第二十二話 旋律のトント博士
「あの女ァあああッッ‼」
リナの髪が逆立っていくようだった。
激昂に顔も真っ赤に染まっていく。
『いつから。サト江が人間だと思っていたの?』
そうバーチャル初号のサト江がリナに訊いた。
「あんなの人間と変わりがないじゃないの!」
立ち上がろうとするのを。
ボンドが肩を抑えた。
「おい。落ち着けっての、リナァ~~」
少し、声も低い。
「これが落ち着けるわけがないじゃないのよ!」
「ああ。分かるよ。分かるから」
「ボンド!」
「だから。座ってろ」
ボンドの強い口調に。
リナも唇を噛み締めた。
「はいはい。次ー」
『ええ♪』
--Pi……。
『お腹が空いたわ。博士』
『ああ。分かっているよ、サト江』
優しく微笑むトントの表情は。
何とも言えない感情によって歪んでいた。
『お腹一杯、食べたいわ』
『ああ。分かっているよ、サト江』
--Pi……。
『ぇっと。あまり、大っぴら気に言えないんだけどねー俺、決めたよ』
誰が居るわけでもなく。
トントが、カメラに向かい。
そう、短く。
覚悟を言う。
『正直。サト江の食欲に底がないんだ』
短く、薄くなってしまった髪の毛を掻きむしる。
『--……サクラ君だけじゃ……駄目だった! くっそ!』
ボンドも、リナも。
ここでようやく。
初めてーートントの泣き顔を見た。
後悔と。
失望に打ち震える。
彼の顔を。
だが、すぐに。
また、いつもの読めない顔になってしまう。
『どうせ。サト江が食いつくすならーー皆、巻き添えだ♥』
--Pi……。
『俺はねーこの三圀島に来てからずっと』
カメラがつくと、そこは山頂にあるーー水源だった。
『ここの島民にね。実は試験的に物質を投与しているんだ』
こぽ。
こぽぽぽーー……。
透明な水の中に。
淡い紫の薬品が投入された。
『何か、知りたい?』
カメラのフレーム一杯に。
トントの喜々として歪む顔が映る。
『遺伝子を溶かし、書き換える物質だ♥』
空になった試験管を放り投げる。
ぱっりーーん‼
『俺はねー愛しの我が子の為なら! 何だっっっってするよ♥』
--Pi……。
「っく、狂ってる! あの男は! あの男は‼ 狂ってるっっ‼」
リナが口元を覆った。
身体を大きく震わせながら。
「っみ、見ず……リナ、お前ーー」
「っの、飲んでない……私、ここの水が合わなかったの」
「料理は食ってるだろう? 飲んでると変わらないっつの!」
「!?」
『いいえ。リナは大丈夫よ』
バーチャル初号のサト江が言う。
それに耳を疑うばかりだ。
『ここの研究所の水源は別物だから。リナの家も違うのよ』
だが。
その一言だけで、
「ァ、あああ……あ、ああ……」
リナも大泣きしてしまう。
「あー~~よしよし。泣くなっての、な?」
「う゛ん゛……」
「いい子だ。よしよし♪」
そう慰めながら。
ボンドがモニターを睨んだ。
(島民が一気に居なくなった理由が。コイツが原因かよ!)




