第40話『ドキドキ!悪魔と地獄のお料理クッキング(後編)』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。悪魔が嫌いなので悪魔に対して少しだけ口が悪くなる。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。誠の握るおにぎりが好き。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこにはある理由が…。悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに異質。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、【時計】の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが常軌を逸した執着と狂気がのぞく、油断できない悪魔である。
最近新しい契約者を得た。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
「わ!シェフの厨房、はじめて入ったかも!」
厨房に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは、銀色に輝く調理台と棚に整然と並んだ調理器具だった。
「へぇ、綺麗だな」
調理台に指先をすべらせながら五十嵐くんが感心したような声を出す。
「シェフは厨房の掃除は欠かさずやってたからね、本当に凄いよ。汚れ一つ無い」
僕も五十嵐くんに並んで調理台に触れた。天井に吊るされた照明がくっきりと移るほどに調理台はピカピカだ。
「おにぎりの食材は、ここに入ってんのか?」
シンさんが壁際に置かれている大きな冷蔵庫を開けて中身を確認している。冷蔵庫の隣にはパンを焼くための業務用のオーブンも置かれていて、その中の構造を五十嵐くんが興味深そうに覗いている。
「誠くん!見て、このフライパン!」
「わ!プロの料理人が使う銀のフライパンだ!」
ガスコンロのところには分厚い鉄板のフライパンが置かれており、冬美はその一つを両手で持って僕に見せてくれた。
「シェフさんって、本当にプロの料理人だったんだね~」
冬美が感心したように言えば、後ろから「プロちゃうよ」という関西弁が聞こえてくる。
「シェフのは趣味の延長みたいなもんやで?悪魔は死ぬことも無いし、時間もたくさんあるからな」
「そうなんだ。シェフってどれくらい料理してるの?」
「ん~?100年くらいちゃう?」
「ひゃ、100ねん!?」
(そんだけやってれば、そりゃあプロにもなるわな!)
シェフの料理歴に僕は驚きすぎて心の声まで関西弁になった。
隣にいる冬美も目を見開き驚いている。
「おーい。お前ら、無駄話してんなよ。早く作ろうぜ、俺もまだ仕事残ってんだよ」
調理台に食材を並べたシンさんが呆れたような目を僕たちに向けている。その隣には五十嵐くんが片腕をまくってスタンバイしていた。
「あっ、ごめん。今行くよ!」
厨房は広いとはいえ、人が密集しすぎるのはよくない。
『朝食担当』は、僕の独断で決めさせてもらった。
おにぎりを握ったことのある僕とシンさん。
補助役希望の片腕しか使えない五十嵐くん
放課後の悪魔と清掃の悪魔は、どちらがマシか考えた結果――
「この具材、全部入れたら面白いんやない?」
放課後の悪魔を選んだ。
清掃の悪魔はおにぎりにとんでもないものを入れそうなので除外。
メイドは配膳係なので、朝食会場で待機してもらっている。
厨房には調理役の他に『見学人』として特別に冬美が入っている。
(本当は、冬美には出来上がるまでメイドと一緒に待っててって言ったんだけど……)
「やだ!私、誠くんがおにぎり作るとこ見たい!」
……と、言ってきかなかったので、少し離れた位置で見学させている。
炊飯器を開けるだけなのに冬美は、その姿をキラキラした瞳で時折背伸びをしながら、ニコニコと楽しそうに見ている。
(う~、き、緊張して、上手く握れなかったらどうしよう)
不安のまま、僕はバイキングでよく見る大きな釜の蓋を開けた。
「わっ!めっちゃ旨そう!!」
流石、シェフが拘り厳選した米だ。
素人目から見ても、米が一粒一粒ツヤツヤ光って美味しそうだった。米の匂いを嗅いだだけで、お腹が減ってしまう。さっきまでの不安なんて、米の匂いで吹き飛んでしまった。
「これくらいかな?……って重い!し、シンさん~!運ぶの手伝ってください」
「ははっ!おう、任せておけ」
大きなボウルに米を入れたはいいけど、人数分の米を入れたら、持ち上げられないほど重くなってしまった。
「よっこらしょっと」
助太刀に来てくれたシンさんは親父臭いセリフを言いながら、アツアツのお米が入ったボウルを素手で持ち上げた。
「えっ!?し、シンさん熱くないの?」
「ん?なにがだ?」
「ボ、ボウルだよ。僕、熱くて持てないと思ってフキン濡らして持ってこようって思ったのに」
「フキン~?んなもん、熱いうちに入らねぇよ。地獄の方が熱いからな」
「いや、地獄の温度知らんし」
