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「はあっ……はっ……」
空也は息を切らしながら、ひた走っていた。どれだけ走っただろう。靈力補助により体が軽いとはいえもはや限界に近かった。
(ようやくだ)
息苦しさに顔を歪めながらも自然と口の端が吊り上がる。
受剣生に刀伐資格などない、そんな事は百も承知だ。
理性ではわかっていても止められない。空也は感情の奔流に流されるまま、言葉が口をついて出る。
「……殺してやる」
空也は目に暗い炎を浮かべ、街頭表示板の横を駆け抜けた。瘴氣濃度計の針は危険域を振り切っている。
空気に瘴氣が、混ざり重い。粘りつく瘴氣を掻き分け、逃げてくる人々を押し退け、空也は進む。
「!」
不意に空也は、足を止めた。殺せぬ勢いにより、地面を滑る。
(この感じ……)
踏み込んだ途端、耳の奥がキーンと貫かれるような感覚があった。水中に投げ込まれたように、眼の前が、一瞬大きく揺らぐ。
その感覚に覚えがあった。剣崎のゾーンとやらに踏み込んだ時だ。
刹那の揺らぎが収まると、一気に視界が開けた。辺り一面に瓦礫の山と切り刻まれた家屋や車の残骸があった。まるで竜巻にでも襲われたかのようだ。
その中心にそれはいた。禍々しい瘴氣を纏ったそれは、禍異物の名前にふさわしい禍々しい異形だった。
空也は目を剝く。異形の怪物は、巨大な百足のようだった。全身を覆う甲殻は、黒光りする金属質。節目ごとに赤黒く発光し、節目には真っ赤な眼球<百眼>が埋め込まれ、こちらをギョロリと睨んでいた。
頭部と思しき場所には、二本の角と口器を備えた大顎が生えている。足に当たる部分が無数の触手のように、畝っていて、不気味だ。
「はっ!」
空也は嬉しくて堪らないという風に、歪んだ笑みを浮かべた。たちどころに手を翳し、攘異刀を喚装。一陣の風と化して、百眼百足に肉薄した。
空也は間合いに踏み込むや否や、大上段から、気合い一閃──
──桜炎舞刀流守乃型伍式<石割り桜>。
銀の軌跡が走り抜けた。流星のように降り注ぐ。
百眼百足はその巨体からは想像もつかない素早さで動いた。まるで蛇のように体をくねらせる。
空也の振るった斬撃は、百眼百足の胴体を掠めた。
(巨大の割に速い!)
空也は驚きつつも、
──桜炎舞刀流破乃型参式<御車返し>。
返す刀で、斬り上げた。粘液を飛び散らし、足を一本切り裂く。瞬間、颶風と共に、黒い線が走り抜けた。
咄嗟に空也は体を捻った。風圧で髪の毛が逆立ち、頬に朱線がうっすらと浮かぶ。百足の足を完全には躱しきれなかったのだ。百眼百足の振り抜いた足は、地面に巨大な穴を穿っている。
(!)
思わず飛び退いた。一泊置いて、どっと冷や汗が滝のように、背中を流れ落ちる。当たれば即死だ。かっとのぼせ上がった頭に、冷水を浴びせられたように、血の気が引く。
遅まきながら、空也は気づいた。これは殺るか殺られるかの殺し合いなのだと。
飲まれそうな恐怖を逆に飲み込み、
「うおぉおお!」
空也は、恐怖を怒りに塗り替え、吐き出した。それが呼び水となったのか、百眼百足は体節をくねらせた。かと思うと足がニョキっと生えて来る。
驚く暇もない。百眼百足は大顎を大きく開いた。空也を威嚇する。かと思えば、口腔には赤黒い瘴氣が渦巻いていた。
(まずい!)
咄嗟に空也は横っ飛びに回避行動を取った。次の瞬間── 百眼百足の口腔から、瘴氣の奔流が溢れ出る。巨大な濁流となって押し寄せた。




