呼ばれているのであった。
・・・これら二つの魔女の五つの基本能力とは文字通りの意味ではあるがそれにも意義がある。
「人類の平和の為に」という意義が
故にクリミナの体は蘇りつつあった。
人類の平和の為にと願えばこそ、血印は励起し魔女刻印は循環し魔女や魔女の代理達は立ち上がるのだ。
「・・・成程、あれか」
「・・・・思い出したか。」
納得したようなシアの言葉にプネウマはようやくかという風に言葉をそう返した。
ただ知っていたのだ。
記憶、記憶達の中でも、
新しく思い出した記憶「達」を持つが故に
調整によって禍根鳥から与えられた故に。
シアはそれを目の前の光景同様に知っていた。
魔女の基本能力の一つ輪廻転生が起動しているのだと、
だからこそ彼女は自身が記憶を失っていた理由も思い出しても実感が持てなかった理由も解っていた。
そして霊子、マゼンダと黄金が解けて空に還ったことに今、推測が確信へと変わる。
「・・・・・・・・・」
「クリミナ、復活する気なんだ。」
プネウマの沈黙を気にせずにシアはそう呟きクリミナを見遣る。
なにせクリミナは死んだのから、基本能力が発動して当然である。
あの時自身に何故死にに行くのかと聞いた彼女は悪い人では無い、悪い魔女とは到底思えなかったから。意義をもっていたのだから。
きっと基本能力は発動するのだ。
なにせ魔女の血は意義と、そして欲望に反応するのだから。
魔素が幼女に集まる。
それは彼女を包み込み、丸い形を作り上げていく。
それはまるで包み込む球状の何かであった。
小さくも広がり続けるそれが、
今、瞬時に魔力となって広がった。
波は球状のまま膨張しながら大地や空を、生き物や鳥を呑み込み包んでゆく。
紫がかった黒の波が周囲をどころかその戦場自体包み込み、バシンっと消えた。
瞬時、それは文字通りの一瞬において、広がり、姿を掻き消したのだ。
「・・・・・・・」
「・・・何んだこれ。」
大地の上で足を置く二人、その片方は19号は葵から間を取り、
井伊波は禍根鳥からを距離を取り事態を見極める為に見つめけれど、どこからかともなく声を上げる。
戦線が今、少しだけ止まったのだ。
その理由を作り、視線を独占したのはただ少女であったもの、なり損ないである。
あるものの為の魔力の盗用と拡散と収集という工程を終えた彼女はあるものを模倣し、拡大解釈を始めた。
魔力探知、それをそのままにある物を組み上げ始めたのだ。クリミナの体を用いて。先程のように。
魔女の基本能力の一つを
情報解析
取り込んだ霊子や魔素の情報を収集し集積する技術である。
霊子と魔素、それには多くの情報がある。
物質の最小単位たる霊子の中にある「情報の元」、それを取り込み、読み取り解析する。
それこそがこの力の心髄の一つである。
これは魔術と魔法の秘奥にして根幹そのものであると言えるだろう。
クリミナの中の魔素を盗み、操って、合成し魔力を造り出して解き放った魔力の波はその特殊な出自故にそれそのものがある種の触角の役割を果たしていた。
自身の躰の一部と半ば化していたのだ、それそのものが。
故に、クリミナに戻ったその魔力を魔力探知を用い探知し、 手に入れた情報を情報解析を使い基本能力で事態を紐解いてゆく。
「・・・そういうこと。やっぱり」
そして納得の言葉と共にシアは理解した。
今、起きているこの状況が。
頭がずきり、ずきりと痛む中でも、多くの者が自身やクリミナに視線を投げかける中でも。
プネウマと、19号と葵の戦い
そして禍根鳥と乃瑠夏の戦闘、
その余波で倒れながらも戦場を見守らずただ空中に佇む、十字の瞳を持った魔女と魔物達。
そして球の中で眠る。マゼンダによって縫い合わされていく幼女、その情報を取り込み読みとり、解析したのだ。
・・・「あるものの為」とはこの事だった。
彼女は情報を集め、解き明かすためだけに
クリミナに溜まった魔素を利用したのだ、魔力の盗用と拡散と収集という工程を踏んで|
魔女の基本能力を二つ「模倣」するために。
「・・・・・・・・」
「成程。素晴らしい基礎能力だな。いや「特性」と言うべきなんだろうな最大最高のマスターピースとして不完全で不出来であろうと。」
意味深なプネウマの言葉にシアは動揺も反応もしない。
未知と少しの既知合わさるその情報の海の中で
ある結論を出しシアは浮かび上がった。
