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専業主婦になります!  作者: まとまと
第二章 イツキ家の悲劇
30/44

姉さんの目的

―タチバナ サツキ―


あれから一週間が経った。



例の中学校の休校は解除され、アオイは通常通り学校へ通っている。

結局あの教師はいったい何だったんだろう。

お母さんに訊いても


「それはお母さんが訊きたいよ・・・」


と、遠い目をして明後日の方向を向いたまま固まってしまったので分からずじまい。

一応警備団で教師の身辺の調査、学校側では今後同じようなことがないよう対策は万全ということだった。

その対策とやらで実際に何をしたのかまではわからないけど、もしかしたら生徒や保護者を安心させるためにそう連絡しただけかもしれない。


・・・あれ、わたしはいつからこんなに疑り深くなってしまったんだろう。




そして、わたしの日課に参加したマモル少年は一週間前に比べるとだいぶマシになった。

マシになったと言ってもまだ一年前のわたしよりも体力少ないけど。

一週間でスタミナがモリモリ増えるわけがないので単純に体を動かすコツを掴んできたんじゃないかな。

逆を言えば今までどんだけ運動してなかったんだって話になるけど。

そんな運動音痴なマモルはちょっとでもお母さんの話題を出せば、フリスビーを追いかける犬の如く疾走しだすので見ていておもしろ・・・いやいや微笑ましくあります。



そんな罪づくりなお母さんは


「ふんふんふーん」


朝からずっとこの通り超が付くほどの上機嫌だった。

わたしは任務の為に本部へ行っていたので家を空けている時の様子はしらないけど、帰ってきてからも様子は同じ。

ちなみに本日の任務は魔力人形のテスト。

わたしの時みたいに暴走しないよう調整して、その相手をしてくださいというもので何の問題もなく任務完了して帰宅したのだけど・・・



「おっかえりー!」


「ただい・・・ってうわぁ!?」


帰ってくるなりいきなりお母さんに抱き着かれた。


「遅かったね!もう間に合わないかと思ったよー!」


何に間に合わなくなるかというと


「姉さんもうすぐ着くんだって!今どの辺なんだろう・・・電話してみようかな」


そう、お母さんが「姉さん」と呼んで慕っている人がうちに来るらしい。

わたしも会ったことはあるらしいけど産まれたばかりの頃だったので当然覚えているはずもなく、どんな人なのかすごく楽しみだ。

まぁここまでソワソワしてテンションが高いお母さんは珍しいので見ていてわたしもうれしくなってくるのだけど・・・


「むがが!おがあざんぐるじい!!!」


「あっごめん」


ちょっと死ぬかと思った。


「それにしても大事な話ってなんだろう・・・。あっ!もしかしていい人でも見つけたのかな!?玄関開けたら男の人が一緒にいたらどうしよう・・・!」


頬に手を当ててイヤンイヤンと頭を振っている。

さ、さすがに浮かれすぎなのでは・・・。


「とりあえずお風呂入ってくるね」


「荷物持つよ!」


持ってくれるのは嬉しいのだけどなんでリュックに顔をうずめているんだろう。



それから玄関のチャイムが鳴ったのはわたしがお風呂を上がってから約10分後のことだった。



--------------------



チャイムの音に反応してすっ飛んで行ったお母さんが玄関を開けるとそこには女性が一人立っていた。

ちなみに残念ながら男の人はいませんでした。


その女性は、赤みがかった髪を肩の下まで垂らしており、若干たれ目な柔らかい表情が印象的だった。

服装はセーターにロングスカートと、この暖かくなりつつある今の時期にしては少し厚着で、途中で暑くなって脱いだのか腕にはコートを下げている。


「こんばんは。お久しぶりね」


「・・・うん。いらっしゃい!」


「あらあら。前みたいに抱き着いてもらってもいいのだけど」


「い、いやぁそれはさすがに・・・」


言いながらお母さんは背後にいるわたしに視線を移した。

わたしがこの場にいなかったら胸に飛び込んでいたということなんだろうか。

女性はお母さんが後ろを向いたことでわたしに気づいたようだった。


「サツキちゃん・・・よね?大きくなったわね」


「こ、こんばんは!はじめまして!・・・でもないし・・・あはは・・・」


