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歯車姫  作者: ふゆはる
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プロローグ

歯車姫


プロローグ 舞姫


江戸時代の寒風が町を包み、雪の結晶が屋根や石畳に静かに降り積もるある夜、藤兵衛は工房に篭っていた。天才的なからくり職人として知られた彼は、幼少期から木材と金属に親しみ、歯車の組み合わせや微細な動力系の仕組みを学んできた。父の工房を継ぎ、弟子たちに技術を教えながらも、その眼差しには常に執着と狂気の影が潜んでいた。完成度への執念は、やがて人間の心の闇と結びつき、恐怖を孕んだ創作物を生むことになる。


藤兵衛は木材、金属、糸、歯車の組み合わせだけでは飽き足らず、人骨や歯を組み込むことで、より“生きているような”動きを追求した。弟子たちは最初その行為に恐怖を覚えたが、師の技術への執念を理解していたため、ただ黙って従うしかなかった。しかし藤兵衛の心は、復讐心、怨念、芸術的狂気が複雑に絡み合い、工房に漂う空気は常に冷たく、不吉な雰囲気に満ちていた。


ある夜、藤兵衛は町の小さな寺で古い巻物を入手する。それは呪術の儀式に関するものであり、舞姫に生命を与えるための象徴的手順が記されていた。骨や血液、心臓の一部を配置し、人形に人間の生命力を注ぎ込むことで、自律的に動く存在とする方法である。藤兵衛は恐怖と興奮の入り混じった表情で巻物を読み解き、呪術の儀式を舞姫制作に組み込むことを決意する。


こうして誕生したのが、舞姫と呼ばれる人形である。白磁の肌、漆黒の髪、そして精緻な歯車と人骨の構造が組み合わさり、静かに立っているだけで生き物の気配を放つその姿は、町人が目にした瞬間、言葉を失うほどの存在感を持っていた。しかしその背後には、数々の惨劇が隠されていた。最初の犠牲者は、藤兵衛の工房で手伝った若い弟子だった。舞姫の指先が微かに動き、軋む関節が響き、呼吸のような音が耳を打つ。弟子は悲鳴を上げる間もなく、冷たい指の感触と、金属と骨が絡み合う異様な力に圧倒され、命を落とした。血の匂いが工房に満ち、恐怖が空気を凍らせた。


町の古老や神主は、この異常事態に心を痛め、藤兵衛に注意を促したが、彼の狂気はもはや理性の制御を超えていた。舞姫の動きは、町中に噂となり、子供や若者にまで恐怖が伝播する。夜道に人形の軋む音が聞こえる、指先が壁や障子に触れる……こうした伝承が徐々に町に定着し、「舞姫の呪い」として語り継がれることになった。


藤兵衛は、自身の創造物が制御不能であることに気づきつつも、その恐怖に陶酔していた。町の人々の怯えた目、夜の街を包む不安、そして工房内で舞姫の指が微細に動くたびに響く軋む音――すべてが彼にとって芸術の一部であり、狂気の賛美だった。しかし町の有力者たちは、舞姫が再び惨劇を起こす前に封印する決意を固める。


封印の儀式は慎重に計画された。舞姫を蔵に収め、重厚な鎖で固定し、扉には呪印札を貼り付ける。鎖には古老たちの言霊が込められ、歯車の微細な回転を物理的にも呪術的にも止める工夫が施された。藤兵衛自身も儀式に参加し、呪文を唱えながら最後の力を注ぐ。町人たちは恐怖と後悔の入り混じった表情で見守り、誰もが息を潜め、舞姫が完全に封印される瞬間を見届けた。


蔵の中、舞姫は静かに立つ。だが、その内部には歯車と呪術の力が眠っており、封印が完全であっても未来に再び動き出す可能性を秘めていた。夜ごとに微かな音や気配が町人の心をざわつかせ、封印後も「舞姫に触れた者は死を招く」という伝承は、子供たちへの警告として生き続ける。


藤兵衛の工房や町はやがて時の流れに埋もれ、歴史の中に消え去った。しかし、舞姫の存在とその封印は静かに息づき続ける。人形に込められた呪術、精密な歯車構造、そして藤兵衛の狂気は、未来に新たな惨劇を招く伏線として、町の片隅に残されていたのである


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