第6話:ミラクルレスター
読み切り的なやつです
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時は1991年よりずいぶん先に進んだ2015年8月頭、私は一人イギリスのヒースロー空港に立っている。
36歳、油の乗りきった年齢である。わざわざこの地に飛んできたのには当然理由がある。誰でも簡単に一攫千金が得られる機会がこの年の8月初旬から翌年の5月初旬にかけてあったのだ。
"ミラクルレスター"
この言葉を聞いたことのある人は多いのではないか。フットボール(サッカー)の本場イングランドのプロサッカーリーグである「プレミアリーグ」でこのシーズン奇跡の優勝を遂げたチーム、それがレスター・シティFCだ。日本人プロサッカー選手である岡崎選手も当時この奇跡の優勝に貢献した一人だ。
大手ブックメーカー各社でレスターが優勝した場合の倍率はなんと5000倍。ブックメーカーは日本ではあまり馴染みがないかと思うが、イギリスやアイルランドなど海外では一般的で、ブックメーカーの実店舗は町の至るところにある。日本で言えば宝くじ売場と同じ感覚だ。
ブックメーカーのベッティングの仕組みは、日本の競馬や競輪のように締切直前までオッズが変動し、最終的な確定オッズで全員の配当が決まるパリミュチュエル方式とは異なる。海外のブックメーカーは「ブックメーカー方式(ブックメイキング方式)」を採用している。これは、「自分が購入を完了した瞬間のオッズ」が最後まで100%保証される仕組みだ。
シーズンの途中でも購入することができ、オッズは購入時期によっても変わってくる。例えば、レスターの優勝オッズが「5000倍」だったのは、2015年8月8日のプレミアリーグ開幕戦が始まる前までだ。ゾロ目で覚えやすい。
開幕した後は、試合の結果(勝敗や内容)に合わせてリアルタイムでオッズが毎日変動。当時のレスターのオッズは以下のように推移した。
・開幕前(2015年8月):5000倍(誰もが降格候補だと思っていた時期)
・12月(首位快走中):26倍〜66倍(「そろそろ失速するだろう」とまだ疑われていた時期)
・2016年2月(強豪を撃破):5倍〜2倍(「本当に優勝するかもしれない」と世界が気づいた時期)
・2016年4月(最終盤):1.1倍〜1.05倍(ほぼ優勝が確実になった時期)
というわけで開幕前の今、こうしてここにいるわけだ。
日本でもスマートフォンのアプリやウェブサイトで買えるんじゃないの?と思うかもしれない。物理的にはその通りだ。
しかし日本国内からインターネットを通じて海外のブックメーカーに賭ける行為は、日本の刑法第185条の「賭博罪」に抵触してしまいアウトだ。日本で認められているスポーツ賭博は、競馬や競輪などの「公営ギャンブル」や、サッカーの「toto」「WINNER」といった国が公認したスポーツくじ(これらは特別法で認められている)に限られる。
こうして海外の現地で現地の法律に従ってブックメーカーのチケットを購入するのはまったく問題ない。
余談になるが、ブックメーカーにはキャッシュアウト(Cash Out)というシステムがある。賭けた試合やリーグが完全に終わる前に、その時点の状況に応じた金額で「賭けを途中でやめて、利益(または損失)を確定させる」システムのことで、海外のブックメーカーが提供する非常にポピュラーな機能であり、日本の公営ギャンブル(競馬や競輪など)にはない最大の特徴の一つだ。投資の概念に近い。
キャッシュアウトを行使する場合は当然、換金金額は最後の結果が確定したときに受け取る額から大きく減少する。今回は開幕前に買って優勝確定後に換金するので、利益確定(利確)/損失低減(損切り)は実行しない。結果を知ってるからね。
ロンドン中心部にある老舗のブックメーカーの大型店舗で購入することにした。購入は正直どこの店舗でも問題ないと思うが、間違いなく高額の換金となるため、資金が潤沢な大手ブックメーカーがよいだろう。