大人のお姉さんという言葉がしっくりくる女性・・・シラユキ ナツさんを前にしてなぜかちょっとだけ緊張していた。

人と話すのが苦手なつもりはなかったんだけどなぁ。


「こんな玄関先で立ち話も何だし上がってよ!」


「あ・・・とっとっと」


我慢できなくなったのかお母さんはおもちゃ売り場に行く子供のようにナツさんの手を引いて家の中に入っていった。

開けっ放しにされた玄関の扉を閉めてわたしも後に着いていく。

まったく・・・これじゃどっちが子供かわかんないよね。




「長旅お疲れ様。麦茶でいい?」


「ええ、ありがとう」


ナツさんから出発したという連絡が来たのはわたしが本部へ行くために家を出る前、午前8時前だった。

そして現在時刻は午後6時。

半日近くもかけて電車やバスを乗り継いで来ているので、文字通りちょっとした旅のようだった。


「いきなり電話してきてびっくりしたよー。大変だったでしょ?」


なぜ電話するのが大変なのかというと、ナツさんが今住んでいる所はケータイの電波が届いていないらしい。

そのため電話をするためにはわざわざ歩いてバス停までいってそこからある程度移動しないといけない。

ケータイ電話を持っている理由は例え圏外の状態でメールを送られたとしても電波が入ったとたんに受信できるし、着信履歴も残るからだそうだ。


「全然そんなことないわよ。慣れって怖いわね」


「そっか」


「・・・」



お母さんは浮かれすぎて気づいていないのだろうか。



「あ、そうだ。お腹すいた?用意できてるからご飯にしよっか」


「そうね、私も手伝うわ」


「いいっていいって。姉さんは座っててよ」



このお姉さんが今にも倒れそうなくらい疲れきっていることに。


玄関で挨拶をしたときはわたしも気づかなかった。

でもそれまでは無理やり笑顔を作っていただけなのか、テーブルに着いた瞬間から様子がおかしくなった。

最初は旅の疲れからきているものだとばかり思っていた。



「サツキー。これ運んでー」


「・・・うん」



もしかしたらわざわざ遠路はるばるうちまで来たのと何か関係しているんじゃ・・・。

キッチンでご飯を受け取ってテーブルに持っていくときに訊いてみた。



「あの・・・だいぶお疲れの様子ですけど大丈夫ですか?」


「・・・え?あぁ大丈夫よ。でもさすがに半日も移動してたらちょっと疲れるわね。心配してくれてありがとう」



玄関先でみた笑顔、そして予想通りの返しだった。

この人がマモル並みの体力の無さで本当に長旅で疲れているだけという可能性もあるけど、だとしたら最初の間はなんだったんだろう。

何か考え事をしていたのか、わたしが声をかけたことに気づくのに時間がかかったように見えたけど。



「よっし準備できた。じゃあ食べよっか」



食事を運び終え、わたしとお母さんもテーブルに着いて夕食を食べ始めた。

お母さんの様子は相変わらず、ナツさんの表情はまた笑顔に戻っていた。



「姉さん今マッサージ店で働いてるんだよね?大変じゃない?変な客に絡まれたりとかは・・・」


「大丈夫よ。よかったらあなたにもやってあげましょうか」


「んー・・・。ありがたいけど姉さん長旅で疲れてるでしょ?」



ただの仕事疲れ?

でもそれにしたって・・・



「旦那さんはまだ帰ってきてないのね」


「うん、たまに電話したりしてるんだけど・・・」


「寂しい?」


「寂し・・・!いかな・・・まぁ・・・」


「ふふふ。正直でよろしい。サツキちゃんは?」


「わたしも・・・早く帰ってきてほしいです」



時々わたしも会話に混ざりながら食べ終わるまで談笑した。

お母さんはまだ話したりない様子だったので、後片付けはわたしがすることにした。


ナツさんは会話するときは終始笑顔だった。

これだったらお母さんが気づけないのも無理はないのかもしれない。


そんなナツさんがご飯を食べ終わった後、意を決したように神妙な面持ちでお母さんと向き合っていた。

そこでようやくいつもと様子が違うなと思ったのか、お母さんが口を開いた。


「ん?姉さんどうかした?」


「ヤヨイ」


それまでの和気あいあいとした雰囲気はすでに消え去っていた。

きっと電話で言っていた大事な話が今から始まるのだろう。

わたしは後片付けをしながら固唾をのんで見守った。


「私と一緒にあなたの実家に帰って」


「・・・え?」


実家に帰って?

