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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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親友


この小学校の校舎は、前後に長方形の箱を並べたように立地している。

それぞれ一階と二階の両端に架けられた渡り廊下で繋がっていた。


今いる校舎の一階から順に巡って行くことにする。

歩きながら、今もまだ感じている感覚について巧に伝えた。


「水に浸かる感覚、ですか」


「はい、感じ方は場所によるのかも知れません。何か変化のありそうな場所を探しましょう。ーーでも、あの人を一人にしてよかったんですか」


どう見ても田辺の様子はおかしかった。

担任だった頃は、もっとおっとりとした優しい人だった気がするが。

何か隠しているのかもしれない。


「田辺篤志は小宮佳奈の同級生です」


「……え?」


「彼女が行方不明になった当日、小宮佳奈の家の塀にぬいぐるみを置いたのはあの田辺でした。彼によると、小学校のゴミ箱に捨てられていたぬいぐるみを拾って家の塀に乗せただけらしいです。その後は真っ直ぐ帰宅したという証拠もあった上、知らないの一点張りだったので捜査対象からは外れています」


「いじめの犯人ということですか?」


「恐らく。本人は否定していましたが、周囲の同級生からは、田辺が主犯だったという声が上がっていたようです。ただ、当時の担当は誰がいじめていたかなどよりは、事件性の有無の方を重要視して捜査していたらしく、そこはあまり詳細に記録されていませんでした」


巧のその後の調べによると、田辺は高校入学と共に地元を離れたらしい。

地方で教員になったものの、十年ほど前に両親の介護を理由に戻ってきている。

それ以来、母校の教員として働いているようだ。


そう言われてみれば、彼はちょうど私が小学二年になる頃に新任教師としてやってきたような気がする。

優しかったこと以外心に残る記憶はないが、記憶にないということは大して変わった人物でもなかったということだ。

なのに今になってあの挙動不審さはやはり怪しい。

緊張しているだけ、とはとても思えなかった。


「今はひよりさんの方が一人にはできませんので」


保健室の前を通った時、巧はそんなことを言った。

まるで小さな子どものお守りをされているようで、あまり気分はよくない。


「葵から、あなたにもし傷を付けたら骨を一本ずつ折ると言われてます」


「もういっそ公務執行妨害で刑務所に入れてください」


「ははは、そんな言葉よく知ってますね」


それしか知らないのだが。

なんだか気恥ずかしくなり、それ以上は何も言えなかった。


「驚いてるんですよ。あんなに感情を表に出してる葵を見るのは初めてです。陰口や嫌味を言われても、いつものらりくらり笑いながら躱していて、何を考えてるのかよくわからない奴でしたから」


「よくそんな人と親友になれましたね」


「腐れ縁でしょうね。ーーあいつは多分体質のせいもあって、人に対する接し方が雑になる」


言いたいことはよくわかる。

葵はきっとこれまで、どうせ忘れられるのだからと人と深く関係を持とうとはして来なかったのだろう。

なんなら、あの人はそれを逆手に取っている気さえする。

どうせ忘れられるのなら何をしたって構わない、と。


……ちょっと待て。

それはかなり犯罪に使える能力ではないだろうか。


「もしかして、なんですが」


「はい?」


「……葵さんのこと、監視されてるんですか」


そうだ、あんなの犯罪し放題のチート能力ではないか。

仮に何か事件を起こしてその時に顔を見られたとしても、葵の能力があれば目撃者から事件の記憶ごと消えかねない。

そんなの、警察が放っておくわけがない。


「警察内部で榊葵は要注意人物に挙げられています。俺はあいつの監視役になるために、友膳警部の班に志願しました」


「……親友なのにですか」


「親友、だからです。立場上は監視役ではありますが、別に事件を起こすんじゃないかと疑っているわけじゃない。……なんて言っても、信じやしないでしょうが」


巧は呑気に苦笑いを浮かべている。

正直、私が葵の立場であれば信じられないかもしれない。

そもそも親友の監視を自分から志願するところからして、理解できなかった。


「それ、葵さんは知りませんよね」


「あいつは気づいてると思います。勘だけは無駄にいいですから。ただこれは警察内部の機密情報なんで、このことはここだけの話にしておいてください」


「聞いておいてなんですが、どうしてそれを私に話したんですか」


「あいつにとって、信じられる人間があなただけだということを知って欲しかったんです」


なるほど。

だから簡単に死のうとするなということか。

なんて回りくどい言い方をするのだろう。

しかしそんな話をされてしまったら、変なことは言い出せない。


「……彼にはいい親友がいますね」


「それ、できれば本人には言わないでください」


絶対面倒くさい。

と、巧は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。


一階から二階へと上がり、一通り見て回ったが感覚には特に変わりない。

相変わらず、水に浸らされているようだった。


「水のある場所に行った方がいいのか? 学校で水と言えばプールくらいしか思い浮かばないが」


巧の呟きを聞きつつ、二階の渡り廊下から奥校舎へと足を踏み入れた。

と、今まで浸されているだけだった水が、急に流れ出す感覚に変わる。

私は足を止めた。


「感覚が変わりました。この先かもしれません」


「……こっちか。身体は大丈夫ですか」


「大丈夫です。行きましょう」


奥校舎の二階はクラス教室以外に放送室、視聴覚室、図書室があったはず。

そんなことを思い返しながら進んでいると、進む度に水の流れが激しくなっていることに気づいた。

まるで、近づけさせないように押し流しているかのようだ。


前に進みづらい上、息もしづらい。

私より先を歩いていた巧は、直ぐ異変に気づき引き返してくる。


「辛いのなら戻りましょう。何かがある事がわかっただけで充分です」


「……いいえ、行きます。図書室の方です」


廊下を渡り切って、右の最奥突き当たり。

そこが図書室だ。

裏庭からの木々の影で昼間でも薄暗く、利用者もほとんどいなかった。

在学中は難なくよく来ていた場所のはずだが、今は一歩踏み出す足が重くて仕方がない。


この場所は先生に行くなと言われていたわけではなかった。

それなのに、なぜ今はこんなにも拒絶反応が出るのか。

図書室の前に着いた頃、私は肩で息をしていた。


「ひよりさん、戻りましょう」


いいや、戻らない。

ここに先生を助ける手掛かりがあるかも知れないのなら、戻るわけにはいかない。


答える代わりに、図書室の横開きの扉に手を伸ばした。


ーーバンッ!!


手をかける前に扉が開いたかと思うと、まるで吸い込まれるかのように図書室の中へと身体が持っていかれる。


「ひよりさん!!」


手を伸ばす巧。

しかし、扉は再び閉ざされた。

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