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第7話『幸運の女神』

【前回のあらすじ】


ついに“放課後の悪魔”の儀式をした誠たちであったが、誰も触っていないのに全員のスマホから音声ガイダンスが鳴り響き周りはパニックとなる。


五十嵐を連れて逃げようとした時、誠が見たのはー


鏡を見て“今にも泣きだしそうな表情をする友人の姿”だった。


動揺と不安を拭えないまま、誠は美術準備室を出て行った…





 


「あいつ等、自分たちからしつこく誘っておいて。俺ら置いて帰るとか、信じられねぇ!!」



 薄暗くなった空の下、校庭で孝志は怒りの声を上げる。

 

 放課後の時間を過ぎて、校舎の中の人がいる部屋には点々と明かりがつき始めていた。


 様子のおかしい五十嵐くんの手を無理やり引っ張って外に出ると美術室は無人だった。


 あれだけしつこく誘ってきたのに、いざ怪奇現象が起これば、大好きな五十嵐くんを置いて逃げることができるのか…


 (あの人たちは、五十嵐くんに選ばれることは”絶対”ないだろうな)


 明かりがつけっぱなしの無人の美術室で僕と孝志は顔を見合わせ大きく溜息をついた。


そして、教卓の上には投げ捨てられるようにして落ちている鍵を職員室に返して、3人で家路につく。



「仕方ないよ。…あの人たちも、まさか本当に“出る”なんて思ってなかったんだろうし」


「…出る、ねぇ…確かにスマホがいきなり喋った時はビックリしたけどよ。

 あれって放課後の悪魔が出たってことになるのか?」


「うーん、僕もそれは思ってたんだよね…」


 あの時、何もしてないのに全員のスマホから音声ガイダンスが鳴り響いたのは驚いた。


 でも、目の前に白い服を着た女の人が出てきたとか、

 ましてや、悪魔が出てきたりとかじゃないから…


 そこまで驚いていない。


 あれだけの人数がいれば「驚かしてやろう」と考える人が一人いてもおかしくはないと言うのが、正直な感想だ。


 孝志と会話を続けながら、僕は後ろを歩く五十嵐くんの様子をそっとうかがった。


 鏡の前に立ってから、今も五十嵐くんの様子はどこか“へん”だ。

 僕と孝志が「大丈夫?」と声をかけても、あぁ、としか返さない。


 ポケットに手を突っ込んだまま、

 ずっと地面を見つめている。



 ——やっぱり、五十嵐くんは“なにか”見たのだろうか?



 後ろから鏡を見たとき、鏡には五十嵐くんしか映ってなかった。


 (…いや、その前になにかあったのかもしれない)


 それぞれのスマホから音声ガイダンスが鳴り出したとき、周りはパニックになって女子も男子も逃げだした。


 僕も孝志も、逃げる生徒の背中を唖然とした表情で見送っていた。




 だから、誰一人…




 五十嵐くんを“見ていない”



 なにかあったとしたら、あの時しかない。



 五十嵐くんだけが…なにかを聞いた?

 悪魔の姿を、見たとか…?



「あのさ、五十嵐くん…僕たち、ちょっとパニックなってて、五十嵐くんの方を見てなかったんだけど…なにか、見えたの?」


 心配と“好奇心”の入り混じった質問。


 孝志も気になっていたのか、足を止めて

 五十嵐くんの方に体を向ける。


 僕に声をかけられて、五十嵐くんは地面に向けていた顔を上げる。


 ようやく僕たちの方を見てくれたかと思うと、彼は流し目で地面の方に一度、視線を落とした。


 そして、覚悟を決めたように強く目を瞑り、瞼をゆっくりと上げる。



「誠…孝志… 実は…」


「実は…?」



「…」




「俺も、ビビった…」



「…は?」


 五十嵐くんの予想外の答えに僕たちは間抜けな声を出してまう。


 それと同時に緊張がふっとほどけた。


 (ビビった?あの五十嵐くんが⁇)


「音声ガイダンス、俺のスマホも鳴ったんだよ…なんもしてねぇのに、鳴るとか…俺だって、ビビる」


「えっ…鏡の前から、動かなかったのって」


「…お前も、驚いてただけかよ」


「当たり前だろ、俺をなんだと思ってんだよ。人間だわ」


「だったらもう少し、わかりやすくビビれよ」


「俺だって男なんだぜ?俺に惚れてる女子の前でカッコ悪いとこ見せたくないし」


「はぁ~~?…くっそ、心配して損した」


「ははっ!」


 五十嵐くんはいつもの調子を取り戻したように軽く笑った。

 そして、立ち止まる僕たちの間をスッとすり抜ける。



 (…本当に、驚いてただけなのかな?)



