第二十二話 思い出の場所と見られたくないもの
昼も過ぎ日が暮れ始めたらしく、外は赤く染まり始めた。
このまま部屋にいたところで、たぶん余計気がめいるだけだと思うので、私は思い切って、散歩でもしようと思い、外へとでる。
依然として、ダメージは残っているけど、それでも前を向いてしっかりと歩けるぐらいまでは回復した。
家を出ると早速紅く染まっている空を見ながら歩き始める。行き先は別に決めていない。ただ気が向くまま、だ。
しばらく歩くと公園があった。
たぶん、知らず知らずのうちにこっちへと足が向いていたんだと思う。
ここにも、私と彼の思い出がある。
と言うよりも、この街全体に数多くの思い出がある。
彼は、あまり外に出たがらなかった。
私がセッティングしたデートなら時々付き合ってくれたけど、それ以外はほとんど家でいたらしい。
彼の話では、そちらの方が落ち着くらしい。
友達といろいろと遊びに行くのが好きな私には、少し理解に苦しんだけど、今の私にならよく分かる。
たぶん、人と会うのがいやなんだと思う。
そんなふうな事を思わせるようなことを何度も言っていた。
まあ、それはいいとして、この公園には何度か来たことがある。
学校の帰りに時間があるときなんかは、この公園のベンチに座っていろいろと話したり、デートとしてきたりもした。
彼にとってもたぶんここはお気に入りなんじゃないかと思う。
そうであって欲しいと思う。
私にとっては、大切な思い出の場所のひとつだから。
「ねえ、どうしてそんなに嫌がるの?」
久しぶりに街に遊びに行こうと提案したのに、彼が頑なに拒否したので、仕方なくすぐ傍にある公園に遊びに来たときの事だ。
どうしても嫌がる彼に少々むっときていた。
「ただ、ちょっと街をぶらつこうって言ってるだけなんだよ。」
それは確かな事だった。
別に買い物がしたいわけじゃない。
彼と一緒にいろんなところに行って、いろんなものが見たい。
ただそれだけのこと。
なのに、彼はそれでもいやだ、と言う。
私としてはかなり譲歩しているつもりなんだけど、彼はそれでも街には出たくないという。
それはもう私からしてみればわがままにしか思えなかった。
「それとも、もしかして私と出かけるのはいや?」
だから、自分でも意地が悪いと思うけど、そんな事まで言ってみる。
さすがにそこまで言われると、少々彼も焦ってしまい、動揺の色をその瞳に浮かべる。
ここ最近になって、ようやく、本当にようやく、彼の心の変化を見ることができるようになった。
と、それは良いとして、彼もようやく答えてくれた。
「そんなわけじゃないんだけど。俺って、なんていうか、人アレルギーって言うのかな、たくさん人がいるところにいると気分が悪くなるんだ。だから、ああいう人がいっぱいいる街はあまり好きになれないんだ」
彼の言いたいことが分かるには分かる。
確かに、そういう人がいると言うことぐらいなら私も聞いたことある。
友達の彼氏がそういう人でなかなか遊びに連れて行ってくれなくて困るとかそういう感じのことを言っていた。
だけど、だからと言ってそうやって街を敬遠ばかりされても、困る。
それでは遊びに行くところが決まってしまうし、何よりつまらない。
たまに、人気がないところに行くのならかまわない。
心の休憩も必要だと思う。
だけど、毎回そうだったら、すぐに飽きてしまう。
時々行くからこそ、ああいったところは楽しいんだと思う。
だから、なんとしても今日は街に行きたい。
私は一生懸命に彼に頼んだ。
こういう時に女の特権の甘えることができればもう少し楽になるんだと思うけど、そういうのは彼には効かない。
もうまったくというぐらい効かない。
と言うか、逆に嫌がられる可能性のほうが大きいし、嫌われる事だってあるかもしれない。
だから、普通に頼むしかなかった。
もう押して押して押し捲った。
最終的には彼の方が折れてくれて、街に遊びに行ったんだけど、そこで後悔した。
普段の彼はあまり感情の変化を見せたりはしないし、口数も少ない。
それは私の前でも同じで、あまりそういったものは見せない。
だけど、それでも彼はある程度の反応はしてくれる。
なんだけど、街に出てしばらくして彼はほとんど反応をしてくれなくなった。
