師団長の実力
「なかなかしぶとい人ですね……」
「お前の方こそな……」
ヘイスとドールは睨み合いながら対峙していた。二人ともあちこちに傷が出来てはいるが、まだまだ致命傷には至らない。
相手の出方を伺いながらも、少しのチャンスも二人は見逃さない。
先に動いたのはヘイスだった。
ドールの元へと走り、正面から斬りつける。ドールはそれを軽く避け、横から反撃を繰り出した。しかしヘイスもそのことは予想していたかのように剣で受け止める。そのまま剣をぶつけ合いながら、睨みつける。
「お前のその腕……本当に師団長なのかよ?サルバスタにいたザラムとは大違いじゃないか」
「ザラム?ふっ、私たちをあんな雑魚とは一緒にしないで貰いたい。師団長や将官といっても実力のあるやつらばかりではないのですよ……。本来なら貴方ごとき師団長クラスに敵うはずがないのです!!」
「そうかよ……だったらその本当の師団長とやらの強さを見せてみろよ!!」
剣を弾き、二人とも後ろへ一歩飛ぶ。すかさず今度はドールがヘイス目掛けて走り、剣を振るう。ヘイスはそれを剣で受け止めると、ドールがすかさず次の攻撃を繰り出してくる。どんどん連続で斬りつけ、ヘイスはそれをなんとか押しとどめる。このままではキリがないので、素早くヘイスはその攻撃を避け、今度はこちらが連続で叩き込む。しかしそれは軽やかに受け流された。
「くそっ」
「貴方の実力など所詮はそんなものですか……」
ヘイスはなかなか攻撃が当てられないことに苛立ち、それがますます剣を鈍らせる。それに気づかないまま次々と攻撃を繰り返すため、ヘイスの体は次第に疲れてきていた。
「もう貴方と遊ぶのは疲れましたよ……そろそろ終わりにしましょうか!」
その瞬間ヘイスの目の前にいたドールは消えた――いや、ヘイスには消えたように見えたのだった。
「どこだ!?」
周りを見渡すが、ドールは見当たらなかった。
いきなり消えたドールにヘイスは半ば混乱していた。剣を構え、どこから来てもいいように対処する。しかしそれも空しく、突然後ろからドールの顔がヘイスの顔に並ぶように出てきた。そして耳元で囁く。
「貴方は弱すぎます」
急いでヘイスは後ろを振り向くが、すでにそこには誰もいなかった。
その光景に驚いていると、さっきまで向いていた方向に気配を感じる。しかしそれを感じたと同時に、ヘイスの体には剣が突き刺さっていた。
一瞬何が起こったか分からなかったが、剣が抜かれた後に血が出てくるのを見て理解する。
「馬鹿…な……」
痛みを抑えながら、またもや振り向くと、そこにはドールが妖しい笑みを浮かべて立っていた。
先が血に染まった剣を持って……。
幸いにもドールの剣が貫いたのは心臓ではなかった。しかしこのまま放っておけば、死ぬかもしれない。ましてや目の前にはまだ敵がいるのだ。
ヘイスは多少の危険を覚悟しながらも、まずはドールを倒す決意をする。
「その体でまだ私と戦う気ですか?愚かな人ですね……」
「うるせぇな……これくらい何ともねぇんだよ!」
そう言ってヘイスは再び剣を構え、ドールに斬り込む。しかしドールはそれを軽やかに避け、まるで遊んでいるかのように次々とヘイスの攻撃をかわしていた。
(くそっ、このままじゃ時間が……)
ヘイスは痛みで思うように体が動かず、少し焦っていた。その焦りがヘイスの攻撃をさらに鈍らす。
攻撃を一旦止め、肩で呼吸する。すると突然ヘイスは体の痛みが和らぐ感覚がした。慌てて傷口を見ると、そこは先ほどよりも大分塞がっていた。
「大丈夫ですか!ヘイス様!」
その声がした後ろを見ると、そこには杖を持ち毅然とした態度で立っているミーアの姿があった。
「ミーア!?」
「ヘイス様、すぐに傷を治しますから!」
ミーアがヘイスの元へと行こうとしたが、それをヘイスは手で制する。
「いや、大丈夫だ。……ありがとな、ミーア。これくらいまで回復すればあいつを倒せる」
「ですが……」
完全に塞がっていない傷を見て、ミーアはまだ何か言いたそうだった。しかしヘイスがそれを聞かないことは分かっていたので、素直に退いた。
戦闘に巻き込まれないように後ろへ下がり、それを確認するとヘイスはドールを見やる。
「ただ少し傷が塞がったくらいで何を勝った気でいるのですか。傷口が塞がったのならばまた開けばいいだけのこと!」
今度はドールの方からヘイスに攻撃するが、ヘイスもそれを軽々と避けていく。その後も両者とも一歩も退かない攻防が繰り広げられていた。
「ヘイス様……セイン様のためにも……」
神に祈るようにミーアは願いを込めた。
ロウエンとサネラは双方一歩も動かずに、魔術だけで戦っていた。
ロウエンが魔術を放てばサネラが魔術でそれを防ぎ、サネラが魔術を放てばロウエンがそれを魔術で防ぐ。そんなやりとりが二人の間にずっと続いていた。
ロウエンは地の属性を得意としているために攻撃も防御も地の魔術だが、サネラは万能型であり、攻撃と防御を火や地といったようにそれぞれ効果的な属性の魔術を使っていた。