「調理台に運べばいいのか?」
「あ、うん。お願いします」
「了解」
「あ、それが終わったらもう一つのボウルに水入れるから、それもお願いできる?」
「おう、わかった。今行くわ」
(シンさんって、本当に頼りになるよな)
そう、シンさんはたまに見せる悪魔らしさを除けば、本当に気のいいおじさんで話しやすい。……それは、他の悪魔も同じだった。
「五十嵐クンは、中に入れる具材何にするん?」
「俺か?タラコにしようかな」
「お!タラコええね。美味いよなぁ」
「アンタは?」
「え?ウニ」
「難易度高くねぇか」
「そう言いながら、五十嵐クンも『キャビア』持ってるやん」
「海苔の代わりになるかなって」
「えっ斬新すぎん??」
(いや、なんで普通に会話してるんだよ)
さっきまでシェフに対して敵意むき出しだった五十嵐くんは放課後の悪魔と雑談しながら、中に入れる具材を右手に取っていた。
(放課後の悪魔も……こう言ったらアレだけど…)
「なんで悪魔なんだろ。悪魔じゃなければ……」
(友達になりたいタイプの人間だった)
ボウルに水を溜めながら、小さく呟くように言った。
「いやいやっ、何言ってんだよ!」
(悪魔となんか、友達になれない)
馬鹿な考えを吹き飛ばすように首を振れば、ボウルを受け取りに来たシンさんに笑われてしまった。
「持ってくぜ」
「お、お願いします」
重すぎて持ち上げることもできないから、僕は体を避けてシンさんをシンクに通した。シンさんは水のたっぷり入ったボウルを軽々と持ち上げると調理台へと持っていく。
「シンさん凄い!力持ち!!」と遠くの方で冬美が感動した声を出すと、シンさんは「ありがとなー」と笑顔を向けていた。
(僕にもっと力があれば、冬美からの声援は僕に向けられていたはずなのにっ)
「ち、力が欲しい……っ!」
僕の嘆くような声に五十嵐くんが「また言い出したよコイツ」と言ったような表情で僕に冷たい目を向けていた。
◇◇◇
調理する場所が違うだけで、ここまで緊張するのか。
目の前に見える光景が三ツ星レストランレベルの厨房のようで、さっきから緊張に足の震えが止まらない。
「誠くん!がんばれ~」
僕の緊張が伝わっているのか、離れた位置で冬美が僕にエールを送ってくれる。
「はっ、そ、そうだ。僕は冬美のためにもおにぎりを握らなければいけないんだ!」
「孝志のためな。前提から間違ってんぞ」
僕の言葉に隣から、五十嵐くんの冷静な言葉が返ってくる。
その五十嵐くんはというと、さっきから綺麗に握った丸いおにぎりに真剣な表情で、右手でキャビアを塗っている。ちなみに、五十嵐くんは片腕が使えないのでこのおにぎりは僕が握った。
「いや。五十嵐くんなにやってんの?」
「ん?海苔の代わりにキャビア使ったらおもしろいかなって」
「嘘だろ!?さっきの悪魔との会話冗談じゃなかったの?」
「えっ、うん」
信じられないことに、僕が悩んでる時に聞こえた【キャビアおにぎり】は幻聴ではなかった。五十嵐くんは何度も剥がれ落ちるキャビアをすくっては「また落ちた」と文句を言いながら押し付けている。
(つくわけないだろ!え?お米の表面にノリ付いてると思ってる?)
「――で。シンさんは、何を握って、いや。……作ってるんですか?」
「え?ハニワ」
「なんて?」
当然のように返ってきた答えに口の端を引きつった。
シンさんの前には人形のような形をしたおにぎりがある。
しかも、手足付き……え?具はどこ?
「シンさん。一番最初に僕よりもすごく綺麗な三角おにぎり握ってましたよね?」
謎の手足付きおにぎりの隣には、綺麗な三角おにぎりが皿の上に置かれている。
何を、どう間違ったら三角おにぎりが、たった数分で【ハニワ】になるのか理解できない。
「なんでって……普通のおにぎり握ってもつまんねぇじゃん」
「いや、おにぎりに面白いとかないから。あと、食べ物で遊ぶな」
「え~、でもこの形。かなり食べ応えあると思わねぇか?真ん中に牛肉の甘辛炒め、手にはたくあん、足には小松菜和えが入ってるんだぜ」
「くそっ、中身の具が意外と旨そうなのが腹立つ!」
「あとは目と鼻と、服を海苔で作れば完成だ!」
「キャラ弁作りを超えてません?」
「俺は中途半端が嫌いなんだよ。何事も、仕事も遊びも完璧にやらねぇとな!」
そう言ってシンさんは大きな背を丸めて、ハサミを使ってチマチマと海苔を切り始めた。朝食の時にこのハニワが何体並ぶのか。
(でも、孝志はこういうの喜びそう)
「なぁ、なぁ、おじさんのおにぎりも見てくれん?なんかうまく三角にならへんねん」
後ろから肩を叩かれて振り返って――
見えた『黒い塊』に思考が停止する。
「……大砲?」
「え?おにぎりやけど?」
悪魔は両手に丸くて、大きくて、黒い球体を持っていた。
ごめん。……大砲にしか見えない。
「シンちゃんが握り方教えてくれたやろ?おじさん、最初は綺麗な三角握れてたんやけど……具入れたら、しらん間にこんな形になってしもた」
「…具って、何入れたの?」
僕の質問に悪魔は少し首を傾げながら、指を使って具の中身を数えた。
「まずはウニな。それからエビに、めかぶ。あぁ、あと綺麗な色入れたくて厚焼き玉子入れたわ」
(多い、もう、この時点で多すぎる!)
