大人の役目
―タチバナ ヤヨイ―
「さあ、始めましょうか」
というわけで闘技場に移動した私たちは5メートルほどの距離を保って向き合っていた。
それにしても・・・少し大人げなかったかもしれない。
私の話を訊きたいのに最初はあたかもサツキに興味があるような言い方だったのが少しムッと来てしまったのだけど。
話をまともに訊く前に「あやまって」なんて偉そうに言ってしまったせいで結局そこまでして何を訊きたいのかわからないままだった。
この決闘が終わったら大人げなかったことを謝った後にちゃんと話を聞いてあげよう。
ていうかこの子、私が「なんでもきいてあげる」って言った後の勢いったらすごかったな。
「は、はい!!是非に!!」
おとなしい見た目に反して意外と・・・って言ったら失礼かもしれないけど戦うのが好きなのかもしれない。
「お母さん!」
少し考え事をしていたらサツキが声をかけてきた。
「気を付けて!その人・・・!」
「サツキ」
きっとこの子の能力・・・つまりはサツキが負けてしまった原因を教えてくれようとしているのだろうけどそれには及ばない。
「お母さんを信じて」
後ろにいるサツキに顔だけを向けて笑顔で返した。
この子の能力に関してはだいたい察しがついている。
なぜなら・・・
サツキが入団テストを受けている時、この子は観客席にいたのだから。
テスト中はサツキが戦っている姿に集中していて気づかなかったけど、私が人形を真っ二つにした後にこの子の魔力に気づいた。
そして、闘技場から出る直前にそちらへ視線を向けたけどそこには誰もいなかった。
いや、いないように見えた。
そこにいるはずなのに見えない・・・これは・・・
(潜伏か・・・)
すると目の前の少年が忽然と姿を消した。
分かっていたことではあるけどこの子の能力は視覚に対して有効なタイプの『潜伏』らしい。
『潜伏』にはいくつかの種類がある。
私が知る限りでは五感に対して効果があるもの。
味覚に対して効果があったとしてもそんな方法で相手を察知したりすることはまぁないだろうけども。
そして五感以外にもう一つ。
魔力そのものを隠してしまうもの。
これが私にとって一番厄介なのだけど、観客席にいたことに気づいた時点でその心配は無いようだった。
少年は少しずつ、物音を立てないように私に近づいてきている。
ということは普通に移動すると足音で居場所がばれてしまうことを恐れているのか。
そうなるとこの子の能力は視覚に対してのみ効果があるということになる。
もしかしたら匂いも隠しているかもしれないけど私は嗅覚に特別自信があるわけじゃないので関係ないということで。
もしこの子がこの能力だけに頼った戦い方をするなら私の勝ちだ。
なぜなら、私にはこの子が今どこにいるのかが手に取るようにわかるから。
(今は・・・あそこか・・・)
私は左腕を10時の方向に向け、如月を召喚した。
すると少年は驚いてしまったのか、少しだけ跳ね上がり硬直してしまった。
もちろん今も姿は見えていない。
なぜ居場所がわかるのかというと魔力を感知しているから。
この『感知』はみんながみんなできるわけではないけどそれほど珍しい能力でもない、ちょっとした特技みたいなもので、私が入団当初から持っていた数少ないアドバンテージだった。
(む・・・まだ諦めないか・・・)
少年は固まっていたかと思うと少しずつ後退して回り込むように移動していた。
今ので私が魔力感知できるということは分かったはずだけど。
いいね・・・簡単に諦めない子が私は好きだ。
皮肉や嫌味ではなく本心でそう思う。
案外熱い子なのかもしれない。
「睦月」
今度は右手を2時の方向に向けもう一つの愛刀を召喚した。
すると焦ってしまったのか少しだけ足音が聞こえた。
足音を立ててしまったことに気づいていないのか、今度はそのまま私の背後にチョコチョコと移動してそのまま接近してきている。
諦めずに向かってきているところ悪いけど・・・そろそろ終わりにしますか。
十分に引き付けた後、二本の刀を吸収しつつ振り返りざまに右足で足払いを掛けた。
「うわぁっ!?」
このままでは後頭部を床で強打してしまいかねないので、少年の腕を掴んで引き寄せた。
