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石畳の道がある

「将暉くん、行くぞ!」

「おう!」


 野球部の啓二は、棍棒を振り回しながら瑠璃を追いかけてくるゴブリンの顔面をバットで振り抜いた。

 サッカー部の将暉は、鼻血を吹き出しながら仰向けに倒れたモンスターの頭部を蹴り上げる。

 脳震盪で気絶したゴブリンは、白目を向いて地面に大の字で転がった。


「なかなかの連携プレイだな」


 生徒会長の卓造は戦闘に参加せず、野球部とサッカー部の部長が倒したゴブリンを覗き込んで顎に手を当てた。

 校門を出てからしばらく、調査団の彼らが倒したゴブリンは三体目である。


「昭夫、こいつにもとどめを刺さなくても良いのか?」


 啓二に聞かれたヤンキーの昭夫は『ああ、とりあえず半殺しでいいぜ』と、倒したゴブリンの前歯を釘バットでへし折った。


「こいつらは、ただの(けもの)じゃねえ。生かして帰せば、俺たちの学校を無闇に襲わねえだろう」

「それは、どういう理屈だい?」

「食料になる獣はともかく、腰箕を巻いて武器をもっている子鬼には仲間がいる。下手に殺せば学校に報復があるかもしれねえが、ボコって帰せば近付けば殺られると警告になる」


 卓造が『そういうものか?』と、昭夫に聞き返す。


「お前らだって、こいつを殺す覚悟はねえだろう」

「ああ、ここが異世界だとしてもバットで生き物を殴り殺す気にはなれない」

「俺だって、モンスターをボールのように蹴り殺すのは御免だ」


 青い血のついたバットを握る啓二と、同じく血に汚れたスパイクシューズを履いた将暉が浮かない顔で呟いた。

 二人の言うとおり、異世界転移したとはいえ、いきなり命を奪うことを受け入れられるはずがない。

 ただし木々の間から顔を覗かせる四足のモンスターを躊躇なく撃ち殺す、弓道部の静香部長は例外のようだ。

 和弓に袴姿の彼女は、昭夫に『四つ足の獣は食料になる』と言われており、四足のモンスター退治を買って出た。


「静香さんは、どうなんですか?」


 囮役の瑠璃は肩で呼吸を整えながら、目にしたモンスターを弓で射抜く静香に問いかける。

 静香は腰まで伸びた黒髪、凛とした表情、モンスターを射抜いても動揺することもなく、むしろ彼らの命を奪うことに嬉々としたものを感じた。


「私のような武術家は日々、殺るか殺られるかの心算を鍛えている。学校で待っている生徒たちのためと思えば、獲物を狩ることに動揺はない」

「静香さんは、そこの男子より頼りになります」


 瑠璃に褒められた静香は、頬を上気して咳払いをした。

 女の子らしい同級生に頼りにされて、男前女子の弓道部の部長は満更でもないようだ。


「瑠璃さん、俺たちだってウサギやシカなら躊躇しません。でも人間のように歩いているモンスターを殺るのは、ちょっと抵抗があるというか……」

「啓二の言うとおりです。俺も、クマの頭ならオーバーヘッドキックで蹴り殺してやりますよ」

「まて、私を小物専門みたいな言い方をするな。次にモンスターが襲ってきたら、眉間を射抜いて殺してみせようか? なんなら、そこで倒れている小鬼にとどめを刺してやろう」


 瑠璃に言い訳する啓二と将暉に、だしに使われた静香が食ってかかる。

 見兼ねた昭夫は『てめえら少しは落ち着け』と、寝ていたゴブリンの脇腹を小突いて起こした。


「おい、てめえに日本語が通じるかわかんねえけど、これに懲りたら学校には近付くんじゃねえぞ」


 血塗れの口元を押さえたゴブリンは、キョロキョロと生徒の顔を見渡すと、拳を振り上げた昭夫に頭を下げて立ち退いた。

 卓造が『本当に逃して良かったのかい?』と聞くと、ヤンキーは軽く頷いて屈めた腰を伸ばす。


「あいつを殺せば、仲間が学校に報復にくるぜ」

「彼を生きて帰せば、仲間を連れて戻ってこないか?」

「化物もヤンキーも中途半端にボコれば報復してくるが、前歯の数本折って帰せば警戒して近寄ってこねえだろう。南粕上(なんかす)高校は、やべえから手を出すなってなる」

「うむ、不良ならではの発想だな」


 卓造が納得すると、そのまま先を急ぐことにした。

 食料については弓道部の静香のおかげで確保する算段ができたものの、昨日出かけた漫研とイラスト部の生徒の手掛かりが見つからない。

 調査団の校外探査は夕暮れまでと決めていたのだが、空は茜色に染まっており、そろそろ学校に引返す時間が迫っていた。


「昭夫、こっちに道があるよ」


 囮役で先行していた瑠璃が、森の開けたところで振り向いて手を降っている。


「でかしたぞ瑠璃!」


 昭夫が駆け寄ると、山の尾根沿いに麓に向かって真っ直ぐな石畳の道があった。

 明らかに整備された道があるのなら、この異世界にも人間のように文明を持つ種族が存在する。


「これは調査団の収穫だな」


 後から追いついた卓造は、メガネのレンズを拭いて石畳を確認した。

 麓まで真っ直ぐ続いている石畳の道は、モンスターや獣が作った獣道ではない。

 先程のゴブリンが作った道かもしれないが、そうであれば、彼を殺さずに逃してやったのも結果的に正解だった。


「会長さんよ、このまま山道を下るかい? 文化部の連中が学校に戻らないのは、この道を見つけたからかもしれねえぜ」

「いいや。そうだとしても僕たちまで消息不明で、みんなに心配をかけるわけにいかない。今日は、ここで引返して対策を練ろう」

「おう」


 調査団に先んじて校外に出ていった漫研やイラスト部の部員は、この道に辿り着いて街に向かっているのだろうか。

 昭夫たちは夕暮れ時、日没までに学校に戻るために来た道を引き返した。


「瑠璃ちゃん、何も活躍できなくてごめんね」

「あ、私もたいして役に立ててないから気にしないで」

「でも……」

「陽子ちゃん、昭夫のところに弓が飛んできたら叩き落としてね」

「うん」


 バトミントン部の陽子は、囮役を引き受けた瑠璃に引け目を感じていたらしい。

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