霊子の絶対優位性、その力でクリミナの「復活」を促しつつ制御しながらも彼女を抱きかかえて
嫉妬の魔女の代理と処刑対象の元色欲の魔女の代理
その一つ穴が大きく空き、そして小さな穴ばかり空いたその雲に向かって、今、飛んだのだ。
「・・・」
少女はただ見ていた。
当たり前のように空に立っている現状を
井伊波乃瑠夏や鈴、皆が浮かんでいる様を、
彼女が二人の戦闘に参加すると決めたときから、空を見上げていたのだ。
故の「模倣」、故の成功であるのはきっと聞けば誰もが納得する言葉であった。
そしてシアは霊子とそれに対する優位性を用いつつ輪廻転生を作動させらてあるものを守っていた。
他ならない幼女をである。
黒、紫がかったそれで出来た、その暗闇が支配する中、
少女が拳をぎゅっと握り閉める。
その時、幼女を包む霊子の球はぎゅっと収縮した。
元の状態、いいや以上の状態に戻したのだ。強制的に
霊子の絶対優位性という模倣した「力」、それを用いて。
「・・・・セーフ。」
溜息と共にそんな言葉が口を吐いた。
まるで、オーラのようになった霊子、幼女を覆うマゼンダ、
それを見てシアは、はぁと一息吐き出した。
・・事態を治められたことに安堵の吐息である。
そして彼女は息を吸い込みこう言った。
「「「ついておいで」」十字の瞳を持つ魔物と魔女達。」
心地よい声を響かせて
オーラ、マゼンダのそれにつつまれた幼女、それを抱きながら
一歩踏みしめ飛び上がり、浮かび上がる。
空に浮くようなそれは模倣した「力」。
乃瑠夏や鈴が用いていた空の浮かび方そのものであった。
・・その声と力、そして「命令」に
糸の切れた人形のような魔女と魔物は目をギョっと向け、開いた。
虚ろな瞳を持つ者達の意識は今、向けられていたのだ。シアに。
そしてその言葉は彼らの頭の中で響いていた。永遠に、ぐるぐると、まるで解消杖を飲まされたように
魅了魔法
対象を魅了し操ることを旨とした魔法である。
多くは自身の瞳や唇など限定的な部位から性的かどうか問わず魅了し、操る、あるいは支配する力だ。
けれどあくまで対象は対象。井伊波恣意が使ったように一対一が基本的な使い方である・・が。
シアは今、声を用いてかけていたのだ。乃瑠夏や鈴達が「模倣」した協調法を用いて、
拡散した霊子、それに解消杖の大部分を混ぜて。
山のようにいる十字の瞳、それを持つ魔女と魔物、その全てを
「・・・そういうことか、これは・・魔素の拡散による情報解析、その効率化とそれに攪拌しておいた、霊子化した解消杖を媒介とした魅了魔法の全体化。19号や私達、魔女の代理達には通用しないが高等技術だぞ。」
『そのようだな。バフォメットよ。
まだ早すぎる覚醒だが。』
「・・修正の範囲内ではある。だが少女よ、その名で呼ぶな。私達は」
『・・・・・・・・・・』
その言葉とブツっという音が齎した状況にプネウマは沈黙した
プネウマは言葉を合わせたあと呼び名に嚙みつき、禍根鳥はなんとなしに念話を一方的に切る。
冗長にも思えるプネウマのその言葉に禍根鳥が念話で答えた、その結果である。
乃瑠夏と睨み合いながらお互いに現状を把握していた彼女達は理解していたのだ。
この現状を、十字の瞳を持つ魔女や魔物達に霊子化させた解消杖を「媒介」として魔法が掛けられたこの状況を、正しく。
正しく「計画」の通りだと
「・・・・・問題ないようだな。赤子殺しには。
・・あるいはこれも・・「計画」の内だと世は推測するが国家近衛部隊副隊長殿。」
「・・・そうかも知れないですね。」
三度目の葵が発した皮肉に19号は動揺しない。
空気が抉れ、大地を割った戦い、その戦いに生まれた間。
それが今である。
二人は今、見つめ合っていたのだ。
目の前に杖を構え、魔力を練り上げ、集めながらもお互い、隙を狙い合って。
けれどその間の中で隙を見せずに19号ははぐらかして言葉を返した。彼の傲慢の魔女の代理に対して
・・当然である。
19号、彼女は既に旗持ちではない。
代表会議、それにおいてシアとプネウマ同様に、なんでもないように、あっさりと罷免されているのだ。
処刑対象でもある。
議論された時間で言えば色欲の魔女の代理、禍根鳥憂喜が9割であった。
二人や操られた、あるいは失踪した熟練の魔女や、魔物達は鏡の世界に仇なした時点で既に語るまでも無く処刑が決定されていたのだ。
