Act.20 ひと狩りいこうぜ
無事クエストを受注した俺たちは、装備を整えるため、一旦家に戻ってきた。
帰りは雪がチラつき始めていて、少し急ぎ目に戻ってきたので、息が上がっている。
水を呷りながら、急速に冷えていく身体を暖炉の前で暖めつつ、狩りの打ち合わせをしていく。
「それじゃ、今回のクエストについて。セイは分かってるからいいとして、兄者とニガくんとロザさんは初めてだと思います」
まぁそうだな。何気こっちでは初めての狩りのクエストだし。モン〇ンみたいな感じか?
「今回狙うのはバレンドラゴンで、ランクはA~C。個体によってランクが変わります。生成される金属はもちろん、鱗なども売れるのでなるべく傷つけない殺りかたでお願いします」
さいですか。
他の細かい注意や準備も終わり、行くばかりになったが、肝心の移動手段が見当たらない。犬ぞりか何かを使うのだろうか?はたまた他の行き方があるのだろうか。実に楽しみである。
階段を降り、物置場へ入る。前も見たことがあるが、そこそこ広いもの置き場である。
そこには、前降りたときには見かけなかった、毛色こそ違うものの、同じ種であろうことは十分に推測できる犬たちが自由に歩き回っていた。
「レン、皆を集めて」
と、朱色のドッグタグをつけたシベリアンハスキー似の犬に、日向夏が指示をする。
犬は簡単な命令は理解できるようになるというけれど、そんなことまでできるのか?と、思っていたが案外ここの犬は優秀らしい。
恭々しく頭を垂れて、これまた仕事の出来そうな(?)犬たちに鳴き声一つで指示を出している。流石......なのかな?
ものの数十秒後、ヴァイサイト家の犬6匹が日向夏の前に集合し、各々の綱をを自ら装着していっている。見た感じ、2匹は熟練のベテラン的な感じで、他4匹は精気溢れる若手といった所だろうか。
犬たちが自分で綱を付けられるのは、元々綱のほうに微弱な魔力が流れているらしく、それを利用しているからだそうだ。
そりに乗り込み、物置場の扉を上に引き上げる。なんとなく予想はしていたものの、雪が凄まじい。なんと1.5メートルぐらい積もっているのだ。
雪国ご在住の人なら大したことねぇじゃん、と思うかもしれないけども、俺は南のほうの出身なのだ。こんなに積もってる雪なんか見たことないわ。
......それにしても、犬ぞりと言っても柔らかい新雪の上は走れないはずなんだけど、どうすんだろ?
と思ったが、それは杞憂で済みそうだった。言うに、レンたちは普通の犬ではないそうだ。勿論こっちにも普通の犬はいる、というかそういうのが大多数なのだそうだ。
しかし、レンたちは昔から雪国で重宝されてきた、雪の上を走れるという類稀なスキルを持って生まれる犬種だという。
百聞は一見に如かず、と言った感じで、日向夏がレンに指示を飛ばす。
「ワオォォオン!!」
レンの鳴き声につられ、他の犬たちも控えめに遠吠えを飛ばす。すると、犬たちは勿論のこと、犬たちが引くそりまで地面から5センチほど浮いたのだ。
そしてそりはそのまま動き出し、スロープ状になった雪の道を上っていく。
スロープを上り切り、森へ入って目的地へ犬ぞりは滑るように駆けていく。宙に浮いているおかげで、そりにありがちな揺れもほとんどなく木々の間をすり抜ける。
「やっぱりいつみてもキレイだなぁ」
『これがいつもか......うらやましい』
そりが引かれるのは、丘陵地帯の大雪原だった。林間に沈む斜陽を反射した雪がダイアモンドの如く輝いていて、まさに絶景、といえる景色だった。
ここでふと思ったのがーーこいつ何キロ出してんのよ?と。なんか陽が沈んでからスピードアップしたんだよね、この子たち。
「うーん、150シュルツ毎刻ぐらいですかね?」と言われたときは流石に青ざめた。
ニガを助けたときに暇な時間があったので、単位やらなんやらを色々教えて貰っていた。
それによると、1シュルツ=2km程で、一刻=3時間なので、優に100km/毎時を下らないという計算に至ったときには、流石に自分の聴覚器官を疑ってしまったほどだ。
