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エピローグ 日常への帰還と、非日常の開闢

 ――およそ半年前。


『……N県の公立中学校、3年A組の生徒30名が、教室ごと忽然と姿を消した「集団神隠し事件」。警察による必死の捜索も虚しく、その行方はようとして知れず、日本中が悲しみに包まれました……』


 それは、戦後最大級のミステリーとして連日ワイドショーを賑わせた大事件だった。


「異世界転移」などという荒唐無稽な真実を、誰も知る由もないまま、季節は初夏から晩秋へと変わっていた。


 そして、半年後。


 彼らは帰ってきた。


 ***


「誠様、お味噌汁の塩加減はいかがですか?」


 黒峰家の食卓。


 湯気の立つ朝食を前に、エプロン姿の美少女――アリアが、心配そうに誠の顔を覗き込んでいる。


「……完璧だ。ダシの抽出温度が適正だから、風味が飛んでない」


「よかった……! この『IHヒーター』という魔道具、火加減の調整が難しくて」


 アリアはほっと胸を撫で下ろす。


 彼女は今、黒峰家の「家族」として、ここに座っていた。


「……それにしても、母さんたちの順応性も高すぎるだろ」


 誠はリビングの奥でニュースを見ている両親に目を向けた。彼らはアリアを「海外で事故に遭った遠い親戚の娘」として、何の疑問もなく受け入れている。


 もちろん、ただの偶然ではない。


 誠が【認識操作】の脳波干渉を行い、両親の記憶中枢に「アリアという親戚がいた」という偽の情報を書き込んだのだ。


 さらに、誠は帰宅したその夜、日本の行政サーバーに電磁気的なハッキング(物理魔法)を仕掛けた。


 戸籍データの改ざん、住民票の作成、パスポートの発行履歴の偽装。


 あらゆる公的文書において、彼女は今や正真正銘の『黒峰アリア』という日本国籍を持つ少女となっていた。


「これからは、ここが貴女の家よ。遠慮しないでね、アリアちゃん」


「はい! ありがとうございます、おば様!」


 母親と笑顔で話すアリアを見て、誠はコーヒーを啜った。


(……ま、幸せそうだからいいか)


 魔王の力を行政手続きと家庭円満のために使う。


 それが、誠の選んだ「日本での戦い方」だった。


 ***


「それにしても……静かだな」


 誠はスマホのニュースアプリをスクロールした。


 昨日、誠を含めたクラスメイト全員が、それぞれの自宅に帰還したはずだ。


 本来なら、「行方不明の生徒たちが半年ぶりに生還!」と、マスコミが家に押し寄せ、ヘリコプターが飛び交う大騒ぎになっていてもおかしくない。


 だが、家の外は静まり返っている。


 SNSを見ても、クラスメイトの帰還に関する話題は、タイムラインの隅っこで細々と呟かれているだけだ。


『勇者』白金洸や、『聖女』天音莉乃たちも、拍子抜けしていることだろう。


 なぜなら――。


 それ以上に「とんでもないニュース」が、世界中を席巻していたからだ。


「……これか」


 誠はテレビの音量を上げた。


 画面には『緊急報道特番』の文字が躍り、アナウンサーが悲鳴のような声で実況している。


『繰り返します! 昨日未明、東京都新宿区の上空および地下に、正体不明の巨大な構造物が出現しました!』


 映像が切り替わる。


 新宿御苑のど真ん中に、巨大な、あまりにも巨大な「石造りの塔」が突き刺さっていた。


 さらに、渋谷のスクランブル交差点には、地下へと続く「巨大な洞窟の入り口」が口を開けている。


『これと同様の現象は、札幌、大阪、福岡など、国内の主要都市および世界各地で同時多発的に確認されています! 政府は直ちに自衛隊を派遣しましたが、内部からは得体の知れない生物……「モンスター」らしき影が確認されており――』


 アリアが箸を止めて、画面を凝視する。


「誠様……あれは……」


「……ああ」


 誠はため息をついた。


 画面に映っているのは、見覚えのある「魔素」の輝き。


 異世界から帰還する際、あの巨大な次元ゲートを開いた余波か、あるいは王太子の暴走によるエネルギーの流出か。


 原因は全くの不明だが、世界の壁に穴が空き、あろうことか「向こう側の生態系」の一部が、地球に侵食してしまったのだ。


 テレビ画面の下部に、衝撃的なテロップが流れる。


【速報:日本各地に突如として『ダンジョン』が出現 政府は非常事態宣言を検討へ】


「……はぁ」


 誠は飲み干したコーヒーカップを置き、天井を仰いだ。


 せっかく異世界から帰ってきたのに。


 どうやらこの日本は、今日から「現代ファンタジー」の世界へと変貌してしまったらしい。


「……アリア」


「はい」


「味噌汁、お代わりだ。……これから忙しくなりそうだぞ」


「はい、誠様!」


 魔王とメイドの平穏な日常は、早くも終わりを告げようとしていた。


 世界が彼らを、放っておくはずがないのだから。




(完)

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