「玉子入れたら、中身飛び出してしもてな」
「そりゃ飛び出すよ」
「隠蔽のために米足したら、これまたいい感じに形戻ったんや。それ見たら、まだ具入れれるとちゃう?って思って足したら……まぁ」
「大砲ができたと」
「うん」
「具、減らせ。今すぐ減らせ」
「そんなっ、誠クンは鬼か!?悪魔か!?」
「いや、悪魔はそっち」
悪魔はまるで我が子をかばうかのように大砲を胸に抱きかかえた。
「おじさんの今までの隠蔽が無駄になるやないかい!」
「黙れい!あと米を足すことを隠蔽言うな!」
僕の言葉に放課後の悪魔は唇を尖らせると大砲を皿に置いて、水の張ったボウルに手を入れた。
「具材は一つでいいんだよ。アンタのは入れすぎ!」
僕は放課後の悪魔の動向に注視しながら、具材の入った透明な容器から鮭フレークを手に取って中につめた。この鮭フレークはシェフが特別に用意してくれたものだろう。
料理に拘りを持っているシェフならきっと、既に出来てるものではなく鮭を焼いたものをほぐして入れると思うから。
「え~、たくさん入ってたほうがおもろいやん」
「おにぎりに面白さを求めるなよ」
ぶつぶつ文句を言いながら悪魔は容器の中のイクラをスプーンですくって手のひらに広げたおにぎりの上にポンっと具材を置いた。それから慣れた手つきで、綺麗な三角を作ると出来たおにぎりを僕に見せてくる。
「これでええ?」
「なんでこの綺麗なおにぎりが、あの大砲になったのか理解できない」
(しかも、僕よりきれいに三角握れてるし!)
やはり悪魔は長く生きてるから手先も器用なのだろう。
「誠クン。年とっても遊び心は忘れたらアカン」
僕の心を読んだかのように、悪魔は赤い瞳を細めて口角を上げると腹の立つ笑みを向けてくる。
「あ、遊び心よりも料理は愛情ですからねぇぇぇ!!」
(そうだ。綺麗な三角を握れなくたっていい)
僕はおにぎりを一つ握り終えると、もう一つを握るためにご飯の入ったボウルに手を伸ばした
「っ熱!!」
「誠!?大丈夫か!?」
僕の声を聞いて五十嵐くんが駆け寄ってくる。
「っごめん。大丈夫、久しぶりで忘れてたよ」
おにぎりを握る前は必ず手に水をつけないと火傷をする。僕は少し赤くなった手のひらを見て、懐かしさに笑みがこぼれた。
「2人におにぎりを渡すのは週3日で……僕は母さんに何度言われても、水を付け忘れることが多くて、よく火傷してたんだ」
小学三年から始まったおにぎり作りは学年が上がることに少しずつ上達していった。四年生になる頃には、火傷をすることもなくなって、具のはみ出すことが少なくなった。
「結局、僕は……最後まで綺麗なおにぎりを握ることが出来なかったんだけど」
言いながら僕は手を水で濡らして、塩を少量手に取った。
「それでも、いつも2人が「美味しい」って言って、食べてくれるから」
しゃもじで米をすくって手に置いた。その真ん中にウニを落として米で優しく包み込んだ。
「それが、すごく嬉しかったんだ」
『美味しくなりますように』と、思いを込めて強く握った。
「よし。孝志のぶんのおにぎり完成!」
白い皿の上には丸いおにぎりが三つ並んでいる。
中身は鮭フレーク、ウニ、おかかだ。
「ははっ、本当に丸いんだな」
五十嵐くんが僕のおにぎりを優しい眼差しで見つめている。
おにぎりを握っていると自然と三人だった頃の思い出が蘇った。最初の緊張なんて無くなっていた。
「うん。これが、僕のおにぎりなんだ」
「……いいな。俺も、この頃にお前らと会いたかったな。そしたら、もっと早く助けてあげられたのに」
「五十嵐くん……」
おにぎりを見つめる彼の瞳には強い後悔の色が見えていた。もっと早く助けられたら、その助けたい対象がどちらを指しているのかはわからない。
でも――
「ダメだよ。五十嵐くんみたいな魅力的な人と先に出会ってたら僕の出る幕なんてないもん。だから、あの時が丁度よかったんだよ」
「誠……」
