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理不尽な最期と異世界転移

本作は、ある一人の少年がすべてを失ったところから始まる物語です。

少し重い導入になりますが、この先の旅路に繋がる大切な出来事となります。


どうか、最後までお付き合いいただければ幸いです。

俺は、“世界の歪み”を斬るために呼ばれた。

 ただしその代償は……、家族の死だった。



とある夏の暑い日。


僕はなぜか、薄暗い部屋にいた。

灰色のスチール机に、座り心地の悪いパイプ椅子。

そこに腰を下ろしている僕の顔は、なぜかひどく腫れ上がっていた。


僕の名前は荒時竜司あらとき・りゅうじ、高校二年生。

夏休みを利用して、家族と一緒に名古屋のレゴランドを訪れていたのだが、不運にも家族とはぐれ、園内をさまよっていた。

そんな折、柄の悪い男たちに絡まれている老婦人と小さな孫娘を見かけた。


「大丈夫ですか?」


ごく自然に歩み寄り、跪いて老婦人に声をかけただけだったのに、どういうわけか男たちに取り囲まれてしまった。

聞けば、転んだ女の子のアイスが、男のビンテージジーンズの裾に少しだけ付着したらしい。男たちはクリーニング代と称して老婦人を脅しつけていた。


「そんなの、拭けば取れるんじゃ……」


僕がボソッと呟いた途端、男たちの標的は僕へと移り、無残にも袋叩きに遭ってしまった。


唯一の救いは、その隙に老婦人と女の子が逃げてくれたことだ。


その後、駐在の警備員が駆けつけて助けてくれたが、その時にはすでに僕の顔は原型を留めないほど腫れ上がっていた。


後で聞いた話によれば、警備員を呼んでくれたのはあの老婦人と女の子だったらしい。

警備員の一人が僕の名前を聞いて去り、もう一人の警備員に簡単な事情聴取を受けた後、僕は救護室へと運ばれていった。


ふいに、園内アナウンスが耳に届く。


『荒時竜司くんという名の男の子が迷子になっております。お心あたりのある方は案内所までお越しください』


……僕は十七歳だ。



救護室で軽い手当てと詳しい事情聴取を受けた後、念のため近くの病院で精密検査をすることになり、救急車に乗せられた。

両親と妹には引き続きアナウンスで呼びかけ、見つかり次第病院へ案内すると、救護室のスタッフが説明してくれた。


救急車に揺られること約十分。大きな病院に運び込まれ、診察を受けた。


「イタズラですか? 顔面に重度の打撲痕と聞いていましたが」


なぜか、昔から傷の治りだけは異常に早い僕は、診察を受ける頃には顔の腫れがほとんど引いていた。


包帯と湿布を外した医師は、訝しげに首をひねった。

その時だ。軽い浮遊感と共に、机の上のペンが床に転がり落ちた。

拾おうと手を伸ばした瞬間、凄まじい揺れと振動が全身を襲った。ズドーンという地鳴りのような重低音。僕は揺れに弾かれるように、机の下へ転がり込んだ。


南海トラフ巨大地震…。


近い将来必ず起きると警鐘を鳴らされていた大地震が、まさにこの瞬間、牙を剥いたのだ。

マグニチュードは9以上、数千万人の被災者を生み出すとも言われていた未曾有の大災害である。

凄まじい衝撃、腹の底に響く轟音、そして阿鼻叫喚の絶叫。

僕は机の下で目を固く閉じ、耳を塞いでひたすら耐え続けた。

やがて揺れが収まり、這い出るようにして机の下から顔を出すと、なぜか頭上には青空が広がっていた。


天井が完全に崩落していたのだ。


ふと見下ろすと、自分の手と膝が真っ赤に染まっている。自分自身に怪我はない。


ではこの血はどこから?


