第9話『生還』
脳内にそんな文字列が現れる。
しかし今はそれどころじゃない。
考えていた時間がどれだけか知らないが、もう炎はすぐそこまで迫っている。
逃げなければ、俺は死ぬ。
いや、俺だけじゃない。すぐそこに寝転んでいるルルナも同じだ。
俺が動かなければルルナが死ぬ。それは、俺のヒーロー像にない!
俺は足に力を込め、ルルナを抱えて一気に地面を蹴る。
炎は俺たちを確実にしとめるためか、先ほどよりも遅くなっていた。
しかし二人分の体重は重く、俺は完全に避けられず、左足を炎に包まれる。
「ぅぐ……」
だがこれくらい我慢だ。ルルナはもっと酷い。
俺はヒーローなんだ。あの憧れていたヒーローなんだ。
これくらいで倒れてたまるか! ヒーローは生きて帰って、何事もなかったように皆へ挨拶をするまでがヒーローたるものの義務なんだ!
「しつこいですね。まあ、次で終わりでしょう。ではさようなら」
そう言ってファライアはまたも炎を放ってくる。
今度は前よりも広範囲を狙っており、炎の量が段違いだ。
だが、俺は歯を食いしばり、立ち上がりながらファライアを睨む。
今の俺はヒーローなんだ。負けるわけにはいかない。
今の俺には守る者がいるんだ。負けるわけにはいかない。
「だから……だから! 俺はあいつを倒してみんなの下へと、ルルナと帰る!」
その時だ。
「なっ?!」
ファライアがビックリしたように身体をビクッとさせると、俺に向かってきていた炎が霧散した。
これにはファライア自身も驚いているのか、自らの手を見下ろしている。
だが、今この状況は俺にとってチャンスだ。
こんなチャンス、みすみす逃すはずがない。
「ぅぉおおおおお!」
「まさか……この中位悪魔である私が……」
気合を入れ、己の身体を叱咤して俺は走り出す。
左足を踏み込むたびに痛みが全身を走るが、今は我慢しろ!
頬を何かの雫が垂れる。我慢しても痛いものは痛いのだ。泣いても仕方ないだろう。
でも、それでも! 俺は前に進む!
何かファライアがぶつぶつと言っているがそんなもの今は関係ない。
俺はただあいつを倒せばいい。ただそれだけ。
だから俺は更に一歩踏み出す。
更に一歩。もう一歩。
邪魔はない。
あいつの炎は不安定だ。
今なら……いける!
俺は拳を握り込み、振りかぶる。
そして……
「ちくしょうがぁぁぁぁあああああ!」
「ンガハッ!」
……俺とファライアの間にあった距離は消え、俺の振り抜いた拳がファライアの身体を吹き飛ばした。
俺は殴った勢いのまま地面に倒れこむ。
両手両膝をつき、無様な格好で荒く息を吐く。
「クソゥ…………いてぇよ……」
思わず本音が漏れてしまったがしょうがないことだ。
俺の足は既にボロボロで、服は当然燃え尽き、肌は爛れてみるに耐えない様子だ。
だがまだファライアを倒したわけではない。
俺は必死の思いでまた立ち上がると、前方を見据える。
するとそこにはやはりなんなく立ち上がるファライアの姿が。
あいつは今までしてこなかった真面目な、しかし先ほどまでと違う恐怖を感じさせる顔で俺を見ながら口を開いた。
「……本当は今お前らをすぐに殺して帰りたい。しかし今イフリート様が襲われていると連絡があった。だから私は帰る」
「…………ああ、そうかよ。さっさと帰れよ」
何故俺にそんなことを言うのか。
それは考えても分かりそうになかったので俺は無難に言い返す。
「あぁ、そうするよ。…………次は殺す」
ファライアはそう言い残すとフッと消える。
まるでそこには何もなかったように。一瞬で。
俺は数秒、立ちつくしていたと思う。
気付いたら俺はまた地面に四つんばいになっていた。
「はぁ、はぁ、いてぇよ…………」
終わった、とか、やった、とか、そんなことよりも俺はただ痛みを訴えた。
「何よ、みっともないわね、痛い痛いって」
と、そのとき、後ろから声が聞こえた。
当然ここにはもう俺ともう一人しかいないわけで、そうなると声をかけてきたのは必然的に決まる。
しかしルルナは背中を大火傷していたはず。どうしてそんな元気そうな声で……
「ほら、これで傷が治るわよ」
「んぐ?!」
と、そう思ったとき、俺の口に何かが突っ込まれた。
そして俺はこれが何か、そう思う前にそれを飲み込まされる。
すると、不思議なことに体の傷という傷が時間を巻き戻したかのように治っていっていた。
「はぁ?!」
「回復の魔法が込められた丸薬よ。割るより飲むほうが効果があるわ」