言葉は返してくれるんだけど、いつも以上にそっけない態度だった。
私としては、せっかくこうしてデートとして街まで出できてるんだから、もっとこう甘い雰囲気でいたいのに、彼はそんな事を意に介してない様子で、態度はそっけない。
手を申し訳程度に握っているだけ、はっきり言って満足できない。
その旨を伝えようと思い、近くの喫茶店で休みがてら入ってみたんだけど、そこでようやく気がついた。
中に入って、適当に注文を済ませて、彼の方を見てみたら、そっとため息をついていたのだ。
今まで彼は私と一緒にいるときにそんな事をしたことは一度もなかった。
確かに、見ていて自分まで明るくなってしまうような人懐っこい笑みを見せてもらった事もなかったんだけど、それでもため息をつかれることなんてなかった。
それに良く見てみれば、どうやら結構疲れているみたいで、ポーカーフェイスも少々崩れてきている。
それが自然とそうなっていたのなら、私としては大万々歳なんだけど、明らかにそれとは違う。
もう疲れていることが明白だった。
それでようやく分かった。
彼がどうしてあんなに頑なに街に行くのを嫌がったのか。
たぶん、私と一緒にいるときにそんな事をしたくなかったんだと思う。
自意識過剰なんじゃないのかと思われてしまうけど、彼の場合だとたぶんそれであっているんだと思う。
彼としばらく一緒にいれば分かる。
彼は人に自分がいやな顔をしているのを見られるのを極端に嫌がる。
特に怒った顔や悲しい顔なんてものは絶対に見せたがらない。
一度、彼が滅茶苦茶な事を言われた事があった。
もちろん、近くにいたから聞いたんだけど、それを聞いた瞬間私は頭に血が上ってしまった。
もし、相手が男子じゃなかったら、もう堂々と噛み付いていたと思う。
さすがに、男子相手に噛み付く勇気はなかった。
それで、彼の顔が気になってみてみたんだけど、彼は表向きは何でもなさそうな顔をしていた。
他の人に聞いても、そうだった。
だけど、私には分かった。
彼がものすごく怒っていると言うことに。
目が違ったのだ。
明らかに目の色が違った。
もう爛々に光っていた。
それでも彼は文句の一つも言い返さなかった。
ただ皮肉っぽい笑みを浮かべて、その表情どおりの言葉を言った程度だった。
けれど、私にしてみれば、もうびっくりした事だった。
どこかで彼は絶対に怒らないと思っていたのかもしれない。
その後、心配で彼の傍に言ってみたんだけど、もうそのときには普段どおりだった。
ただ静かな彼だった。
そして、瞳も穏やかだった。
その時に感じた。
彼は人に自分の負の感情に気取られたくないということに。
その事がその時の私の頭にはすっかり抜け落ちていた。
自分のことばかりに夢中で彼のことを考えている余裕なんてなかった。
しばらくの間、その喫茶店で休んだ後、すぐにまた最初の公園へと急いで戻った。
理由が分かった以上、もうそれ以上街に入られないと思ったからだ。
彼ももうこれ以上気張らなくてすむと思って安心したんだと思う、普段は見せないやわらかい表情をした。
「ごめんなさい」
公園に付くと同時に私は彼に謝った。
「無理させて」
一体何がとでも言うような顔をして私を見たので、すぐに理由を答えた。
やっぱり、こういうことはきちんとしておきたかった。
彼は優しいから、たぶん私が謝らなくても、怒ったりはしないと思う。
ただ、さらりと受け流されるだけの事だと思うんだけど、私はその優しさに甘えたくなかった。
と言うよりも、彼の優しさに甘えて、人として大切なものを失いたくなかった。
「ごめんなさい」
「別に、いいよ。気にしないで」
そして、もう一度謝る。
彼が許すと言う言葉を言うまでは、何度でも謝るつもりだったんだけど、彼はやはりすんなりと許してくれた。
なんとなく、その優しさまた私は甘えているんじゃないのかとも思ってしまった。
やはりと思っている時点でそうじゃないのか、と。
けれど、そんなことはすぐに頭の隅へと追いやられる。
彼のやわらかい笑みを見ていると、私の思考は全て、麻痺してしまう。
ある種麻薬のようなものだ。
たぶんそのときだと思う。
私が彼なしではもうまともに生きていけないと思ったのは。




