いかにも気弱な男の子
―タチバナ サツキ―
ピピピピ
「んあ・・・もう朝か・・・」
いつもより控えめなボリュームのアラームで目が覚めた。
なぜ控えめなのかというと隣で寝ているお母さんを起こさないようにするためだった。
あれから映画を見終わったわたし達はアオイが初めてうちに泊まった時のようにお母さんの部屋で三人並んで眠った。
誰が一緒の部屋で寝ることを提案してきたかというともちろんお母さんだった。
「もちろん断ったりしないよね?」
ジト目で言われたわたし達二人は首を縦に振るしかなかった。
さっきのアラームでアオイも目が覚めたらしく、すでに体を起こしていた。
ちなみにお母さんはまだ静かに寝息を立てて寝ている。
どうやらあの映画を見た直後だと上手く寝付けなかったみたいだ。
(昨日はごめんね・・・お母さん・・・)
やりすぎたことを反省し、アオイにお母さんを起こさないよう静かに部屋を出るように目配せをした後に音を立てないように気を付けながら部屋を出た。
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「ふぅ・・・よし!今日のノルマ終わり!」
ランニングを終えた後、アオイからスポーツドリンクが入った水筒を受け取ってウォーキングをしていた。
「自転車に乗ってるとは言えボクもケッコー体力ついてきた気がするよ」
自転車を押しながらアオイも飲み物を飲んでいた。
右手で自転車のハンドルを握り、左手でストロー付きの水筒の蓋を器用に開けている。
「そうだね・・・」
「ん?どうかしたの?」
いつの間にかわたしはアオイの顔をじっと見つめていた。
例の教師が暴走した日、アオイの様子が少しおかしかったことが気がかりだった。
わたしが屋上から教室に戻ってきたあの時・・・。
実は体の調子が良くないとか・・・わたしに気を使って何か隠しているんじゃないかと。
「一昨日学校でさ・・・わたしと目があった時に様子がおかしかったけど・・・あれ結局なんだったの?なんかわたわた言ってたし・・・」
「わ、わたわた?あ・・・あぁ・・・」
思い当たる節があるようだった。
この様子からすると、もしかしたら言いにくいことなのかもしれない。
「えーとね・・・あの時は『わたし』って言おうか『ボク』って言おうか悩んで・・・」
「わたし・・・?どういうこと?」
「中学校に入学してからは学校の中では『わたし』でいこうかなって・・・。もう周りから変な目で見られたくないからさ・・・」
そんなことを気にしていたのか。
わたしやお母さんの前では『ボク』なのに中学校のクラスメイトの前では『わたし』。
あの時はクラスメイトがいるところにわたしが来てしまったからどっちにしようか迷って様子がおかしくなってしまったということか。
でもわたしは・・・
「アオイには・・・そのままでいてほしいよ」
「え?」
「無理して自分を作ろうとしないで自然体でいてほしいな。もしなんか変なこと言ってくる奴がいたらわたしがぶっ飛ばしてやるから!」
小さくガッツポーズをしながらアオイの方を見た。
するとアオイはそれまでのキョトンとした表情を崩して笑っていた。
「ふ・・・ふふ・・・。そっか・・・そうだよね・・・」
「な、なにがおかしいのー!?」
「なんでもなーい。それよりも早く家に帰らないとねー」
それまで押していた自転車に乗ってぐんぐん前に進んでしまっていた。
「ちょ、ちょっと待って!ねえ!!」
なんで早く家に帰ろうとしているのかというとこの後本部に例の物を受け取りに行くから。
時間は特に指定されているわけではないので別に急いでいく必要は全くないのだけど。
歩いて家に帰るつもりだったのに少し前とは別の意味で様子がおかしいアオイを追いかけるために全力で走る羽目になってしまった。
「ただいまー・・・」
「た・・・ただいま・・・」
お母さんがまだ寝ていた場合、起こすのも忍びないので一応二人とも小声だった。
いや、わたしの場合は声を出す余裕がないほど疲れていただけなのだけど。
いつもわたしたちが帰ってきた時は玄関まで出てきてくれるのに未だにお母さんの姿が見えないところを見るとまだ寝ているらしい。
わたしたちはお母さんが目を覚まさないようにできるだけ静かに行動した。
着替えを持ってきて汗を流すためにシャワーを浴びて服を着て家を出る。
普段のお母さんはちょっとした音でも目を覚ますのに・・・。
いくらなるべく音をたてないように行動しても、まだお母さんが目を覚まさないところを見ると相当長い間寝付けなかったのかもしれない。
ちょっと・・・ていうかかなり罪悪感が・・・。
「と、とりあえず行きましょうかアオイさん・・・」
「そうですねサツキさん・・・」
どうやらアオイも同じことを考えていたらしい。
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「・・・」
ここに来るのは初めてではないのだけど今日は以前よりもこの建物が一層大きく感じる。
わたしは一度深呼吸をして自動ドアをくぐった。
「あ!きたきた。サツキちゃん!こっちこっち!」