一撃与えたのでとりあえず私の勝ち。
「お疲れ様」
笑顔で相手を労った。
最後まで諦めなかった少年に対して敬意を払ったつもりだった。
でも・・・。
「あぁ・・・やっぱりだめだったかー」
それは私の勘違いだったらしい。
「やっぱりって・・・?」
「だって居場所がばれてるんだったら僕なんか何やっても無駄じゃないですか」
少年は笑っていた。
別に負けたことに対して何とも思ってないですよと言わんばかりに。
「最初から・・・諦めてたって言うの・・・?」
「まぁしょうがないですよね。僕がどれだけ頑張ったところで」
「じゃあ・・・」
正直・・・見ていてイライラする。
「君・・・警備団抜けた方がいい」
「え・・・?」
「無理してここにいる必要はないのだから今からでも・・・」
「ちょ、ちょっと待って!なんでそこまで言われなくちゃいけな・・・!「君は私がたまたま魔力を感知できる人間だから負けたと思っているの?」
私は少年の言葉を強引に遮った。
「私以外にも感知できる人間は他にいくらでもいる。いや、人間だけじゃない。中には魔物にだってできる者もいる。そんなのと命の奪い合いになったらどうするつもりなの?それに流れ弾に当たって死ぬ可能性だってある。強くなることを諦めている今の君が居るにはここは危険すぎる」
今までおどおどしているような表情だった少年の顔がみるみるうちに険しくなっていき、いつの間にか私のことをにらみつけていた。
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!あなたたちみたいな高位の適性を持った人にはわからないだろうけど僕なんてDCなんですよ!?」
つまりは強化Dの召喚Cということだった。
適性の低い自分は努力するだけ無駄だと言いたいのか。
「それに僕がここにいなかったら誰が家族を養うんですか!あなたは僕たちに餓死しろって言うのか!」
「え・・・」
そこまで言われてようやく私は我に返った。
「父さんは様子がおかしくなって病院に運ばれてそれが原因で母さんも倒れて!じゃあ家族の面倒は誰が見ればいいんだ!」
この子が警備団にいる理由は単純にお金が必要だから。
両親が倒れた今、幼いこの子が家族を養うためにはどうしてもここにいなければいけなかった。
確かに警備団に在籍しているだけで給料は支払われる。
ただし、命を失う危険があるこの場所で。
何が「警備団を抜けた方がいい」だ。
私は馬鹿か。
この少年はまだ子供なんだ。
だったら無闇にしかりつけるのではなく前に進むために手を差し伸べるのが大人の役目じゃないのか。
事情も聴かずに自分の感情を押し付けるなんて私が嫌いな大人と何も変わらない。
本当に私は学習しないな。
立派な大人になろうと心では思っていても、尊敬する人たちに全く追いついている気がしない。
「お母さん・・・」
気が付けばサツキが心配そうな顔をして隣に立っていた。
自分の娘にまでこんな顔をさせて、情けなくて泣き出してしまいそうだった。
なぜ私がこの少年に対してイライラしていたか、冷静になった今ならわかる。
この子が以前の私と同じだからだ。
周りの人間よりも劣っているという事実を突きつけられ、どうせ頑張っても無駄だと努力することを諦めてしまったあの時の私と同じ。
ただ、あの時の私にはきちんと叱ってくれる人や慰めてくれる仲間がいた。
私にあの人たちの代わりが務まるかどうかはわからないけど、この少年を傷つけてしまった責任は取らないといけない。
「ごめんね。さっきは言い過ぎて・・・ごめんなさい」
「別にいいですよ。いつものことなので気にしてないですし」
さっきから全く目を合わせてくれない。
完全に嫌われてしまったのかもしれない。
もしかしたらわざわざ私のところへ来た理由が何か助けを求めていたのかもしれないと思うと胸が締め付けられる思いだった。
そんな相手に酷い言葉を次々と浴びせられたら傷つくに決まっている。
「事情も聴かずに酷いことを言ってしまって本当にごめんなさい」
でも、似ているからこそできることが私にもあるはずだ。
「お詫びになるかどうかわからないけど・・・一つ昔話をさせてもらってもいいかな」
