『re:』
「あの、いいですか?」
廊下には数多くの学生の姿があった。その殆どの表情は、一日の授業を終えた開放感に由来するであろう活気に満ちていた。そんな賑やかさの只中にあって、埋もれて消え入りそうな少女の声はしかし、確かに彼女の耳へと届いた。
「……どうしました?」
「あの、合掌さん、という方を探しているのですが……こちらのクラスだと聞いたのですが、取り次ぎをお願いできますか?」
「――合掌さん、ですか……」
声をかけた少女が、微かに緊張の気配を漂わせる。
声に振り返ったのは、黒髪の女性だった。
艶やかなセミロングを左側頭部やや下側で束ねたポニーテール。顔立ちは端正、凛々しい眉に柔らかな瞳が強く印象に残る顔立ちをしていた。
「ちなみに、ですが。その合掌さんには、一体どういった御用向きで?」
少女を萎縮させないよう、努めて柔らかい響をもって口にされた言葉。これに少女は、わずかに言い淀んだ後、小さく呟くように、
「その、少し相談事を……」
口にして、俯いた。
その姿を見て、黒髪の女性が小首を傾げる。
「相談事というならご両親や友人、教員の方々の方が適任では?」
彼女の言葉は正論であった。だが、これに少女は首を振る。
「その、少し奇妙な相談で……中々他の人にはし難いもので……けど、噂を聞いて。合掌さんならもしかして、力になってくれるかと思って……」
黒髪の女性が頬を掻き、一つ小さく息を吐いた。
「先に貴女の間違いを一つ、正してもいいですか?」
予想外な女性の言葉に、少女が微かに身構える。そんなささやかな動揺は意にも介さず、女性は静かに言葉の先を続けた。
「まず、恐らく頼む相手を間違っています。貴女の相談がどういった類のものかは分かりませんが、探されている合掌という人間は有識者でも見識者でもありません。貴女と同じただの学生……掃いて捨てるほど居る凡夫でしかありません」
少女の表情が曇る。不安と絶望をない混ぜにしたような、沈鬱な表情。だが、その顔は次の瞬間驚愕へと染め上げられる事になる。
「〝それでも〟一つ、間違っていない事があります」
———
晴れた日、青空。平穏とは薄皮一枚で隔てられた不穏当。それは、逆説の異能が支配する混沌の坩堝。
望んで立ち入った訳ではないその場所にしかし、自ら選び取って今尚立ち続ける者たちがいる。
———
「貴女は、相談する相手を間違えなかった」
黒い瞳のその内に、暗澹よりも深い闇を湛える。
合掌抄帷は、小さく笑った。




