2-7
「やぁ」
我ながらぎこちない挨拶だと思う。
「こんにちわ」
リタが挨拶を返してきたが僕はまともにその目を見れなかった。
見てしまったら自分の情けないこの思いを彼女に見透かされてしまうのではないかと怖かったのだ。
僕のその態度のせいか、ぎこちない沈黙が溝のように横たわる。まるで二人で図書館ですごした時間が嘘だったかのようで、それでまた胸がつまる。
沈黙を破ったのはリタの方だった。
「このあと時間あるかな?」
馬鹿な僕はその時になって初めて彼女の声の中の不安に気がついた。
僕がもう少し勇気があり、気の利いた人間だったらもっと速く気がつけただろうと思うと情けない気持ちになる。
ハッとして顔を上げると、リタの翡翠色の瞳と目が合う。
泣きそうでも、怒っているわけでも、ましてや僕のように縋りたいと思っているわけじゃない。
それは、決意と、そして未熟故に不安が漏れ出る、覚悟を決めた顔だった。
なぜかその瞬間、僕は理解した。理屈なんて欠片も無かったし、魔法なんていう理外もなかった。
ただ僕は理解したんだ。
彼女がパッと春の日射しのように笑う、まるで今までの顔が幻かのように。
「お昼食べに行かない?」
彼女は言った。
僕はずるいと思う。
どうして美少女というのはこうも笑顔だけでこんなに種類豊富に揃えているのかと。
僕達思春期男子には困り顔しか用意されていないというのに。
駅に向けゆっくりと二人で歩いた。
僕達以外の生徒がどんどんと僕らを追い抜いていくうちに気がつけば僕達だけになっていた。
駅周辺は学生向けの繁華街になっているので僕達はそこで少し早めの昼食をとる気でいた。
いや、本当は昼食なんてのはどうでもいい。
僕はこの期に及んで僕がいったい何を彼女に話したいのか分からなかった。話したいという気持ちだけが先走って、何をどう話したいかが僕の中からスッポリと抜け落ちていた。
我ながら情けないというか間抜けというか。
「ねぇ」
隣を歩くリタが前を向いたまま静かな声で言った。
「先生の話、どう思う」
「どう思うって」
僕は戸惑いながらも正直に話す事にした。
「びっくりした……かな」
ふぅん、とリタが相づちをうつ。
これはまだ話せという事だ、思春期男子でもそれくらいは分かる。
「でも、それ以上に納得した、かな」
「納得……出来るんだ」
リタのその声は意外そうだった。
カラク先生は、あの後僕達にこう言った。
僕のような公共福祉都市の住人には市民権は無く、それ故に選挙権も被選挙権も無い、と。
その言葉に続く僕達の戸惑いと不安のざわめき。そしてそのざわめきは知っているとばかりにカラク先生は言った。
まるでグズル幼児を宥めるように。
公共福祉都市に住むという権利は国籍に不随する物であるので安心するように、と。
教室に安堵した空気が流れた瞬間、僕は猛烈に自分を恥じた、何故か?簡単だ僕も安堵したからだ。
僕が僕自身に怒っている。誰の、そして何に対する怒りなのか自分自身でも分からないくらいの怒りだった。
僕が自分自身に怒り恥じ入っている間もカラク先生の説明は続いていた。
曰く、市民権を得るには二つの手段があると。
一つは職業を得、政府に納税の義務を果たす事。
もう一つは軍に入る事だと。
2年間の訓練後、2年以上の軍務を勤めると除隊権利が与えられると同時に市民権が得られるが、志願する権利は一度しか与えられず、また訓練期間中もしくは軍務が二年未満の間に名誉除隊以外での除隊をした者には市民権は与えられずまた二度目の志願も受け付けられない。
そう淡々とカラク先生が説明し、最後に時間は存分に有るのでよく考えてから行動するように、とだけ僕らに言って教室を出て行った。
僕は呆然としてカラク先生の背中を見送った。
僕は溜息をついて空を見上げた。
凄まじく良い天気だ。
空は高く青い。
なんとなく気持ちがスッキリする。
リタに問われて、考えてみればあっという間に心が落ち着いた。何に悩んでいたのかと自分でも疑問に思う。
さて?僕は彼女にどれだけ話を聞いて貰ったんだろうか?思春期男子チョロいな。
「自由や権利が大切な物だと言うのなら、その対価はやっぱり大切な物なんだと思うよ」
「テツ、貴方はそう思うんだ」
リタはやはり前だけ向いて呟くようにそう言った。




