決死の隠蔽工作と、安らぎの墓標
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最後の一人が抜け道へ消えたのを見届け、ティーナが土魔法を発動した。
低く響く振動とともに、入口は静かに閉ざされる。
「これで……追えません」
振り返った彼女の額には汗が滲んでいた。
――逃げ切った。
その実感が、遅れて胸に落ちてくる。
念のため、内部の通路も各所で封鎖した。
追われる道は、もうどこにも残っていない。
そして辿り着いたのは、あの地下空間だった。
たどり着いた先は、かつてポチがレッドドラゴンとして囚われていたあの広大な地下空間だった。
すでに竜人族の大半がそこに集まり、極度の疲労から思い思いに身を横たえて休んでいる。僕は皆を呼び集め、その中心に立った。
「――よくやった」
それだけで、十分だった。
ざわめきが広がり、
やがて、誰かが泣き出す。
「……全員だ。誰一人、欠けていない」
その言葉で、堰が切れた。
歓声ではない。
安堵の音だった。
この三日間、防衛組と避難組に分かれ、生きた心地がしなかったであろう家族や仲間たちが、互いの無事を喜び合い、涙を流して固く抱き合っている。
緊縮していた食料もここからは解放だ。
皆の顔に、ようやく安堵の笑顔が戻っていたのを見て、僕もひとまず胸を撫で下ろした。
皆が休息に入ったのを見届けると、僕はティーナを伴って迷宮側の九階層を抜け、再びあのライオネ渓谷へと足を踏み入れた。
「ティーナ、あの魔法陣を元に戻そうと思うんだ」
僕がそう切り出すと、ティーナは顔を真っ青にして青ざめた。
「そんなことをすれば、またあの悍ましい虫たちが渓谷を埋め尽くしてしまいます!」
ティーナの声が震える。
「ああ。今度は“壁”として使う」
虫の大群。
あれは脅威だが――同時に、盾にもなる。
「渡らせないための、壁だ」
ティーナはしばらく黙り、
やがて小さく頷いた。
ただ、一つ課題が残っていた。かつてポチを竜化させ、縛り付けていたあの強大な『負のエネルギー』の処理だ。
久しぶりにナビさんの助力を頼む、魔法陣を書き換える際に少し細工を施せば、負のエネルギーを反転させ、『聖のエネルギー』として供給できるようになるという。
しかし、いくら聖なるエネルギーであっても、過剰に蓄積されれば何らかの害を及ぼす危険がある。それを吸収し、安定させるための『媒体』が必要だった。
「……それならば、これを使ってください」
ティーナがそっと差し出したのは、二つの美しい宝玉だった。
「これは、私の父と母の宝玉です。聖なる気が満ちる場所であれば、両親もきっと安らかに眠れることでしょう」
僕はティーナの深い想いを静かに受け入れた。
とはいえ、かつてレッドドラゴンが囚われ、不吉な因縁が染み付いたあの広間の中心に置くわけにはいかない。
魔法陣の直下は避け、聖なる力が十分に届く道程の途中に静かで清らかな場所を選び、そこに深い穴を掘った。
二つの宝玉を丁寧に安置し、その上から土を被せて魔法陣の構造を書き換える。
ここが、ティーナの大切な両親の、誰にも侵されることのない新しい墓標なのだ。
「ティーナのお父さん、お母さん。必ずティーナを幸せにします。どうかここで、安らかにおやすみください」
僕が静かに手を合わせて祈りを捧げると、傍らに寄り添うティーナは、僕の肩に身を委ねながら、心底嬉しそうに温かな涙を流していた。
結論から言えば、魔人軍は僕たちの逃走の痕跡を何一つ見つけることはできなかった…。
険しいライオネ山脈を登り切り、ようやく渓谷にたどり着いたワルターの眼下に広がっていたのは、空を覆い尽くし、絶壁を這い回るあの悍ましい虫たちの大群だった。
その絶望的な光景を見たワルターは、いくら未知の力を持つ竜人族であっても、この死の渓谷を渡り切ることは絶対に不可能だと断定した。
周辺を執拗に捜索させた結果、彼らは竜人たちの砦へと向かう別の山道を発見した。
「もしや、我々はまたしてもヤツらの罠に引っ掛けられたのではないか……?」
ワルターの脳裏に最悪のシナリオがよぎる。騎馬隊と歩兵を分断させるために、竜人族はあえて痕跡を消して身を隠したのではないか。
だとすれば、手薄になった砦に残してきた歩兵たちが危ない!
「急いで砦へ引き返すぞ! この道の先に竜人族が潜んでいるはずだ。うまくいけば挟み撃ちにできるかもしれん!」
ワルターは部隊を反転させ、血眼になって砦へと急行したが、その道中にも竜人たちの気配は一切なかった。
砦に到着し、息を切らせて歩兵たちに確認するも、
「竜人達は現れたか!?」
「いえ、誰一人として見ておりません」
と、歩兵たちは首を横に振るばかりだった。
「森の奥深くに隠れたか、それともまだ我々の知らない隠れ家があるというのか……?」
ワルターは部隊を細かく割き、一週間という時間を費やして砦を拠点に徹底的な捜索を行った。
しかし、ライオネ山脈へ向かったという当初の痕跡以外、何の手がかりも掴むことはできなかった。
彼らをさらに追い詰めたのは、深刻な兵站の問題だった…。
もぬけの殻となった竜人たちの砦には、食料や生活用品など、暮らしに必要な物資が何一つ残されていなかったのだ。
当初の進軍計画では、竜人族の村から食料を奪うことも目論みに含まれていたため、持ち込んだ食料自体が少なかった。
激戦で兵の数が減った分、多少の余裕が生まれたとはいえ、これ以上の長期戦となれば確実に食料は底を突く。
残されているのは、もはや本国のディガル領へと帰還するために必要最低限の糧食のみとなっていた。
運搬係からその残酷な現実を突きつけられた時、疲労と焦燥に苛まれていたワルターは、ついに深い絶望とともに無念の完全撤退を決断したのだった。
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