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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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役目


数時間後、神社の周辺には数台のパトカーが停まった。

その物々しさに周辺住民は何事かと神社近くに集まりだし、警察たちはその対応にも追われている。


井戸の中からは、子どもと見られる白骨遺体と『中尾将平』と名前が入った私物が発見された。

その名前は約四十年前に行方不明になったままの子どものものだった。


中尾家は代々、内科医の家系で四十年前から町内では知らない人はいない程だった。

将平の母親は行方不明になる三ヶ月前に他界。

将平の父親は息子が行方不明になった後に後妻を迎え、現在も中尾医院は健在である。

院長はその後妻との間の息子が継いでいるらしい。


そんな話を巧の口から聞かせられながら、ブルーシートで覆われた井戸を眺めていた。


子供たちを見つけ隠し神と子供たちの縁を切り、この土地を浄化する。

土地の浄化、か。

隠し神との縁が繋がった子供たちの遺体が、この土地の穢れそのものなのだろう。


「悲しいですね」


生前も死後も報われない。

彼らが一体何をしたというのだろう。

そんな気持ちから出た、何気ない呟きだった。


「……この仕事をしていると、凄惨で悲しい死を見ることは多くあります。その度に、俺にできることは事件を解決することだけなのだと思い知らされます」


同じように、ブルーシートを眺めながら巧が口を開く。


「もしそれが、誰の救いにもならなかったとしてもですか」


知らなければよかった。

知りたくなかった。

知らなければ、幸せでいられたかもしれない。

誰の救いにもならないことでも、やらなければならないのだろうか。


「はい。俺の役目ですから」


巧は迷わず頷いた。

役目、という言葉が私に重くのしかかる。


「自分のしていることは、いつか誰かの救いに繋がると信じています」


ああ、きっとそれが信念というものなのだろう。

この人は本当に真っ直ぐな人なのだ。

真っ直ぐで正義感が強い。


傍観者の私にもなれるだろうか。


「あの、あなたが榊葵さんですか?」


前方からやってきたスーツ姿の女性に声をかけられた。

巧や葵と同い年くらいだろうか。

すらっとしたスタイルに、ストレートの黒い長髪、切長の目。

いかにも性格がキツそうな見た目をしている。


「未解決事件専従捜査官の真壁(まかべ)紗良(さら)と言います。この度は捜査にご協力くださり感謝致します」


「真壁さん、彼女は榊ひよりさんです」


丁寧に頭を下げる真壁に、巧がすかさず訂正する。


「葵は従兄です。あの人ならあそこに」


拝殿の近くで先程から誰かに電話をしている。

時々聞こえてくる言葉遣いからして、電話先の人物は葵と親しい関係の人なのだろう。


「し、失礼しました。あおい、というお名前だったのでてっきり女性の方かと」


真壁は慌てた様子できっちり角度九十度に頭を下げる。

まるで手本のような頭の下げ方だった。


「いえ、気にしないでください」


そう声を掛けると、恐縮しながらゆっくり頭を上げる。

この時点で、私の中の予想していた真壁紗良の人物像は半壊した。


「それにしても、佐々木刑事が彼を頼りにする意味がわかりました。彼がいるから、私がここに近づけるんですね」


「……わかるんですか」


正直、私には葵と他の人との違いがよくわからない。

縁、というものも葵には視えるらしいが、私には視えない。

やはり個人差があるのだろうか。


「感じ方はそれぞれでしょうが、視える人や能力を持ってる人たちは、空気感というか雰囲気が違うんです。特に能力持ちの方は雰囲気が荘厳というか、重い感じがします。あなたと葵さんは同じ雰囲気です。能力持ちの方とは初めてお会いしました。光栄です」


「能力持ち?」


「視える以外の能力を持った人のことを、俺たちはそう呼んでいます。葵から聞いた話では、榊家は歴史のある能力持ちの家系だそうです。だからあなたには十分注意するよう言われていたのですが」


