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その晩、青年クカイは、たまたま里近辺の巡回に当たっていた。
自警団の一員であり、先の夜襲では、アコイの隣で矢を放っていた人物である。
クカイは欠伸を噛み殺す。見えない敵に対して気を張っているのは、正直言ってつらかった。昼間の疲れも残っている。
「でも、明日はいよいよ出発だしな」
この先もっと過酷な日々が続くのだ。それを思うと、この程度の疲労で音を上げている訳にはいかない。
「でもなあ……」
クカイは再び欠伸を、今度は口を大きく広げてしてみせる。山の冷たい夜気が、体の奥に入り込んでくる。
微かに草むらが揺れた。
「ん?」
虫だろうか。草が揺れることなど、珍しくも何ともないが。
「…………」
だがクカイは唾を飲んだ。
見慣れた闇の色が、濃くなったような気がした。
クカイは一歩、その場から退いた。
闇が、ひたひたと浸食してくる。
いつの間にか、虫の声が消えている。
声をあげようとしたが、音が出てこなかった。
クカイは冷静になる必要があった。懐から、緊急用の呼び子を取りだす。
その瞬間、闇が彼に覆いかぶさった。
「ひっ……」
一陣の白光が、目の前を横切る。
胸に強烈な衝撃を受け、クカイは草むらのなかに叩きつけられた。
息が詰まる。
声が出ない。
動けない彼の体に、男の影が覆いかぶさり、即座に口が塞がれた。
クカイの目に、刃の輝きが映った。