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序編・鐘本邸

元ネタは江戸川乱歩の『人間豹』、横溝正史の『花髑髏』だと思います。

 「おじ様、嬉しそうですわね」

 鐘本かねもと紡績社長・鐘本舞助氏は青芝の前庭で声をかけられた。

 「そりゃあご機嫌にもなるさ」

 大切な一人娘の舞子の縁談がまとまり、夕方には婚約者の霧島山治君や知友諸々を招待して盛大な晩餐会を開く予定なのだ。

 「お嬢様のフィアンセがいらっしゃるのですわね。相手はどんな男性かしら?」

 「鐘本家の婿に申し分ないね」


 霧島山治きりしまさんじは文武に通じた心優しい青年だ。旧男爵家と血筋も良い。

 歳のわりに神経過敏なところがあり、特に舞子との婚約が成立した日からは絶えず何かを警戒しているかのような素振りが気がかりではあったが、それも舞子と夫婦になれば解決する。あの子の朗らかさが夫にも伝染つたわるだろう。

 そろそろ到着してもいい頃合いなので、直々に娘の婿を出迎えてやるかと玄関を出たところで見覚えのない少女に遭遇したのである。


 「君は誰かね? 舞子の友人かな?」

 一体どこの娘だろう。見た感じでは十代後半ぐらいで、健康的に手足が伸びてバネがありそうな体つきだ。

 所々ほつれた白いブラウスに灰色のスカートは年頃の少女にしては服装が地味どころか貧相過ぎて憐れであり、とってつけたようなお嬢様口調も耳に障る。

 何より大事そうに抱えた紙袋の中身が気になった。


 「もし忘れているだけなら申しわけないが教えてくれ」

 「嫌ですわ。おじ様の婿になる方の妹じゃありませんの」

 「山治君の妹?」

 初耳である。霧島青年は天涯孤独の身の上のはずだ。

 「わたしからも祝福の引き出物ですわ」

 そう言って、自称霧島山治の妹が紙袋を押し付ける。

 「何が入っているんだい」

 「ご自分の目でお確かめになってください」

 おそるおそる紙袋の口を開くと娘と目が合った。


 「舞子っ⁉」

 六十男が絶句して引き出物を芝生に投げ出した。二度と中を見る勇気はない。袋の底から血が滴っていることから考えてもあれは本物──。

 「娘の首ならもっと丁寧に扱ってさしあげては?」

 少女が笑う。大きく口を開けて笑ったので奥までのぞけた。

 異様に尖った歯がぎっしり並んでいる。

 「あの世で娘に身の程を説くんだね」


                   ※


 若い刑事が指揮に当たっていた刑事に挨拶する。

 「呉警部、間境署の根室です」

 「君が根室巡査長か」

 事件現場は鐘本家自慢の明石海峡を臨む洋風の別荘。

 特徴的な円形のバルコニーから首のない裸身が吊るされているのを今夜の祝賀会の招待客が発見、半狂乱で通報し、所轄の警察官らが駆けつけた。

 首をもがれた死体は鐘本舞子。屋内では鐘本夫人と二人の執事が殺害され、鐘本舞助氏も娘の頭部を膝に抱えて絶命しているという有様だった。


 「神戸まで呼び立ててすまんな。君を指名した時点で如何なる輩の犯行かお察しだろうが」

 「すべて素手での仕事なら羅刹女ラクシャーシですね」

 根室には最初からわかっていたことである。若くして署内の僻地で資料整理に勤しむ彼が、現場に呼ばれるのは人外の犯行の線が濃厚な場合に限られていた。

 「実はもう犯人の目星もついている」

 「データのある女ですか」

 「未登録だ。この方から直にうかがうといい」

 応接室のドアを開けて二十代後半ぐらいの青年が入ってきた。

 「霧島山治と申します。舞子の婚約者でした」

 死相が出ていると根室は感じた。暗澹とした目つきを覗けば、本来は明朗な顔立ちの美男子なだけにわかりやすい。

 「犯人をご存じだという話ですが」

 「霧島花虎きりしまかとら、僕の義理の妹です」


すぐに2話めを投稿します。

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