魔女の掟故に。
部外者にして予言の魔女であるシアをも縛るその掟は「魔女」との契約。それこそがこの世界の「掟」そのものである。
プネウマや19号、そして彼女に操られている魔女や、魔物達が死ななかったのは禍根鳥が自身やその配下や同胞達の気配の強化や隠匿の為に施した、「小細工」のせいに過ぎない。
禍根鳥の魔法によって食い止められた彼らの死、そしてシアのなり損ないとしての覚醒、予言の魔女としての「特性」の獲得。
そして自我の無い状態ながらも十字の瞳を目に嵌めた魔物と魔女達の大群にして軍隊そのものの「七十二騎士団」。
・・それら全てが彼女の仕掛けであったが故に彼女は処刑対象としての会議が行われた。
これらによってこそ、彼らは禍根鳥は初めて「敵」として認識されたのだ。
それ程の力と権限を持っていたのだ、禍根鳥憂喜は。
少なくともこれまでのシアへの19号との接触や気配の意図的な強化と「小細工」の行使など暗躍を上からもみ消される程度には、「赤子殺し」として嫌われながらも。
そして彼女の従者にして奴隷である元旗持ち副隊長、元国家近衛部隊副隊長とて強かである。
熟練の魔女でもある彼女は、その立ち位置から何度も陰謀の渦に飛び込んできた。
故に敢えて先程の言葉を曖昧に答えて、詳細を伏せたのだ。
「計画」を悟らせないように、少しの沈黙の後に。
自身に中てられた皮肉そして強烈な「毒」、それを無視して、嫌な縁に蓋をして・・・
空を見上げる。
「・・・・・」
「それにしてもかなり多いな。」
淡々とした葵の言葉に19号は三度目の沈黙を返した。
先程再会を果たしてから一度目の皮肉に対する沈黙や二度目のあの状況に対する短い沈黙より長いそれにはしかし葵の気には止まらなかった。
思わず、見上げたのだ、19号と共に。
黒い少女、その後に連なる山のような魔物と魔女、その大群に、黒の山に
「「「ついておいで」」魔物と魔女達、その十字の瞳を虚ろに輝かせながら。」
心地よい声、それを響かせながら
一歩踏みしめ飛び上がり、そして次の一歩足を折り曲げれば、力を込めて力強く、タンっと飛び上がった。さすれば・・
スッと少女は入る。
クリミナを抱きかかえながら
井伊波と禍根鳥、その間に。
彼女は禍根鳥の前に立ち、ただ、言った。
「”あの目的”が果たされるまでは、███████████。禍根鳥は殺させない。例え・・・」
「貴方であろうと、乃瑠夏。」
理解不能かつ意味不明なシアのその言葉にしかし乃瑠夏は答えた。
沈黙と杖の一振りを以て。
首と胴の永遠の別れ、二度目のそれはしかし訪れた。
・・・少女の首が舞う、
くるりくるりとそれが当然のようにまるで駒のように回る。
首には短くざんばらな髪、そして長い髪は持ち主から切り離され、宙に放りだされる。
止まったような時間の中で、ただただシアと禍根鳥は目に映していた。
シアは禍根鳥の平坦な顔と自身の退屈な死に体を
禍根鳥はなり損ないの死にざまを、死に様とは思わずに。
・・無かった。
無かったのだ。それはただ消えた
ホログラムのように失せて消えたのだ。
「・・・や、乃瑠夏。」
「・・成程。そういうことですか。」
そうして当たり前のように目の前に現れた幼女を抱えた少女に乃瑠夏は理解した。
外套
起源不明、来歴不明の物体、その加工品
現実の状況を再現したり模倣したりする装置にしてソフトウェアそのものである。
統一性と全体性を象徴したものと言われており、
それ故に物理的存在を超越し得ると言えるが詳細は不明である奇妙な物体であった。
それを巻き付けていないにも関わらず。
彼女には攻撃が通じなかった、どころかホログラムのように掻き消える始末である。
これは彼女が情報解析によって得た外套、その情報を元に構築した結果である。
想像し、創造されたこの能力は、先程、収集されたこの戦場、その情報のみで|、魔女と魔物達
そして魔女の代理達の情報のみで
その魔法は「模倣」されたのだ。
頭がずきりずきりとずきりと痛むのを無視するその「デメリット」を受けながら
「・・・・・・」
「・・・・・はは。」
意味深げな禍根鳥の沈黙と頭の痛みに・・胸がばくりと脈打った。
命の危機が迫っている。
その自覚がシアにはあった。
「デメリット」というのは自身の頭痛のみならず、自身の死を遠からず裏付けるような物なのだ。
