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人間がイェルフ族の里を訪れるだけでも、ひと騒動である。
それなのに、あろうことか里長の娘たる者が、その人間の元へ嫁ぐなど……前代未聞の大事件だった。
「あたしが決めたんだから、いいでしょ」
大反対する父や兄、大勢の同胞たちに対して、シュイは堂々と言い放った。いつものわがままではなく、揺るぎない決心を漂わせながら。
「その人がいなくなったときのことを考えて」
キローネの言葉だ。
だがシュイには、それができなかった。これ以上ポロノシューがいない日々など、想像もつかなかった。
幸い、彼の怪我はひどいものではなかった。
彼はイグセトーンと膝を突きあわせ、息巻くイクルと対峙した。
一触即発な場面もあったが、ポロノシューの決死の覚悟と、「だったら駆け落ちする」と脅してきたシュイの熱意にほだされ、最後には父も兄も二人の結婚を認めてくれた。
数日後。
旅立ちの朝。
家族に見送られながら、生まれ育った里を後にする。
イクルは、まだどこか納得していないらしく、仏頂面をしている。
シューンは寂しげに微笑んでいる。
「本当にいいのか?」
イグセトーンは、最後までシュイの側から離れようとしない。
これではどちらが子供か判らない。
普段のいかつい姿からは想像もできない姿に、シュイは呆れ、笑った。
「お父様も、たまには遊びにきて。人間の生活ってのも、けっこう刺激があっていいわよ」
「ううむ……」
「あたしの手料理をご馳走してあげる。けっこう腕が上がったんだから。ねっ、お母様?」
シューンが頷く。
「そうか」
イグセトーンは、なおも不安げだ。このまま喋っていると、泣きだしてしまうのでないか。面映ゆくなって、シュイはポロノシューの腕を取った。
ポロノシューが、僅かに頬を赤らめる。
無口な彼の数少ない感情表現に、胸が踊る。
「あたしも、たまには帰ってくるから。この人と喧嘩でもしたらね」
一同が苦笑いを浮かべる。たぶんその機会は多いだろうと、花嫁以外の全員が予想していた。
「とにかく、里長の娘として、イェルフの名に恥じぬように……」
「もう、判ってるってば。心配症なんだから、お父様は」
「う…ううむ……」
イグセトーンは、まだ何か言い足りない様子だ。
「じゃあね、みんな」
そうして二人は、里を下りていく。
「シュイ」
イグセトーンが娘の名を呼んだ。
それきり言葉を詰まらせた。
「任せて。ちゃんと、イェルフと人間の橋渡しになってみせるから」
シュイは手を振って、笑みを浮かべた。
「それに」
少女のように、あどけない笑みを。
「あたし、けっこう幸せよ」
(完)




