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ドンパチ始まるまで毎日、投稿。
リタが頼んだランチセットは数種類のサンドイッチとスープとサラダ、食後のコーヒーという当たり障りの無い物だった。
味は(恐ろしい事に)大変美味しかった。
公共福祉都市では当たり前の話だが、味やサービスが悪ければ売れないので、不味い物を探す方が難しい。
奇抜な物を探すのは簡単だが。
リタが食後のコーヒーを飲みながら僕に何故自分がわざわざ公共福祉都市の学校に通っているかを生い立ちと共に話してくれた。
彼女の家は、以前彼女が話してくれたように魔法という古い技術を後世に残す事を使命とした家系の一族だった。
それは外では文化枠とか呼ばれる物でそれさへやっていれば市民権が与えられるそうだ。
要は文化的貴族階級ね、というのはリタの談。
リタはその一族、アルーエ家の三女だそうだ。三女だから、と言っても彼女は差別されるような事はなく(これは僕の文化的貴族という言葉に釣られての純粋な偏見だ)彼女は蝶よ花よと育てられ、いずれは家業である魔法という技術を後生に伝えていく立派な魔法使いになるよう期待されていたそうだ。
ところがある日、彼女は突然両親から後期学習期間は福祉公共都市の学校に通うよう言われる。
もちろんリタとしては何故わざわざ遠い福祉公共都市の学校に通わなければならないのかと疑問に思うが、両親曰くそれがこの家のしきたりだ、で押し通されてしまう。
一瞬自分が三女だからかと思ったが、聞けば長男と次女の二人の兄姉も通ったという。
エルフの兄姉は往々にして、2,30年歳が離れるので、確かめるには直接訊くしか無いが、彼女は訊かずとも本当の事だろうと思ったそうだ。
渋々――何せ登校するのに2時間近くかかる――彼女は両親に了承した旨を伝えた。
最後に理由を問うと両親はこう応えたそうだ。
「最初の一年目で分かると思う」
――と。
「それで、分かったの?」
と、コーヒーを飲みながら僕。
「うーん、分からなかったわ」
少し悩んでからリタが言う。
「最初は分かったつもりだったんだけど」
リタがコーヒーカップを指先で弄りながら微笑む。
「貴方を見てたら分からなくなったわ」
えーっと、それはどういう事だ?
「そういう所よ」
と挑発的に微笑む。
思春期男子が盛大に白旗を振りまくっているが、相手がそれを受け入れてくれる気配は無い。
「最初ね、つまり今日校門で貴方を待っている時はね」
そうかリタは僕を待っていたのか、と白旗が二本に増える。
「私は貴方を軍の入隊に誘うつもりだったの」
思わぬ飛び道具に白旗が折られる。
僕は驚きながらもなんとか平静を保とうと無駄な努力をする。
「えっと、ごめん。リタは家業を継げば市民権を得られるんだよね?」
よし、ギリギリ平静を保てた。
「でも貴方は私が誘わなくても軍に入った」
リタは僕を無視して、更には僕の意思すら訊かずにそう言い切った。美少女とはかくも傲慢な物だったか。
そして何より僕はそのつもりだった。
どうして分かったのか?なんて訊くつもりは無かった、僕がそうだったように、彼女にも理屈も理外も無かったはずだ。
それは信用に値する直感、もしくは信用していればこそ生じる直感。
それでも驚き、固まる僕にリタは共犯者の笑みを浮かべる。
彼女は言う。
僕の腐り果てた柔らかな患部に刺さる致命傷にいたる一言を。
「だって与えられるだけなんてツマラナイもの」
それは僕が訊いた疑問の答えであり、僕が軍に入隊するつもりだと分かった理由の答えでもあった。
公共福祉都市でもっとも新しい建物が並ぶ地区が各所歓楽街なら、もっとも古い建物が並ぶのがここ居住区だ。
人が住んでいるので手間を考えると簡単に建て替え出来ない、というのが真っ当な理由だろうけど、政府が僕達自身には金をかける意味を見いだせないだけではないのかと、僕は半ば本気で思っている。
百を超える階数の巨大な高層集合住宅が、夕日を浴びて太古の老木のように幾つもそびえ立っている。
古いと言っても建築材のおかげで痛んでいるわけでも汚れているわけでもないのにその姿は僕に年老いて枯れそうな老木を思い起こさせる。
そして地下にある大量のエレベーター乗り口から各々の部屋へと送られる僕らは、老木に吸い上げられる汚水だ。
この老木は枯れ折れるその最後の瞬間までその身の内に汚水を溜め続けるのだろう。
僕は軍に志願する、という事を甘く考えていたのを認めるにやぶさかではない。
特にそれを両親に告げるという点において。
ごく普通のいつもの母手作りの夕食を囲むテーブルで僕は両親に軍へ入隊しようという考えを告げた。
軍に志願するのに別に誰かの許可が要るわけでは無く、僕としてはごく普通の報告のつもりで言ったのだが、その反応は僕の想像外の激しさだった。
父は激高し、母は泣き叫んだ。
余りの反応の激しさに僕は唖然とした後笑いそうになったぐらいだ。
父はお前は軍の厳しさを知らないと僕を罵り、母はそんな事をさせる為に産んだのでは無いと僕をなじった。
ではいったい父は軍の何を知っているのか?そして母はいったい何の為に僕を産んだのか?と逆に尋ねたい気分になったものだ。
記録上父は志願した事はないし、この公共福祉都市で汚水を吐き出すだけの生活が母が僕にさせたい事なのか。
いやきっとそんな事は問うても無駄な事なのだと僕は思う。
激高した父が一時の熱情から冷めると、取り繕うように僕に言った。
この街で暮らしながらも納税の義務を果たし市民権を得る事が出来るのだから、そんな物の為に軍に入るだなんて危険な事はよすんだ、と。
母はそんな父を見ては泣き、僕を見ては泣く。
それが貴方が売れもしない写真を撮り続ける理由なのかと、僕の僕が強烈な怒りを持って僕に吐き出す。
たぶんきっと、僕がただの16歳の少年だったのなら。
激高しそれでも冷静に優しく諭そうとする父の姿と、悲しげに泣く母の姿を前にして、自分の考えを固持するのは難しかったかもしれない。
だけど僕は――僕は僕で、僕が僕だった。
父は最後にはお前は正気じゃないとまで言い切り、母はそんな父を見て溜息のような泣き声を上げ続けた。
僕は――僕だけは――僕は僕の正気を疑わなかった。
三日ほど義務的に説得を続けた僕は、最後にはまぁ時間が解決するだろうと諦めた。というより正直に言えば興味が無かったと言った方が正確だろう。
僕はリタ宛てのメッセージを個人端末で送り、家を出た。
調べた所によると、軍に志願したその時から、除隊が認められるまで、もしくは除隊させられるまで僕がここに戻ってくる事はない。
父は僕を無視し、母は今も泣いている。
僕は返事が無いのを理解していたが、行ってきますと挨拶だけして家を出た。
確かにドンパチしそうな雰囲気はドコに行ったのかと言われても仕方がない状態でした。
今思えば、最初にもっとドンパチさせておけば良かったな、と。
まぁもう遅いですがw