巧は自分の失態から、私が能力持ちになってしまったと思っているらしかった。

葵をそばで見てきたからこそ、その苦労や辛さを強いてしまったことに罪悪感を覚えずにはいられないのだろう。

見るからに悔しそうな姿が、少し哀れに思えてきた。

その巧の姿を見て、なぜか真壁が怯えた様子を見せる。


「も、申し訳ありません。佐々木がなにかご無礼を?」


「いえ、巧さんのせいじゃーー」


「ごめんごめん、長電話しちゃって」


否定しようとしたところで、電話を終えた葵が戻ってきた。


「あっ、真壁紗良と申します。この度は捜査にご協力くださり……」


「巧の彼女?」


葵の質問に、一瞬時が止まった気がした。


「へ?」


「同期だ」


何を言われたのか理解できていない真壁と、瞬時に対応する巧の声が重なった。


「えー、あやしー。どう思う、ひよりちゃん」


「初対面で失礼な質問だと思います」


「いつになったらお兄ちゃんに心開いてくれるのかなー?」


この人は私の兄になりたいのか、それとも夫になりたいのかよくわからない。

私たち二人の様子を見て、真壁は巧にこそこそと声を掛ける。


「……あの、私ってもしかして邪魔でした? 友膳(ゆうぜん)さんからくれぐれも失礼のないようにと言われているのですが、早速やらかしてません?」


「大丈夫です。今のところまだやらかしていません。その調子でお願いします」


真壁と巧の会話が全て耳に入ってくる。

人は見た目に寄らないとはよく言ったものだ。

仕事も恋も完璧を求める女性という、私の中の勝手な真壁のイメージ像は全壊した。


「公務中にイチャつかないでもらえますか」


「ちっ、ちがいます! 本当に佐々木とはただの同期です! 彼は同期の中でも群を抜いて優秀で、私のような者とは全く釣り合いません! 安心してください!」


真壁はなぜか私の方を向いて力説してくる。


「その優秀な彼の軽率な行動によって、うちの大事なひよりちゃんは危険な目に遭わされたんですが?」


葵が巧の肩に腕を回して首を絞める。

その顔は笑顔だが、態度はあまりにガラが悪い。

巧も負い目を感じているのか、顔を引き攣らせていた。


「ひよりさんには本当に悪かったと……」


「悪かったで済んだら警察いりませんよねえ?」


「やめてください」


私が睨みつけると、葵は口を尖らせながら巧から離れた。


「今回の件に巻き込まれた時点で、避けようがなかったんです。巧さんのせいじゃありません」


「さすが、榊家の方は肝が据わっていらっしゃる」


と、今度は背後から落ち着いた男性の声がする。

振り返ると、四十代後半くらいの男性が歩み寄ってきていた。

スリーピーススーツにオールバックの髪型、左の目元に涙ぼくろ。

どことなく神経質そうだった。


その姿を見て、巧と真壁が瞬時に姿勢を正した。

恐らく偉い人なのだろう。


「どちら様ですか?」


葵が私と男性の間に入って、いつもの笑みを貼り付けて問う。


「初めまして。佐々木と真壁の上司の友膳(ゆうぜん)暁人(あきと)と申します。榊葵さんとひよりさんですね。この度は捜査協力、感謝致します」


警察手帳を見せてから恭しく挨拶する友膳に、葵は「いえいえ」と首を振る。


「他でもない親友の頼みですから」


さっきまでその親友の首を絞めていた人間の言葉とは思えない。

地位や権力を持つ者には相応の態度で接する、典型的な大人の対応を見た気がした。


「佐々木刑事、報告を」


「はい。三時間前、私と彼とひよりさんの三人で現場に到着。その後、私が発見した懐中時計に触れたひよりさんが変性意識状態、というものになりました。これがその懐中時計です」


と、巧が透明の袋に入った懐中時計を友膳に渡した。


「境内に繋がる階段に落ちていました。ここには何度か足を踏み入れていたはずなのですが」


「真壁刑事、これがなんだかわかりますか」


巧の疑問をよそに、友膳は真壁に質問を投げかける。


「死者のよすがです。死者が生前、特に執着していた物のことを言います」


「正解です。極々稀ですが、これに触れることで死者の最期を視る方もいます」


一斉に私の方に視線が向く。

その視線に堪え兼ねて目を伏せた。


「佐々木刑事の言う通り、私たちはこれまで何度もここに訪れています。まあ、感受性豊かな真壁刑事はここに近づくだけで頭痛と吐き気に見舞われ、境内に入ることもできませんでしたが」


うぅ、と真壁が面目なさげに呻く。


「私たちが捜査をした際、懐中時計はおろかあの井戸の姿すら目視することはできませんでした」


「隠されていた、ということですか」


「はい。今になって真壁刑事がここに入れるようになったのも、死者のよすがや井戸が可視化されたのも、葵さんのおかげというわけです。素晴らしい親友を持ちましたね、佐々木刑事」


「本当ですね、佐々木刑事」


にこにこと上司と親友に見つめられ、巧は無理矢理笑っていた。

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