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イェルフと心臓  作者: チゲン
第二部 イェルフの子供たち
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34/61

20頁

 必死に柵の裏手口まで駆け戻ったトリンだが、見張りの若者の斬殺死体を目にして、短い悲鳴をあげた。

 遅かった。

 涙を振り払うと、トリンは裏手口をくぐり、正門へ急いだ。

 正門の脇にある自警団の詰所へ駆け込む。

「!」

 血溜まりのなかに、当直に当たっていた団員たちと、野伏の死体が転がっていた。恐らく相打ちになったのだろう。

 思わず、その場にうずくまって嘔吐(おうと)した。

「うう……」

 だが、こんなことをしている場合でない。なるべく死体を見ないようにしながら、小屋の奥の梯子(はしご)を昇った。

 天窓を開けると、木鐘がある。槌を手に取り、渾身(こんしん)の力で叩いた。

 皮肉にも、それが合図のように、里のあちこちから火の手があがった。

 唇を噛みつつ、さらに力を込めて木鐘を叩いた。

 無数の小屋が煙をあげながら炎上していく。そのなかを、いくつかの不審な影が走っている。

 野伏だ。

 逃げ遅れた女が、野伏と鉢合わせした。野伏が太刀を振るい、女が倒れた。

 トリンは目を見開いた。女は、夜襲で命を落としたウリクの母親だった。

「……許せない」

 トリンはさらに強く、唇を噛んだ。

 血が滲んだ。

「許せない!」

 梯子を降り、壁に掛けてあった自警団用の曲刀を手に取ると、表へ飛びだした。

 里が燃えている。

 炎をあげ、夜空に浮かび上がっている。

 逃げ惑う同胞の姿。

 絶叫。

 悲鳴。

 こちらに向かって、二人の野伏が駆けてくる。正門を狙っているのだ。

 トリンは曲刀を抜いた。

 護身程度の心得はあるが、実戦は初めてだった。

 曲刀は、彼女の腕には重い。自然と構えが下がる。

 二人の野伏が立ち止まり、太刀を構えた。暗闇のなかで、火の光を浴び、その邪悪なシルエットが浮かび上がる。

「女か」

 男たちが唇の端を吊り上げた。左右に広がりつつ、トリンとの間合いを計る。

 風が唸った。

 炎の照り返しを受け、曲刀が閃いた。

 野伏の首が飛んだ。

「なに!?」

 首を失くした野伏の背後に、ジイロが立っていた。

 ジイロが跳躍(ちょうやく)する。もう一人の野伏との距離を一気に詰めると、その革鎧の隙間に曲刀を突き立てる。野伏は苦悶(くもん)の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちた。

「無事か、トリン!」

「ジイロ……」

 力が抜け、その場に膝を突きそうになる。

「トリン!」

 呼び声とともに、アコイが駆けつけてきた。

「アコイ、無事だったのね!」

 服に、返り血がついている。右手の太刀は、川原で遭遇した野伏の物だろう。

「……やられたな」

「くそ!」

 舌打ちするジイロ。

「門のとこに、誰かいるわ!」

 トリンが叫んだ。

 野伏が、まだ他にも残っていたのだ。正門の閂(かんぬき)を外そうとしている。

「やらせるかよ!」

 ジイロが駆けつけ、野伏を斬り捨てた。

 しかし遅かった。

 閂が外れたところへ、外から丸太のような物が打ちつけられ、正門が破られた。

「くっ!」

 ジイロが、勢いよく破られた正門に弾き飛ばされた。

 門の外で待機していた野伏たちの本隊が、鬨(とき)の声をあげ、里へ乱入した。

 三十人以上はいる。

 アコイはトリンの体を引き寄せ、草むらのなかに跳び込んだ。その直後、無数の火矢が里に向かって放たれる。

 立ち上がったジイロに、野伏が斬りかかっていった。

 斬り結び、甲高い音が響く。

 雄叫びをあげて、野伏たちは里の内部に散っていった。火を消そうと躍起(やっき)になっていたイェルフたちに、容赦(ようしゃ)なく襲いかかる。

 殺戮(さつりく)が始まった。

「ちくしょう!」

 目の前の野伏を両断するなり、襲撃者たちを追って、ジイロは駆けだした。

「ジイロ!」

 トリンが彼の名を叫ぶ。

 擦れ違いざま、ジイロとアコイは視線を交えた。

 二人は何も言葉を交わさない。

 ジイロの姿は、たちまち炎のなかへ消えていく。

「僕たちは最長老の所へ急ごう」

 アコイは、トリンの手を取った。

 そして彼らも、炎の渦中へ。

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