買い方がよくわからなかったが、店内に入り他のお客さんの様子を少し観察するとだいたいわかった。
壁の棚にあるマークシート用紙(「クーポン(Coupon)」や「スリップ(Slip)」と呼ばれるもの)を取り、記入してカウンターの店員に渡してから支払いをしている。
専用の用紙もあれば、白紙の用紙に条件を書いて直接店員に確認してもらって投票券を発行してもらってる人もいた。私も後者で買おう。
白紙の用紙を手に取り、英語でシンプルに
「Leicester City to win the Premier League」(レスターのプレミアリーグ優勝)
「£200」(賭け金200ポンド)
と記入して、カウンターの店員に渡した。
店員がパソコンの画面で当時の最新オッズ(5000倍)を確認し、ギョッとした表情を見せる。
それもそのはず。この時点でのレスターはどちらかというと降格争いのチームというのが皆の共通の認識だからだ。開幕前に200ポンド(約4万円)という大金をレスターに掛けるやつがいたらそんな反応もするだろう。
店員A「オッズは5000倍だけど合ってる?」
と確認された。「問題ない」と応えたが、店員は私を心配してか冗談っぽく、
店員A「正気か?お金をドブに捨てるようなもんだぞ?」
店員B「熱狂的なレスターファンなんだな」
と半分笑いながらの対応をされた。クレジットカードで支払いを済ますと、
「LEICESTER CITY TO WIN THE PREMIER LEAGUE @ 5000/1」(レスター優勝・オッズ5000倍)
と印刷された公式のレシート(チケット)が発券され、手渡された。これが当たったときの換金券になるため、大切に保管する必要がある。
ちなみにこれまた余談だが、この時点では支払にクレジットカードが使えたが、2020年4月に法改正が行われ、イギリスでは全てのギャンブルでクレジットカード払いは出来なくなっているので注意が必要だ。
ひとまず無事に購入できた。数日ロンドン中心部での観光スポットを巡って軽く滞在した後、一旦帰国の途につくのであった。
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再び時は少し進み、2016年の5月2日。この日、トッテナム対チェルシーの試合が引分けで終了し、レスターのプレミアリーグ優勝が決まった。
ブックメーカーの実店舗では、イベントの勝敗が公式に確定(リザルト確定)した翌営業日から払い戻しを行うのが鉄則となっている。そのため、5月3日の朝から換金が可能だ。
日本から郵送で換金手続きを出来なくもなさそうではあるのだが、郵送時の紛失リスクがでかすぎるので現地に行って手続きをしようと思う。
スムーズに事を進めるには事前の準備が大事である。巨額の海外送金に対して銀行は、犯罪絡みのマネーロンダリング(資金洗浄)の可能性を疑われて厳しくみられる。そのため折角送金したのに銀行が送金を拒否して、強制返金(組戻し)となっては困るし、最悪自分の日本の口座が凍結・強制解約なんて事になっても困る。きっちり事前に根回しをしておく。
まず、ブックメーカーの公式サポートを通じて「5000倍のチケットを所持しており、払い戻し額が100万ポンドになる。本社を訪問して手続きをしたい」と連絡を入れる。チケットのシリアルナンバーの確認が取れれば、専門の担当者(VIPマネージャーなど)が付き、個別の面談アポイントが設定される。アポイントメントに合わせて飛行機の手配を行う。
次に送金先の自身の口座があるメガバンクにも事前連絡で海外から高額な送金がある予定と伝えておく。内容も正確にブックメーカーの当選金額である旨伝え、帰国後に必ず「支払証明書」の提出を行うように言われた。
事前準備を終え、厳重に保管してあったチケットを携え、再びロンドンへと飛んだ。
こうして慌ただしく換金手続きをしているのには理由がある。1つは、ブックメーカーの会社にもよるが換金期日が180日以内というのがスタンダードに設定されている。そのため遅くとも約半年の間に換金する必要がある。