「昔・・・話・・・?」
視線だけでもこちらを向いてくれたところを見ると聞いてくれるらしい。
「少し長くなるかもしれないけど・・・じゃあ・・・」
この話を聞いて少しでも前向きになってほしいと願いつつ私は語り始めた。
「今から20年以上も前・・・まだ能力者が強制的に入団させられていた頃のお話。
あるところにまだ10歳にも満たない子供がいました。
その子供は何をやっても上手くいかない、いわゆる『落ちこぼれ』でした。
どうせ自分なんて頑張っても無駄、だったら最初から何もしなければいい。
努力して結果が伴わなかったらそれこそ惨めだ。
そんな子供がある日能力を発症しました。
もしかしたら実は自分にもすごい力が眠っているのかもしれない。
心のどこかでそんな期待を寄せていました。
でも結果は能力者ほぼ最低ランクのダブルD。
あぁ、やっぱりか・・・そんなことだろうと思った。
本当は少し期待していたのに自分に嘘をついて無理やり納得しました。
その方が傷つかなくて済むから。
入団してすぐにこの先長いこと苦楽を共にする女の子と出会いました。
その女の子は鬱陶しいくらい底抜けに明るい性格の持ち主です。
「ねえ!あれあたしたちもやってみようよ!」
女の子が指差した先を見てみると組み手をしている人間が何人かいました。
正直やりたくありません。
どのみちあっさりと負けて嫌な気持ちになるのは目に見えているから。
でも誘いを断るとすごく落ち込んでしまった女の子の顔を見るとさすがに悪いことをしたかなと思い、仕方なくやってみることにしました。
すると結果はなんと落ちこぼれの子供が勝ちました。
「すごいじゃん!強いね!」
褒められることに慣れていなかったその子供は入団してからそこで初めて笑顔になりました。
なんだ、自分だってやればできるのかもしれない。
そして後日。
「ねえねえ!またこの前のやつやろうよ!」
また誘われたので今度は二つ返事で了承しました。
結果は・・・
「わーいやった!勝った!」
惨敗。
この前とは立場がまるっきり入れ替わっていました。
落ちこぼれの子供は女の子が差し伸べてくれた手を取ることもなくひどい言葉を浴びせた挙句、その場から逃げるように走り去ってしまいました。
違う、認めない、こんなの間違い。
追ってきた女の子を振り切ってあてもなくトボトボと歩いていました。
運動音痴な自分でもこんな簡単に振り切れたということは真剣に追いかけてきていたわけじゃないんだな、そんなことを考えていると声が聞こえてきました。
「あ!いたいた!おーい!」
見つかった?
咄嗟に隠れると自分に向けられた言葉ではないことに気づきました。
「あぁあんたはこの前の」
そこには同い年くらいの男の子がいました。
見た目は幼いのにどこか落ち着いた雰囲気をしているのが印象的でした。
「またこの前のお願いしたいんだけど」
「え?また?」
「あーあたしじゃなくて別の子なんだけど」
「それはいいけど・・・その別の子とやらはどこにいるの」
「それがちょっと嫌われちゃったみたいで・・・今探してるから見つけたら特訓お願いね!じゃあね!」
「お・・・おう・・・」
あっさり振り切れた理由はこの男の子に会うため。
こんな短時間で立場が逆転した理由は頑張って特訓したから。
自分なんかとは違ってこの子はちゃんと努力していた。
そしてあんな酷いことをした自分を気遣ってくれて今も汗だくになりながら走り回っている。
幼いながらも自分がいかに小さい人間だったかということに気づかされました。
そして、泣きながら女の子に何度も何度も謝りました。
それから落ちこぼれの子供はその女の子と共にいっぱいいっぱい特訓しました。
時に悔し涙を流して、時に喧嘩し、時に励ましあいながら。
尊敬する人たちに褒めてもらいたい、ライバルに負けたくない一心で努力した結果、その子供は適性Aの人間にも引けを取らない強さを身に着けることができました。・・・おしまい」
そう、私の適性は強化も召喚もDランク。
刀をただ出し入れするだけでも周りの人間に比べるとかなりの時間がかかった。
それを私のパートナーは数日でヒョイヒョイ投げたり戻したりしていたもんだから意地になって特訓したものだ。