いったいどういうことだろう。


そういえばお母さんの実家についてわたしはほとんど知らない。

知っていることとしたら電波が届かない場所にあるだとかすごい田舎だということくらいで、しかもそれを知ったのもナツさんがうちに来ることになった後のことなのでここ最近のことだった。



「な、なんで?」



お母さんはさっきまでの笑顔を引きずりつつもあからさまに嫌そうな表情になっていった。

今までわたしがお母さんの実家のことを知らずにきたのもお母さんが話題にしようとしなかったから。

そしてナツさんのこの苦しそうな表情。


帰省するというだけなのになんでこんな空気になっているのだろう。



「あなたのお父さんが・・・もう長くないかもしれないからよ」



え・・・?

長くないって・・・亡くなるってこと・・・?


それは大変・・・どころの話じゃない。

何かの病気なのだろうか、それとも事故にあったとか?

今も病室のベッドで苦しんで娘の帰りを待っているのかもしれない。

だったら早く行ってあげないと・・・!


少なくともわたしの考えはこうだった。

でも次にお母さんの口から出た言葉にわたしは自分の耳を疑った。











「えっと・・・大事な話ってもしかしてそれ?」










・・・は?

なにそれ・・・





「えぇ、だからお願い」


「だ、だったら電話で話してくれたらよかったのに」


「電話で話してもあなたは来てくれないでしょう」


「で、でも家に来る前とか・・・事前に言ってくれても・・・」


「そうすると私を家に入れてくれなかったんじゃないの?」


「そんなことは・・・」





なに・・・この会話は。




「お願い」


「まぁ・・・わざわざ来てくれたんだし姉さんがそこまで言うなら・・・。それでいつから?」


「明日の朝にでも」


「あ、明日!?急だなぁ・・・えーと明日か・・・」



お母さんはケータイを取り出して操作しだした。

後ろから覗くとカレンダーを見ているようだった。


まさか・・・スケジュールの確認してるの?

何か用事があったら行かないつもり?

嘘でしょ?

わたしがお母さんに文句を言おうとしたその時だった




「お願い・・・します・・・」


「え・・・ちょ、ちょっと・・・」



さっきまでと声の質が少し違った。

こもったような声で口を何かで覆っているのかと思ったけど、ナツさんの方へ視線を向けるとそれは間違いだということに気づいた。



「や、やめてよ・・・」



さっきまでナツさんが座っていた椅子は無人だった。

じゃあ座っていた本人はどこに行ったのかというと、その隣。

床に頭をつけ体を震わせながら土下座をしているナツさんの姿があった。



「お願い・・・だから・・・」


「や、やめて!お願いだから顔を上げて!私に頭なんて下げないで!行く!行くから!」



お母さんは強引にナツさんの腕を引き上げた。

ナツさんの顔はわたしが時折見ていた疲れの表情をしており、もう隠す気力もないように思えた。



「あ、ありがとう・・・」



ありがとう・・・?

なんでこのお姉さんは今お礼を言ったの?

もちろん腕をつかんで引き上げてくれたことに対してではない。

実家に帰ることを了承してくれたことに対してお礼を言った。


意味が分からない。

実の父親がもう長くないと聞いてお見舞いに行くのになんでわざわざお礼を言われなくちゃいけないのか。

わたしがお母さんの立場だったら誰に邪魔されようが絶対に行く。

用事や自分の都合なんて関係ない。

何よりも優先すべきことのはずなのに。



「いい加減にして・・・」



わたしは怒りでどうにかなりそうだった。


もちろんお母さんに対して。



「サツキ・・・?」


「いい加減にしてよ!なんでそんな冷静でいられるの!?お母さんの・・・お父さんが苦しんでるんだよ!?もう二度と会えなくなるかもしれないのに!」


「・・・」


「なんで目をそらすの?じゃあわたしがお母さんの立場だとしたらどう?お母さんが死にそうになってるのにわたしがお見舞いにすら来ずに知らんぷりしてること知ったらお母さんはどう思うの!?」