ついさっきまで潜り込んでいた机の下を覗き込むと、そこにはおびただしい血溜まりが広がり、瓦礫の隙間から、力なく投げ出された人間の手が見えた。


先ほどの医師が、天井の崩落に巻き込まれたのだ。

それを理解した瞬間、底知れぬ恐怖が全身を駆け巡り、僕は無意識のうちに絶叫していた。


どれほどの時間、放心していただろうか。


十秒だったかもしれないし、数分経っていたかもしれない。再び襲い来た余震の振動で、僕は我に返った。


「ありえない……! なにがどうなって……まずは落ち着こう。地震が起きたんだ。父さんや母さん、妹は……いや、ここが酷いだけで、レゴランドなら大丈夫だろう。最近できたばかりだし、この病院は古そうだから特別被害が大きいだけで……」


自分に言い聞かせるように呟いた直後、さらに激しい揺れが襲いかかってきた。

短時間に二度の巨大地震。大地震が引き起こすのは、揺れだけではない。


「ダメだ、ここにいちゃいけない。アレが来るかもしれない!」


僕は頭上の青空の隅に、灰色の真新しい建物を見つけた。

病院に搬送された時、僕は救急病棟の三階に連れてこられた。

渡り廊下で繋がった先にある本館は、比較的最近建てられたものだったはずだ。


「あっちへ移ろう。あそこなら五階以上あったし、この古い建物よりはマシなはずだ」


崩れ落ちた床と天井、剥き出しになった鉄骨、鼻を突く血の匂い。


そして、不気味なほどの静寂。


生きているのは自分だけなのだろうか。

その事実は背筋を凍らせたが、内なる本能が「早くここから離れろ」と警告を発している。


廊下を支えていた鉄骨を頼りに、渡り廊下へと向かう。

窓の枠組みだけが残った場所から外を見ると、本館へと続く渡り廊下が見えた。

本館の被害はここほど酷くはないようだ。


蜘蛛の巣のように張り巡らされた鉄骨の下は、一階まで筒抜けになっている。


足を滑らせれば命はない。


崩れかけた壁も信用できない。

綱渡りのように慎重に進むしかなかった。


ようやく渡り廊下にたどり着いた。


近代建築の恩恵か、床は抜け落ちていなかった。ところどころに亀裂は走っているものの、幾分マシだ。


ガラスが砕け散った扉を抜け、中へと入る。

ようやく安定した足場に立ち、周囲の状況を確認する余裕が生まれた。


割れた窓から外を見下ろすと、やけに見晴らしが良い。


頑丈に造られているはずの病院が半壊しているのだ。他の建物が無事であるはずがなかった。


瓦屋根の古い家屋は無残に潰れ、ビルは傾き、道路はひび割れ陥没している。

意外なことに、外に逃げ出している人は少なかった。ただ、視界に入る人々は一様に呆然と立ち尽くしている。



渡り廊下から見下ろす一本道の先から、一台の車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


黒いワンボックスカー。


見覚えのあるフォルムに、胸が締め付けられるような懐かしさを覚える。


「うちの車か……?」


近づいてくるフロントガラス越しに、運転席の父、助手席の母、そしてその後ろから身を乗り出す妹の顔が見えた。


「ああ……迎えに来てくれたんだ」


全身からふっと力が抜けた。安心感と安堵からか、自然と笑みがこみ上げてくる。


「おーい! 父さん、母さん!」


大きく手を振ると、車の中から両親が手を振り返してくれた。


「あぁ、やっと会える!」


その時だった。地響きのような、重く低い轟音が鳴り響いたのは。

ワンボックスカーの遥か後方に、巨大な土色の壁が見えた。


「あれは……何だ?」


得体の知れない土色の壁が、猛烈なスピードでこちらへ迫ってくる。


僕は知らなかったのだ。それは決して、青くなどないということを。


土色の壁が近づいてきて、ようやく理解した。それは家屋を飲み込み、ビルを砕き、車を、人々を飲み込んでいく。


「津波だ……」


あらゆるものを削り取り、巻き込んで進む津波は、土色に濁りきっていた。


