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悪魔のシェアハウス――悪魔は人を騙すけど嘘はつかない。《友情》《裏切り》《契約》《願い》すべてを賭けた選択の脱出劇  作者: ユキマル02
【異変】

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第58話『悪夢の終わり』



【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。


「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔


普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。


最近新しい契約者を得た。



寝室清掃の悪魔


銀髪眼鏡のメイド服を着た少女の悪魔。

主人公誠が偶然にも遭遇した裏方の悪魔。


普段は清掃が終わるとシェフの用意した食事を厨房に設置されている

従業員休憩室で食べている。


かなりのネガティブ思考で一人で突っ走り結論が出るとすぐに手持ちのナイフで自害しようとするので困る。まだまだ謎の多い悪魔である。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)


「――コイツ、サタンや」


 聞こえた声に、上手く反応できなかった。


「泣いても漏らしてもええから、絶対頷くなよ。あいつと契約した瞬間、お前の魂は――終わりや」


「お、終わりって……っ」


 後ろから聞こえる声に、僕は目の前に座るおじいちゃんへと顔を向ける。

 目はずっと見開きっぱなしで、乾いて痛い。


 頬杖をつきながらおじいちゃんは僕を見て笑っていた。

 でも、その笑顔にさっきまでの親しみやすさは感じなかった。


「っえっ?えっ!?なんで……っ!?」


 突然、身体が勝手に震えた。

 腰が抜けるように力が入らなくなって……


 ――じわ、と嫌な音がした。


「っ!?」


 股に感じる不快感。子供の頃にしか体験したことのない懐かしい感覚に、僕の頭は混乱した。

 だって、どうして、いきなり、体は子供だとしても、中身の僕はもう高校生だ。


「ああ……漏らしちゃって恥ずかしいの?ハハッ、可愛いねぇ。大丈夫、普通の反応だよ。初対面で正気を保てる人間なんていないからねぇ」


「あ、あなたは……っほ、ほんとうに」


 声が震えて上手く言葉が出てこない。

 それよりも、ぐっしょり濡れた下半身の不快感に吐き気が込み上げた。


「はじめまして?と、言うべきかな。私は、サタン。キミの後ろにいる悪魔の上司って言えばいいのかなぁ」

「誰が上司やねん。お前はただの、老害や」

「え~?酷い言われようだなぁ」


 放課後の悪魔の言葉を気にした様子もなく、サタンは笑いながら紅茶に角砂糖を三つ、ボチャボチャと落とした。白いテーブルがさらに茶色に汚れていく。


 それを見て放課後の悪魔が苛立ったように舌打ちをする。


「チッ、そういうとこも嫌いやねん。悪魔の頂点に立つんやったら、もうちょっとお手本になるようなテーブルマナー身につけといたほうがええんとちゃうか?」


「テーブルマナーって私嫌いなんだよねぇ。食べ方なんて自由でいいじゃないか、生まれも育ちも違う生き物が生きる世界にルールなんてものを作る方が馬鹿げている」


 僕を間に挟んで悪魔たちは会話を続けていく。

 第三者である僕が聞いても、放課後の悪魔がサタンを苦手なことはなんとなくわかった。


「それで?なんでこんなことした?」

「なんか面白そうなことしてるから来ちゃった☆」

「アンタと契約なんてしようもんなら、コイツは死んだ瞬間に、地獄の下層行き決定やで。転生すらできんのや」

「ずいぶんとお気に入りなんだね、その人間が」

「当たり前やろ、ここまで悪魔に堕ちない人間も珍しいからな、見てておもろい。だからな……」



 ――邪魔すんなや。



「っ!」



 初めて聞く低い声に鼓膜と心臓を震えた。放課後の悪魔は僕の後ろに立って動こうとしない。

 守ってくれているのか?いや、コイツに限ってそれは無い。


「あ、あのっ、他の人、孝志や、冬美は、どこにいるの?みんな、寝てるんだよね?」


 なるべく目の前のサタンから目を離して後ろにいる放課後の悪魔に聞こえるように大きな声を出した。

 