「それなら、いいけど…」


 僕には、鏡の前に立つ彼の表情が“悲しんでいる”ように見えた。

 

「…誠」


「うん…?なに、五十嵐く…」



 声をかけられて、顔を見上げたとき—


 街灯からズレた位置に立っているせいか、五十嵐くんの隣に黒いモヤのような…


 人型の姿が見えて、心臓が嫌な音を立てる。


 しかし、それが見えたのも一瞬で、

 瞬きが終わるころには黒いモヤは消えていた。


 (…気のせい、だったのか?)


「…誠、あのさ——


 いや、ごめん。なんでもないわ」


「えっ…」


 (いや、絶対何かあるパターンの“なんでもない”だろ。)


「ま、お前に何もなくてよかったわ」


「なんだよ孝志。心配してくれてたんだ」


「友達なんだから当たり前だろ?」


「…友達か…なぁ…俺たち、卒業してもずっと一緒だよな?」


「え…」


「お、懐かしいなソレ。小学生のとき、冬美がよく言ってたやつじゃん」


「うん…もう学生でいられるのって1年しかねぇじゃん…だから、なんかさ。…改めて、確認してんの」 



「…五十嵐くん」







◇◇◇


 


『卒業しても、ずっと一緒にいようね!』



 これは小学生の頃、冬美がよく言っていた言葉だった。


「卒業って、俺ら中学一緒じゃん」


「そうだよ。僕たちは悲しいくらいテストの点数も成績も一緒なんだから」


「そ、そーだけど!これは大事な確認なの!私は、誠くんたちとずっと一緒にいたいから」


 彼女の言葉にいつも呆れたように言葉を返すのは孝志だ。

 僕はいつも彼女に迷いなく「ずっと一緒だよ!」と答えていた。


 あの時の僕は、今が楽しくて、成長した自分の変化なんて考えてなかった。

 

 それに、僕がそう答えると―――


「えへへっ」


 冬美が本当に、嬉しそうに微笑んでくれるんだ。



「あぁ、ずっと一緒だ」


 普段はクールな五十嵐くんも僕と同じ答えを優しく返す。


 意外だった。五十嵐くんなら「大人になったらわからない」とか言いそうなイメージだったから。


「孝志は?」


 並んだ2つのブランコの隣、彼は少しいたずらっ子のような顔をして隣の孝志に問いかける。


「…絶対とは言えねぇよ…この先、なにがあるのか、わかんねーし。


 でも、俺は…


 俺だって…お前らと一緒にいたいから。

 …お前らと離れない努力はするつもりだ」


「孝志…」


 孝志は4人の中で一番の現実主義者だ。


 高校に入ったらバイトをして、卒業しても

 一人で暮らせるお金を貯めると言っていた。


 孝志は父親に暴力を振るわれても絶対に抵抗しない。


 父親を責めることもしない…



「…離婚する前は普通だったんだ。

 休みの日は近くの遊園地に連れてってくれてさ。


 病院の帰りに「母さんには内緒だぞ」って

 よくファミレスにも連れてってくれたんだ。


 …あの頃の父さんを知ってるから

 嫌いになんてなれねぇ…」


 たった一人の、俺の“家族”だから。

 

 殴る対象がいなくなれば、父さんも少しは落ち着くんじゃねぇかなって…孝志はそう言って、悲しげな表情を浮かべた。


 それから、心の声を吐き出すように言葉を続けた。


「それに、俺がもう見たくないんだ。

 殴る父さんも、殴った次の日に正気を取り戻した父さんが…


 小学生の俺に泣きながら、謝る姿も……見たくない…」


「…孝志は、優しいな」


 孝志の話を聞いた五十嵐くんは、ただ一言そう言った。


 今思えば、ずっと僕たちを苗字で呼んでいた彼が“はじめて”名前を呼んだのは、孝志だったかもしれない。


 孝志は普段、自分の家族のことを滅多に話さない。

 同情されるのが嫌なんだと言っていた。


 それなのに、孝志はあの日、はじめてお父さんの話をしてくれたんだ。


 友達だから、孝志は僕たちに自分の“覚悟”を教えてくれた。




 この日、僕は改めて孝志の優しさを知ったんだ。







「あの時と、俺の答えは変わらねぇよ。

 俺は、お前らと離れない努力はするつもりだ」


 

