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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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異色のバディ


ーーーーー


ひよりと巧と別れ、真壁は葵と公用車で小宮佳奈の父親ーー小宮(こみや)大和(やまと)が住む家へと向かっていた。

茜川小学校通学圏内のため徒歩でもよかったのだが、「やだ、無理、歩きたくない」と三十路近い男が駄々を捏ねたため、仕方なく覆面パトカーを借りたのである。


「小宮大和さんは離婚されてからも、家族で過ごした一軒家に一人でお住まいです。ぬいぐるみはずっと自宅で保管していたそうなんですが、確認してもらったところそれだけが無くなっていたとのことで……」


終始無言で助手席に座り、大人しく窓の外を眺めている葵。

相槌すらもない。


真壁は何か話さなければとソワソワしていた。

去年まで交番勤務だったため刑事としてはまだまだ半人前だが、場の空気を察するのはそこそこ得意なのである。


きっと、さっき電話のために離れた時、佐々木と葵とひよりの三人で揉めたに違いない。

それも恐らく、この采配について。

私がお荷物なせいで葵はひよりと離されてしまったのだろう。


であれば、少しでも何か機嫌が良くなることを話さなければ。

しかし、相手は日本全国の警察官が要注意人物として挙げているあの榊葵だ。

上司の友膳からは、くれぐれも察されないように注意しろと言われている。

下手な話題を振ったら動揺しているのがバレるかもしれない。

でもやっぱりこの空気は重過ぎる。


「さっきからずっとソワソワしてるけど、お手洗いにでも行きたいの?」


と、葵が怪訝そうに口を開く。

ああ、まずい。


「いや、そうではなく……!」


「ちょうどいいや、腹減ったからコンビニ寄って」


「これ公用車なので汚すとめちゃくちゃ怒られる……」


「手軽におにぎりにするし、汚しても揉み消すから大丈夫、大丈夫」


発言が物騒すぎる。

一応こちらは警察官なのだが、向こうは全くそんなこと気にしていないようだ。


「いっそ、レストランにしません?」


「いや、時間が惜しいからコンビニでいい」


「……わかりました」


仕方ない。

これ以上不機嫌になられないよう、言うことを聞いておこう。

頭の中の地図で一番近くのコンビニを思い起こしながら運転する。


赤信号で停止中、何気なく横目で葵の表情を読んだ。

わからない。

こういう時、佐々木であればなんと声を掛けるのか。


「なんか、私ですみません。ひよりさんといたかったですよね」


「そうだね」


うぅ、正直。


「でも……わ、私たちもいいバディになれそうじゃないですか……!?」


信用を得ようとして盛大に転けた気がする。

葵は心底理解ができないとでも言うように、顔を上げて首を傾げた。


「何を根拠にそんなこと思ったのか簡潔に述べてもらえる?」


よくもまあ、噛まずにスラスラと一息でそんな嫌味が言えるな。

だがここで屈してはならない。

屈してしまったら最後、ずっとこの人のペースに飲まれ続けることになる。


「……刑事の勘、ですかね!」


「うん。君、刑事向いてない」


「ひどい!」


もう無理だ。

一生打ち解けられない。


「なんで刑事なんかになろうと思ったの? 感謝はされないしなんなら嫌われるし、一部労基法適用外だしいいことなくない?」


しかも、なぜか警察官の内部事情に詳しい。


「父が警察官だったので、成り行きで」


「へー」


聞いたのはそっちなのに、全く興味がないような返答をされた。


コンビニの駐車場に車を停め、店内に入る。

別に行きたくもなかったが、手洗いを借りて個室に篭った。


しんどい。

どうしよう、しんどい。

榊ひよりと自分に対する態度の温度差で風邪を引きそう。

確かに全然役に立ててない自覚はあるし、佐々木より頼りないのもわかっている。