・・抱えた指に力が入る。
腕の中で眠るマゼンダに包まれたクリミナの呻き声にシアは前を、乃瑠夏を見据えた。平気な顔をして。
「大丈夫?多対一だよ。」
「・・・成程、大変ですね。」
少しの強がりにも思える言葉をけれど平静な状態で吐いたシアはずきりと痛む頭を無視しながらクリミナを腕の上に乗せる、
胸を抑えながらもその腕を振り払ってでも女神の笑みを浮かべ続けるシアを見遣ればそれは現れた。
分身、
分身である。それはまるっきり言葉通りのそれであった。
面貌の造りから、髪の長さまでセーラーの黒さから、タイの赤さまで、奔っているラインの長さと明度でそしてマゼンダが包むクリミナ、その抱えた方さえも、何もかも何もかも同じそれであったのだ。
それら、まるっきりシアそのものとも言える分身達が冷たい赤い瞳を持つ短い黒髪の少年、井伊波に腕を伸ばしていた。
「さようなら、井伊波乃瑠夏。」
「・・・・・・・・・」
耳心地の良い声が今は残酷に重く響くのを乃瑠夏は感じた。
手、手、手、
あらゆる方面を手と腕が覆い尽くすその空間の中で投げかけられた別れの挨拶の答えを示すように井伊波は腕を振るった。
止まった時間の中、ある者は目を見開いたまま時間に押さえつけられ、ある者は腕や足、あらゆる四肢や器官が縫い留められている。ただ片腕でクリミナを抱えながらも、しかし腕の中の彼女はさながら瞬き一つ出来はしていないようだった。そして・・
全ての者がその姿を失くした。
ツーというように杖を滴が流れ落ちる、
杖先、その下にある握りこぶし、その微かな洞に赤が一滴流れ落ちたその時、杖の特異な装飾にシアのそして抱えられているクリミナ達が映った時、世界が動き出した。
黒、黒に亀裂が入り、
散った。
「・・・・・・・・」
「成程な。これでは七十二騎士団ではまず相手にならないと考えてよさそうだ。」
ただ大きく目を開け見上げるプネウマは納得しながら魔女や魔物達に覆われた空をシアは見上げる。
そしてその光景に一同は目を見開いた。
横に伸びた瞳孔、それに映ったのは細切れに成った、何かである。
ばらばら、ばらばらと落ちていくそれらは全て、ただの赤、あるいはただの肉片と化していた。
肉塊にも満たないそれは血と共に地上に、そして魔女や魔物達の口や瞳に入りさえした。
「何したの乃瑠夏。」
「・・・・・・・・・」
先程の驚愕ゆえの沈黙を忘れたように真剣な空気感でけれど女神のような笑みを浮かべながら問いかけるのはシア、シアである。
腕の中のクリミナ、それを持つ指をぎゅっと握りながら、目を見据え彼女が発したその言葉は。
「赤子殺しが用意したにしては随分と容易い。」
という辛辣で非道にも少し思えるそんな言葉と共に物の見事に無視されたのだ、シアの言葉は他ならない乃瑠夏に
手の生暖かい血液の存在を度返ししつつも行われたその行いに何の感慨も示さずけれど乃瑠夏はある者達に、その末路に目を遣った。
肉塊未満と血によって半ば雹雨と化したそれらを見つめながら、それに包まれながら。
井伊波はそれに目を細める。
手応えが無さすぎるのだ。
手応え、それは人を切り伏せ、殺す感覚である。正確には出刃包丁を入れる感覚に近いその感覚は今、手に確かな体験と経験として彼に還元される筈だった・・・
「何してるのか分からなかった。けれど当たり、だよ。乃瑠夏、そして・・
終わりだ。」
目を開けば肉塊と血の雨、それら全てが無くなっていた乃瑠夏がそう理解すれば
ホログラムのように失せて消えたのだ、そう直感しながらも考えを巡らせかけ。
腕が飛んだ。
「・・・・・」
沈黙と瞠目、その内に入ったのは腕である乃瑠夏はそう認識した。
他ならない乃瑠夏の腕ではない。
それは他ならないなり損ないその片腕だったのだ。
赤いラインの奔った黒いセーラー、その袖先と共にとんだその肌色は尻尾から赤い、赤い血を吐いている。
外套、起源不明、来歴不明の物体、その加工品
現実の状況を再現したり模倣したりする装置にしてソフトウェアそのものである。
統一性と全体性を象徴したものと言われており、
それ故に物理的存在を超越し得ると言えるが詳細は不明である奇妙な物体であった。
しかしそれはある大きなデメリットを抱える。
そう術者への痛みの還元である。
今、この時のシアは殆ど魔力を失っていた。
