第28話 四天王、寿司を食う
舞踏会から帰還した誠は、味沢から受け取った桐の箱――『特製寿司折詰』をテラスのテーブルに広げた。
「……食うか?」
その一言に、留守番をしていた魔王軍四天王が猛然と集結した。
『……クンクン。これが、主をあそこまで骨抜きにした「スシ」なる物質か?』
エンシェントドラゴンが巨大な鼻を近づける。
「見た目はただの魚の切り身と、白い穀物だが……」
デーモンロードが眼鏡を光らせて解析する。
「フンッ! 私が作ったパンをゴミ扱いしておいて、こんなナマモノが美味しいわけありませんわ!」
サキュバスが腕組みをしてそっぽを向くが、尻尾は正直にパタパタと揺れている。
誠は醤油を小皿に垂らし、彼らに箸を渡した。
「四の五の言わずに食え。味沢の渾身作だ」
恐る恐る、四天王たちが寿司を口にする。
そして――。
カッ!!!!
離宮の庭に、謎の稲妻が走った。
『な……なんだこれはァァァァッ!?』
ドラゴンが咆哮した。
『生の肉なのに、臭みが皆無! むしろ熟成された旨味が、口の中で爆発する! この「シャリ」という穀物が、酸味で肉の脂を中和し、無限に食えるバランスを生み出している!』
「馬鹿な……! 魚と米、ただそれだけの組み合わせなのに……この計算され尽くした一体感はなんだ!?」
デーモンロードが震えながら眼鏡をずり落とす。
「これは魔法だ! 口内調味という名の、高度な錬金術だ!」
『プルルンッ!(トロけるぅぅぅ! 僕も溶けるぅぅぅ!)』
スライムはあまりの美味さに液状化してテラスの床に広がった。
そして、最も疑っていたサキュバスは。
「んっ……ぁ……///」
頬を紅潮させ、恍惚の表情でマグロを咀嚼していた。
「く、悔しいですけど……美味しいですわ……! 私のフェロモンより濃厚な旨味……! こんなの、ズルいですわぁぁぁッ!」
完食。
一瞬で折詰は空になった。
『主よ! 我は決めたぞ!』
ドラゴンが鼻息荒く宣言する。
『この「ニホン」という世界、間違いなく宇宙最高の食文化を持つ! やはり我も行く! スシを食うためなら、チワワにでもなってやる!』
「私もだ! この『ワサビ』という刺激物……研究対象として興味深い!」
四天王たちの「日本移住計画」への熱意が、寿司によってさらに加速してしまった。
誠は空になった箱を見て、やれやれと肩をすくめた。
「……まあ、気に入ったなら何よりだ。アリア、茶」
「はい、誠様」
アリアが微笑みながらお茶を出す。
平和な夜食タイム。
だが、その平穏は翌朝、唐突に破られることとなる。
***
翌朝。
離宮の門前に、白銀の鎧を着た騎士団(王国の騎士とはデザインが異なる)が整列していた。
彼らが掲げている旗には、太陽と十字架を組み合わせた紋章――この世界で最大の宗教勢力『聖光教会』のシンボルが描かれている。
「……開門せよ!!」
厳めしい声が響く。
先頭に立つのは、深紅の法衣を纏った初老の男。教会の最高幹部の一人、枢機卿だ。
彼は傲慢な眼差しで、出てきたアリアを睨みつけた。
「……貴様だな。『忌み子』アリアは」
「……あ、あなたは……」
アリアの顔色がサッと青ざめる。
教会。それは「白髪と赤目」を持つ彼女を「悪魔の子」と断じ、幼い頃から迫害し続けてきた元凶とも言える組織だ。
「神の啓示が下った! 昨夜の舞踏会にて、忌まわしき『呪いの子』が魔王を惑わし、国を乗っ取ろうとしているとの報告があった!」
枢機卿は杖を突きつけ、高らかに宣言した。
「よって、異端審問官として命ずる! その女を直ちに引き渡せ! 神聖なる炎で浄化(処刑)してくれよう!」
後ろに控える聖騎士たちが、ジャキッと剣を抜く。
アリアの体が恐怖で震える。
幼少期のトラウマ。石を投げられ、罵声を浴びせられた記憶がフラッシュバックする。
「わ、私は……」
彼女が後ずさろうとした、その時。
「……朝っぱらからうるせぇな」
不機嫌そうな声と共に、誠がテラスから出てきた。寝癖頭で、手には歯ブラシを持っている。
「誰だ、おっさん。宗教勧誘ならお断りだぞ」
「貴様が魔王か!」
枢機卿が誠を睨む。
「我は聖光教会の枢機卿である! 神の代行者として、その薄汚い魔女を回収しに来た!」
「……魔女?」