「…………あぁ、驚くのは後にしよう。それより、これでお前早めに治せなかったのか? ずっと痛そうにしてたし」
「うん、これってさっきファライアが消えた後にお父様から届いたの」
「…………いよいよ俺たちは囮だったってことだな……クソがッ」
俺はまんまと利用されていたことに憤り、地面を殴る。拳が痛くて涙が出た。
「もう、アホね。……それより、貴方あんなこと出来たのね」
「いっつぅ……ん? あんなこと……あぁ、あれは違うぞ。なんか途中で脳内に『力を与える』的なことを言われて、多分それで出来たんだと思う」
ルルナの言葉に俺はすぐに訂正を入れる。
あれ、本当になんなんだ? 多分お父様とやらがやったんだろうけど……『童貞』=『初めて』っていう認識はいかがなものだろうか? 合っている様な、違うような……
と考えているとルルナは俺から視線を逸らし、ややモジモジしながら首を振る。炎で縮れたのか、毛先が大変なことになってるな。
「いや、それじゃなくて、その……敵に向かって行くって言うか……私のために戦う的な……」
「…………え?」
「え?」
なんか知らない場面をいわれて俺は思わず聞き返す。
するとルルナも俺に向かって聞き返してきた。おい。
数秒、無言でお互いを見つめあう。
ルルナは少し眉を寄せると、はぁ、とため息をついた。人の顔見て、眉寄せて、ため息って失礼だろ。
「まあ、いいわ。それよりここから速く逃げましょう」
「ん、お、おう。そうだな…………って、炎はどうな……」
諦めたようなルルナの言葉に、不服ながら俺も頷き、すぐに逃げ道をふさがれていたことを思い出す。
しかしそれは杞憂のようで、逃げ道を塞いでいた炎は跡形もなく消えており、向こう側がキチンと見えていた。
そりゃ操るものが消えたんだから、消えるかぁ……
「疑問は消えたわね? 行くわよ!」
「おうよ」
そして俺たちはまだ炎があちこちで燃え盛っている中、教室へと帰って行った。
火事は消防士の仕事だしな。
「お、おい、ルルナちゃん大丈夫か?」
「ルルナちゃん怪我とかない?」
「皆ルルナちゃんに群がるな! 本当に怪我してたらどうするんだ!」
「い、いや、皆私は大丈夫だから」
教室に戻ると皆俺を無視してルルナへと群がり始めた。
ついでにルルナと距離を離される。
まあルルナが出て行く前の騒動を考えたら普通だよなぁ……
そう思いながらも俺の中には不満が募っていく。
俺がルルナを助けに行って、お前らは何もしていないくせに……これ見よがしに心配とかしやがって……
だが、これも仕方ないこと。俺はそう割り切っていた。
だからか、比較的穏やかな心で俺は自分の席に戻っていった。
てかこいつらまだ残っていたのかよ……本当に普通の火事だったら死んでたなこいつら。
そう思いながらルルナとそれを取り巻くやつらを見ていると、不意にルルナと目が合う。
すると、あいつは何を思ってか、取り巻いている奴らを押しのけて俺の方に向かってきた。
な、なんだよ……今こっちにくるとか迷惑だって、ほら皆俺を睨んでる……
ルルナはそんな俺の思いを無視し、俺の目の前まで来るとニコッと微笑む。
「助けてくれてありがとう。それだけよ」
「………………お、おう。どういたしまして」
その魅力的な笑みに、しばらく固まっていた俺だが、すぐに我を取り戻すと返事をする。
「……そっちの貴方の方がいいわよ? もう自分を晒していこうよ」
「………………………………そうだな」
突然のルルナの言葉。
俺はそれに固まって、次いで考え、答えを出す。
俺の頬は自然と上がり、作り物ではない笑みが出てきた。
ルルナはそれを見て、うん、と満足気に頷くと、俺の隣である自分の席へと座った。
火事が起こっているというのに、全く……暢気なものだな、皆。
ふと、先ほどのルルナの言葉が頭によぎった俺はつい、口が勝手に動いてしまった。
「ははっ、お前ら火事なのに随分とのんびりしてるな。普通だったら死んでるぞ~」
『なっ?!』
「誰かが声をかけて先生がいなくても避難誘導くらいしろよ。高校生だろ? それくらいできるはずだ」
『…………』
俺の突然の言葉に固まる一同。
いや、言葉じゃないな。俺のいつもと違いすぎる雰囲気に固まっているんだ。……多分。
なんだか心がスッキリしたような気分になった俺は、ははっ、とまた笑う。
「そう、そっちの方がいいわ」
「そうかい」
俺は静かに、楽しげに笑った。
はぁ、なんか最近全然書けねぇや
文とか支離滅裂なとことかあるし、もっと頑張らないとなぁ……