 だから、孝志の答えは変わらない。

 ブレないのが孝志のいいところだ。



 でも、僕は――



 確実にあの時と考え方が変わってる。



 今の僕は「ずっと一緒だよ!」なんて言いきれない。


 高校生の今でさえ一緒にいられる時間は減っている。

 僕は部活もバイトもしていない。


 だから、今こうして3人で帰ることができるけど、社会人になったらきっと余裕なんてなくなる。


 小学、中学では見えなかった“自分の性格”が歳を重ねるごとに、自然とわかってくるんだ。



 これから僕は—


 新しい自分も


 自分の嫌なところも


 ダメなところも知って、大人になっていく。



 一生子供のままなんて…無理なんだ。



「…それじゃあ、ダメなんだ」


「えっ…」



 僕の思考を見透かしたように五十嵐くんがつぶやく



「五十嵐…?」






「それじゃあっ…ダメなんだよ…っ!!」


「⁉︎」


 五十嵐くんが声を荒げた。

 普段はクールな彼の、取り乱す姿は初めて見た。


 表情も、明らかにおかしい。


 五十嵐くんは拳を強く握りしめて、苦しそうな顔をしていた。



「俺だけ…ぁ、だめなんだ…」


「…おい、五十嵐。お前、やっぱさっきなんかあったろ?」


 孝志がそっと彼に近づいて、五十嵐くんの肩に手を置き顔を覗き込む


「顔色、悪いな…。本当に大丈夫か?」


「…何も…。悪い、今日は少し疲れた…先、帰るわ」


 五十嵐くんが孝志の手を振り払い足早に歩きだそうとする。

 その肩を孝志が負けじと掴んだ。


 …孝志なら絶対に放っておかない事はわかってた。


 孝志は五十嵐くんを捕まえながら、二人の後ろで立ち止まる僕に声をかける。


「お前、一人で帰れるか?俺、心配だからコイツ家まで送ってく」


「えっ!…う、うん。大丈夫。ここからの距離なら一分もかからないよ」


「悪いな。本当は、お前も送ってやりたいんだけどさ…今はコイツの方が心配だ」


「…バイトは、大丈夫なのかよ」


「少しくらい遅れても問題ねぇよ。歩けるか…?荷物持つぞ」


「…あぁ、大丈夫だよ…悪い、頼むわ」


 疲れたように笑って、五十嵐くんは背負っていたリュックを素直に孝志へと手渡した。


(…孝志がそばにいてくれるなら安心だ。)


「誠…また明日な」


「お前も気を付けて帰れよ、誠」


「うん、孝志もバイト頑張ってね!」


「おう!」




 不安な心のまま、僕は暗闇に消えていく二人の背を見送った…







◇◇◇ 







「いらっしゃいませ~ご主人様~!!」


「お、さまになってんじゃん」


「…ちょっとスカート短くねぇか?」


「…か、かわいい!ふ、服に似合ってるね!!」


「えへへ、ありがと~誠くん!」



 高校3年、最後の文化祭。


 僕たちはそれぞれ違う出店だったけど、今は冬美のメイド喫茶に招待されていた。


 白と黒のクラシックなメイド服に、レースの猫耳カチューシャ。

 軽く巻かれた艶やかな黒髪が揺れ、リボン付きのエプロンがよく似合っていた。

 教室なのに、まるで本物のカフェみたいだ。


 今日の冬美の姿は、まるで“別世界の女の子”みたいだった。


 だけど、僕たちに向ける笑顔は昔と変わらない。

 そこにはちゃんと、僕の知ってる冬美がいた。



 美人なのは知っていたけど、服装が変わるだけでこんなにも彼女の魅力が引き出されるなんて思ってなかった。


 (冬美って、こんなに綺麗だったんだ。)