「逃げて父さん! 津波が来る!」


力の限りジェスチャーを送ると、父が車を止めて背後を振り返った。


そこには、先ほどよりもさらに巨大化した土色の壁が迫っていた。


「僕の事はいいから、みんな早く逃げて!」


父は窓を閉めると、再びワンボックスカーを前進させた。

車内で何かを言い合っているようだったが、両親は微笑みを浮かべながら、渡り廊下の真下で車を止めた。


その瞬間、濁流が僕らを飲み込んだ。




どれほどの時間が経ったのだろう。僕は意識を取り戻した。



渡り廊下の割れた窓枠に、身体の半分を投げ出される形で引っかかっていた。


津波に襲われたというのに、身体は濡れていない。渡り廊下は三階の高さにあり、津波はそこまで到達しなかったのだ。


「生きてるのか……」


立ち上がり、外を見渡す。


先ほどよりもさらに視界が開けていた。


津波が、すべてを奪い去っていったのだ。


家屋の残骸すら消え失せ、ビルの低層階は完全にえぐり取られて空洞になっている。


人影は一つもなく、ただ圧倒的な静寂だけが世界を支配していた。


地震と津波の二重の災厄が、何もかもを持ち去った。


残されたのは、鼻を突く青臭い泥の匂いと、無情に降り注ぐ太陽の光だけだった。



病院の本館に足を踏み入れると、薄暗い空間に血と土埃の匂いが立ち込めていた。


「誰かいますか! 誰かいませんか!」


倒れている人々の姿はあるが、起き上がる者も、声を発する者もいない。

生きているのか、死んでいるのかすら定かではない。


「どうすればいい……どうしようもないじゃないか!」


近代建築の粋を集めた建物であっても、大自然の猛威には耐えられなかったのだ。

ましてここは病院だ。自力で動ける者などいない。


階段は辛うじて形を保っていた。

二階まで降りると、そこが出口に変わっていた。

流されてきた瓦礫や泥がびっしりと詰まり、一階部分は完全に埋没していたのだ。


二階の窓から外へ出ると、目の前には泥水の流れる小川ができていた。

かつてアスファルトの道路だった場所だ。

両脇には建物の残骸がうず高く積もり、その中央を悪魔の爪痕のような泥水が流れている。

広い場所へ出ると、瓦礫の荒野に、ビルの骨組みだけが枯れ木のようにポツポツと立ち並んでいた。


「家族を探さなきゃ……」


僕の頭の中には、それしかなかった。


津波が来る直前の、両親の優しい微笑み。

おせっかいで笑顔の絶えない妹。

彼らが死んでいるとは到底思えなかった。


死んでいるはずがない…。


「探さなくては!」



地震が起きたのは十二時過ぎ。


腕時計を見ると、針は一時を指している。

まだたったの一時間しか経っていないという事実に愕然とした。


一時間前には、何気ない日常があったのだ。


「とにかくみんなを探そう。大丈夫、きっと無事だ」


まだ一時間だ。急げば何とかなる。

救助の限界と言われる七十二時間までは、まだたっぷりと時間がある。

逆に、家族が僕を探しているかもしれない…。


周囲を見渡すが、残骸の山ばかりで車の姿はほとんど見かけない。

重い車体すら、津波に持ち去られたのだろう。

だとしたら海の方角を探すべきか。

東日本大震災の記録でも、車ごと流されたという話は聞いていた。

ここは海からは距離がある。途中で投げ出されている可能性も高い。


「津波が引いていった方角へ向かおう。一刻も早く、ここからまっすぐに探すんだ」


あの時、車の窓は閉まっていた…。

少しでも車内に空気が残っていれば、助かっている可能性は十分にある。ただ、自力では脱出できないかもしれない。


津波の途方もない水圧の前では、車のフロントガラスなど紙屑同然だという非情な事実に、僕は気づかなかったのか、それとも気づきたくなかったのか…。



何時間歩き続けただろうか。


日が暮れたのは覚えている。

夜が明け、再び太陽が昇ったのも覚えている。