これまでの能力の模倣などの無茶とある方法を用いているが故に
彼女には痛みを無効化する魔力すら残されていないのだ
故にシアは体験していた。
これまで以上の苦痛を
細切れにされた痛みを、刃が肌を通った感覚を、血の霧となり肉片となったが故の意識の喪失を
・・その上で彼女は
「・・・ふふ、凄いね。貴方は。」
真剣な空気感でけれども女神のような笑みを浮かべていたのだシアは。
彼女はただ見ている。
女神のような笑みで、井伊波乃瑠夏を、他ならない友と似た者を
「ああ、とっても素敵だよ。嫉妬の魔女の代理、最強の魔法使い。」
「・・そういう、仕組みか、ならば試してみるか。」
会話にもなっていない彼らの攻防はけれど乃瑠夏自身によって少し遮られる。
魔素、魔素が集まってゆく
空間から、他ならないその場からあらゆる物から魔力が奪われていく。
それを多くの分身と呆然と見つめるシアはある考えを持っていた。
魔女と魔物その大群を自身達の背後に控えさせながらも。
このままでは間違いなく・・
「負けるかな。」
「・・・・・・・・」
この時敗北をシアは悟っていたけれど時は既に過ぎた。
他ならない、彼女の時間は既に、
手の打ちようごと浪費されてしまったのだ。
「「広がれ」」我が魔力達。」
乃瑠夏の言葉によって魔力が広がる。
急速に、早急に。
乃瑠夏を起点に魔素が膨張を始めたのだ。
それは太陽のように辺り一帯をそして他ならない魔女や魔物達、そして禍根鳥や他の者達を呑み込んだ・・・とその場にいたほぼ全ての者が理解した。
「・・何。これ。」
シアのその言葉にしかし言葉を返す者はいない。
紫がかった壁はあらゆる物を大小、位置をも問わず呑み込んでいく、咄嗟の間にそれは包み込んだのだ。
一つの街を
「「「消えろ」」」
・・そしてそれは掻き消える。
冷たい赤い瞳を持つ短い黒髪の少年、井伊波乃瑠夏の言葉と握り閉めた拳とただ一言「「消えろ」」という言葉故に
晴れた暗闇にシアは思考を、ただ巡らしていた。
腕の中の幼女を無視して、その身じろぎに気付かない振りをして
・・反語法と協調法、それらは命令としての「契約」そのものである。
それを守りある一定の条件を満たしてしまえばそれは言葉には魂、言霊が宿り事象の核となり魔素操作の要と成るのだ。
二つに分けられていたそれは、しかしあるルールが存在する。
合わせて用いてもいいというルールが
「・・まさかそういう。」
ただ一人このことをシアは理解した。
いいや正確には理解する余裕があったと言った方がいいだろう。
彼は、他ならない嫉妬の魔女の代理は、成した。
情報解析の為の魔力の拡散と収集という基礎能力を、「御業」の規模で
街一つの規模で
基礎能力、それは魔法使いや魔女、そしてなり損ないにそれぞれに備わった、それぞれを生かす為の力である。
魔素の収集や、魔力の合成などの魔力を失えば、命をも失う彼ら故の呼吸の仕方から始まり、魔力の収縮や拡散などの応用業へと続いていく。
なり損ない、その「模倣」の力は例外ではあるものの基本的には呼吸や排せつのように生存にはなくてはならない力なのだ。
呑み込まれていた戦場も背後にいる禍根鳥も、今は動かない。
いいや動けないのかも知れない・・と考えるシアである。
クリミナや禍根鳥のような、
あるいはそれ以上の力、先程の力は確かに「御業」
魔女の代理にのみ許された魔術と魔法の心髄そのもの
そして魔女の代理の並外れた魔導の力、そして結果そのものだったのだ
だからこそ二つ結びに目隠しをした少女、禍根鳥とて様子見に徹しているのかもしれない。
・・井伊波乃瑠夏は既に大罪の魔女の力をモノにしている・・・そう判断して。
それ故の実力、それ故の並外れた魔導の力、
それ故に・・・
「・・・故に嫉妬の魔女の代理・・なんだね。」
その納得したようなシアの言葉に乃瑠夏は答えない。
シアの後ろにいる禍根鳥はただ見つめるのみである。
この情報は既に裁判前の空き時間、初めて協力を持ちかけた時に伝えたことだ。
伝えた言葉は多いが彼女はこうも言っていた。
『魔女の代理は何かの名と「悪魔の名」を継ぐのだと。』
「・・・・・・・・」
「レヴィアタンの名を継ぐに相応しい少年・・・か。」
故にシアは言葉にしたのだ厳かにもその言葉を
魔女の代理は力に目覚めた者のみ何かの名と「悪魔の名」を継ぐのだという事実を、
