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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
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61/61

22頁

 人間がイェルフ族の里を訪れるだけでも、ひと騒動である。

 それなのに、あろうことか里長の娘たる者が、その人間の元へ嫁ぐなど……前代未聞の大事件だった。

「あたしが決めたんだから、いいでしょ」

 大反対する父や兄、大勢の同胞たちに対して、シュイは堂々と言い放った。いつものわがままではなく、揺るぎない決心を漂わせながら。

「その人がいなくなったときのことを考えて」

 キローネの言葉だ。

 だがシュイには、それができなかった。これ以上ポロノシューがいない日々など、想像もつかなかった。

 幸い、彼の怪我はひどいものではなかった。

 彼はイグセトーンと膝を突きあわせ、息巻くイクルと対峙(たいじ)した。

 一触即発な場面もあったが、ポロノシューの決死の覚悟と、「だったら駆け落ちする」と脅してきたシュイの熱意にほだされ、最後には父も兄も二人の結婚を認めてくれた。

 数日後。

 旅立ちの朝。

 家族に見送られながら、生まれ育った里を後にする。

 イクルは、まだどこか納得していないらしく、仏頂面をしている。

 シューンは寂しげに微笑んでいる。

「本当にいいのか?」

 イグセトーンは、最後までシュイの側から離れようとしない。

 これではどちらが子供か判らない。

 普段のいかつい姿からは想像もできない姿に、シュイは呆れ、笑った。

「お父様も、たまには遊びにきて。人間の生活ってのも、けっこう刺激があっていいわよ」

「ううむ……」

「あたしの手料理をご馳走してあげる。けっこう腕が上がったんだから。ねっ、お母様?」

 シューンが頷く。

「そうか」

 イグセトーンは、なおも不安げだ。このまま喋(しゃべ)っていると、泣きだしてしまうのでないか。面映(おもは)ゆくなって、シュイはポロノシューの腕を取った。

 ポロノシューが、僅かに頬を赤らめる。

 無口な彼の数少ない感情表現に、胸が踊る。

「あたしも、たまには帰ってくるから。この人と喧嘩でもしたらね」

 一同が苦笑いを浮かべる。たぶんその機会は多いだろうと、花嫁以外の全員が予想していた。

「とにかく、里長の娘として、イェルフの名に恥じぬように……」

「もう、判ってるってば。心配症なんだから、お父様は」

「う…ううむ……」

 イグセトーンは、まだ何か言い足りない様子だ。

「じゃあね、みんな」

 そうして二人は、里を下りていく。

「シュイ」

 イグセトーンが娘の名を呼んだ。

 それきり言葉を詰まらせた。

「任せて。ちゃんと、イェルフと人間の橋渡しになってみせるから」

 シュイは手を振って、笑みを浮かべた。

「それに」

 少女のように、あどけない笑みを。

「あたし、けっこう幸せよ」


 (完)

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