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前編・霧島邸

ホラー的な要素のある雰囲気小説ですね。

根室刑事は『三光大明神の御意向につき愚昧な少女に折檻します』の根室重光とたぶん同一人物です。

 「義妹について詳しく説明するには僕の家まで御足労願えませんか。そのほうが納得してもらいやすいので」

 霧島青年の言葉に従って、彼の自動車に先導されてパトカーを走らせることおよそ三十分。根室らは周囲が畑だらけの一軒家へ到着した。

 鐘本家以上のスケールだが、どこか陰々滅々とした洋館である。

 根室刑事は薄暗い廊下の突き当りの部屋へ案内された。


 「妹の花寅かとらはこの部屋で生活していました」

 ドアは頑丈な鋼鉄製で、食事を出し入れする小窓には鉄格子が嵌まり、隅には洗面台とトイレ、とても年頃の娘にあつらえた部屋とは思えないものだった。

 まるで監獄である。いや、広さはまずまずで、天井にブラキエーションでもせよと言わんばかりにタラップが植えてあるので類人猿の檻みたいだ。

 「花寅さんは何年もここで過ごしていらしたんですか?」

 「二年半、花寅が人を殺しかけた日からです」

 白いシーツのかかったベッドに腰を下ろし、霧島山治は彼が妹と呼ぶ女性の呪わしい出自を語り始めた。


 「あの子と初めて会ったとき僕は十五歳、父と一緒に海外を巡っていた頃です。国名は伏せますが、ある地域の曲馬団で〝虎娘〟と称して見世物にされている日本人の女の子を見かけました。あまりにむごい仕打ちを座長から受けているのを見かねて僕が父に頼んだのです。一生のお願いです、学校の成績も一番を取り続けますから、どうか可哀そうなあの子を引き取ってほしいと」

 「お父様はよく承知してくれましたね」

 「おまえがそこまで頼むならと笑って……すぐ後悔しましたが」

 宜なるかなと根室は苦笑した。

 「花寅という名は僕が考えました。花のように艶やかで、曲馬団では本物の虎に混じって火の輪くぐりなどをやらされていたからです」

 「虎と戯れている時点で普通の人間でないと気づくべきでしたね」

 若き巡査長はあっさり彼の軽率さを指摘した。


 「はい。羅刹女ラクシャーシというそうで」

 羅刹女──仏教世界において夜叉と並ぶ悪鬼の種族。

 古都の警察は早くから魔性の実在を認めており、根室の属する間境区署も人外の存在に端を発する犯罪を多く手掛けてきた。取り分け羅刹女の血を受け継いだ人間の女性に関わる事件が彼本来の職務なのである。

 「花寅さんが人を殺しかけた件にお尋ねしていいですか」

 「僕と花寅と二人で夜の街へ出た日のことで……お酒の味を覚えたばかりで気が大きくなっていたのでしょう。柄の悪い連中に絡まれまして」

 そこまで聞けば後は容易に想像できた。

 案の定、自分が殴られたことで義妹が逆上、頭髪を豪猪のごとく逆立てて相手に襲いかかり、山治がやっとの思いで制止したときには、荒くれどもが血濡れのスルメのようになっていたという。


 「事の次第を聞いて、父は花寅をこの部屋へ閉じ込めました。僕の嘆願はことごとく無視され、彼女と社会との繋がりを絶ったのです」

 「待ってください。お父上が花寅さんを閉じ込めた理由はそれだけですか? 喧嘩騒ぎだけで花寅さんは羅刹女と判断されたのですか?」

 「羅刹女という人種の存在については聞いていたようです。以前から花寅は体操の授業で女子としては破格の……男子の最高記録に達する記録を叩き出して、クラスメートからも尊敬される以上に不気味がられていましたから」


 「羅刹女や獣人の血統の女性を隔離更生させるスクールも存在します。お父上は、そういった学校に花寅さんを入れることは考えなかったのですか」

 霧島は悲しげに頭を振った。

 「家名を何より尊ぶ人でしたので。正体を知ってからは父にとって花寅は、ただただ厄介者であり恐怖の対象でしかなかったのです」

 根室は鋼鉄製のドアを内側から観察して怖気をふるった。

 魔性の娘が義父の仕打ちに死に物狂いで抗議し、力任せに脱出しようとした痕跡が生々しい。表面が凸凹に歪み、拳や足形までついている。


 室内に明るいに材料を求め、根室は卓上の写真立てに目を止めた。

 「それに映っているのはあなたと花寅さんですか?」

 「S海岸で撮影したものです」

 額に嵌まった写真には波打ち際で戯れる少年と少女が映っていた。

 「ああ、やっぱりこの頃がいちばん幸せでしたよ」

 山治は懐かしそうに目を細める。温かい気持ちが伝わってきて根室も表情を和らげたところへドアの向こうで彼を呼ぶ声がした。

 「来てください根室巡査長! 死体が!」


 声の先に向かった二人が見たものは、口にタオルを詰められて絶命している老女だった。起立した姿勢でクローゼットに押し込まれており扉を開けると倒れかかってきたという。

 「イトさん……!」

 山治が締めあげられたような声を出す。

 「イトさん?」

 「家政婦です。僕が生まれる前から霧島家で働いてくれている方で、父母亡き後は妹とこの人が僕の家族でした……なぜイトさんまで!」

 駄々をこねるように壁を叩きまくる山治を賢明になだめて、霧島花寅が幽閉されていた部屋で会話を再開した。


 「花寅さんの犯行の動機は何が考えられますか」

 「僕への復讐です。他にありえません」

 霧島山治は語気を強めて答えた。

 「写真ではとても仲睦まじく見えましたが」

 「だからこそです。彼女は僕に見世物小屋の虎から人間らしい暮らしへ救ってくれた恩人以上の好意を寄せていました。僕も花寅を娶ることが自然だと感じて結婚の約束までしたのです。しかし、彼女の野生が露わになるにつれて……」

 逃げてしまったと青年は頭を抱えた。

 「去年、父が脳卒中で亡くなり、遺言に従って僕は父の旧友の鐘本氏のお嬢さんと婚約しました。それを檻の中で聞いた花寅の激昂ぶりはもう言葉では表現できません。裏切者裏切者と叫んで鉄扉を破壊しそうな勢いで大暴れして……」


 鉄板に残る乱打の痕が少女の怒りの激しさを物語っていた。

 「復讐の本命はあなただと?」

 「婚約者だけを手にかけて、裏切った僕を捨て置くはずがありませんから。舞子さんを殺したのもデモンストレーションのつもりでしょう」

 「あなたの警護をしていれば花寅はいずれ現れるわけですね」

 「僕は花寅と刺し違えてもいいと思っています」

 「滅多なことを口にすべきではありません」

 青年の顔に悲痛な覚悟の色を感じてたしなめる。

 「責任を感じるなと言っても無理な話でしょうが、霧島家の名誉を守り、建て直す人間はあなた一人だけなんですからね」

 「もう、そんなもの……」

 捨て鉢な微笑はますます根室の不安をかき立てた。


残りは明日まとめて投降します。

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