ベルゼブブたる鈴、そしてアスモデウスたる禍根鳥のように
彼はレヴィアタンの名を継いだのだ。
・・禍根鳥から事前に含まされていたその言葉を自ら呑み込めばしかし彼女は告げる。
魔女と魔物その大群にして軍隊に、ある意味を込めて。
「・・・「「準備して」」、魔女や魔物達その十字の瞳を輝かせながら。」
「・・・・・・・・・・」
シュっと風を切る音とともに、
髪が靡く
シアの顔になにかが撃ち込まれる・・筈だった。
・・しかしそれは躱された。
いいや庇われたのだ。
魔女や魔物達が何かした訳ではない。
彼らはただ「準備して」と命令を受けただけである。
協調法を用いたそれはしかしまだ決定的な「言葉」を欠かしていたのだ。
ならば理由は単純である。
そう外套、それに搭載された現実の状況を再現し模倣する装置としての機能。
それによって作られた分身に自身を庇わせたのだ。
その正体こそが「影分身」である。
影遊びの応用によって作られたそれは痛みを還元する代わりに、自身の身代わりとしての機能を果たしたのだ。
・・どこぞの忍者漫画を思い出しかけるシアだったが気にする余裕は無かった。
他の点に目がいったのだ。
井伊波乃瑠夏の気配が孕む不自然な点に
「・・・・・・・・・」
・・・そのことを、静かながら乃瑠夏は気付いていた。
それをある程度制御出来ていることに
なり損ないとしての特性、「模倣」の脅威に。
それに少し眉を顰める乃瑠夏である。
しかし、少年は目を閉じ、見開く。
そこに先までの動揺は無かった。
すでに知っていたのだ。それこそが「予言」通りであるが故に。
「・・・・・」
「・・・・・・・成程。」
けれどするりと頭を傾ければそこには差し込まれたのだ乃瑠夏の耳の横に。
「死」の魔力。それによって形作られた剣、その切っ先が。反撃として。
禍根鳥は見逃さなかったのだ、思考、その一瞬の隙を
元魔女の代理として
処刑対象でありながらも尚、彼女の能力は何一つ阻害を受けていないのだ。
証拠のように彼女は今までシアの心を何度も読んできた。
魔女の掟を守り意義を持っている魔女同様に。
・・・五つの基本能力、それが使える理由もしかしあるのだ。
だがそれを聞くことはしかし今、無かった。
余裕が無かったのだ、何故ならば・・・・
「「「姿を消せ」」十字の瞳を持つ魔女や魔物達!」
十字の瞳を持つ魔女や魔物達にシアは下したからだ
ある命令を凛とした声で、19号が下した命令を「模倣」して。
不完全な力で不出来な魔法を運用しながらも魔法それ自体はしっかり発動した。
その事にシアは戸惑わずに目の前の少年、乃瑠夏を見つめる。女神のような笑みを再び浮かべて
辺りの空気と大群、軍隊が姿を・・・・・・・
消した。
「・・・・・今だよ、禍根鳥!」
「ああ。」
静かなけれど熱情に満ちたシアの言葉に乃瑠夏は再び、頭を傾けた。
風によって靡いたその髪は数瞬後には丸い穴が空き、空気を貫いた。
摩天楼、その白い腹に幾度目かの穴が空けばなんでもないように乃瑠夏は目を開ける。
目の前、なり損ないの影の横に並ぶ目隠しの少女を見つめたのだ。
「・・・・・・・・」
沈黙した少女
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、他ならない禍根鳥が持つブロックノイズの剣の切っ先が煙を吐く。先程と同じように
それは一撃、二撃と撃ち込まれながらも鋭く速くなっていった。
そしてそれはシアの分身を的確に盾にしながらあるいは姿を一瞬のみ見せての「攻撃」と成っていく。
十字の瞳を持つ魔女と魔物達がシアによって認識阻害魔法をかけられたが故に二度目の反撃を開始したのだ。
手加減を少し緩めて
隙間を縫うようなけれど果断も油断も許さない処刑対象の魔女の代理の連撃に、
しかし井伊波は動揺しない。
「少しだけ、本気をだしましょう。」
言えばその瞬間禍根鳥とシアは煙に包まれた
おそらくは集められた魔力による一撃だと瞬時に無くなった空気中の魔力から直感的に理解出来た。
けれどそれを否定するように何かがずしんと崩れ落ちるような音が耳を刺激するのをシアは知覚する。
・・・皆が乃瑠夏に目を向ける中、
煙の中でも少し咳き込みながらもシアがただ一人振り向き魔力探知を起動する。
枯渇したその魔力では範囲は限られているもののそれ故に彼女は思いついた。
