中編・霧島邸②
完結編は一時間後に投稿します。
「これで彼女を殺せるでしょうか」
山治が自室から持ち出してきたのは競技用のショットガンだった。
机の上にはブランデーとグラス。彼と根室刑事は、復讐の悪鬼と化した花寅の襲撃に備え、二階の洋間で夜明かしをすると決めた。
「撃退するだけなら十分です。しかし殺すには心許ない」
羅刹女を射殺するならライフルは欲しいところだ。女を手負いの虎にして逃がすことがいちばん恐ろしい。
「魔物狩りの銃なら私が持っています。霧島さんはあくまでご自分の身を守ることを第一に考えてください」
霧島邸の前には三台のパトカーが停車し守りを固めていた。乗員の警察官らには霧島花寅が出現したら即発砲せよと警部の口を通して伝えてある。
山治はグラスに洋酒瓶の中身を注いだ。
「一杯だけですよ。気付け薬の代わりとして」
「僕を女々しい奴だと思われるでしょうね」
「事件が解決するまでは気をしっかり持ってほしいところですが、私も見た目ほどドライな男ではありませんから」
大風が館の真上を通り過ぎ、窓がガタガタ揺れた。
外も騒がしくなったのは風のせいだけではない。
「根室です。何かありましたか」
無線で下に問い質す。
「助けを求めてきた人がいます。若い女性──私立高校の制服を着て見知らぬ女の子に襲われたと、かなり取り乱していまして」
「撃って! 撃ってください!」
一息で飲み干すはずのブランデーを噴き出して山治が叫ぶ。
同時に警察官が窓を割って二階へ投げ込まれた。
野獣が血迷ったおのれの被害者を装って接近してきたと気づいたときには、よろめく体を支えた警官がハンマーのように振り回されていたという。
「撃て! 撃て! 捕獲はあきらめろ!」
警部が怒号をあげ、発砲音が静かな郊外に鳴り響いた。
「霧島さんはここを動かないで!」
根室も短筒のようなデザインの愛銃を手に階段を駆け下りる。
想像以上の狡猾さだ。射殺の一択あるのみ。
ドアを蹴って屋外へ出ると、鼻先を人影が駆け抜けた。
接触したら弾き飛ばされそうな速度はまさに疾風。戦慄を覚えながらも闇に溶け込む寸前の影に発砲したのは、さすが怪異慣れした猛者である。
手応えを感じた。降魔の銃弾を受ければ力の三割以上が削られる。
「大至急応援を呼べ! 機動隊が必要だと!」
路上では喉を抉られた巡査が転がっている。
花寅とはうまく名付けたものだ。
木立の中に隠れても葉擦れの音さえしない足運びは猫、一瞬で塀に飛び移る身軽さは豹、一撃で人間を打ち倒す腕力は虎。
さらに三人の犠牲を出して、ついに根室らは猫族の化身を追い詰めた。
霧島邸の屋根に飛び移った女の足元を狙撃、裏庭へ滑り落ちたところへ殺到するとプレハブの物置へ逃げ込んだのだ。
「出てこい! 今なら楽に殺してやる!」
投降を促しても当然ながら返答はない。
探照灯が破壊されて頼れる灯りは懐中電灯と屋内からの照明のみ。心音まで聞こえてきそうな夜の帳の中で睨み合いが続いた。
もう犠牲者は増やせない。断固この場で仕留めるべし──目配せを交わすと呉田警部が残った部下二人に左右に分かれるように合図を送る。
二人の手で物置の扉がそっと開かれる。飛び出してきた牝虎に全弾ぶち込んでくれんと引き金に指をかけた時、二階の窓ガラスが割れた。
「霧島さん⁉」
室内で散弾銃をぶっ放したらしい。
しかも物置の中は空っぽ。猫の子一匹いない。
「奴に担がれたのか?」
四人で山治の部屋へ突入したが青年の姿はなかった。
花寅に拉致されたか心変わりして自ら彼女に着いていったのかはともかく、霧島山治の姿は忽然と屋敷の中から消え失せた。
変装用の服の出所が判明したのは明朝、神社の欅に下着姿で縛りつけられていた女学生が救助されてからである。