 漏らしたのは恥ずかしいし、サタンは怖い。

 でも、サタンがいる空間で他のみんなどうなっているのか、気になった。


 少しの沈黙の後、後ろからはぁと長いため息が聞こえてくる。


「寝てるのは、お前だけや」


「えっ?僕だけって、どういう」


「ここは夢の中。お前、現実世界では一週間以上寝てんだよ」


「!?ぼ、ぼくが、ぼくだけが、寝てる?夢のなか?」


 放課後の悪魔の言葉に僕は衝撃を受けた。

 けど、心の中ですぐに否定した。


 これは感覚でしかないけど、ここは『夢』だという感覚がない。

 夢なら、夢とわかる時があるから。


「あ、悪魔にはわかんないと思うけど。夢は夢だってわかるよ、それが現実に近くても……ここは」


 僕は言いながら周りを見回した。見慣れたティールーム。

 さっきまでいた場所も毎日朝食を食べている食堂だった。


「ゆ、夢の中なんて、思えない」


 まだ、別の似たような場所に転生していると言われた方が、納得できる。


「俺はまだシェアハウスに『4階』なんて作ってないで」


「へ?」


 後ろから聞こえた言葉に僕は咄嗟に後ろを振り向いた。


 僕を見下ろす悪魔の瞳はどこまでも冷たくて、そこにいつも人を食ったような馬鹿にした表情はなかった。


「4階なんてどこの記憶や?」


「えっ、記憶って……あ、あれ?」


 言われて気づいた。僕が寝る前の記憶……メイドと契約した後だと考えたら、あのシェアハウスには3階までしか作られていない。


 僕は――いつから4階があると思っていた?


(でも、僕は迷うことなくここに来た。それは、僕がこの場所に『何度も』来てるってことだ)


「っぼ、ぼくに、何をしたんですか?」


 自分の腕を片手で強く掴んで、震える体を押さえつけた。

 こうでもしてないと、内に秘めた色んな感情が口から出てしまうと思ったんだ。


 僕の質問にサタンはニヤリと口角を上げて「待ってました」と言わんばかりに楽しそうに笑った。


「よくぞ聞いてくれた誠くん!放課後の悪魔くんが、なんだかすごく楽しそうなゲームをしているから。私も同じようにゲームしようと思ってね!」


「げ、げーむって」


 ガチガチと歯が震えた。この先を聞きたいのに、僕の脳が知ることを拒絶している。

 身じろぐたびに、濡れた下半身が嫌な音を立てて気持ち悪い。


「あぁ、でも説明役に適任なのは私じゃあないんだよ。ねぇ、放課後の悪魔くん」


 サタンは顔の前で手を組むと、鋭い眼光を僕の後ろにいる悪魔へと向けた。


「チッ……俺に説明させるのかよ」


「うん。だって、キミ、ここに来るまで『見てる』だろう?私が、負けてることも知ってるはずだ」


「ま、負けてる?」


 どうしよう。二人の話にまったくついて行けない。

 僕は知らない間に、サタンとのゲームに勝っていたらしい。


「俺が性格悪いって思うのは、本当、お前だけだぞクソジジイ」


 ――べしっ。


「いたぁっ!?」


 放課後の悪魔は僕の頭を無言で叩いた。

 何をするんだ、親にも叩かれたことないのに。


「まぁ、ええわ。このアホも勝ったなんて喜んどるみたいやし、いっぺん吐くほどの現実見せたるか」


「えっ、別に、僕は喜んでなんてっ」


 叩かれた場所をさすりながら、後ろを向けば、がしっと両手で頭を掴まれた。


「お前見つけるのに一か月かかったんやぞ。何回死んだと思っとんねん、俺の苦労を知ってもらおうか、誠く~ん」


「えっ、死んだって、一か月って、どういう――!?」


 突然、僕の脳裏に知らない映像が一気に流れ込んできた。

 言葉なんて続けることはできなかった――。



◇◇◇



 最初は、サタンと出合い頭に――首を切られた。


『うーん、それじゃあつまらないねぇ。はい、『巻き戻し』」


 次も同じ場所、ベッドの中からはじまった。

 食堂に行ったらサタンがいて、今度は体をバラバラにされた。


『次は意識がある状態でやろうか!』


 次も、その次も、またその次も、僕は同じ場所で目覚めて、いろんな方法でサタンに殺された。


『あれ?もうアイツ追いついてきちゃったのかぁ~。そうだなぁ、どうしようかなぁ~』


 百回を超えたあたりで、サタンが震える僕の手にナイフを持たせた。


『ゲームをしよう!キミをこれから色んな方法で殺して、尊厳なんて壊して、沢山追い詰めてあげるよ。辛くて、死にたくなったらそのナイフで自害するといい。自害したらキミの『負け』自害に逃げずに、死を受け入れ続けたら――』


