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死の真相 その2

 全員が熊谷ちゃんを見つめた。

「…………」

 熊谷ちゃんはまるで能面を被ったように無表情だった。しかし顔色は悪く、真っ青になっていた。

「く、久美さん? ……否定してよ!」

 小西ちゃんが叫ぶように言うと、他の二人も騒ぎ出す。

「探偵さん! どうして――」

「さっき読み上げた日記の中に、もう答えが出ているだろう」

 その言葉でまた部屋中に静寂が続いた。

「この部分だ。『K先輩が「真理ちゃん」と呼んでくれるだけで天にも昇る心地だった』と書いてある」

「それがどうだって――」

「小西さんは名前に『さん』とつけて呼ぶ」

 桜川さんが半ば無視するように言い放つ。

「加藤さんは名字に『ちゃん』を。如月さんは名前の呼び捨てだ。このテープレコーダーにきちんと記録されている。この手芸同好会の中で唯一『真理ちゃん』と呼ぶのは、熊谷久美さんただ一人だ」

 小西ちゃんはハッとした顔で熊谷ちゃんを見つめた。

「ほ、本当なの? 久美さん」

「……そこに書かれている『K先輩』が私のことかどうかは分かりません」

 熊谷ちゃんは顔を伏せて答えた。

「でも、あの日、真理ちゃんが死んだあの日に何かあったのは事実です」

「ふ、ふざけるな!」

 本多ちゃんが熊谷ちゃんに近づき、首元を掴んで勢いよく壁にぶつけた。

「あ、あんたが真理に何かしたんだろう!」

「本多さん、落ち着いて!」

 青木さんが二人の間に割って入ろうとする。しかし体格差もあってなかなか離れない。

「お前、なんて言ったんだ! 真理が自殺するほど酷いこと言ったんだろう!」

「…………っ」

「なんとか言ったらどうなんだ!」

「やめなさい!」

 私は青木さんに加勢してなんとかふたりを引き離せた。

「離して! 離してよ! こいつが真理を――」

「真理ちゃんは自殺でしょ! 熊谷ちゃんが犯人じゃないでしょ!」

 凄い力で暴れるので抑え込むのは至難だった。

「探偵さんもこいつが犯人だって――」

「違うでしょ! 日記に書かれていた『K先輩』が熊谷ちゃんのことを言っていたでしょう? 犯人だって一言も、言ってない!」

 その言葉に、暴れる動きが収まった。

「まず、話を聞こう? そうじゃないと真相なんて分からないじゃない!」

 本多ちゃんは私の言葉に落ち着きを取り戻したのか、無言だけど動きを止めた。

「桜川さん、熊谷ちゃんが事件と何か関係があるんですか?」

 訊くと桜川さんは「それがよく分からないんだ」ときっぱり言った。

「だから、教えてくれないかな。熊谷さん。

あの日、何が起こったのか」

「……分かりました」

 熊谷ちゃんは観念したように話し始めた。

「あの日、私は今後の同好会の運営について話をしていたんです。それが終わって、益体のない話をしていたんです」

「それで、いつ告白されたんだ?」

 桜川さんが訊くと「会話が止まって、しばらくしてからです」と答える。

「意を決したように、真理ちゃんが『先輩に話したいことがあるんです』と言って、私が『なあに?』と訊いたら、『私、先輩のことが好きなんです!』って告白されました」

「それは大胆だね。日記には告白をしようかどうか、迷っていたらしいけど」

 日記をぺらぺらめくりつつ、桜川さんは相槌を打った。

「私は、その、何て答えたほうがいいのか、分からなくて、『考えさせてほしい』って言っちゃったんです」

「……断らなかったんだね?」

「はい……大切な後輩だったし、私は同性愛者ではないんですけど、それでも嫌な気持ちはしなかったんです」

「本当にそうかな?」

 桜川さんは厳しく追求した。

「ならどうして、大切な後輩から貰ったシュシュを着けなかったんだい?」

 シュシュ? どうして髪留めなんかを気にしてるんだろう?

「……どうしてシュシュを貰ったと知ってるんですか?」

 熊谷ちゃんの顔色が蒼白を通り越して真っ白になっている。

「俺の記憶が正しければ、今、本多さんと坂井さんが身につけているシュシュは雨音真理さんの自作だね。貰うとき本多さん、真理さんがなんて言っていたか覚えているか?」

 話を急に振られて、戸惑う本多ちゃんだけど、切り替えして必死に思い出す。

「た、確か、『練習で作ったけど、今回は自信作だよ』と言ってました」

「そう。その通り。練習で作ったんだったら必ず本番もあるはずだ。熊谷さん、あなたは髪留めは一切していない。だから真理さんはシュシュを作ったんだ。そして渡した」

 桜川さんは高圧的に迫った。

「もう一度訊こう。どうして大切な後輩から貰ったシュシュを着けなかったのか」

「……怖かったんです」

 熊谷ちゃんは、どっと涙を溢れさせて、まるで懺悔するように言う。

「真理ちゃんの告白を聞いて、そのあとすぐに死んだんですよ? もしかしたら、私のせいで死んだんじゃないかって、怖かった。怖かったんです。シュシュも一度も着けていません。まるで私が犯人みたいで、怖かったんです。こんなこと、誰にも話せないし、相談もできなかった。できなかったんです」

