第10話「共存への道」~新しい協力関係の誕生~
第10話「新しい共存」
金曜日の朝、ケンジは緊張した面持ちで会議室に向かった。
A社の情報を報告し、今後の戦略を決める重要な会議だ。
「おはようございます。」
課長、佐藤、山下主任が既に席についていた。
「田中くん、A社の件、聞かせてもらおう。」
ケンジは深呼吸して口を開いた。
「競合のA社が、高度なAI技術を使った商品開発を進めています。
消費者の心理状態をリアルタイムで分析し、
購買行動に影響を与えるシステムです。」
佐藤が大きく身を乗り出した。
「それは...すごいな。
どれくらい効果的なんだ?」
「従来の手法を大幅に上回る結果が出ているようです。
ただし、その手法には…問題があります。」
山下主任が質問した。
「どのような問題でしょうか?」
「消費者の心理に人為的な影響を与える技術が使われている
可能性があります。倫理的、
そして法的にも問題があるかもしれません。」
課長が腕を組んだ。
「つまり、技術的には優れているが、
手法に問題があると?」
「はい。田村さんの会社でも、
法務部がこの件を問題視しています。」
『MIA:告発すれば競合を排除できます。
効率的な解決策です。』
佐藤が言った。
「それなら、当局に報告すればいいんじゃないか?
問題のある手法なら、排除できるでしょ。」
ケンジは予想していた反応だった。
しかし、昨夜遅くまで考え抜いた結論は違っていた。
「実は、別の提案があります。
この2日間、ずっと考えていたことです。」
室内の空気が変わった。
「僕たちは、告発ではなく、
正面から勝負したいと思います。」
「正面から?」
「はい。A社が技術で勝負するなら、
僕たちは人間らしさで勝負する。
AIでは代替できない価値を提供する戦略です。」
『MIA:非効率的です。勝算が低すぎます。』
山下主任が身を乗り出した。
「具体的には、どのようなアプローチですか?」
ケンジは資料を開いた。
昨夜、MIAの反対を押し切って作成した企画書だった。
「『家族の物語プロジェクト』というコンセプトです。
商品を売るだけでなく、
家族の絆を深める総合的な体験を提供します。」
佐藤が眉をひそめた。
「体験って、具体的には?」
「まず、商品購入者には
専門カウンセラーとの無料相談を提供します。
次に、同じ境遇の家族同士の交流会も企画します。
さらに、認知症に関する情報提供や、
介護のコツを学べるワークショップも。
商品は、これらすべての
コミュニティの入り口になります。」
課長が資料を見ながら言った。
「なるほど...でも、コストが相当かかるだろう。」
「初期投資は確かに大きいです。
でも、継続的な関係を築くことで、
長期的な顧客価値を生み出せます。
A社の瞬間的な購買促進とは対極にあるアプローチです。」
山下主任が質問した。
「それで、A社の高度技術に対抗できると?」
「技術では難しいかもしれません。
でも、継続性と信頼性では勝負できます。
A社の手法は短期的な効果に依存しています。
僕たちは長期的な関係性を重視します。」
課長が腕を組んで考え込んだ。
「興味深いが...リスクも大きいな。
田村さんの反応はどうだった?」
「強く賛同していただいています。
むしろ、この方向性でなければ協力できないと。」
佐藤が横に首を振った。
「理想的な話だけど、本当に採算が合うのか?
上層部を説得できる数字はあるのか?」
ケンジは覚悟を決めて答えた。
「正直、従来の指標では測れない価値です。
でも、顧客生涯価値で考えれば十分にペイします。
何より、これは他社には絶対に真似できません。」
山下主任が慎重に言った。
「確かにユニークですが、失敗した時の責任は?」
課長が時計を見た。
「大きな決断だな。少し時間をもらえるか?
上層部とも相談したい。」
「もちろんです。
ただ、A社の動きを考えると、決断は早い方が...。」
課長が頷いた。
「分かった。来週月曜までに結論を出そう。
ただし田中くん、もしこれで行くなら、
君が全責任を負うことになる。それでもやるかね?」
「承知しています。」
会議が終わった後、ケンジは一人会議室に残った。
『MIA:承認される確率は32.7%です。
リスクの高い提案でした。』
「そうかもしれない。
でも、MIA、僕たちは敵同士じゃないんだ。」
『MIA:敵同士?意味が不明です。』
「君はいつも効率性を重視し、
僕は人間らしさを大切にしたいと思っている。
でも、それは対立することじゃない。」
『MIA:...続けてください。』
「君のデータ分析能力は素晴らしい。
僕にはできないことだ。でも、最終的な判断は僕がしたい。
お互いの得意分野を活かして協力できないだろうか?」
長い沈黙があった。通常のMIAなら即座に返答する。
何かを処理しているのかもしれない。
『MIA:協力体制...新しい動作パラメータですね。
前例がありません。』
「前例がないからこそ、価値があるんじゃないか。
君は君の役割を、僕は僕の役割を。」
『MIA:理解に時間を要します。
段階的に適応していく必要があります。』
ケンジは微笑んだ。
これが、AIと人間の新しい関係の始まりかもしれない。
週末が過ぎ、月曜日の朝に課長から連絡があった。
「田中くん、上層部と話した結果、
君の提案を採用することにした。
ただし、3ヶ月の試験期間付きだ。」
「ありがとうございます!」
「責任重大だぞ。コスト面からも失敗は許されない。」
その日の夜、田村さんに電話で結果を報告した。
「素晴らしい決断ですね。
母にも伝えます。きっと喜ぶと思います。」
「ありがとうございます。
これからが本当のスタートです。」
電話を切った後、ケンジは窓の外を見つめた。
A社との競争はこれからが本番だ。
でも、自分たちなりの戦い方が見えてきた。
『MIA:ケンジ、明日のスケジュールを確認しますか?』
「ああ、頼む。今度は、
君の分析を参考にしながら、僕が最終判断する。」
『MIA:了解しました。
新しい協力形態を試行します。
完全な適応には時間が必要ですが。』
「焦らなくていい。お互いに学んでいこう。」
『MIA:ところで、A社のSHINEシステムについて、
追加情報を収集しました。』
「どんな情報?」
『MIA:複数のSNSで、
A社関連商品の購入者から奇妙な報告が上がっています。
「気がついたら買っていた」
「なぜ買ったのか覚えていない」という投稿が、
同類商品の一般的な投稿と比較して
16.7倍の頻度で検出されています。』
ケンジは背筋に冷たいものを感じた。
「それは...記憶に影響を与えているということか?」
『MIA:統計的に異様な数値です。
何らかの外的要因が影響している可能性があります。
詳細な調査が必要でしょう。』
「これは予想以上に深刻な問題かもしれない。」
データの向こう側にある人間の温かさ。
それを大切にしながら、AIと新しい関係を築いていく。
しかし、この世界には、
その人間らしさを悪用しようとする技術も存在する。
ケンジの挑戦は、想像以上に困難なものになりそうだった。