魔術を使うには精霊という存在が必要不可欠である。
精霊は滅多に人前には姿を現さず、その姿を見ることのできる者はなかなかいない。
精霊の姿が見れる者とは、即ち精霊に愛されている人間である。
普通の魔術師は皆、魔術を使うために精霊に力を乞うのだが、精霊に愛されている者は精霊が進んで力を貸すために莫大な力を得ているのだ。それゆえ、そのような者は数百年に一度という頻度でしか現れない。
人はみな生まれた時から潜在的に持ち合わせている魔力というものがある。
基本的にその魔力が高いほど魔術師としての腕も高い。つまりは生まれた時に、すでに魔術師として活躍できるかどうかが決まっているのだ。
最も魔力は先天的なものが多いが、修練を積めばさらに伸ばすことも出来るので、生まれた時に魔力が低くても努力次第ではかなりの腕前になる人も稀にいることがある。
サネラとロウエンは二人とも生まれた時から大きな魔力を持っており、その魔力はほぼ同じと言えた。故にロウエンとサネラの腕はほぼ互角で、この戦いはどちらが勝つか分からない勝負であるのだ。
「地の精霊たちよ、彼の者を打ち砕く刃となれ!」
「大地に集う力、我を守護する盾となれ!」
ロウエンが放った土の刃がサネラに向かって素早く飛ぶが、サネラはすかさず大地の盾を張り、それを無効化した。その後すかさず今度はサネラが攻撃に転じた。
「燃えろ、炎に抱かれて!」
「防護の盾よ!」
詠唱と共に放たれた炎がロウエンを包み込もうとするが、それをさきほどのサネラと同じような大地の盾で防ぐ。長い時間の魔術の攻防により、辺りには魔術の巻き添えになった兵士たちの姿があった。すでに両軍の兵士たちは被害に合わないように他の場所へ避難している。二人はこれで心おきなく大きな術を使うことが出来た。
「ちっ、しぶとい奴だね!」
サネラはなかなか相手にダメージを与えられずにいるので、イラつき始めた。
それはロウエンも同じでなんとか致命的な攻撃を与えようとしていた。
「それはこっちのセリフだ……大地よ!」
ロウエンが魔術を放つが、またしてもそれはサネラに防がれる。ロウエンはこのままでは魔力を無駄に消費するだけと感じつつ、どうすればいいか考える。
(こいつの魔力はかなりのものだ。侮れば俺のほうがやられる……)
「ふっ!何を考えてるか知らないけどどうせ私には勝てっこないさ!」
サネラは自信たっぷりに言い放つ。
「それはどうだかな……勝つのは俺さ!」
そこで初めてロウエンは身に付けていた短剣を構えて、その場からサネラの方へと走り出した。サネラは向かってくるロウエンを牽制するかのように次々と魔術を放つが、ロウエンはそれを間一髪避けながら止まらずに走り続けた。そして走りながら詠唱を唱える。
「大地に宿りし小さき命たちよ、我の願いを聞きいれろ!」
するとサネラの足元の大地が突然動き始めたと思うと、瞬間的にサネラの足は大地の中に引っ張られ足を動けなくされた。
「何!?」
いきなりのことだったのでサネラは一瞬何が起こったのか分からず、足元を見ようとした。ロウエンはその隙を逃さずに短剣をサネラに向かって投げた。サネラは短剣を投げた音に瞬時に反応して顔を上げるが、すでに短剣はすぐそこにあった。
身を守るためにサネラは詠唱破棄して簡素な盾を張り短剣を防いだのだが、それと同時に後ろから魔力を感じた。
「これは!」
慌てて後ろを振り向くと、ロウエンが大地の中位魔術を放っていた。詠唱する間もなくまたしてもサネラは詠唱破棄の盾を張るが、それだけでは防ぎきれずサネラはまともに魔術をくらい吹き飛ばされた。
「やったか……!?」
砂煙が散るなかロウエンは期待を込めてサネラが吹き飛んだ方向を睨みつけるかのように見た。
次第にその場所が鮮明になってくると、一つの影が見える。サネラが傷を負っている頭に手を当てながら、ものすごい形相をしてロウエンを睨みつけていた。
「よくもやってくれたね……この餓鬼が!!」
その瞬間、サネラはものすごい速さで走り出す。
「くそっ、やっぱりあれだけでは無理か……」
サネラから来るだろう攻撃を防ぐためにロウエンは防御壁の準備を始める。しかしサネラはロウエンの詠唱を邪魔するかのように、走りながらも炎の玉を次々と放つ。そのせいでまともな防御壁を出せなかったが、これくらいの魔術ならこれで十分だろうとロウエンは思った。だがサネラはその油断が計算ずくとでもいうかのように、いきなり大きな火球をロウエンに放った。
「なっ!」
「さっきのお返しだよ!」
さっきとは逆に今度はロウエンがサネラの魔術を防ぎきれず、後ろへと吹き飛んだ。サネラは確かな手応えを感じ、満足する。
かなりのダメージを負ったロウエンは何とか立ち上がり、サネラと対峙する。すでに二人とも小さくはない傷を負い、魔力もかなり使い果たしていた。
一瞬の睨み合いの後、二人は残りの魔力を振り絞り最後の攻撃を繰り出そうとした。
「これで決める!!」