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異世界フラグが立ちました  作者: ちょむ
第1章 異世界フラグが立ちました。
6/44

頑張るフラグをたてました

 目を閉じて、大きく深呼吸。口元がぐにゃりと歪みそうなのを、歯を食いしばって耐えた。そうして、真剣な目をアールさんに向け、口を開く。


「さっぱりわかりません」


「えっ」


 見開かれる彼女の瞳。そこには、疲れたようで気怠そうな私が揺らいでいた。いつもとは違う私が、アールさんの瞳でゆらゆらと。嗚呼、いつぶりだろう。こんな、いっぱいいっぱいの私は。


「信じられるわけ…ないじゃあないですか。私、もう厨二病は克服したんですよ?分かってます?」


「えっ」


 ポカン、と口を開くアールさんに、ちょっぴり罪悪感。だって本当は分かっているのだから。アールさんが何を言いたいかということを。


 と、いうより、最初から気付いていたのだと思う。なんとなく。おぼろげに。ここは夢なんかではない現実で、それでいて非現実的な世界である、ということを。


 でもほら、私はわがままの天邪鬼だから。まだ、わからずやのお子様だから。



「まったく!わかりま!せん!異世界の存在なんて!断固!拒否!します!」


「…何この子凄くめんどくさいわね」


 …認めたら、何かよくわからないけれど大切なモノが、崩れてしまいそうだったから。これくらいは、許してね。精一杯の、強がりを。


 ポタリ。塩っ辛い涙が零れた。


「…異、世界なんて…お断り、します」


「もう…本当に強がりねぇ…。ほら、泣きやみなさい」


 フワリ。優しい香りが、私を包む。優しい、人の体温。私じゃない、誰か他の人間のもの。


「何があっても、私がまもるから」


 泣きやめるはずが、なかった。



****





「落ち着いた?」


「…ごめんなさい」


 いいのよ、と心地良いリズムで背中を叩かれ、ずびりと鼻を啜る。鼻水が止まらない。ぐい、と目を袖で擦って、アールさんから離れた。


 ああ。人前で泣いたのなんていつぶりだろう。今の私ならば、恥ずかしさで死ねると思う。いやもう既にうごおおおおってなってるのだけども。そして黒歴史の一つに刻まれてしまったのだけどもどうしよう困ったな。


 少々腫れぼったい感じがする瞼を何度か瞬かせて目を伏せる。部屋に満ちるのは、二人分の呼吸音と、時計の針の音。随分と静かなので居心地が悪い。しかも、さっき会ったばかりの他人の前で大泣きしてしまったのだから尚更だ。なんだかとても気まずい空気なんだけどもどうしたらいいだろうか。


 チラ、とアールさんを見た。


「泣き顔がそそるわね…っ」


 エマージェンシー、エマージェンシー。…何も見ていないことにしようと思った。身の危険…いや、貞操の危険を感じる。直感的に。怖すぎワロエナイ。


「ああんもうなんてあざといのかしらこの子!何か私の中で新世界の扉が開かれる音が聞こえるわ!」


「鳥肌が立つのでやめてくれません!?」


 何故だか恍惚とした表情のアールさんに、ゾワリと鳥肌。こんな人だったの!?と驚いていると、ぐわし!と勢い良く手を掴まれた。驚いているところにびっくりして死ぬかと思った。死ぬかと思ったの本が出せるんじゃないだろうか。いや、これはほんの冗談だけども。


「さて、と。あなたの名前は何かしら!」


「飛びすぎてついていけない!!」



***



 アールさんは、やはり魔術師だった。それは信じられないことであるのだが、目の前で魔法なるものを見せられては信じざるを得ない。だって、机や何やらがアールさんの指の一振りで浮かぶんだもの。ついでに私も浮かぶんだもの。そりゃもう、信じるしかないだろう。


 そして、ファンタジーが嫌いではない私にとって、魔法というものは最高に興味をそそられるものなのだ。あなたも頑張れば使えるわよ、と、なんてことはない風に言ったアールさんが輝いてしまうのも仕方がない。楽しみで紅茶をはきそうだ。うひひ。



 ついでにこの世界の事も、少し教わった。王様がいるらしいということ、この国の名前はベイ国だということ。王様がいる、と言っても、絶対王制なんて恐ろしい制度なのではないらしい。少しばかりほっとした。


 今日のところはそこまで。その他もろもろのことは、後から教えてくれるらしいとのことだ。少しだけ、ワクワクする。


 確かに、元の世界に戻れないことはショックだが、私もかつては厨ニ病患者。受け入れるのにあまり抵抗はなかった。


「遠慮なんてしなくていいのよ?なんだったら私のことはお姉さんと呼んだっていいのよ」


「あの、アールさん」


「厳しいわね」


「…ありがとう」


 アールさんがいなかったら、私はどうなっていたか分からない。もしかしたら死んでいたかもしれない、のだ。


 本当に、本当に。


「ありがとう、アールさん」


「…そう、ね」


 アールさんは、嬉しそうな、困ったような、それでいて今にも泣きそうな。そんな、複雑な表情で、笑った。







 愛するお父さん、お母さん、それに弟へ


 私のことは心配ありません。


 若干の不安はあるものの、こっちの世界で楽しくやれそうな気がするのです。


 人生はポジティブに考えなきゃ、でしょう?


 体に気をつけて生きてください。では、お元気で。


            光


 PS.我が愛すべき親友に、さようなら、と伝えておいてください。彼女はおそらく笑うでしょうが、私は生きているということを伝えておいてください。






 多分、いや、絶対。手紙は届かないと思う。でも、これは私なりの完結の仕方。潤む目をこすり、書くだけ書いて紙飛行機にして飛ばした。


 ざぁ、と風が吹く。即席の拙い紙飛行機はどこまでも、高く、高く。二つの月が浮かぶ異界の空へとふわり。私はにっこりと笑うと勢い良く振り向いた。


「アールさん、人生って本当に山あり谷ありだね」


「…そうね」


 もう、後には戻れない。私が生きてきた今までと、後ろに作られてきた道は今、この瞬間をもってガラガラと崩れ落ちた。あり得ないと思う。夢なら覚めて、とも思う。あまりにも非現実的で、ファンタジーで、受け入れることはまだ難しい。でも。


「さて、色々やることはあるわ!ヒカリ、こっちへ来て!」


「はい!」


 きっと、進み続けないと生きていけないから。立ち止まったら泣いてしまうから。


 久保井 光 17歳 。


 この年にして異世界、なんて恥ずかしいばかりではありますが。


 精一杯生きていこう、と思います。


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