 2年の時に冬美を好きだと自覚した僕は—



 未だに、冬美に“告白”していない。



 だって、どう考えても冬美と僕じゃあ“釣り合うはずがない”からだ。


 告白して、冬美に嫌われるのが怖い。


 冬美のメイド服姿は来店する生徒だけでなく、文化祭に来た保護者まで虜にしていた。


 A組のメイド喫茶の前にはあっという間に行列が出来ていた。

 恐らく今年の文化祭の売上一位はダントツでA組だろう。


「あの子、めっちゃカッコよくない?」


「ほんとだ、やば…え、同じ学校なの!?」


 …まぁ、行列の理由は冬美の人気もある。

 五十嵐くんの存在も大きかった。


「黒焦げハンバーグから成長したじゃん」


「カレーは誰でも作れるからなー」


「ちょっと!そこ!聞こえてるんですけど!?」


「ははっ、悪い悪い。でも美味いよ、やるじゃん」


「冬美がなんの担当によるけどなー」


「も~そこは素直に褒めてよ!孝志くん!」


 孝志と一緒に五十嵐くんが笑うと、列に並ぶ女子たちから悲鳴があがる。

 そんな二人を尻目に僕は700円のカレーを口に運びながら、冬美の接客姿をそっと盗み見た。


 冬美の周りはキラキラと眩しい光が輝いて見えた。


 3年になってからも冬美はどんどん綺麗になって、大人の女性に近づいている。


 僕は少し、頭の中で冬美と“恋人同士”になるという、贅沢な想像をしてみた…


 しかし、悲しいかな。妄想の中でも、僕は僕だった。


 冬美の隣に僕が立った瞬間…彼女の輝きが消えて「なんであんな地味なやつが」と冷たい目を周りから向けられる未来が見えた。



 自分は、不細工とまではいかないけど…


(たぶん普通の顔だ。冬美や五十嵐くんが近くにいると、その認識すら曖昧になるけど…)


 希望もないのに告白して、冬美に嫌われるくらいなら


 告白なんてしないほうがいい。


「誠くん、ハイ!冬美特性のアイスクリームだよ!」


「…ありがと、冬美」


(!?は、ハートが、アイスの上にチョコソースでハートが描かれている!?)