キミの勝ちだ。



【ザザーッッ】


 サタンの満面の笑顔に砂嵐のようなノイズが走って、画面が切り替わる。


『あー……間に合わんかったか』



 聞き覚えのある関西弁と同時に見えたのは、瞳孔を開いて血の海に捨てられた僕の生首だった。

 

 あぁ、そうか。これは僕の記憶じゃなくて――


 僕の死体から放課後の悪魔が読み取った時の映像なんだ。


 画面にノイズとは違う黒い画面が2回映る。

 たぶん、放課後の悪魔が瞬きでもしたのだろう。


『はぁ、めんどうやけど。もっかい、『巻き戻し』や』



【ザザーッッ】



その言葉と同時にまた画面にノイズが走った――。



◇◇◇



「うっ……っう゛ぇ゛っ」



 見せられた壮絶で、残酷な映像に込み上げる吐き気に逆らうことなんてできなくて、僕はその場で吐いた。


 空っぽの胃には紅茶しか入ってない。

 色の薄い茶色の水が唾液と共に流れ落ちる。


「あはははっ!最高の反応だよ!ゲームも最高だったけど、なによりも誠くんの反応や悲鳴、抗う声が最高だったんだよねぇ」


 パンパンッとサタンは楽しそうに拍手をする。放課後の悪魔は「おーおー、吐け吐け」と言いながらえずく僕の背中を強くさすっていた。


(っそうか、だから。僕の体は、アイツに近づくことを拒絶していたんだ)


 サタンが転んだ時、僕の頭は助けに行こうとしたのに、体は動こうとしなかった。

 それだけじゃない、その後も初対面のはずなのに僕はずっと怯えていた。


 記憶は無くても、何度も切り刻まれて、血を流した体だけは覚えていたんだ。


「それにしてもあの状況で、よく自害選ばんかったなぁ。意外やったわ。すごいで誠くん!」


「はぁ……っは……す、すごい?」


 すごいと言われても困る。

 

 だって、僕には殺された記憶も、死の寸前に自分がどんな選択をしたのか覚えていないから。


 映像を見た今だって、殺されたという実感がない。

 あれがすべて質の悪いフェイク映像と言われた方が納得できる。


「そや。お前が耐え続けたから、サタンはゲームに飽きたし、俺も間に合った」


「あ、飽きた?」


「ループで一番安全な状態とちゃうねん。サタンが誠くんになんもして来ないのは、飽きたから。ただ、それだけやねん」


「っ!?ぼ、僕が勝ったからじゃないの?」


 情報を処理しきれなくて、霞んでしまいそうな意識の中、脳裏に過ぎるのは、数分前のサタンの言葉だった。


『テーブルマナーって私嫌いなんだよねぇ。食べ方なんて自由でいいじゃないか、生まれも育ちも違う生き物が生きる世界にルールなんてものを作る方が馬鹿げている』



「守るつもり、すら、なかったのかっ……!?なんなんだよ!?お前は、何がしたかったんだよ!?」


 言いようのない不快感と怒りを混ぜたような怒号が腹から出た。

 だって、こんな理不尽なこと許せない。


 よく考えてみたら、このルールはどちらも僕が死ぬことには変わりない。

 生きるという選択肢が最初から用意されてないんだ。


「暇つぶし」


「は?」


 その言葉を聞いた瞬間、感じたのは怒りよりも虚無感だった。


 きっとコイツは、僕が怒鳴っても、泣いても、なんで怒っているのかとか……人の感情を理解できない生き物なのかもしれないと思った。


「っあのさ」


 僕はなんのためにゲームに巻き込まれた?

 僕の了承も取らずに勝手にはじめられたゲームで何回殺された?


 僕が、あんな目に遭う理由があったのか?

 いや、違う、答えは目の前の、悪魔の王が言っていた――


 『暇つぶし』


 ふ ざ け ん な !