誠は歯ブラシをくわえたまま、アリアを見た。
「アリアのことか?」
「左様! その白髪、その赤目! これぞ『悪魔の憑依』を受けた証拠! 生かしておけば世界に災いをもたらす『忌み子』だ!」
枢機卿は唾を飛ばして熱弁する。
「魔王よ、貴様も騙されているのだ! その女は魔性の力で男をたぶらかす! 昨夜のダンスも、その魔術によるものだろう!」
(……いや、あれは物理演算だけど)
誠は心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。
代わりに、彼の瞳から急速に温度が失われていく。
「……で? 連れて行ってどうするんだ?」
「決まっておろう! 広場で火刑にし、その汚らわしい魂を浄化するのだ!」
「……へぇ」
誠は歯ブラシをコップに戻し、アリアの前に立った。
「断る」
「なっ……!?」
「アリアは俺のメイドだ。勝手に燃やすな」
「黙れ! これは神の意志だ! 魔王風情が口を挟むな!」
枢機卿が激昂し、合図を送る。
「者ども、構わん! 魔王ごと浄化せよ! 神の威光を見せてやるのだ!」
「「「おおおォォォッ!!」」」
数十人の聖騎士が一斉に詠唱を始め、光の魔法が展開される。
アリアが叫んだ。
「誠様、お逃げください! 教会の『聖法気』は、魔族にとって猛毒……!」
「……アリア」
誠は振り返らずに言った。
「理科の授業、ちゃんと聞いてたか?」
「え……?」
「色はな、ただの光の波長だ」
誠は一歩前に出た。
聖騎士たちから放たれた無数の光の矢が、誠に降り注ぐ。
「死ねぇぇぇッ! 悪魔め!」
ドガガガガガガッ!!
爆発と閃光が離宮を包む。
枢機卿が高笑いする。
「ハッハッハ! 見たか! これぞ神の裁き――」
「――『メラニン色素』って知ってるか?」
煙の中から、無傷の誠が平然と歩いてきた。
「な、なにっ……!?」
誠の周囲には、見えない壁(絶対不可侵)が展開されており、光の矢はすべて空中で静止していた。
「お前らが『呪い』だの『悪魔』だの言ってるのは、ただの遺伝子の変異だ。『アルビノ』って言うんだよ」
誠は教科書を読むような淡々とした口調で説明する。
「色素が薄いから、髪が白くなり、目の血管が透けて赤く見える。……それだけの話だ」
「な、何を訳の分からぬことを……! あれは呪いだ! 不吉の象徴だ!」
「いいや、ただの体質だ。それを『不吉』だの『浄化』だの……無知も大概にしろ」
誠は枢機卿の目の前まで歩み寄り、冷たく見下ろした。
「俺の世界じゃ、そういうのを『差別』って言ってな。……一番軽蔑される行為なんだよ」
「き、貴様ぁ……!」
「それに」
誠が指をパチンと鳴らす。
「俺の身内を『汚らわしい』呼ばわりした罪は、重いぞ」
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
離宮の庭全体が、激しく振動した。
「な、なんだ!? 地震か!?」
聖騎士たちが慌てふためく中、生垣の向こうから、地獄のような殺気が膨れ上がった。
『……おい、人間』
ズシーン!!
巨大な影が立ち上がる。
『今、アリア殿を燃やすと言ったか?』
琥珀色の瞳を怒りに燃え上がらせた、エンシェントドラゴン。
「……我らに毎日、美味い茶を入れてくれるアリア君を燃やす、だと?」
地面が割れ、無数の土の槍を浮かべたデーモンロード。
『プルル……(アリアちゃん、いじめるな……!)』
体積を増大させ、巨大な酸の津波となったスライムエンペラー。
「アリアちゃんを泣かせる奴は、私が夢の中で一生魘される呪いをかけてやりますわ!」
ボンテージ姿で鞭を構えたサキュバスクイーン。
魔王軍四天王が、勢揃いしていた。
彼らにとって、アリアはただのメイドではない。最強の魔王の側近であり、自分たちの世話をしてくれる(そしておやつをくれる)大切な「仲間」なのだ。
「な、ななな……!? 四天王……!? なぜここに!?」
枢機卿が腰を抜かす。
誠は、恐怖に引きつる聖職者たちに向けて、死刑宣告のように告げた。
「……神様にお祈りしとけよ。こいつらの機嫌、俺より悪いから」
離宮防衛戦――あるいは、一方的な蹂躙が始まろうとしていた。