「Aランクにって・・・それ本当なんですか・・・?」
「うん、本当だよ」
「でも・・・そんな簡単に・・・」
「簡単では・・・ないよ」
簡単ではなかった。
初めに劣っているのはいつだって私の方。
どれだけ頑張っても追いつけないことだってある。
それでも必死に努力することを続けることができた理由があった。
「その子供はそれまで自分でも気づいてなかったんだけどとんでもない負けず嫌いでね。強化で他の人より劣っているところを見せられたら体中ボロボロになるまで特訓したし、召喚でいいところを見せられたら気絶するまで練習した。すごく長い時間をかけて」
理由は悔しかったから。
他にも理由はあるけど今はとりあえず置いておこう。
「それで君は・・・」
そういえば私はまだこの子の名前も知らなかった。
家に来た時のこの子はなにやら興奮状態に陥っていたので訊きそびれていた。
「あぁ、自己紹介がまだだったよね。私はタチバナ ヤヨイ。もう知ってると思うけどこの子の母親。君は?」
「僕は・・・サオトメ」
「下の名前は?」
「マモル・・・です」
家族のために頑張っているこの子らしい名前だ。
「良い名前だね。それでマモル君は・・・どうかな。強くなりたい?」
腰を折ってマモル君の顔を見上げる姿勢になって返事を待った。
すると少年の瞳がみるみるうちに潤んでいき、また顔をそむけてしまった。
「それは・・・強くなれたらいいなって思ったこともありますよ。でも・・・どうすればいいかなんてわからないんだ・・・」
よかった。
この子はまだ諦めていない。
本当に諦めている人間はここで涙を流したりしないのだから。
「ねえマモル君」
「はい・・・?」
名前を呼ばれて反射的にこちらを向いていたのでそっと眼鏡を取った。
「え・・・ちょ、ちょっと・・・」
「涙を流すのは悪いことじゃないよ。それは君がまだ頑張ろうって思っている証だから」
指で涙をぬぐってあげるとマモル君はキョトンとした顔になった。
ちょっとかわいいかも。
「まずは誰かの背中を必死で追いかけよう。どうすればいいかなんてそれから考えればいい」
「誰かって言われても・・・」
マモル君は私の顔をみるなりしょんぼりしてしまった。
まぁやっぱり同年代の子の方がいいよね。
そうなると・・・
「じゃあこの子なんてどうかな?」
隣にいたサツキの肩に両手を置いて少し引き寄せた。
「え!?わたしこの人に負けてるんだけど!?」
私の見立てではマモル君よりサツキの方が圧倒的に実力は上。
ただ本人がそれに気づいていないだけ。
「じゃあもう一回戦ってみよっか」
「「え!?」」
この二人実は相性抜群なんじゃないかというレベルで同時に声をあげていた。
二人は顔を見合わせて少し黙った後に
「まあお母さんが言うなら・・・」
「僕も大丈夫です」
よしよし、二人ともやる気になったようでなにより。
あとは・・・
「そういえば姿を消した後すごくゆっくり移動してたみたいだけどもう少し速く動けたりしないのかな?」
「速く動きたいのは山々なんですけどやっぱり足音とかで場所がばれちゃうので・・・」
「あーそっかー・・・。音をたてないように速く移動する方法とかあれば私もやばかったかもね。いくら感知できても目に見えないっていうのはそれだけで厄介だから」
「そ、そうですね。あと眼鏡返してもらってもいいですか?」
「あ・・・」
ずっと左手に持ったままだった。
「ご、ごめんごめん。でもマモル君って眼鏡外してた方がかっこいいね」
「え!?」
眼鏡を返しながら素直な感想を述べるとマモル君の頬が赤くなっていった。
どっちかっていうと母性本能をくすぐってかわいい要素のほうが多かったけどどやっぱり男の子はかっこいいって言われた方が嬉しいよね。
「・・・」
「サツキ?どうかしたの?」
「別に、なんでもない」
サツキはいつの間にか私の顔をじっと見ていたのだけど、声を掛けたらそっぽ向いてしまった。
やっぱりさっきの話で私の適性に感づいてしまったのかもしれない。
それにしても最後に少しヒントを与えすぎたかも。
これだからみんなから親ばかとか言われるのかな。