「もう一回、僕にさっきの映像見せてよ!!」


「は、はぁ!?誠くん、本気で言っとんのか?」


 僕の言葉に放課後の悪魔が珍しく本気で驚いたような表情を浮かべる。

 逆にサタンは目を輝かせて体を前のめりにして僕を見た。


「僕は、一番僕のことを知っている。だから、記憶が無くても……僕が、なにを質問したのかある程度は予測できる」


「へぇ、面白いね!じゃあ、答えてよ。キミが私に何を言ったのか」


 刃のように鋭く赤い瞳が静かに僕を見据える。

 僕は逃げてしまいそうになる目線を真っ直ぐサタンに向けた。


「僕なら、参加しても得をしない理不尽なゲームには絶対参加しない。貴方に……いや、お前に絶対聞いてるはずだ……」


『このゲームに勝って僕が得をすることがあるの?』って――。


「面白い答えだね。続けて?」


「っさっき見た映像が現実なら……」


 悪魔と過ごして僕は一つだけわかったことがある。

 

 悪魔は何よりも自分が楽しいことを優先する。

 そして、その楽しいことには自らを危機に晒すことも含まれているんだ。


 シェアハウスから出るルールがまさしくそれだ。

 自分だけが楽しいゲームほど、コイツ等は嫌いなんだ。


「お前は、僕に、死んでも手に入れたい景品を提示したんだ。そうじゃなきゃ、僕はこんな、お前の快楽を満たすだけのゲームに絶対参加なんてするもんか!」


 僕は勢いよく立ち上がると、後ろを振り返った。

 そこには呆気にとられたような表情で僕を見下ろす放課後の悪魔がいた。


「予測は予測でしかない。だから、僕は映像を見て、実際に僕がお前に何を言ったのか……確認してくるんだ」

「誠クン、本気で言ってるんか?お前、何回ループしたと思ってんねん」

「えっ、まさか僕のこと心配してるの?え……気持ち悪い」

「失礼すぎん?」

「時間ないから、早くしてよ」

「はぁ、覚悟ガンギマリすぎやろ。なにがあったん?ま、ええけど、吐いてもおじさん知らんからな」


 放課後の悪魔は大きくため息を吐くとガリガリと後頭部をかいた。

 そして、ゆっくりと僕の頭に両手を伸ばす。


「っ……」


 足が震えた。本当は逃げ出してしまいたかった。

 近づいてくる悪魔の手がスローモーションのように見える。


 僕は覚悟を決めてギュッと瞼を強く閉じた時だった――


「あはははっ!!キミ、本当におもしろいね!」


 室内にサタンの笑い声が響いた。


 驚いて振り向く僕の背後でボソッと「お前、気に入られたみたいやな」という放課後の悪魔の声が聞こえる。全然嬉しくない。


「ははっ正解だよ!あぁ、大丈夫過去の映像なんて見なくても、キミがさっき言ったのであってるよ。いやぁ、それにしても一語一句間違えないで言えるのはたいしたもんだねぇ!」


 面白い!そう言ってサタンはパチパチと両手を叩いて楽しそうに笑う。

 その姿を見て、僕の体から一気に力が抜けてその場に座り込んでしまった。


「っよ、よかったぁ。あ、あってたんだ」


 安堵と同時に吐き出した声は震えていた。


「おじさんも興味あるなぁ、誠クンはあのジジイになにをおねだりしたん?」


 放課後の悪魔はしゃがみ込み、僕の顔をニヤニヤしながら覗き込んできた。


「おねだりって、気持ち悪い言い方するなよ」


 なにを願ったのかって?それは流石に予想できない。

 たぶん、かなり限界の状態で交わしたことは間違いないと思う。


 こればかりはその状況になってみなければわからなかった。


「私もそこまで悪魔じゃないからね、放課後の悪魔くんのゲームを崩壊させるようなご褒美は用意してないよ?」


 いつの間に持ってきたのか、サタンの手元にはショートケーキの乗った皿が置かれていた。

 サタンは小さなフォークでケーキを二つに切ると、パクっと口に入れる。


「それに、騙してもいないし、嘘もついてない」


「えっ、どういうことですか?」


「私はさっき景品を渡す途中だったんだ。それを邪魔したのは、他でもない放課後の悪魔くんだ」


「あ?」


 サタンは生クリームの着いたフォークを僕の隣に立つ放課後の悪魔へと向ける。

 フォークを向けられた放課後の悪魔のこめかみには青筋が浮き出ている。


「渡す途中だったって、なにを」


「対価はいらないと、言ったものだよ」


「対価って……えっ、まさか……っ」


 サタンの言葉に僕は少し前の会話を思い出した――


『私は虫を操ることが出来るんだ。もちろんこの世界以外もね。現実世界のキミの家族が今どうなっているのか、虫の目を通してどこからでも見ることができるよ?』


『あ、でも安心して!キミにはついさっき迷惑かけちゃったから、対価はいらないよ?』


(ゲームを崩壊させないってことは、脱出以外のことだ……)


「……家族?」


 僕は、家族のことを望んだのか?