いや、実際には数日経っていたのかもしれない。

疲労と絶望で、時間感覚は完全に麻痺していた。


偶然、手付かずの水の入ったペットボトルを拾った。


八月の炎天下、喉は焼け焦げるように渇いている。

しかし、今この瞬間も家族は苦しんでいるはずだ。

この水は彼らのために取っておこう。


泥まみれの黒いワンボックスカーを見つけるたびに、何度車内を覗き込んだだろうか。


どれだけの距離を歩いたのだろうか。


意識が朦朧とし始めた頃、再び黒いワンボックスカーが目に留まった。


これが何度目になるか。


もはや反射的な、絶望的な作業の一部だった。



「父さん、母さん、真穂!」



ようやく見つけた。ようやく会えた。それなのに、なぜ僕はこれほどまでに悲しいのだろう。


車のガラスというガラスは、すべて粉々に砕け散っていた。それは、生存の可能性を完全に否定する残酷な証だった…。


「父さん、母さん、真穂……喉が渇いただろう。今、水を飲ませてあげるからね」


大切に抱えていたペットボトルの水を、泥に塗れた三人の口元へ順番に含ませていく。しかし、水は喉を通ることなく、虚しく流れ落ちるだけだった。


「なんで……なんでみんな、飲んでくれないんだよ!」


嗚咽を漏らしながら、必死に水を飲ませようとするが、叶うはずもなかった。

僕は妹の傍らに座り込み、そっと目を閉じた。手には空になったペットボトルが握られている。


「疲れたよ……でも、家族と一緒だから、もういいか……」


そうして僕は、とても、とても深い眠りへと落ちていった。




光に包まれた、真っ白な世界で目を覚ました。


いや、眩しすぎて白く見えているだけなのかもしれない。

僕はその果てしなく続く純白の空間に立っていた。


「お目覚めですね」


白い衣を纏った、息を呑むほど美しい女性が、歌うような声音で語りかけてきた。


「ここは……どこですか? 僕は……」


「ここは天界です。私は地球において、神と呼ばれる存在です。あなたに頼みたいことがあり、ここへお呼びしました」


ああ、僕は死んだのか。直感的にそう理解した。


「えっ、あなたは死んでいませんよ」


女性は微笑みを浮かべ、優しく告げた。


「だって、死んだからここにいるんですよね?」


明らかな矛盾だ。


最後の記憶は、妹の傍らで衰弱し、深い眠りに落ちた瞬間のもの。

そして目が覚めればこの白亜の空間で、自らを神と名乗る女性が目の前にいる。どう考えても死んでいるはずだ。


「いえ、あなたはまだ生きています。こちらをご覧ください」


女性は宙に楕円形の鏡のようなものを映し出した。


「今ご覧に入れているのは、現在のあなたの肉体です。四つの肉体のうち、三つはすでに生命活動を停止していますが……ほら、あなたはまだ息をしているでしょう? 幽体だけをこちらにお呼びしたのです」


「意味がよく分かりませんが……」


「今はまだ生きていますが、あと数時間もすれば命を落とすでしょう。瓦礫に埋もれたあの黒い塊を、他の人間が発見することはまずあり得ません。半径五十キロ圏内に、生存者は一人もいないのですから」


詰んだな。せめて妹の隣ではなく、外の開けた場所で倒れていれば、ヘリコプターが見つけてくれたかもしれない、いやそれもないか…。

だが、今更後悔しても始まらない。最期は家族と一緒に、と願ったのは僕自身だ。それに、神様らしき人も家族は亡くなっていると言っている。

あと数時間か……。


「現状をご理解いただけたようで安心しました。では、これからあなたにとって有益かもしれないお話をさせていただきますね」


神様……いや、面倒なので女神と呼ぶことにしよう。女神はどこからともなく白い優雅な椅子を用意した。


「どうぞお掛けください。現在の状況を説明いたします。あなたのいた土地で南海トラフ巨大地震と呼ばれるものが発生し、概算で死者一千万人、負傷者三千万人以上が出ています。問題は、一瞬にして神界に一千万人もの魂が溢れ出したことです」