聞き覚えのない声に名前を呼ばれ、声の主の方を見るとこれまた見覚えのない受付嬢が手を振っていた。
茶髪のショートヘアで耳にはピアスをしており、まさしく今どきの若者っぽい見た目をしており、この前テストを受けに来た時に案内してくれた人とはまた別の人だった。
「え、えーと・・・」
「あれ、お母さんは一緒じゃないんだね」
「母は・・・」
ホラー映画を見て寝不足でその原因を作ったのはわたしですなんて言いたくないです・・・。
「ちょっと野暮用で・・・」
「そうなんだ。ま、とりあえず行こっか。あぁそうだ、私のことはサトミって呼んでねー」
サトミさんは特に気にも留めた様子もなくわたしたちは奥の部屋に案内された。
「あのー・・・ボクも一緒に行って大丈夫ですか?」
「君は・・・サツキちゃんのテストの時にいたお友達だよね?話には聞いてるよー。大丈夫大丈夫そんなに硬くならなくても。よーしじゃあ早速」
片手に持った紙袋の中をガサゴソと漁った後に取り出したのは・・・カード?
「これ、身分証明書ね。これあったら何かと便利だからねー・・・あとはー・・・」
はい、と身分証明書とやらを渡された。
わたしの名前と顔写真が付いており、住所や連絡先が書かれていた。
っていうか、あれ・・・この連絡先の番号って全く見覚えがないんだけど・・・。
「あったあった、はいこれ」
次に手渡されたのはケータイ電話。
ただ、普通のケータイと違うところはメーカーや機種の名前が一切記されていないというところだった。
さっきの連絡先の番号はこれのことか。
「これに任務の内容が送られてくるからね。任務がめんどくさいなーって思って電源を切ったりしたらだめだからね?」
「し、しませんよそんなこと!」
「あと現場に行くための交通費とかもこれを使って支払われるから・・・。ちなみに旅行に行くために勝手にこれ使おうとしても無駄だからね?」
「だ、だからしませんって!」
過去にそんな人がいたのだろうか、念入りに説明を受けてしまった。
「あとはこのー・・・あなたは団員になりましたよっていうのを証明する紙と・・・これこれ」
その紙を受け取るのがメインだと思ってここに来たのに軽く流されてしまった。
それほど重要なものでもないのかもしれない。
そしてその紙の次に出したもの・・・これは見覚えがある。
前に見せてもらった写真でお母さんが着ていたものなのだから。
そうか・・・これからはこれを着て任務に就くことに・・・
「あぁでもこれ別に着なくてもいいけどね。軽くて丈夫だし戦闘で汚れたり破れたりしても替えを用意してくれるっていう理由で着る人は多いけど。あと私服を汚したくない人ね」
「あ、そですか・・・」
その辺どうでもいいんだ。
「まあ重要なのはこれくらいかなー。あ、何か質問とかある?」
「じゃ、じゃあ一つだけ・・・」
「なにかな?」
お母さんは以前主に魔物退治の任務に就いていたという。
だとしたらわたしは・・・
「わたしはどんな任務に就くことになるんでしょうか」
それをきいたサトミさんは少し考えた後に
「・・・怖い?」
そうわたしに問いかけていた。
ここは・・・正直に話そう。
「そう・・・ですね。少し怖いです」
これまで一度も目にしたことがない『魔物』
今でもこの世界のどこかに生息し、人を襲っているかもしれない。
そう考えるとやはり恐怖は拭いきれなかった。
「そっか・・・それを聞いて安心したよ」
「え・・・?」
「ここで、わたしは全然怖くありません!どんな任務でもどんとこいです!なんて本気で言って来たら私から見たあなたは嘘つきか狂人のどっちかだった」
この人なりにわたしのことを心配してくれたのだろうか。
「大丈夫。いきなり無茶苦茶な任務を任されたりはしないだろうから。最初は警備団のお手伝いとかになるんじゃないかな。あなたのお母さんがやってたみたいにね」
お母さんが度々警備団に顔を出していた理由が『お手伝い』。
いわゆるアルバイトのようなものだった。
それを今度からはわたしがやるようになるっていうことはわたしが頑張ればお母さんに少しでも楽をさせることができるようになるということ。
これからやっとお母さんの役に立てる時がくる。
そう思うと俄然やる気が漲ってきた。
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一通り説明をうけたわたしたちは少しだけ食堂で休憩してから家に帰ることにしたのだけど、ちょうどお昼時ということもあって券売機の前には少しだけ人が並んでいた。
「うーん、これは自動販売機で飲み物買って休憩した方がよかったかな」
「あー・・・かもね」
そんなことを話していると後ろから男の子の声が聞こえてきた。
「あ、あの!少しお話を聞かせてもらってもいいですか!」
振り返るとそこには真っ黒な髪が目にかかるほど長く、わたしより少しだけ身長が高い丸眼鏡をかけた男の子が立っていた。
歳はおそらくわたしたちと同年代か少し上ではないだろうか。
とりあえずわたしが抱いた第一印象はガリ勉だった。
「アオイの知り合い?」
「いや知らないけど・・・」
じゃあわたしの前に並んでる人に用があるのかな。
少し横にずれてみた。
「・・・」
あれ?