「……まあ警察にも言えないだろうね」

 桜川さんは同情するように言った。

「探偵さん。私が殺したんでしょうか」

 熊谷ちゃんは涙を拭うこともなく、そう訊ねた。

「私が考えてほしいって言っちゃったから――」

「それは分からないな。そうかもしれないし、違うかもしれない」

 桜川さんは腕を組んでしばし考えるようにして、そして言った。

「もし君が告白を受け入れていても、断っていても、その場合は死を選んでいたのかもしれない」

「桜川さん、どういうことですかな?」

 今まで沈黙を守っていた雨音さんが訊ねてきた。

「どういうこととは?」

「失恋で死を選ぶのは、まだ分かります。しかし、告白を受け入れられて死を選ぶとは――」

「それは、あなたが一番よく知っているはずでしょう?」

 桜川さんは「どうして、分からないんだろう?」と不思議に感じている風に訊ね返す。

「カトリックでは同性愛は罪でしょう?」

「あっ! ああああ――」

 遅まきに気づいたのか、驚愕の表情で宙を見つめる。

「純真な女の子です。罪に耐えられるような強靭な精神を持っていないでしょう。もし受け入れられていたら罪を背負って生きていき、死後は地獄に落ちる。そうなる前に死を選ぶのは不思議ではありません」

 改めてこの人の頭はどうなっているのだろう。どうしてそんな発想が産まれるんだ?

「告白を保留しても、受け入れるか拒否されるか、その両方の苦しみを受けることになりますから、死を選んでもおかしくありません。まあ元々死を覚悟していたのかもしれませんね」

 桜川さんの言葉に誰も声を発しなかった。

「こうも言い換えられます。これは本多さんと坂井さんの話に出てきた、真理さんの発言に『私は、幸せに包まれながら、死ねたら嬉しいの』とありました。返事を保留された真理さんはこう思ったと思います。『もしかして受け入れてくれるかもしれない』『私は幸せだ。両思いになれたんだから』と」

 まあ、想像ですけど。と言ってまとめた。

「これが死の真相です。納得していただけましたか?」

「な、納得なんてできませんよ……」

 直美さんが消え入るように言った。

「なんで、真理が同性愛者に……」

「それはあなた方の責任だ」

 急にどうしたのか、桜川さんが冷たく言い放つ。

「な、なんですって――」

「あなた方が厳格なカトリックであるから、それを真理さんに押し付けたから、罪の意識を感じたのです」

 桜川さんは続けて言う。

「産まれてすぐに洗礼されて、カトリックの教えを生活の中に染み込ませて。宗教は自ら信じるものなのに、その選択すらさせなかったんです」

「私たちの教育が間違っていたというんですか!?」

 今度は雨音さんが詰め寄る。それに構わずにさらに言い続ける。

「同性愛に目覚めたのも、舞姫女子大の付属教育機関で男性に接する機会に恵まれていなかったことも、原因があったと推測できますね」

「ふ、ふざけるな!」

「ふざけてるのはあんただろ!」

 桜川さんが怒鳴ってしまう。

「あんたらの教育は悪影響だったんだ! 認めろよ! もしあんたらがカトリックじゃなくて、学校が共学だったら、今回の事件が起こらなかった! 幸せに結婚して子供産んで天寿を全うしたかもしれない! そもそも人見知りの性格になったのも、あんたらの育て方が悪いに決まっているんだ!」

 これは理不尽で矛盾だらけの方便だ。説得力の欠片もない。

「一度でも相談を受けたことがあるか? 一度でも『私、同性愛かもしれない』って相談されなかったのか? それはあんたらが信用されていないからだ! すぐに『あなたは異常だから』と言われるに決まっていると思ってしまったから、死を選んだんだろうが!」

「桜川、それぐらいにしろ!」

 青木さんが遮った。

「…………」

桜川さんはそれに従って黙り込んだ。

 しばらく誰も話さなかった。私は何とかしようと「あの、これで解決でいいんですか」と桜川さんに訊いた。

「まあ、そうだな。これで終わりだ」

「じゃあ、報酬を貰って、解散しましょう」

 私がそう言うと、直美さんが無言で封筒を取り出し、私に渡した。

「ありがとうございます――」

「もう二度と来ません。顔も見たくありません」

 そう言って雨音夫妻は帰って行った。桜川さんに対する怒りで一杯のようだった。

「私たちも帰ります」

 女子高生たちも順次帰っていく。熊谷ちゃんは最後に何か言いたげだったけど、結局そのまま帰った。

「これで良かったのか?」

 青木さんが最後に訊いたけど、桜川さんは「ああ、良かったんだ」と呟くように言う。

 これが私の体験した最初の事件の顛末。

 なんとも後味の悪い最後だった。


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