でも私だってそれなりに聞き取りしたりしてきてるし、なんなら過去の資料かき集めてまとめて暗記してる。

こっちは退院したその日から捜査に戻ってるのに、この仕打ち。

辛過ぎる。


いや、だめだ。

ここで弱音を吐いたらそれこそ刑事失格。

確かに警察なんて感謝されないし、恨まれることの方が多い仕事かもしれない。

でも、それでも市民を守る誇りある仕事だ。

お父さんも喜んでくれてる。

あと、事件解決後のお酒はめちゃくちゃ美味しい。


「よし!」


真壁は両頬を叩いて、トイレから出た。


店内に戻ると、カゴを持った葵がアイスコーナーで待っている。


「お待たせしました」


「これに好きなの入れて」


「へ? あ、いいですよ私は」


「因みにこの新作アイスめっちゃ美味しいからおすすめ。これでいい?」


「え、はい」


カゴの中を見ると、紅茶とコーヒーと緑茶と水、おにぎり全種と新作の高級アイスが二つ入れられている。

葵はそれを持って無言でレジに向かって行った。


「私、払います」


「いいから、先戻ってて」


財布を出そうとすると、しっしっと手で払われてしまった。

渋々、店を出て車に戻ろうとする。


「おー、真壁じゃん」


視線を上げると、白バイに跨っている男がこちらに手を振っていた。


「大塚さん!」


交通課エースの大塚(おおつか)芳信(よしのぶ)巡査部長。

四十代特有の大人の色気があり、各署にファンがいる。

彼と同期である友膳も物腰が柔らかく紳士的で素敵だが、大塚のワイルドでフランクな人柄もまたいい。

まさかここで会えるとは。

あまりの嬉しさに思わず駆け寄った。


「何、覆面パトカーでデート?」


葵とレジに並ぶところを見られていたらしい。


「ち、違います! 捜査に協力して貰ってるだけです!」


ーーズキッ。


「うっ……」


頭が、痛い。


「おいおい、大丈夫か? 退院してまだそんな経ってねえだろ」


「大丈夫、です。ちょっと休めば治ります」


おかしいな。

さっきまで平気だったのに。


「そうか? 無理すんなよ。ーー長期未決の失踪者、出たらしいな。俺も今朝周辺の交通整備に駆り出された」


「はい。今もその関連事件を担当していて……」


「その、なんだ。やっぱり友膳班ってのは、みんなそういう超能力的なのが使えんのか?」


大塚は同期である友膳とはあまり仲良くなかった。

というか、大塚が一方的に友膳へ苦手意識を抱いている。

真壁から刑事一課に異動になり、友膳班所属になったと言った時も、


「うわー、ご愁傷さん」


と、心底憐れまれた程だ。

恐らく、視える能力に対する疑念と気味の悪さを抱いての反応だろう。

友膳はそれを隠すことなく捜査に活かし、警部に登りつめて班をつくり動かしている。

何も視えない人の中には、友膳班に対してはみ出しものと陰口を叩く者もいるほどだ。


「……いえ、超能力なんて使えませんよ」


「でも、視えるんだろ? 死んだ人間とか」


「個人差は、ありますけど」


頭痛が治らない。

頭が割れそうだ。


「お待たせ」


と、背後から声を掛けられる。

葵が近づいて来ていた。


「……そろそろ戻るわ。気張り過ぎんなよ」


大塚は真壁の頭をぽんぽんと撫でてから行ってしまった。

コンビニ店内には寄らなかったところからして、わざわざ真壁を見かけて出待ちしていたのだろう。


「うぅ、かっこいぃ」


「へえ、意外。ああいうのがタイプなんだ」


小さな呟きを直ぐ近くの葵に聞かれていた。


「違います! 大塚さんは既婚者ですから! 純粋にかっこいいなと尊敬していて……!」


「はいはい、アイス溶けるから車戻るよー」


話の途中で、またもや興味がなさそうに車の方へ戻って行く。


「待ってください、鍵開けますから!」


あれ、そういえば頭痛、してない。

……なんだったのだろう。


真壁は葵の後を走って追いかけながら、首を傾げた。

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