依然としてこっちを見ている。
もう一度ずれてみた。
「・・・」
おや?
ずれてみた。
「・・・」
むむ?
これは・・・
「・・・え、もしかしてわたし!?」
わたしがそう言うと男の子ははっきりと頷いていた。
「よかったら僕が出すよ」
すでにわたしたちの前に並んでいた人は食券を買い終えたようで誰もいなかった。
結局わたしたちが買う予定だったオレンジジュースのお金はこの男の子が出してくれて、カウンターで受け取ってテーブルに着いた。
「い、いただきます。それで・・・あなたは?」
「僕の名前はサオトメ マモルっていうんだ」
「わたしの名前は・・・」
「知ってる。タチバナさんとアイザワさんでしょ?」
「あれ、なんで・・・」
「もう噂になってるよ。入団テストの時すごかったって」
「そ、そんなことは・・・」
え、噂になってるの?
ちょっと恥ずかしんだけど。
「それで一応僕も団員だからちょっとお話を訊きたいなって思ったんだけど・・・」
あぁ団員だったんだ。
てっきり親が本部に用事があってそれについてきた子供とかだとばかり思っていたんだけど。
「でも・・・わたしが話せることなんて特にないよ?」
実際そうだった。
多分どうやって戦ったとか・・・そういうことを訊きたいのだろうけど。
あの時は無我夢中で戦っただけで人様に話をできるようなことなんて何も・・・。
「じゃあ僕と戦ってみない?それで僕が勝ったら話の続きをしたいな」
「・・・は?」
いきなり話がぶっ飛びすぎだ。
別にわたしは何かを隠したいわけではなく本当に何を話せばいいのかわからないだけなのに。
でも・・・これはいい機会かもしれない。
今は少しでも実戦経験を積みたい。
多分相手は実際に戦ってみて何かを得ようとしているのだろう。
わたしの口元は自然と笑っていた。
「いいよ、やろう」
「ちょ、ちょっとサツキ・・・」
「いいからいいから」
「ありがとう。じゃあ行こうか」
飲み物を飲み終えたわたしたちは早速闘技場へ向かった。
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闘技場は使用中でない場合はフリースペースと化しているらしく、団員が訓練に使うことに関しては全く問題ないという。
というわけでわたしたちは堂々と決闘することができた。
「ルールはどちらかが先に一撃決めるか降参させた方が勝ち・・・これでいいかな?」
「おっけー。アオイ、審判お願いね」
「わ、わかった・・・気を付けてね・・・。じゃ、じゃあよーい」
相手はひょろひょろのいかにもインドアな男の子。
これなら楽勝だな。
なんて少し前のわたしなら油断していたかもしれない。
でももう以前の暴力ゆでだこちんぴら教師の件で学んだ。
油断大敵。
それにわざわざあっちから勝負を仕掛けてきたということは何か策があるとみて間違いない。
とりあえず相手の動きをよく観察しよう。
「はじめ!」
アオイがスタートの合図をした瞬間。
わたしは自分の目を疑った。
「は・・・?」
今闘技場の中にはわたしとアオイの姿しかない。
わたしの目がおかしくなったのだろうか。
いや違う。
アオイも同様に彼の姿を見失っているようだ。
いったい何が起きているのだろう。
いや待てよ・・・
そういえばわたしが特訓を始めたときにお母さんがあんなことを言っていた
「基本的に強化と召喚の二つは多くの能力者が使えるものなんだけど三つ目のその他は種類が多すぎてね。あの時の男の子が使ってた『洗脳』なんかがそれに当たるかな。『奥義』って呼ぶ人も多いね」
種類が多すぎる・・・。
その他・・・?
奥義・・・?
も、もしかして・・・!