煙の少し先の探知を。
直感的に得たその妙案を実行すれば煙の晴れたその先に果たしてそれはあった。
いいやそれらはと言うべきなのかも知れない。何故ならば
塔がいくつも凪ぐように崩れ落ちていた。
まるでほぼ全ての木を刈った後の林である。
目に映る白の摩天楼、
全てが、胴と泣き別れし、灰色の中身を晒していたのだ。
そして空、空が辺り一帯凪ぎ払われた。
雲が晴れ渡っていたのだ。たった一撃で
その光景にシアは思わず言葉を失い、目を開く。
・・それほどの風圧、それ程の「一撃」だったのだ。
瞬時に魔力を集めてのその一撃はただ杖の先から煙を吐かせるだけ、
特異な装飾もなにも変わっていない。
「・・・・・・」
けれどただただ乃瑠夏は見つめる。
その赤い目で
目の前、煙の中を見つめる。
そこに居たのは剣で受けた禍根鳥とそれに寄り添うシアの姿。
・・「契約破棄」によって造り出された「死」の魔力。
七色に光るその何か、「死」の魔力そのもののそれと同じそれによって構築された剣の形をしたブロックノイズ、その茎に一筋亀裂が入る。
それは波及し、一瞬の内に・・・割れた。
粉々になったそれは魔素となり空へと帰っていく。
けれど禍根鳥が手指に力を込めればより集まり魔力となって、「死」の魔力、ブロックノイズとなって又してもある形をとった、
そう剣の形を。
「死」の魔力、それは契約破棄の代償と成る「死」、その際に生じる物そのもである。
彼女によって造り出され、練り上げられて、溜められていたそれはしかし今、底をついていた。彼女の作った「仕掛け」その中にある筈のその魔力が井伊波乃瑠夏との戦闘を経てほぼ全ての魔力を使い切っていたのだ。
それ程の戦闘をした彼女はしかし今、焦りも動揺も見せていない。
ただ一言告げた。
「来るぞ。」
その言葉と共にシアの、視界が瞬時に何かに塗り潰された。
皆の視界も塗り潰されていたことだろうとシアは判断した
なにせ霊子、それが放つ光が瞬きの内に目の中を覆い尽くしたのだ。
霊子が集まり、束となり渦に変わる。
中心、マゼンダの中、丸いその渦成りし繭の中心で、
布地が破れるような音が続きけれど止む。
パキンという音と共に亀裂が入る。
光が止めば皆が目を向ければそこに向ける。
存ったのだ
破片、破片である。
マゼンダたる、特異な霊子の破片が宙を舞っていたのだ。
まるで幼女が「拘束」を受けたあの時のように
まるで幼女が「復活」を遂げる前のマゼンダのように
けれど今違うのは霊子があの時よりも減っている事と、シアが軽い口調でおどけていない事、そして剣が顔を出していない事、つまり・・・
腕が顔を出している事だけだ
マゼンダ、それは突き出された腕の先の指、
それが握りこまれれれば腕自体を起点とし染み出すように金へと変わってゆく。
そして全てが黄金と化せば繭は散った。
「・・お帰り、クリミナ。」
その場にいた皆を包んだ特異な霊子の中で微笑みを浮かべながらシアが静かにそう告げれば、
今再び、黄金舞い落ちるその最中で、手指をぎゅっと折りたたみながらも・・
バキリと幼女が目を開いた。
■
赤い瞳、
彼の者の中に彼の者は映った。
在ったのは霊子。
だが、他ならないマゼンダである。
・・して、それは広がった。
果たして赤紫の明るい力の波は乃瑠夏、禍根鳥、彼らを包み込んでゆく。
そして十字の瞳を持つ魔女、魔物達が特異な霊子。
それら全てが霊子の中に消えた、その時に・・・
シアは見た。
マゼンダの中で、ただ一人、
金、黄金の瞳を、
瞼に隠されている筈の瞳を、
幼女を包むマゼンダ、その繭の中を
してマゼンダ、花のような紋様が体中に励起する様を
・・クリミナ、
彼の幼女は今、二つの状態にあった。
生と死、矛盾したそれらこそがこの繭の特性である。
端的に言えば今のクリミナは生きながら死んでいるのだ、
基本能力輪廻転生が発動しているが故に。
意義を持つが故に
霊子渦巻く中、繭の中。
布地が裂ける音の後、腕が顔を出す。
・・マゼンダが黄金に変われば繭は散った。
してその時に・・・・・
金の腕輪・・シアの目の端を取らえた。
■
「貴方・・・なんで」
あからさまにさえ思える程驚いた声にしかし葵は返事を返さない事を私は知っていた。
目の前に見えるのは金の腕輪、
悪趣味なそれは黄金の髪と瞳、