とまぁその犬ぞりの驚異的な速さによって、大体その日の西の刻ぐらいには狩場周辺に到着した。家を出たのが昼の1時、もとい北の刻ぐらいだったので、犬ぞりでも約8時間掛かる大移動だった。
「じゃ......今日はここで野営にしようかな」
「さんせー」
俺たちが野営場所に選んだのは、近くに細い川の流れる、少し狭めの土手だった。
二人が焚き火を挟んで寝てちょうどいい位の広さかつ、程よく木も生えており、ハンモックで寝るには最適の立地だった。
「兄者、ここら一帯の雪、溶かしてもらっていいですか?セイは兄者が溶かした雪を集めて、大型皮袋に入れておいて」
『応よ』「おっけい」
俺はラディウス・バーン、使用者を中心に半円状に火を放つ低レベル魔法を使って、雪を溶かす。
そこにセイディがすかさず流水魔法を使い、溶解した雪を皮袋の中に入れていく。入りきらなかった水は、そのまま川に流す。
実にエコである。湿っている地面もついでに乾かしておいて、焚き火がしやすいようにもしておいた。
順調に設営も進み、野営地もあらかた出来上がった。まぁそうなると必然的に飯になるわけ。無機物だから食えないわけ。飯テロオオォォオォオ!!!!(泣)
なんて下らない叫びを上げている間に、今日の最初の番はセイディに決まり、睡眠の必要がない俺も番に当たることになった。
人間腹が満たされ、そこそこ暖かい寝場所があれば、すぐ眠くなるものだ。
日向夏とニガロザもその例には漏れず、雪国仕様のハンモックに体を預けたが最後、すぐ夢の世界に旅立ってしまった。
残された俺とセイディはその晩、色々この世界について教えたり教えられたりした。
意外だったのが、活版印刷技術はないのに、羊皮紙(魔獣の皮含む)だけで意外と識字率が高かったことだ。
流石に最底辺の人々の識字率はほぼ皆無だが、それ以外の人々の識字率は80%を超えていたのだ。
これは恐らく異世界物の定番としてよくありがちな中世ヨーロッパの世界観としては、恐るべきものだと思う。元々、そういった時代では、貴族などしか日常生活で文字を使うことはなかったため、人口全体の識字率は10%を切っていたという。
といってもあたし含め大概自分の名前ぐらいしか書けないんだけどね、とセイディが焚き火に照らされた顔をへらっ、と動かしながら答えた。
寒い夜は、まだまだ続く。
*
次の日。途中で番を替わっていた日向夏が、セイディとニガロザを起こし、野営地を片づけ、狩りに出かける準備を始める。
行きは二人ともフル装備ではなかったので、日向夏はともかく、セイディのフル装備は初めて見ることになる。
双方とも機動性を重視した防具に身を包み、それぞれの得物を手に取る。レンたちは白い息で朝の野営地を彩りながら、主人(日向夏)の指示を待っている。
全員がそりに乗り込んだことを確認し、日向夏が羅針盤が指す東の方向に行くように指示する。この前テルルにもらったものは貴重すぎるという理由で今回は持って来ていない。
数十分ほどそりに揺られていただろうか。日向夏とセイディが何か見つけたようだ。
「あっ......セイ、これ」
「お、割と新しめだね。これは脈アリかな?」
と言って二人は、ドラゴンと思しき足跡に目を落としている。足跡は大小4つほどの種類があり、4匹グループで活動していることが推測されるらしい。
待ち続けて40分。こちらに来る4匹のドラゴンの姿を視認する。
それはまさしく、白銀と呼ぶに値する姿であった。
雪の中に溶け込むような色の鱗をその身に生やし、目つきはそれだけで下等生物を殺せそうな程鋭い。そしてそれを支える足はその体に反比例して太い。
〔兄者、あれがバレンドラゴンです。一撃で、お願いします〕
『応よ』
ほかの三人も事前に話を通してあるので、全員が魔力を練り始める。日向夏は引力操作、俺は豪風術、セイディは流水魔法、ニガは氷姫魔法で、ロザはその補助。そして全員が発現可能となったとき、静かなる塵殺が始まる。
兄者は寝る必要性はありませんが、寝ようと思えば寝られます。無機物の身体って便利。




