茜川小学校
葵と真壁は遺族である小宮佳奈の父親に会いに行くことになり、私と巧は茜川小学校の捜査をするため二手に分かれた。
先程の葵とのこともあり、巧と二人になった後もなんとなく気まずいままだった。
「小宮佳奈さんのお父さんは、今でもこの町に住んで娘さんを探しているようです。地域のボランティアとして、子どもたちの朝の通学の見守りも積極的に参加していてーー」
先程から無言の私に気遣い、巧は一人で話続けている。
「この通学路はひよりさんもよく通っていたんですか」
「はい」
「やっぱり、こういう普通の道にもそういうモノはいるんですか」
ええ、今あなたの真横に水浸しの女が。
とも言えず、
「そもそもここはもう、普通の道ではありません」
校門前に辿り着き、そう答えるだけに留めた。
しかし、それはより一層不気味に捉えられたらしく、巧は「マジか」と辺りを見回し始めた。
本当に何も感じないらしい。
土曜の午後の校庭に生きている子どもたちの姿は、ほとんどなかった。
神社ほどではないが、ここも似たような重苦しい雰囲気が漂っている。
「担当職員の方が職員室にいるようなので、そこに寄って行きましょう」
懐かしい校舎を見上げる。
私が在籍していた頃とまるで変わらない。
白いコンクリートの箱のような建物だった。
一歩、校舎の中に足を踏み入れる。
と、その瞬間、全身が冷たい水に浸されるような感覚を覚えた。
「っ……!」
当時からこんなに鮮明な感覚だっただろうか。
「どうかしましたか」
案の定、巧は平然としている。
「真壁さんなら入れなかったかも知れませんね」
二十年前に訪れた友膳がこの感覚を覚えていて、真壁と葵を小学校から遠ざけたのは見事な采配だった。
しかし、もし仮に葵が協力を拒んだとしたら一体どうしていたのだろう。
「こんにちは。保護者の方ですか?」
近くの職員室から様子を見ていたらしい、四十代ほどの男性が出てくる。
黒縁眼鏡をかけたその顔に見覚えがあった。
確か小学六年の時の担任だ。
名前は忘れた。
「こんにちは、佐々木と言います。この方は捜査に協力してくださっている榊さんです。子どもの失踪事件の捜査のため、校舎の中を拝見させていただきたいのですが」
私服姿の巧は首にぶら下げた警察手帳を男性に見せた。
「あ、ああ、警察の方ですね。教員の田辺です。話は聞いています。朝から近くでパトカーも鳴っていたので、そろそろいらっしゃると思っていました」
田辺先生。
そんな名前だったかもしれない。
向こうも私のことは覚えていないようだった。
それにしてもこの人、先程から随分と挙動不審なのが気になる。
この寒い気温の中で汗をかいているし、目線は合わないし、手は小刻みに震えている。
刑事ではない私でも怪しく思えてしまう程だった。
「近くで何かあったんですか?」
と、来賓用のスリッパを並べながら聞いてくる。
「ええ、まあ。その件もあってこちらを調べさせて頂きたいんです。聴取もしたいのですが」
「ちょ、聴取って僕に、ですか?」
「はい。田辺篤志さん、あなたにです」
巧が彼のフルネームを口にした瞬間、田辺は顔を真っ青にした。
「僕は何も知りませんよ! 本当に何も知らないんです!」
この上なく怪しすぎる。
「現状では疑っているわけではありませんので」
この後、もし逃げたりしたらどうなるかわかっているだろうな、という圧を感じる。
「校舎の中を見させてください。緊張されているようですので、お話はその後で伺います」
「どうぞ、僕は職員室にいます! 勝手に見てってください!」
田辺は逃げも隠れもしない、とアピールするかのように堂々と招き入れた。
しかし私が彼の前を通り過ぎたその時。
「ひ、ひぃぃ!!」
と、情けない悲鳴を上げた。
「どうかされましたか」
巧はさっと私と田辺の間に入って訝しげに問う。
「い、いや、今……なんか……見えた気がして……」
見えた?
巧が視線だけで私に何か見えるか聞いてくる。
が、振り返ってみても特に変わったモノは見えなかった。
それを伝えるため、無言で首を横に振る。
「すみません。ちょっと、最近疲れ気味で……失礼します……」
田辺はそう言って、職員室に戻って行った。
「あの精神状態で教員ってやばくないか」
内心でその呟きに激しく同意した。