十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年
明星葵
即ち傲慢の魔女の代理、その人の物である。
都市壊滅規模の魔力を放っていた彼は今、魔力を解き放たずにしかし力強く、シアの前に立つ。
19号、桃色の髪に十字に割れた金の瞳を持つ少女
少女は今、シア達を見つめていた・・それを理解するシアである。
大小様々な傷を受け、血を流しながらも見上げる19号は、プネウマに寄り添われながらもしかし察したのだ。
見上げられたクリミナ達の前に現れた葵、彼の一つの傷も付いていない様子を見て、
瞬時にシアの敗北を
けれど一言発しかけて、口が動かせなくなるシアである。
あり得ない程の魔力、葵から発せられたた力の奔流に都市を壊滅させられる程の力に、喋れなくなったのだ
・・そしていつの間にか穿たれたれていたクリミナの胸に
声が止まった。
■
吐息を吐き出す。
空を見上げれば薙ぎ払われ晴れ渡った空の模様が。
辺りを見渡せば、広がっていたのは残骸と化した都市が目に写っていた。そして一言言葉をただ吐く19号である。
「・・この惨状、嫉妬の魔女の代理殿のせいですか。本当に大変ですね。」
「ある種、最大の障害、その一つだからな。」
丁寧な19号の言葉にプネウマがただ返事をする。
七十二字騎士団、十字の瞳を持つ彼の者らは端的に言えば、処刑対象の魔女の代理、禍根鳥憂喜の手に入れた魔女と魔物の軍隊、その総称である。
・・・して熟年の魔女と熟練の魔女、人を超えた者をも含めた精鋭部隊である彼らは自治区の自警団、魔女の代理に匹敵する彼らの残骸、そして「紛れ人」のほぼ全てを殺し尽くしたのだ。
109人もの自警団、10235人もの自治区の死亡者達の送り主である七十二字騎士団は今、再生の時を迎えていた。紫がかった黒、即ち魔素が彼らの元に集まってゆくのだ、基本能力である輪廻転生が発動しているが故に
・・クリミナとは明らかに違う変容にしかし19号、プネウマは戸惑わない。
まるで一種の日常でしか無いように七十二字騎士団を見つめる。
・・当然なのだ、
これらは基本能力の一つ輪廻転生の五つある発動の段階のその一つでしかないのだから
そして今は「回収」。
死者蘇生の為の三つ目の段階そのものである。
「仮死」は第一段階、
深い眠りにつかせる。
「流転」は第二段階、
自分自身を犠牲にし魂を再び構築する。
「回収」は第三段階、
行われる周囲のエネルギーを用い自身の肉体を再構築する。
故にこそエネルギーが、魔素が骸を更に分解し骸を残骸に、火煙を魔素に変えながらまるで餌を用意さえれた獣のように喰らい自治区を「残骸」そのものと化していく。
「困った。彼らの中に一人、今細工を仕込んだ者がいるのだがな。」
「・・・マスターが今、
共に戦っている者の一人には確かにいますね、・・予言の魔女が。」
そうけれども慈悲深いながらも困ったように言葉にする禍根鳥に少し白々しくも19号言葉を返す。
シアの話を出して、
空を見上げて
してそこに広がっていたのは空だけではなく、
傲慢の魔女の代理が傲慢の副代理の胸を手刀で貫くという・・・
惨状だった
■
黄金の腕輪、
悪趣味なそれに塗れた血を気にしていないように葵はこう言葉にする。
「「解けよ」」
言葉と共に目の前でクリミナの花の紋様がどくんと脈打てば散った、ただ散った
開いた目が、
体中、頬からでこ、腕から指先、
そして腿から脚先、爪の先まで伝った赤い紋様が黄金に変わってゆく・・
そして散った
クリミナがクリミナそのものが散った。
直感的に私は理解する。
変わったのだと
クリミナの肉体が特異とは言えただの黄金色の霊子に。
他ならない葵の言葉故に。
貫かれた胸部、致命傷足るそれ故に。
・・落ちながら大地に還っていく霊子と成り果てたクリミナにしかし一同は目を向けはしなかった。
傲慢の魔女の代理、彼が佇んでいたのだ。
都市を滅ぼせる程の気配を発しながら。
けれど・・
瞬き。
ただ一瞬の内のそれの後・・・・・暴走することもなく意識を私は失った。
赤い光が目の前で瞬く中で、暴走する前に
心臓を貫かれた痛みと共に。
黄金の腕輪、血に濡れた腕輪が放った鈍い光と共に。
割れた空が穴を残しけれど再び全てが雲に覆われた
・・・そして私は目を開いた。
実感の無い記憶の中、
白い天井の下で




