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歯車姫  作者: ふゆはる


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第一章 蔵の中の舞姫




第一章 蔵の中の舞姫


山間の旧家は、春を待つ雪解け水のせせらぎと湿った土の匂いに包まれていた。黒ずんだ板壁は幾世代もの雨風に晒され、瓦には苔が厚く覆いかぶさる。骨董商・榊原慶一は、依頼主である老人に案内され、主屋の裏手の小道を進む。空気は冷たく、霧が薄く立ち込め、足元の枯葉を踏むたびに湿った音が鳴った。


「ここだ……先祖代々、誰にも開けるなと言われてきた蔵だ」

老人の声はかすれ、杖の先端が土にめり込むたび、微かに震える音が響いた。瞳は蔵の暗がりを恐れるように漂い、唇はわずかに震えた。


榊原は笑みを浮かべた。「中に何があるか、楽しみですね」


錆びついた錠前にチェーンカッターを差し込み、ぎしぎしと回す。金属粉が舞い、乾いた木の匂いと混じる。木戸は重く軋み、開いた瞬間、冷たい空気と埃、油の匂いが鼻腔を突いた。奥から微かに、錆びた歯車が回るような低い音が聞こえる。榊原はそれに耳を澄ますが、風の音か何かだと自分を納得させる。


蔵の奥、覆い布に包まれた物体に視線が吸い寄せられる。布の下に立つ影は、人の形をしている。恐る恐る布を剥ぐと、そこには着物姿の女のからくり人形が静かに立っていた。


白磁の肌は光を吸い込み、艶のある黒髪は微かに揺れている。真紅の唇はわずかに開き、息をしているかのようだ。胸元の小さな格子窓の奥には、複雑な歯車群が見え、黄ばんだ歯のような小片が金属に混じっている。金属の冷たさと、骨のような硬質感が指先に伝わる。


「舞姫……藤兵衛の……」老人の声は震え、目は逃げ場を探す。自然と後退し、杖を強く握る手に力が入る。


榊原は手を伸ばし、胸の格子に触れる。冷たく硬い金属の中に、人骨のような感触が混ざる。指先から血が滲み、微かに歯車の奥へ吸い込まれる。ゼンマイが巻かれるような低い音が響き、榊原は息を呑む。蔵の奥で、何かが微かに動いた。歯車の奥で、血の匂いに呼応するかのように小さな歯車がわずかに回転する。


榊原は恐怖に背中を押され、布を再びかぶせようとする。しかし、人形の瞳が鋭く彼を射抜いた。瞬間、金属の指が榊原の肩を掴み、体をひねる。骨と金属が軋む音が蔵内に響き渡る。彼は叫ぶが、声は冷たい空気に吸い込まれる。胸元の格子から小さな歯車が飛び出し、榊原の胸に絡みつく。温かい血が零れ、鋼の感触と混じる。


床に倒れた榊原は、目の前に広がる蔵内の暗闇に恐怖で息が詰まる。埃に覆われた古書や木箱、藁に絡まる蜘蛛の巣の間を、舞姫は微かに動く。首の関節がぎしぎしと音を立て、歯車の回転が軋む音と重なる。榊原の意識は、冷たく重い空気に支配されていく。


蔵の中、静寂が支配する。しかし微細な歯車の軋む音は止まらず、壁に貼られた古文書が微かに揺れ、そこに描かれた舞姫の目が光を帯びているかのように見えた。榊原の瞳に映るその目は、まるで彼の恐怖を楽しむかのように微笑んでいる。


榊原は恐る恐る蔵の奥へ進む。古箱の中には埃をかぶった巻物や、色あせた布団、藁人形が散乱している。指先が古文書の端に触れると、乾いた紙の匂いと腐食したインクの匂いが鼻を突く。手を伸ばすと、微かな振動が指先に伝わり、歯車の微細な軋む音が強くなる。


舞姫の体が微かに傾き、奥の棚から落ちる音と混ざり合う。榊原は心臓の鼓動が早鐘のように響くのを感じ、手の震えを抑えながらさらに奥へ進む。床には古い血痕のような赤いシミが点々と続き、その先に何かが潜んでいる予感がした。


舞姫はその目を静かに榊原に向け、微細に指を動かす。金属の指先が床に擦れる音、歯車の小さな回転音、微かに聞こえる息遣い……すべてが榊原の神経を突き刺す。思わず後ろに下がると、舞姫は静かに一歩前へ、また一歩前へと近づく。


榊原は古箱を掴み盾のように構えようとするが、重さと恐怖で思うように動かない。床に落ちた藁の破片がカサリと音を立て、それを合図に舞姫は突如動いた。首の関節がぎしぎしと鳴り、金属の指が榊原の肩に絡みつく。痛みに顔を歪め、彼は声を上げるが、それは冷たい蔵の空気に吸い込まれ、かき消される。


床に倒れた榊原の視界の端で、舞姫の歯車が光を反射し、微細な光が暗闇にちらつく。彼は必死に立ち上がろうとするが、全身に力が入らず、視界は血の色に染まり、呼吸は荒くなる。舞姫はそのまま近づき、胸元の格子の奥の歯車が微かに回転するたび、榊原の胸に寒気と圧迫感が走る。


彼の視界に映る蔵の奥には、埃に覆われた古道具、蜘蛛の巣、古文書、そして散乱した藁や骨片……それらすべてが舞姫の存在を際立たせ、恐怖は頂点に達する。歯車の回転音が、まるで生きた鼓動のように耳の奥で響く。榊原の手は震え、汗と血で滑る。


舞姫は静かに一歩一歩近づき、その瞳は冷たく光る。榊原は反射的に蔵の壁際へ退くが、舞姫の動きは止まらない。微かな軋む音、金属の擦れる音、冷たい空気の流れ……すべてが榊原の神経を切り刻む。


その瞬間、舞姫の金属の指が榊原の胸に絡みつき、歯車が胸元で引き込まれるように回転した。痛みと恐怖で榊原は思わず叫ぶが、声は蔵の闇に飲まれ、消えた。床に倒れた彼の周囲には、微かに血の匂いと歯車の軋む音だけが残る。


蔵の中に静寂が戻る。だが微細な歯車の回転音は止まらない。舞姫の瞳は暗闇に光り、まるで榊原の恐怖を永遠に楽しむかのように見つめ続けているのだった。







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