21頁
燃え盛る里のなかを駆けながら、アコイは野伏を斬った。
「助かったよ……」
間一髪で救われた医者のコーテルが、アコイの顔を見て、安堵の息を吐いた。
「山の道から、みんなを避難させて下さい」
「君はどうする?」
「最長老を連れて、すぐに追います」
「判った。無茶はするなよ」
「先生も」
コーテルは頷くと、周囲のイェルフたちを先導して駆けていった。
怪我をして倒れていた女を、アコイが抱き起こす。その側では、女の夫が天を仰ぎ、血を吐いて絶命している。
女は立ち上がると、涙を振り払い、コーテルの跡を追って駆けだした。
「ああ!」
向こうの家の裏手で悲鳴があがった。
駆けつけたアコイの前を、黒い物体が飛んでいった。
「!」
土の上に転がったそれを見て、アコイは絶句した。
それは、赤子の変わり果てた姿だった。
家の裏では、母親が、野伏の前に伏している。鮮血が火の光を浴びて、赤い溜まりを映しだす。
アコイは言葉もなく太刀を走らせた。
野伏の血飛沫が、地を汚した。
「……!」
駆けつけたトリンが、声にならない悲鳴をあげる。
その手を取って、アコイは駆けだした。
最長老トスカと老イェルフが、館の前で三人の野伏たちと戦っていた。
老イェルフが、刃を受けて倒れた。
アコイはその場に跳び込み、野伏を背中から斬り捨てた。次いでトスカも、対峙していた野伏を斬り伏す。
最後の一人が怯んだ。その隙を突いて、アコイが一刀のもとに叩き伏せた。
「しっかりして下さい!」
アコイが老イェルフを抱き上げる。だが老イェルフは、何かを呟こうとして事切れた。
「お父様!」
トリンが父親の腕にすがった。さすがのトスカも、息があがっている。
「二人とも無事で良かった」
トスカは、荒い息を整えながらも、娘の体をしかと抱きしめた。
「いえ、僕がもう少し早く気が付いてれば……」
「我らの予想より、人間どもの行動が早かったのだ。とにかく、一刻も早く、皆をこの里から退避させんとな」
「最長老も急いで下さい」
「わしは里に残り、一人でも多くの野伏を斬って時間を稼ぐ。おまえはトリンを連れて、山の道から退け」
「しかし……」
「皆のことを頼む」
トスカは、娘の体を放すと、燃え盛る里のなかへと姿を消した。
「お父様!」
「駄目だ」
追おうとしたトリンの腕を、アコイは強く掴んだ。




