第二十三話 空のトント
「……この結末を」
ボンドが確認するかのように。
バーチャル初号のサト江に訊いた。
「あのおっさんは、知って居るのか?!」
サト江も、ボンドの問いかけに、
『いいえ♪ 知らないわ』
首を横に振った。
『だって。博士はーー』
「死んでるんだな。やっぱりーー」
満面の笑顔で、
『ええ。博士はーーもう居ないわ』
ボンドに応えた。
「やっぱな。そんな気がしたんだ」
「……どぅ゛じでよ゛」
涙声でボンドに訊いた。
「大概の家ってのはさー客を迎えたら」
ありふれて。
至って普通の行為。
それすらも。
「あちらさんから出て来るもんなんだわ」
なかったことにーーボンドには違和感でしかなかったのだ。
『そうね。日本では礼儀ね』
「ああ。常識だ」
その二人の会話に。
「--……あの男。どうやって死んだの?」
強張った声のリナが訊いた。
--Pi……。
『博士。お腹が空いたわ』
--Pi……。
『何を食べたら。この空腹は収まるの?』
--Pi……。
『博士。お腹が空いたわ……』
--Pi……。
『博士。私、喰べたいものがあるの』
--Pi……。
『博士』
『うん。何だい、サト江』
『博士』
サト江がトントに歩み寄る映像が流れる。
ただ。
カメラの位置が低かったこともあり。
二人の顔は映らない。
だが。
二人の息遣いが聞こえてくるかのようだった。
『ああ。何だい、サト江』
『博士をーー貴方を喰べたいの』
--Pi……。
「!?」
「……そうか」
リナと、ボンドに温度差はあるが。
二人とも、さぶいぼを立てていた。
「ボンドォ゛~~」
「ああ。うん、うん」
リナがボンドの肩に顔を埋めた。
「もう嫌だ! もう! 嫌‼」
顔を左右に揺らすリナに、ボンドが。
「ーー今さらじゃん」
「今さらなんかじゃないわよ! ボンドの馬鹿‼」
顔を上げて。
リナはボンドの顔を睨みつけた。
「でさー《記録映像》の続きは」
『もう少しで終わりよ』
「だと、思ったよ」
そう腕を宙に伸ばしながら、
「だと。思ったんだ!」
大きく欠伸を漏らしながら、
「馬鹿じゃねェの! 本当に天才ってのはッッ‼」
大きく吠えた。
「ボンド……?」
「救えねェ奴ばっかりだな」
「救う必要なんかないわよ」
「『愛で世界を救いましょう♪』」
ボンドが、声色を変えてまで。
そう二階堂サクラの台詞を言った。
「だから、何だって言うのよ。ボンド」
「彼女が救いたかった世界はーー《鬼灯トント》だ」
『ええ。恐らくはーーそうでしょうね』
バーチャル初号のサト江も。
ボンドの言葉に頷いた。
『彼女はそれほどまでに。彼を按じ、彼を愛して居たのだから』
「あの涙は【贖罪】と【愛情】だ」
リナはまた、ボンドの肩に顔を置いた。
「多分。彼もーー同じだったんじゃないのか?」
親は子供を愛し。
勿論のこと、子供も親を愛する。
ただ、その受け入れている親との愛の間に。
障害物があったのなら。
そのとき。
子供の胸中はどうなるのだろうか。
『--きっと。サト江はーー』
嫉妬に、殺意に気持ちも落ち着けなくなっていき。
親の全てが許せなくなっていく。
邪魔なものはどうでもよく。
『それを赦せなかったのよ』
欲しいものは。
ただ一つの親の愛だった。
--Pi……。
『ああ。いいよーー俺と一つになろうじゃないの』
--Pi……。