「誠くん?…食べてくれないの?」


 スプーンを持って固まる僕と解けていくアイスを見て、冬美が悲しそうな表情で首を傾げる。


「えっ、あっ…冬美ハートありがとっ…あぁっ、じゃなくて!アイスありがと!」


「いただきます!」そう言って馬鹿な僕はハートの描かれたアイスを一口で食べてしまった。


 キーン!と、覚えのある痛みが頭を襲う。


「ぐああっ、頭が…っ!」


「誠、アイスは一気に食べるもんじゃねぇぞ~」


 アイスによる頭痛で苦しむ僕に孝志が呆れたような目を向ける。


「あははっ!そう言うなって孝志。誠はさ、嬉しかったんだよ」


 五十嵐くんはそう言って「よかったじゃん、冬美」彼女に優しい目を向けた。


「うんっ!誠くん、頭痛いの大丈夫?」


「…いてて、もう大丈夫だよ!アイスクリーム美味しかった!ありがと、冬美」


「…こ、今度はホットケーキ作れるようになるから…文化祭とか関係なくて…!上手く作れるようになったら、誠くんに、食べて欲しい…」


「うん!楽しみにしてるよ!」



 友達のままでいれば、冬美のホットケーキが食べられる。



 だから、このままでいい。




 このまま関係を壊さない方が








 きっと幸せなんだ…






◇◇◇





「ただいま~」


 文化祭が終わって母さんの車で帰ると玄関には珍しく父さんの靴があった。

 母さんが少し雑に置かれた父さんの靴を溜息をはきながらきちんと揃える。


 玄関を上がって洗面台のある方に向かって、うがいと手洗いを済ませる。

 そして、廊下に置かれた一週間分の食材が入った段ボールを持ってリビングに向かった。


「あれっ、指が…届かん…っ」


「…あんた、なにやってんのよ」


 ドアノブが上手く握れなくて苦戦していると、先にリビングに入った母さんがため息をつきながら、扉を開けてくれた。


「あ、やっぱり父さん帰ってたんだ。おかえり」


「お~、誠も文化祭おつかれさん」


「誠、お父さん大事な話があるって、母さん手洗い終わったらソレやるから。アンタはお父さんのところ行きなさい」


「えっ、うん…わかった」


 母さんに言われるままに扉の近くに段ボールを置くと僕はソファーに座る父さんの前に立った。


仕事が終わって帰宅したばかりなのか、父さんは脱いだ上着をクッションの上に置いて、缶ビールを既に2缶開けている。


「話ってなに、父さん」


「うん…なにから、話せばいいかな…お前、もうすぐ卒業だろ?」


「うん…」


「飲みの席でさ、上司に『うちの息子がもうすぐ卒業なんですよ~』って軽く話したんだよ。 」


「えっ、お父さんの上司の人に?」


 (なんか、恥ずかしいな…っていうか、上司に僕の話なんてしないでよ)


「そしたら、その上司がな、東京の系列会社が今けっこう経営良くて、社員も増やすし、新入社員の教育もしっかりやるって言っててな。


それで、『もしよかったら息子さん、うちに来ませんか?』って言ってくれたんだ」


「えっ…!?」


「あら!誠、よかったじゃない!卒業と同時に就職なんて、アナタ運いいわよ!」


 父さんの上着をハンガーにかけながら、母さんが喜びの声を上げた。


「えっ、ちょっと待ってよ、父さん!」


「条件も良くてな、一年の研修が終わればそのまま正社員にしてくれるそうだ。今の時代じゃ考えられない好待遇だぞ!」


「正社員…」


 確かに父さんの言う通りだ。

 今の時代、正社員になれる人は少ない。


 しかも、大学に行かないで一年の研修が終われば正社員なんて――


 好待遇もいいところだ。


 (僕なんかが…“好条件”の仕事を、貰っていいのか?…こういう仕事は、孝志の方が喜ぶんじゃないのか?)


 バイトを掛け持ちしなくてよくなる。


 孝志は真面目だし、優しいから、絶対に上司にも部下にも好かれるに決まってる。



「誠?どうした…?」


「誠。お父さんの話、ちゃんと聞いてるの?」


 (二人で勝手に、盛り上がらないでよ…)


 もうすぐ卒業って言っても、まだ10月だ。


 もう少し、考える時間が欲しいのに…

 母さんは僕を上京させる前提で話を進めている。


 僕がいない間、部屋をどうするとか、仕送りはどれくらいになるのとか…


 それに、上京するってことは……



 みんなと、離れるってことだ。







『卒業しても、ずっと一緒にいようね!』



『俺たち、卒業してもずっと一緒だよな?』



『あの時と、俺の答えは変わらねぇよ。俺は、お前らと離れない努力はするつもりだ』




 (ぼくが、一番最初に離れるのか?)



 孝志はきっと地元で就職するだろう。

 一緒に居たいと言った五十嵐くんや冬美もこの街を出ない。



 僕だけが…




「誠、この話、絶対に断っちゃダメよ」


「そうだぞ誠、幸運は掴めるときに掴め。


 幸運の女神には後ろ髪がないからな」




 今なら、五十嵐くんの言ってた意味がわかった気がする




『子供の頃はあんま考えなかったけどさ…金ってのは、あればあるだけ“選択肢が増える”からな』





 金のない僕に、選択肢はない。




「…うん、僕、がんばるよ」








 今の僕は、上手く笑えてるだろうか…?











 二人と軽く話して、そのまま2階の自室に向かった。

 …本当は、部屋に戻ってくるまで両親と何を話したのか覚えてない。


 覚えてるのは、母さんの「今日はお祝いにからあげよ!」って言葉くらいだ。


「…なにが、お祝いなんだよ」


 (僕が本当に何を望んでるか知らないくせに…。)


 制服姿のままベットに寝転がる。

 そして、ポケットからスマホを取り出して電話帳を開いた。


「…孝志」


 ディスプレイに表示されているのは『孝志』の文字。


「…」


 僕は数秒迷って、電話マークの赤いボタンを押した。


 (バイトが忙しくて、出れないようなら…諦めよう)