 自分に言い聞かせるように、情報を整理するために、僕は考えていることを口に出した。

 殺されても欲しいと願ったのは……


「家族の情報……?」


「正解!!」


「あと、放課後の悪魔くんは不正解でーす!」


「あ゛?」


「私は飽きたからゲームをやめたんじゃない。小林誠のこれからの『選択』を見届けたいと思ったから、キミ相手に手加減してあげたんだよ?」


 そう言ってサタンは最後の一口をゆっくり咀嚼すると、持っていたフォークを目線の高さまで持ち上げて、落とした。


 ――ガシャン!その音が鳴り響いた時、空間に白い亀裂が入って粉々に砕けた。


「っな!?」


 四階という架空の場所は、一瞬にしてなにも無い【白い部屋】に変わっていた。


「ほ、本当に……4階なんて、なかったんだ」


 口をポカンと開けながら辺りを見渡していると、白い空間にカツンという音が響いた。

 音の方向に振り向くと、そこには白い空間の中に、杖を持って立つサタンがいた。


 僕の隣にいる放課後の悪魔も、僕と同じようにサタンを見ている。


「少し、面白い例え話をしようか」


「たとえ話?」


「愛とは【金】なんだ。キミは、そうだね、宝くじを当てた人間なんだよ。家族に愛される者は案外少ない。キミは何もしなくても愛が与えられる。幸せ者だねぇ」


「宝くじって」


「でも、キミの友達はそうじゃない。そうだねぇ、生活困窮者とでもいおうか。彼らは自らが行動して、他人の機嫌を取らなければ愛がもらえない。つまり、他人のために働いて愛想をふりまいていくことでしか愛を得ることができないんだよ」


「っそれは、誰のことを言ってるの?」


「誰って、誰でもないよ。世界の当たり前にある不幸な人間たちの話だ。

 そして、成長してもそれは変わらない。求める愛に、金がプラスされるだけさ。だから――」


 キミと彼らの思考が合うことなど一生無いんだよ。


「っ!そんなこと、ない。確かに、僕は他の人と比べたら、家族に恵まれているかもしれない、でも……」


 その後に続く言葉が上手く見つけられなかった。

 それでも、もし、この例え話が僕の友達のことを言ってるなら……


「愛がお金なら、家族から沢山貰ってる僕は大金持ちだ。でも、沢山お金があっても、そこに孝志や冬美、五十嵐くんがいなかったら、ちっとも楽しくないよ。笑えない」


 世の中お金だなんてよく言うけど、僕は、お金以上に大切なものを知っている。


「いつ当たるかわからない宝くじを、僕の大切な人たちが待っているなら。僕は、その手を引いて、僕の持ってるお金を分けてあげるんだ」


 お金であの学生時代の楽しい時間を買うことなんてできない。


「ほぉ、わける?どうやって?」


 僕の答えが気に入ったのか、サタンはゆっくりと目を細めると異様に優しい表情を僕へと向ける。


「見えないお金は言葉と行動で伝えるしかないよ。だから、一緒に美味しいものを食べに行って、みんなで旅行に行って、楽しい思い出を作っていくんだ」


「綺麗事だね。それがこの先本当に実現できるとでも?」


 僕の言葉を聞いてサタンが呆れたように鼻で笑う。

 綺麗事を言ってることなんて、僕が一番わかってる。


「できるよ。だって、お前たちが言ったんだよ。『人間は可能性の塊』だって」


「あらら、痛いとこ突いてくるやん」


 僕の隣で放課後の悪魔が楽しそうにははっと笑った。

 そうだ、僕は今でもハッキリ覚えている、僕の隣にいた悪魔が言っていた言葉を――


『その通りやで?人間はな、神さんが作った異様な存在。悪魔でも予測できない可能性を秘めてるんや』


「僕のことを馬鹿にするってことは、お前たちの言った『人間の可能性』を否定するってことだ。綺麗事ばかりで可能性のない人間相手に、万能で強くて最強の悪魔は時間と能力使って無駄なことしてるのか?」


「……」


 初めてサタンが僕に言葉を返さなかった。

 握りしめている手が痛い、心臓の鼓動が早くて、うまく呼吸が出来ない。


 論破したつもりはない。

 

 僕の答えはサタンが言うように綺麗事ばかりで、大人が聞いたら笑われてしまうような内容だから。


「すごいね。悪魔のことを理解していながら、悪魔に絆されそうになりながらも、キミはあくまで私たちを『悪魔』としか見ていない。なるほど……なかなか、珍しい人間だ。チッ、あのまま騙して契約すればよかったな」


