第二十一話 嫉妬からの大喧嘩
付き合っているということがばれてから、私と彼は可能な限り一緒にいるようにした。
登下校の時は待ち合わせをして、お昼を食べるときは、はれているときは二人で外で食べて、駄目なときは屋上へとつながるドアの前でマットをしいて食べた。
極力彼と一緒にいようとしていたのだけど、それでもやっぱりいつもいつも一緒にいられるわけもなく、彼のことを遠めでしか見られないときがある。
その日は、図書の当番の日だったんだけど、先生も暇だったんで、三人で仕事をしていた。
そこまでは良かったと思う。
私たちは楽しく話していた。
けれど、私もそろそろ新しく読む本が欲しくて、人がいない頃合を見計らって選びに行った時に、見てしまった。
彼が人懐っこい笑みを浮かべているところを。
別に彼が私に対してもそんな顔を見せてくれていたら、たいして気にしなかったと思う。
楽しそうに笑っているぐらいでどうこう言うのは、おかしいと思う。
だけど、私と彼が付き合い始めてから、彼は一度も私にそんな顔を見せた事はない。
あんなに楽しそうに笑ったりした事なんて一度もない。
それなのに、先生には見せている。
それがどうしても悔しかった。
けれど、それでも私は我慢した。
彼との付き合いは明らかに先生のほうが私に比べて長い。
それに、既婚教師と生徒では、嫉妬の対象になんてなりもしない。
そう思い込ませた。
だけど、その後もう一度見た光景で、もう我慢しきれなくなった。
彼は当番の日はそれが終わってから、部活に行き、私はそれが終わるまで図書室の傍にある、準備室で待っている。
以前、彼と先生と三人で仕事をしたのもこの部屋だった。
その部屋で、待たせてもらっている。
もちろん、何か仕事がある場合は手伝っていた。
彼に比べるとまだまだなのかもしれないけど、それでも戦力には違いないと思う。
それで、その部屋で待って、だいたい終わった頃合にいつも彼を待つために校門まで行くのだけど、その日は少しだけ状況が違った。
確かに彼は待ち合わせの場所に来た。
ただし一人じゃなかった。
同じ部活の子なのだろうけど、仲良さそうに話していた。
しかも、さっきと同じく、人懐っこい笑みを浮かべて、たまに相手の娘の頭を押さえたりしている。
はたから見れば、恋人同士に見えるぐらいだった。
その後、私と目があうと、その娘と別れて私のところに来て
「ごめん、待たせたね」
そういうのだけど、先ほどとテンションは明らかに違う。
明らかに私に対する態度のほうが、他人行儀に感じる。
もちろん、同じ部活なんだから、私より付き合いが長い事ぐらい、分かっている。
だけど、それでも悔しくて仕方がなかった。
彼は私に対しては、あんな顔をしない。
それがまるで私のことを信用していないみたいで、悔しい。
私は、彼のことがすごく好きだ。
自分でも、おかしくなったんじゃないかと思えるぐらい、彼のことが好きでたまらない。
だから、彼にはもっと自然でいて欲しいし、あんな笑顔を私にもして欲しい。
その想いが、その時ふつふつと沸き起こってきた。
けれど、彼は相変わらず一歩引いた対応で、笑うときも淡い笑みしか見せない。
それがどうしても悔しくて、それでたぶんすごく不機嫌な顔になってしまったんだと思う。
「何かあったの?」
彼がそうやって尋ねてきた。
その顔が私のことを心配している事がよく分かった。
「なんでもない」
けれど、そんなことはその時の私には関係なかった。
その時の私には、彼が何を言ったところで、気が静まる事はなく、ただただ余計にいらいらさせるだけだった。
けれど、それでも彼は私に尋ねた。
本当に心配だったんだと思う。
その目が心配そうに輝いていたのは、今の私には分かる。
「なんでもないって言ってるでしょう」
だけど、その時の私にはそれに気付くだけの余裕はなかった。
ただただ悪態をつくだけで、挙句の果てには
「まあ、いくらなんでも、怒鳴らなくても……」
彼のそういう言葉に対して
「大体、しつこいのがいけないのよ」
「な……」
暴言を吐いてしまった。
彼が思わず黙り込んでしまったのが分かった。
彼の瞳に感情の変化が写っているのも分かった。
けれどそれでも彼は感情的には決してならず
「でも、それは君が心配だから……」
「本当に?」
必死になって私のことをなだめようとしていた。
けれど、それが逆に私を苛付かせた。
そのまるで子供をあやすかのような態度に。
だから、彼が何か言うたびに噛み付き返した。
もうそれは徹底的に。
最終的に、彼は諦めたのか、途中で別れてしまった。
そして一人になってようやく分かった。
彼の態度が示すように私の行動は子供が駄々こねている時のものと変わりないことに。
それで、家に帰ってしばらく悶々とした挙句謝る事にした。
いろいろと不安で、決断してから行動に移すのには結構時間が掛かったけど、彼はすんなりと許してくれた。
あれだけのことをしたのに、本当にすんなりと許してくれた。
逆にそれが怖いくらいだった。
それでも、私は彼が許してくれたんだと信じた。
彼が優しいと言う事だけは、もう既に分かっていた事だから。
その後、彼にいろいろ聞かれた。
どうして、あんなに機嫌が悪かったのか、と。
彼からしてみれば当然の疑問なのかもしれない。
いきなりわけも分からず八つ当たりされたのだ、そう思っても不思議じゃない。
けれど、それを素直に言うのもためらわれる。
だからといって、答えないのもまたなんだか悪い気がする。
結局、嫉妬していたと答えたのだけど、彼は納得していなかったみたいだった。
どうやら、何で私が嫉妬する必要なんてあるのかと不思議に思ったみたいで、しきりにそんな感じのメールを送っている。
たぶん分かっていないんだと思う。
私が彼に対してはどうしても自信がもてないでいることに。
彼に置いて行かれるんじゃないかと言う不安を常に抱えていると言うことに。
そして、今の私は彼なしでは到底生きてはいけないと。
そう、私はもうなれてしまった。
彼のそっと包み込んでくれるような優しさに。
だからこそ、私は弱くなってしまったんだと思う。
そんな優しさなしじゃ生きていけないから。
自分ひとりじゃ立てないから。
そして、だからこそ今もそうなんだと思う。
今の私の存在はとても希薄だと思う。
自分自身でさえ、自分の存在を感知できないほどなんだから。