「そんなにも、大規模な被害に……」


「ええ。通常、大きな災害でも数千人規模の被害に収まるのですが、今回は規模が大きすぎて魂の処理が全く追いついていないのです」


女神は深く、憂いを帯びたため息をついた。


「処理が追いつかないと、どうなるんですか?」


「天国か地獄へ送るか、あるいは輪廻転生させるための処理ができず、魂が消滅してしまいます。魂のエネルギーには限りがあるため、速やかに保護しなければならないのです。一刻も早く処理を進めるため、伝手のある他の神々や、神候補の方々に臨時で手伝っていただくしかありません」


女神はさらに深いため息をこぼし、僕の前にお茶を用意した。


「手伝ってもらうということは、当然見返りが必要になります。そこで、あなたにお願いしたいことがあるのです」


「手伝いですか? それとも人身御供ですか?」


女神は言い淀みながら答えた。


「外の世界にも、様々な問題が山積しているのです。問題を根本的に解決できなくとも、状況を緩和する役目を担う人物を派遣してほしい……それが、今回手伝っていただくための条件なのです」


「それを、僕にやれと?」


大体の事情は飲み込めた…。


震災で溢れた魂を保護するため、他の神に助力を乞う。その対価として、他の神の世界へ人材を派遣しなければならない。


その生贄として、僕に白羽の矢が立ったというわけだ。


「明らかに、僕には何のメリットもありませんよね」


女神は申し訳なさそうに視線を伏せた。


「そうですね……あなたには酷な話だと思います。ですが、誰でも良いというわけではないのです。ある程度の資質がなければ様々な問題が生じます。もちろん、あなたにも最低限の加護は与えますし……何より、あなたに関わる方々の魂を、最優先で保護させていただきます」


メリットが全くないわけではないらしい。関わる人、とは。


「関わる人って、どういうことですか?」


「あなたのお父様、お母様、妹さんを、最優先で天国へとご案内いたします」


ある意味で人質を取られたようなものだ。とはいえ、このまま断ればどうなるのだろうか。


「もし僕が断ったら、家族はどうなるんですか?」


「妹さん、お母様、お父様の順で、九百四十三万四千二百三十一番から三十三番目に処理を行うことになります。現在の割り当て枠は、天国が約百五十万人、地獄が約三百万、輪廻転生が約百万人、協力してくれた神々の世界への転生が約三百万。これが限界です。ちなみに現在処理が終わっているのはわずか四万人。順番が回ってくる頃には、あぶれた魂は完全に消滅しているでしょう。もちろん、そうならないよう他の神々にも交渉して転生枠を増やすつもりではいますが……」


なるほど。今のままだと、両親と妹の魂は消滅するか、よく分からない世界へランダムに飛ばされる可能性が極めて高い。


「分かりました。その条件を受けましょう。ただし、家族を確実に天国へ送るという約束を、何らかの形で証明していただくことは可能ですか?」


「ええ、形にしてお渡しします。万が一約束が果たされなかった場合は、地球の神の名にかけて賠償をいたします」


責任感からか、あるいは罪悪感からか、女神は悲痛な面持ちで頷いた。


「では、了承いただいたということでよろしいですね。ご家族の魂は、私が責任を持ってお預かりいたします」


「そこまで言っていただけるのなら、安心です」


どのみち、両親も妹もこのままでは消滅してしまう。優先して天国へ行けるのなら、それが最高の親孝行だろう。僕自身もあと数時間で死に、魂は消滅する運命だ。家族と一緒に消滅するのも悪くはないが、消えた後どうなるのかは誰にも分からない。


「そのお話、お受けいたします」


「ありがとうございます…。 リンネ! リンネ、ちょっと来ていただけますか!」


地球の女神が呼ぶと、異世界の女神が姿を現した。


「はーい、なんですか〜!」


リンネと呼ばれたその女性は、なぜかメイド服を身に纏い、ブラウンの髪をツインテールに結んでいた。くるんとした長いまつ毛に、金色に輝く瞳。少女、いや美少女と呼ぶべき容姿だ。