「っ!ぜ、絶対サタンとなんて契約しないからな!?」


 サタンの呟くような言葉に僕はすぐに反応した。


「お前と契約するくらいなら放課後の悪魔と契約したほうがまだマシだ!」


「ドキッ、誠くん。そんなにおじさんのこと好きなん?」


「……」


「本気で引かんといてくれる?ま、ええわ」


 ――トンっと、放課後の悪魔に背中を押された。


「わわっ、いきなり何するんだよ!?」


「家族の様子見に行くんやろ?」


「え?」


 放課後の悪魔の言葉に僕は体勢を立て直して、ゆっくり顔を上げた。

 僕の目の前に大きな手が差し出される。


「さ、手を握って。もう私の使い魔は君の家族のすぐ近くにいるよ。もう殺したりしないさ、悪魔は約束を守る。契約は絶対だからね」


「っ……契約、破った時のペナルティー考えとくべきだったな」


「ははっ、キミはつくづく面白いね。久しぶりに面白いと思える人間に出会えて、私も気分がいいよ」


 僕は少し震える手でサタンの手を強く握った――







『異世界でも、どこにいてもいい。元気に笑って生きてくれるだけでいいの……お願いだから……死ぬことだけは、選ばないで――』





◇◇◇



「っは!……っはぁ……、ここは……」



 揺れる視界に映ったのは、最近見慣れてしまった天蓋ベッドの天井だった。


 静かに体を起こして周りを見た。照明は消えているけど、窓から差し込む月の光である程度部屋になにがあるのか見えた。


「えっ、孝志?冬美っ……五十嵐くん、も……なんで」


 ベッドの周りで、僕の友達が薄いシーツを体にかけて眠っていた。

 みんな、部屋にも帰らずに僕が起きるのを待ってくれたんだ。


「……っ」


 シーツを強く握りしめて、溢れ出しそうな涙と嗚咽を抑えた。

 窓から差し込む光に照らされた手の甲に細長い管のようなものが見える。


 それを目で追っていくと、そこには病院でよく見る心拍数が表示されている機械があった。


 視界の端で、誰かが起き上がる気配がした。

 その気配はゆっくりと僕の方へと近づいてくる。


「……まもる?……よかった。戻ってこれたんだな」


「っ五十嵐、くんっ……」



 月明かりに照らされた五十嵐くんの目の下には濃い隈が出来ていた。

 もしかしたら、今床で眠っている二人も同じような状態なのかもしれない。


 僕の心に温かな、言葉にできない感情が広がった。

 もう、涙を抑えることなんてできなかった。


「わっと、誠?どうしたんだよ、やっぱり悪魔になんかされたのか?」

 

 僕は震える小さな手を伸ばして五十嵐に抱き着いた。


「五十嵐くんっ、ごめん、ごめん……っ今だけ、今だけは、こうさせてくれっ」


 さっき見た光景が頭から離れない。


「っ会いたいっ……うぅ、家族に、みんなに会いたいよぉっ……!」


 妹、は学校に行ってなかった。

 いつ帰ってくるかわからない僕の部屋を母さんが掃除していた。



『……お兄ちゃんも、異世界に行ったのかな』


 あんなに泣きそうな、今にも壊れてしまいそうな、震えた声なんて聞きたくなかった。


『あの子の初任給でね、焼肉をね、食べに行くの』


 母さんはあの日の約束を今も覚えて、ずっと僕の帰りを待っててくれているんだ。


「ああああっ……っうあぁああああッ……!!」


「っ誠……ごめん、ごめんっ……」


 五十嵐くんが僕の体を強く抱きしめて謝罪の言葉を繰り返す。

 泣きじゃくる声に交じって僕の名前を呼ぶ声が二つ聞こえた。


 この声は、孝志と冬美だ。遠慮がちに二人の手が僕の肩を、頭を優しく撫でててくれた。


『異世界でも、どこにいてもいい。元気に笑って生きてくれるだけでいいの……お願いだから……死ぬことだけは、選ばないで――』


 最後に聞こえた母さんの祈り……


(ねぇ、僕、記憶はないけど……選ばなかったよ、家族に会いたい気持ちの方が死ぬことよりも強かったんだ)



 声が枯れて、泣き疲れて寝てしまうまで、僕は五十嵐くんの腕の中で泣き続けた――。




最後まで読んで頂きありがとうございました。


※更新遅れてしまい申し訳ございませんでした!


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