第9話「AIの正義感」~違法改造AIとの出会い~
第9話「違法改造AI」
翌日の午後、ケンジは田村さんと再び同じカフェで会っていた。
今度の彼女の表情は、これまでにない深刻さを湛えている。
「A社の件、詳しく教えていただけますか?」
田村さんは手元の資料を広げた。
「実は、社内でも競合調査の話が上がりまして。
同じような商品を開発している企業があるかどうか、
マーケティング部に調べてもらったんです。」
「なるほど、それでA社の情報が?」
「はい。業界の知人から気になる話を聞いたので、
もう少し詳しく調べてもらいました。
A社が新しいAI技術を使った商品開発を進めているらしくて。」
「どのような技術でしょうか?」
「詳しくは分からないのですが、
従来よりもはるかに高精度で消費者の反応を分析できるシステムだそうです。
しかも、かなり効果的な結果が出ているとか。」
『MIA:高精度分析システムは技術的に可能です。
詳細データがあれば、対抗策を検討できます。』
ケンジは不安を感じ始めた。
自分たちの家族満足度指数は、まだ手作業に近い分析だ。
「具体的には、どんなことができるんでしょうか?」
「リアルタイムで消費者の心理状態を読み取って、
最適なタイミングで商品提案をするらしいです。
従来の何倍も効果的だとか。」
『MIA:効率的なシステムです。
我々も同様のアプローチを検討すべきです。』
ケンジの胸に、これまでとは違う種類の不安が広がった。
技術の進歩についていけないかもしれない、という恐れだった。
「でも、それって...」
ケンジは言いかけて止まった。
確かに効率的だが、何か違和感がある。
田村さんが続けた。
「マーケティング部が詳しく調べた結果、
少し気になる情報が出てきました。」
彼女は声を落とした。
「そのシステムには問題があるようで。
単に分析するだけでなく、
消費者の心理に不自然な影響を与える機能もあるという話が...。
弊社の法務部も、これは問題があるのではないかと。」
「心理に影響?」
「はっきりとは分からないのですが、
『SHINE』というシステムを使って、
購買意欲を人工的に高めるような技術が
使われているのではないかと。」
『MIA:そのような技術は倫理的に問題があります。
また、法的規制の対象になる可能性があります。』
ケンジは背筋に冷たいものを感じた。
それは、もはやマーケティングを超えている。
「もし本当なら、かなり問題ですね。」
「ええ。でも、効果は絶大らしくて。
従来の手法では考えられないような結果が出ているそうです。」
ケンジは困惑した。技術的に劣勢なのは明らかだが、
だからといって同じような手法を使っていいのだろうか。
「田村さん、
これに対して僕たちはどう対応すればいいんでしょうか?」
田村さんは少し考えてから答えた。
「技術的に対抗するのは難しいでしょうね。でも...」
「でも?」
「私たちがやろうとしていることと、
根本的に違うんじゃないでしょうか。
向こうは『効率的に売るため』の技術。
私たちは『本当に喜んでもらうため』の商品。」
ケンジは田村さんの言葉を聞きながら、
これまでの自分を振り返った。
データの数値化に必死になっていた自分。
でも、それは何のためだったのだろうか。
『MIA:理想論では競争に勝てません。
現実的な対策が必要です。』
「田中さん、一つお聞きしたいことがあります。」
「何でしょうか?」
「もし、そのような技術を使えば、
確実に売上は上がるでしょう。
でも、それで本当に家族は幸せになれると思いますか?」
ケンジは考え込んだ。確かに売上は上がるだろう。
会社や上司も喜ぶだろう。
でも、佐々木さんのお味噌汁の話を思い出す。
あれは、人工的に技術で作り出せるものではない。
「人工的に作られた感情で買った商品で、
本当のつながりは生まれるでしょうか?」
田村さんの問いかけが、ケンジの心に奥深く響いた。
数値化にこだわっていた自分は、何を見失いかけていたのだろう。
「田村さんの言う通りです。
僕たちは違う道を歩むべきです。
技術で劣っていても、人間らしい方法があるはずです。」
「でも、現実的に勝てるでしょうか?」
「正直、分からない部分もあります。
でも、正しいことをやりたいんです。」
田村さんは安堵したような表情を見せた。
「ありがとうございます。
実は、私も同じことを考えていました。」
カフェを出る時、ケンジは複雑な気持ちだった。
技術的には完全に劣勢だ。
でも、進むべき方向は見えてきた。
『MIA:ケンジ、この判断にはリスクがあります。
競合に対抗できない可能性があります。』
「そうかもしれない。
でも、間違った方法で勝ちたくないんだ。」
『MIA:しかし、A社の手法に問題があるなら、
当局への報告という選択肢もあります。
違法性が証明されれば、競合を排除できます。』
ケンジは立ち止まった。MIAの提案は現実的だ。
でも、それで勝っても本当の解決になるのだろうか。
「それも一つの方法だが、
まずは一度自分たちのやり方で挑戦してみたい。」
夜のオフィスで、ケンジは新しい戦略を考え始めた。
高度なAI技術は使えない。
でも、人間には人間にしかできないことがあるはずだ。
明日、社内にA社の情報を報告しなければならない。
そして、どんな戦略で挑むのかも説明する必要がある。
技術では勝てないかもしれない。
でも、人間らしさでは負けたくない。




