第3話 奇妙な事件
今から十数年前、とある産婦人科で奇妙な事件が起きた。
「先生!!大変です!!先生!!」
扉を勢いよく開けて室内に入ってきた1人の看護師。そんな彼女の鬼気迫る表情を見て、何かとてつもない事が起きた事を察する先生。
「一体何が起きたんだ!?神林くん!」
先生も慌てて看護師に問いかけるが、とにかくパニックになっている看護師はうまく状況を説明する事ができない。
「と、とにかく来てください!」
看護師は先生の腕を引っ張る。看護師に引っ張られながらついていくと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
保育器に入った新生児達が皆一様に苦しんでいる。どの新生児も泣き喚きもせず、ただひたすらに苦しんでいるように見えた。
「これは...一体何が起こっているんだ...。」
この病院に勤務するようになって20年以上がすぎる先生であってもこんな光景を見たことはなかった。
「私も、もうどうすれば良いのかわからなくて...。」
その場に泣き崩れる看護師。そこへ事態を聞きつけた若い医者が1人小走りでやってきた。その医者はサラサラの髪の毛をふわっとかき分ける。
「2人とも、一体どうしたんですか?」
若い医者に対して、状況を指差す事しかできない看護師。その状況を見て、若い医者は大袈裟に頭を抱えた。
「これは、大変な事が起こっていますね。こんな事が起こるなんて、原因は本当に大変な事なんでしょう!」
若い医者は、後ろのベンチにどかりと腰掛ける。その間も先生はじっと赤ちゃんの様子を観察していた。
そして、ある事に気がつく。苦しんでいる赤ちゃんの中に1人だけ、ニコニコ笑っている赤ちゃんがいる。
さらに、よく見てみるとその笑っている赤ちゃんを中心として円形に赤ちゃん達が苦しんでいる度合いが違う事に気がつく。
恐らくあの笑っている赤ちゃんが原因なのか...?いや、しかし、そんなことあり得るのだろうか...?だが...。そんな風に先生の中で疑問が渦巻いていたその時。
自分の脈拍が急に上昇した事に気がつく。そして、何か頭の中に黄金の輝きのような物が見えた。息も絶え絶えになり、激しい頭痛を感じながら、頭の中のイメージを必死に追いかける先生。
そして、彼は気がつく。今自分が感じたのは圧倒的な"美しさ"であったと。
その場に倒れ込む先生に、若い医者と看護師は心配そうに駆け寄る。大丈夫ですか!?と口々に言う2人を制し、先生は口を開いた。
「今すぐ、全ての赤ちゃんをあの子から隔離しなさい!」
ニコニコと笑う赤ちゃんから、全ての赤ちゃんを隔離し終えた3人。隔離し終えた赤ちゃんの状態も安定しており、最悪の事態は避ける事ができた。
そして、今彼らは、この赤ちゃんについてどうすべきかを考えていた。
「とにかくご両親には説明しなければいけない。」
先生は厳粛に呟く。
「説明するって言ってもねぇ。」
若い医者は笑いながら、髪をかき分ける。先生は先程の体験で、あの赤ちゃんがどれほど危険な存在なのか身に染みてわかっている。
若い医師と看護師には、あの赤ちゃんを見ないように何度も言ったが、それ故に、若い医師は疑いと余裕の表情を浮かべていた。
「いや、先生。とにかく僕に任せてくださいよ。それにあの部屋自体に問題があったらどうするんです?」
あの赤ちゃんだけ見殺しにする気ですか?若い医者は、頬杖をついて先生に問いかける。
それについては、何も答える事ができない先生。根拠は自分が感じた事しかなく、それについてもただの自身の焦りからくる思い違いだったのかもしれない。
「仕方がないので、僕が証明しますよ。あの赤ちゃんもあの部屋から移動しましょう。」
先生はただこくりと頷く事しかできなかった。心配そうな眼差しで見つめる看護師。
3人は立ち上がり、部屋へと入っていった。ニコニコと笑みを浮かべる赤ちゃんがいる。
「全く何を怯えているんですか。普通の可愛い赤ちゃんじゃないですか。」
そう言いながら笑顔で、保育器の中を覗き込む若い医者。そして、しばらく固まったように覗き続けた。
心配になった先生は、若い医者の肩を叩こうとする。その瞬間、若い医者は保育器を開け、中から赤ちゃんを取り出し、一目散に部屋から退出しようとした。
「おい!何やってるんだ!」
先生は若い医者の白衣を掴み、なんとか部屋から出すまいとする。しかし、若い医者の抵抗は止まらない。
「この子は僕のものにしなきゃたしなきゃダメなんだ!!!この子は絶対に!!この美しさは僕のものに!!!!」
もはや、彼の目は明らかに普通ではなかった。狂ったように叫んだ後、彼は何度も大きく咳き込んだ。
部屋にばらまかれる大量の血。若い医者は、そのまま倒れ込んだ。先生は、なんとか医者から赤ちゃんを救い出す。頭にとてつもない頭が走るが、なんとか保育器に戻す事ができた。
看護師は、その様子を見てただただ腰を抜かし、床にへたり込んでいた。
「やはりこの赤ちゃんが....!」
完全に原因を理解し、先生が気合で赤ちゃんに目を向けたその時、彼は心臓が止まりそうな衝撃を受ける。
赤ちゃんが、泣きそうになっていた。
何も分からない。とにかく何も分からないが、この赤ちゃんが泣いてしまうとヤバいことだけは分かる先生。
しかし、なんとかしようにももはやうつてはなかった。自然と先生は、床に膝をついていた。手を合わせ天に掲げていた。それはまさに祈りであった。
そして、次の瞬間、赤ちゃんは泣き出す。何かが壊れる音、何かが割れる音がこだまし、建物が大きく揺れる。電灯は明滅し、至る所から悲鳴と絶叫が聞こえる。
先生は、ただ1人、この赤ちゃんの直近で終焉を感じていた。もはや先生は、目の前の赤ちゃんの美しさ以外、何も感じる事ができなくなっていた。
神に愛された者を泣かせてしまった、当然の報いだとも思うようになっていた。先生は、目を瞑り、静かに手を合わせて、ただこの災いが過ぎ去るのを待った。
赤ちゃんが泣き止んだ後、何がどうなったのか知っている者はほとんどいない。全ての人間が病院から逃げ出した後、入れ替わるように国の人間が調査に入る。
そして、あっと言う間にこの病院は閉鎖され、今では地元の心霊スポットとして有名になっている。