それに加えて為替が重要となっている。購入時の為替は、1ポンド約190円ほど。レスター優勝確定のこの時期で1ポンド約160円。この時点で既に円高ポンド安。この約1ヶ月後イギリスの経済の歴史を揺るがす大事件が起きる。イギリスのEU離脱を問う国民投票だ。2016年6月24日(開票日):1ポンド = 約130円台まで大暴落離脱派の勝利が確実になると、ポンドは1日で30円以上も暴落する歴史的な「超円高ポンド安」となる。
200ポンド × 5000倍 = 1,000,000ポンド
<日本での価値>
1,000,000ポンド × 190円 = 1億9000万円
1,000,000ポンド × 160円 = 1億6000万円
1,000,000ポンド × 130円 = 1億3000万円
既に為替の影響で開幕前の時に比べ3000万円価値が落ちているところ、さらに下がってしまうため下がりきる前に、早急に換金する必要があるのだ。
英語は日常会話程度は出来るつもりだが、不安なので現地にいる日本人通訳を事前に手配した。
アポイント当日、通訳さんを連れ、ブックメーカー本社を訪れた。個室に通され、持参したチケットの原本が偽造でないか、バーコードやセキュリティマークが厳重にチェックされた。チケットは、約9ヶ月劣化しないよう密閉保管していたおかげで、買ったときと遜色ない状態を維持できていた。
ここで通訳さんに「イギリスに口座を持っていないため、日本の自分の口座へ直接送金(Wire Transfer)してほしい」と伝えてもらった。流石は大手ブックメーカーであり、日本の銀行の「IBANコード」「SWIFT/BICコード」を提示したところ、本社から直接日本の口座へ送る手続きをその場で進めてくれた。
「支払証明書」の発行手続きが完了すると、公式な「支払証明書(Winner's Statement)」が手渡された。これには、ブックメーカーの社名、ロゴ、私の氏名、パスポート番号、そして「正当なギャンブルの当選金として日本の〇〇銀行の口座へ100万ポンドを送金した」という旨が英語で厳格に明記されていた。
イギリスで送金手続きを無事に終えて日本に帰国すると、日本の銀行から着金保留の連絡が早速届いた。すぐに、直接手渡された公式な「支払証明書」の原本をそのまま銀行に提出した。世界的に有名な上場企業から直接送られた公的な証明書であり、原資(お金の出所)の確認がすぐに取れるため、3日後には審査も終わってロック解除がなされ、無事に当選金を日本の銀行口座で受け取ることが出来た。
イギリスは世界でも珍しく、「ギャンブルの当選金には一切税金がかからない(非課税)」という国。そのため、現地で税金を徴収されることはない。しかし日本側では正しく申告する必要がある。
日本の銀行は、海外からの送金、または海外への送金で「1回あたり100万円を超える取引」があった場合、税務署に対して「国外送金等調書」を提出することが法律で義務付けられている。100%税務署は認識しているので、絶対に申告漏れがないようにしよう。
扱いは一時所得なので、第2話で説明したのと同じ計算方法で申告しての納税となる。
スポーツ史上、レスター優勝が単一予想での最大の高額オッズであるが、その次に高かったのはシドニーオリンピック(2000年)のレスリングの試合だ。無名のガードナー(アメリカ)がロシアのカレリンに勝って金メダルを取った「世紀の大番狂わせ」。13年間無敗だった霊長類最強の男と言われたカレリンは絶対負けないとされ、ガードナー勝利のオッズは2000倍。この時代にブックメーカーのチケットが買えるならぜひ買いたいものだ。
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続く...
長らく休載していてすみません。
生活環境が変わり、なかなか執筆ができない状況でしたが、落ち着いてきたのでまた活動していきたいと思います。
引き続き、よろしくお願いいたします。