「この方が、あなたの星へ赴く候補者です。いかがですか?」


「う〜ん、良いですねこの物件! これなら私も気に入りました。奮発しちゃいますよ!」


「物ではありませんから」


地球の女神が呆れたように肩をすくめる。


「悪い子ではないのですが、言葉遣いが少々軽薄なところはご容赦ください」


地球の女神は軽く頭を下げた。


「では、私はこれで席を外します。本当に時間がありませんので」


そう言い残し、地球の女神はその場から姿を消した。


「自己紹介がまだでしたね。私はリンネと申します。これからあなたが向かう星の臨時管理者です。あくまで臨時なので権限は少ないのですが、よろしくお願いいたします!」


リンネはエプロンドレスの裾をちょこんと摘まんで挨拶をした。


「で、僕に何を望むのですか?」


「そうですねぇ……とにかく、私の管轄する星で『生きて』いてほしいんです。理由は今は話せません。知らない方がいい事もあるでしょ? 『俺TUEEEEEE! 女神様に認められちゃったしね!』なんてフラグを立てて、周りからボコボコにされたくはないですよね? こっちの仕事が終わって私が戻ったら、ちゃんと全て教えます。てか、仕事多過ぎ!」


リンネは大袈裟に肩で息をした。 


「要するに、あなたが戻ってくるまで、とにかくそこで生き延びろと」


「そう! とにかく生きててね。戻るまで時間はかかるかもしれないけど、必ず行くから。それまでは、あなたが思うように生きてちょうだい。ただし、本名は伏せておいて。リュウという文字はマズイから……そうね、『リューイ』なんてどうかしら? 前の名前に近いし」


いきなりの改名だ。


「なんで竜の字がマズイんですか?」


リンネは少しだけ寂しそうな顔をして呟いた。


「それは、行けば分かるわ」


何やら訳ありらしい。行けば分かるということは、向こうでは常識的な事柄なのだろう。


「あと、あなたに加護を与えるわ。今の私にできるのは三つくらいかな。一つは『フィジカルブースト』、二つ目は『ナビゲーター(案内人)』、三つ目は……」


どうやら加護をもらえるらしい。


「向こうの世界に行った時のために、装備も必要よね。これはサービス! 詳しいことはナビゲーターに聞いてね」


リンネから手渡された袋は、腕にズシリと重みを感じた。


「では、あちらへ送るわね。基本的には安全な場所へ送るから……あ、最後に一つだけ。きっと疑問に思うだろうから言っておくけれど、私はあの世界に干渉する力を持たないの。だから、あなたに行ってもらうのよ。私にできる事は、あの世界ではほとんど無いの」


リンネの横顔には、深い寂寥の色が浮かんでいた。


「じゃぁ、行くよー!」


その瞬間、僕の視界は再び圧倒的な白い光に包み込まれた。


「行きましたか」


いつの間にか戻っていた地球の女神が呟く。


「ええ、行きました。地球の女神様、ありがとうございます」


リンネは先ほどまでの軽薄な態度が嘘のように、凛とした佇まいで虚空を見つめていた。


「彼の旅路に、幸多からんことを」


地球の女神が静かに祈りを捧げた。


「……え?」

 「今のは……まずいですね」


 リューイの転送途中に、何かが干渉した…


 「あ……弾かれた。やべ!」


リンネが素の声を漏らした。何者かの干渉によって、転移の座標がずれたらしい。


「と、とりあえずあの星には着きそうだから何とかなるっしょ! 今更どうにもならないし、ドンマイドンマイっと!」


リンネは舌を出して、あっけらかんと言い放ったのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


かなり重いスタートになりましたが、この出来事が主人公・リューイの原点になります。

次回からは舞台を大きく変え、物語が動き始めます。


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