その考えに至った時にはすでに遅すぎた。
なぜならいつの間にかわたしの喉元にはナイフが突きつけられていたのだから。
「勝負ありだよね」
嘘でしょ・・・。
油断したつもりはなかった。
自分の力を過信したつもりもなかった。
それなのに・・・。
「ま・・・参りました・・・」
何もできなかった・・・。
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それからわたしたちはエントランス脇にあるちょっとした休憩や順番待ちの為に用意された丸テーブルまでやってきていた。
きっとさっきのは自分の姿を消すとか・・・そういう類の奥義だったのだろう。
洗脳なんてものがあるんだからそれくらいできても不思議じゃない。
でもやっぱり悔しい・・・。
今にも涙が出そうなのを我慢してわたしは口を開いた。
「それで・・・何が訊きたいの?」
「え、えーと・・・そういえば君がテストを受けに来た時にもう一人いたと思うんだけど・・・」
もう一人?
あの時いたのはわたしとアオイと団長と・・・
「あぁもしかして白い髪の?」
「そ、そう!」
えらい食いつきようだな・・・。
「お母さんのことか」
「やっぱりお母さんなの!?」
リアクションすごいな・・・。
さっき券売機の前で話かけてきたときとは打って変わって生き生きしていた。
「そ、そうか・・・お母さんなのか・・・」
あれ?
これもしかして・・・ていうかもしかしなくても。
「ねえサツキ・・・もしかして」
アオイも同じ考えのようだった。
「だよね・・・なに?訊きたいことってお母さんのこと?」
「え・・・えーと・・・」
図星か。
なんだ、訊きたいことってわたしのことじゃなかったのか。
別に何かを期待していたわけじゃなかったけど少し拍子抜けだった。
「それならそうと早く言ってよ。・・・わかった。じゃあ行こう」
「行こうって・・・どこに?」
「どこって・・・わたしから聞くより本人に直接会った方が早いでしょ」
「だ、だからどこに・・・?」
「いやいや・・・。だからわたしの家に決まってるでしょ」
結局何が訊きたいのかわからないけど直接お話してもらった方が早いし楽だ。
それにこの時間ならさすがにお母さんも起きてるだろう。
ていうかなんでこの子はさっきからこんなにもオドオドしているんだろう。
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「「ただいまー」」
「お、おじゃましますぅ・・・」
「おかえりー、って・・・お?」
見覚えのない男の子を発見して目を丸くしているお母さんが出迎えてくれた。
そのお母さんにとって見覚えのない男の子はみるみるうちに顔が赤くなって俯いてしまっている。
ははーん・・・まさかとは思ったけどなるほどそういうことね・・・。
「この子がお母さんとお話ししたいんだってさ。じゃああとよろしく」
「え?え?何?よろしくって?お話?なんの?」
まあそうなるよね。
説明を付け加えておこう。
「その子も団員らしくてお母さんとお話したんだって。じゃああとよろしく」
「え?団員ってこと以外なにもわからないんだけど。結局何の話?」
「と、とりあえずボクは昨日やった内職をチヨさんとこに持っていくね。手伝ってくれてありがとうございました」
「う、うん。あまり役に立てなかったけど・・・」
アオイは玄関脇に用意していた段ボールを持って出て行ってしまった。
まあ後のことはさっきからオドオドしている二人に任せてわたしはこの前買った漫画の続きでも読みましょうかね。
本当は負けた鬱憤を晴らすために外を走り回って来ようとも思ったけど、お母さんたちのお話とやらが少し気になったのでしばらくソファの上で時間を潰すことにしよう。
肝心の二人はリビングのテーブルに着いておしゃべりを始めたようだ。
それから少し時間が経って・・・
「謝りなさい」
漫画に集中しすぎて話の流れが全く分からなかったけど何があったんだろう。
何やらお母さんはご立腹のようだった。
わたしは漫画から目を上げて二人の方を見た。
「なんで直接私の方に来ずに娘を使うような真似をしたの?」
「そ・・・それは・・・」
「自分の意思で私の前に来るんじゃなくてこうなるよう誘導したようにしか思えないのだけど」
「で、でも僕は決闘で勝って・・・」
「決闘?」
そう言ってお母さんはわたしの方を見た。
これは・・・「本当にやったの?」と言いたいのかな。
ここでやっと決闘って言葉が出たところを見るとわたしたちが戦ったことはこれまで伏せて話を進めていたっぽい。
わたしはとりあえず頷いた。
「そう・・・わかった。じゃあ私とも戦って」
「「え!?」」
わたしと男の子は同時に声をあげた
「私が勝ったら利用するような真似してごめんねって娘に謝って。そしてもしあなたが勝ったら・・・」
ゴクリ・・・。
どうするんだろう・・・。
わたしまで緊張してきた。
「私が君のいうことを何でもきいてあげる」