「で、でも・・・」


「うるさい!!もういい!わたしも行くから!」


「でも警備団の仕事は・・・」


「休む!今から電話する!」



ポケットに入れていたケータイを取り出し、お母さんの返事も待たず電話帳を開いた。

取り出したのはもちろん無地の端末、警備団用のケータイだった。

わたしは迷わず団長に電話した。




「なんだ?」


「あ、えっと・・・お疲れ様です、タチバナです」


入団して一週間で明日休みたいです、なんて言ったら絶対に怒られる。

でも色々と説明してからだと言い訳じみて良くない印象を与えてしまうような気がする。

ここは単刀直入に


「明日・・・あ・・・」


いこうと思ったのだけど明日だけじゃだめだ。

ナツさんがここに来るまでに半日かかっている時点でどうあがいても日帰りというわけにはいかない。

朝に出たとしても向こうに着くのは早くても夕方。

そこから即行で帰って来ようとしても恐らく終電に間に合わない。


「ナツさん・・・何日ですか・・・?」


電話の向こうに聞こえないように小声でナツさんに訊いた。


「そうね・・・短くても2日かしら」


「わかりました・・・。えっと、明日と明後日お休みいただきたいんですけど!」


怒鳴られるのを覚悟して半ば叫びながら要件を伝えた。

あの人が怒鳴るところが想像できないけど十中八九怒られる、逆の立場だったらわたしだって怒る。

でもここは何と言われようとも譲れない。


「理由を聞こうか」


「はい。わたしの・・・祖父のお見舞いに母方の実家の方に行きたいので・・・」


「なに・・・?」


これは・・・怒っているというより驚いているように聞こえる。


「それは君の母親も行くのか?」


「はい、そうですけど・・・」


「そうか・・・わかった。行ってくるといい。」


「え、いいんですか?」


「あぁ、明日と明後日・・・2日間か。予備で3日間にしておくからゆっくりしてくるといい」


「は、はい!ありがとうございます!」


「戻ってきたらまた連絡するように。じゃあな」



なんだかよくわからないけどあっさり許可が下りた。


お母さんの実家に行くということを伝えてから少し様子が変わったような気がした。

団長とお母さんは昔からの付き合いらしいので何か知っているのかもしれない。


まぁ今はそんなことよりも


「というわけでわたしも行くから」


お母さんを睨みつけながら言ったのだけど


「そ、そう・・・」


お母さんの様子はさっきと変わらない。





もう嫌だ・・・こんなの耐えられない。



「ねえお母さん・・・」



こんなのわたしの知ってるお母さんじゃない。



「なんでそんな顔してるの・・・?」



今のお母さんの顔は父親の心配をしている顔じゃない。

わたしの顔色を窺っている時の顔だ。



「わたしのお母さんはそんな人じゃない。例え全く知らない人でも助けを求めてる人には迷わず手を差し伸べるような人なのに。人の命がかかわってるんだったらなおさら」



気づけば両目からは涙が溢れ頬を伝って床にポタポタと落ちていたのだけど構わず訴えた。



「自分のことなんかお構いなしに赤の他人のことを助けちゃうような人なのに!人の命を・・・自分のお父さんの命をどうとも思ってないようなお母さんなんて見たくない!お願いだからわたしの知ってる元の優しいお母さんに戻ってよ!!」



お母さんの顔にやっと変化が表れた。

でもそれは相変わらず父親に対してのものではなく、わたしに怒鳴られて落ち込んでいるだけのようだった。



「なに?そんなにおじいちゃんのことが嫌いなの!?」


「そうだね」



あまりにもあっけない「そうだね」に一瞬息が詰まった。

嫌い・・・?

実の父親のことが・・・?



「いや、嫌いとも違うかな。たぶん何とも思っていないんだと思う」



無表情。

少しわたしから目をそらしたお母さんの今の表情はその言葉がお似合いだった。



「サツキがそこまで言うなら聞かせてあげる。お母さんが・・・私があの家でどんな生活を送ってきたのか」







わたしと会話するときは必ず自分のことを「お母さん」と言っていたのにわざわざ訂正してまで「私」と言ったのは初めてだった。




そして、今わたしに向けられている凍り付いたような冷たい表情のお母さんを見るのも初めてのことだった。

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