 孝志から折り返しの電話が来ても「間違えた」と言ってごまかそう。



 出て欲しくない


 出て欲しい…




 二つの想いが交差する。








『…誠か?どうした?なんかあったか?』


「…孝志っ」


 電話の向こうから孝志の声が聞こえて、慌てて起き上がった。

 寝転がっていたから髪も制服もー僕の心みたいにぐちゃぐちゃだ…。


 電話の向こうからは人の話し声、車の走る音。

 信号機が青に変わる音が聞こえてくる。 


 …たぶん、バイトに向かっている途中なのだろう。


 スマホを持つ手が震えている。

 甘えちゃいけないって、わかってる。


 それでも、僕は――



 孝志に背中を押してほしかったんだ。



「孝志…あのね…」


 僕はさっき両親とした会話を全て孝志に伝えた。

 途中、不安な感情が溢れ出しそうになって、泣きそうになった。



 言葉も上手く喋れたのかわからない。




 それでも電話の向こうで、孝志は静かに聞いてくれた…







『…よかったな!』


 場違いに明るい孝志の声。僕の震えが止まった。


「へ…っ?」


『お前の父さんの言う通りだと思うよ。掴めるときに掴めよ、幸運』


「孝志…でも、ぼくは」


『戻ってくればいいだろ?』


「もどって、くる…?」


『誠は、難しく考えすぎなんだよ。』


「えっ?」


『お前の仕事先が北海道だったら、時間も金もかかるカンタンには戻ってこれねぇよ…でもさ、電車で戻ってこれる距離なら気が向いたときにでも、戻ってくればいい』


「へ?戻ってこれる距離なの?」


『お前なぁ~自分の就職先の住所くらい調べろよ!さっき会社の名前教えてくれたじゃん。お前の話聞きながら先輩のスマホ借りて調べたんだよ。


 新幹線乗れば2時間で帰れるぞ?』


「に、2時間!?」


 (2時間なんて、すぐじゃないか…!全然、遠くない…いつだって、みんなに会いに行ける…!)


「…で、でも、地元の、友達に会いたいって、学生気分抜けてないって思われそうで…」


『まぁ、人によっては「ガキっぽい」とか「学生気分抜けてねーな」って言われるかもしれねぇけど…俺もさ、誠と同じことバイトしてるときに考えてたんだよ』


「孝志が…?」


『そりゃあ、お前…働いたことねぇから。

 最初なんて失敗続きで、何回店長や先輩に怒られたのか…


 そんな時にさ、お前らと会うとさ…

 気持ちがリセットされんだよ』



「リセット…?」


『この先、俺らは80年は生きるんだぜ?


 仕事終わってもずーっと”社会人”でいるのって疲れんだろ?


 仕事で忘れそうになった“本当の自分”を思い出させてくれんのが

 友達なんじゃねーの?…俺は、そう思ってるけど』


「孝志…」



 そっか…いいんだ。


 辛くなったら、友達に甘えて…いいのか。


『お前が俺らのこと大切にしたいって思ってるのは知ってるよ。


 でもな“友達のために”お前の選択肢を少なくするな。


 頑張れよ、誠。…俺は、お前のこと応援してるよ』


「孝志…」


『辛くなったら、いつでも戻ってこい。

 “優しい泣き虫の誠”に俺がいつだって戻してやるから』


「…っうぅ」



 スマホを持つ手に、自然と力が入る。


 (やっぱり、孝志に相談して、正解だった)


 しわの寄った制服の膝の上でぎゅっと強く拳を握る。

 下を向いていた顔を上げて、前を見据えた。


 僕の目の前に見えるのはポスターも貼られていない“真っ白い壁”


 先の見えない、自分の不安な未来を暗示するかのようなその壁に僕は手を伸ばした。


 白いから、“自分の色”にできるんだ。


 大人になって、沢山失敗して、成長して…

 白を自分の色に、変えていく。



 “十人十色”


 それぞれの人生がある。



 きっと誰も同じ色を持たない。





「孝志…僕、明日。ちゃんと、自分の口で冬美たちに伝えるよ」




 僕は孝志との通話が終わると、すぐに冬美と五十嵐くんにメールを送った… 








『明日、大事な話があるんだ。学校が終わったら…



 いつもの公園に来て欲しい』











最後まで読んで頂きありがとうございました!


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