「五十嵐くんがいたから、僕のおにぎりを引き継ぐことが出来たんだ」
僕のおにぎりは、本当ならあの日で終わるはずだった。
まだ子供の僕は親の言うことに逆らうことなんてできない。
『あのさ、小林。俺からちょっと提案なんだけど。これから、2人の夕飯……俺が用意してもいいか?』
「五十嵐くんに、言われたとき。僕は、すごく嬉しかったんだ」
週三日のおにぎりは学年を上がるごとに、週二日から、週一日と減っていた。おにぎりを握る姿を優しく見守っていた母親の顔も、次第に険しくなっていったのを今でも覚えている。
いつか、終わりが来ることに気づいていた。
でも、二人に生きて欲しいから……見て見ぬふりをしていた。
『お前のおにぎりが…俺に繋いでくれたのかもしれないな』
(あの言葉に、僕は救われたんだ……)
僕は、海苔を巻いて完成したおにぎりを五十嵐くんに手渡した。
「ありがとう五十嵐くん。君が悪魔と契約しても、僕たちは変わらずにずっと友達だ」
「っ!ま、誠……コレ、本当に貰っていいのか?」
「うん!だって、五十嵐くんずっと食べたいって言ってたじゃん。味の保証はしないけど」
「貰うよ。食べれるなんて、思ってなかったから…」
五十嵐くんは少し震えた手でおにぎりを受け取ると右手でゆっくり口に運んだ。そして、一口食べると顔を綻ばせて、優しいほほ笑みを浮かべる。
「ん、美味いよ。すごく、美味い」
「よかった!」
「不味い」って言われたらどうしようという不安は彼のその笑顔を見て吹き飛んだ。僕も胸の奥が熱くなって、自然と笑顔がこぼれた。
「鮭フレークいいな。もっと沢山入っててもいいかも」
「孝志も具多めが好きなんだよ。孝志のは倍にしてある」
「……いいな」
おにぎりを食べ続けながら五十嵐くんは、僕へと目線を向ける。「俺にも作って欲しい」と目で語ってくるものだから、僕は呆れながらも手を水で濡らした
「もう一つ作るよ」
「本当か!」
「うん。あ、冬美のぶん今から作るけどリクエストある?」
しゃもじで米をすくいながら遠くにいる冬美に話しかける。
「鮭フレーク!あと、私もウニ!贅沢したい!!」
「ははっ、了解!」
冬美の素直すぎるリクエストに僕は笑って海苔に手を伸ばした――。
◇◇◇
「うわっ!懐かしい!!誠の丸形おにぎりだ!」
いただきます!そう言って孝志は幸せそうに僕の握ったおにぎりにかぶりついた。
孝志は対価で『味覚』を失っている。だから、隣にはシェフは腕を組んで食事を見守っていた。
「ゆっくり食べなよ。まだ風邪治ってないんだから」
「ん。悪い、美味くて……つかうめぇ、ウニうめぇ」
「孝志ならウニ食べたいと思って入れてみたよ。冬美もウニおにぎり喜んでた」
僕たちは数時間前に朝食を済ませている。あまり大人数で行くと風邪が移る可能性があるってことで、食事提供は僕一人だ。
余談だが、おにぎりを作ったメンバーの中で一番好評だったのは、シンさんの『ハニワおにぎり』だった。
(意外と食べ応えがあって、特に牛肉の甘辛炒めが美味すぎた)
僕はハニワを二体くらいは食べた。
メイドはなぜかハニワを懐に入れていたけど、シンさんが作ったものだからだろう。
――次に好評だったのは僕のおにぎりだ。
シンプル・イズ・ザ・ベストというやつで人間と悪魔含めて「美味い」と言いながら二十個以上あったおにぎりをペロリと食べてしまっていた。
誰一人手を付けなかったのが五十嵐くんのキャビアおにぎりだ。
彼は「俺が作ったから」と一人おにぎりを食べていた。
その隣では大砲にかぶりつく悪魔もいたが、二人とも目が死んでいた。
ちなみに孝志の皿の上にもハニワが鎮座している。孝志はそれを見るなり「力入れるとこ間違ってね!?」と言いながら爆笑していた。
「は~!美味かった!ごちそうさまでした!」
おにぎりとハニワと食べきった孝志は満足そうだ。
「孝志、無理しなくていいから。今は、風邪を治すことだけを考えて」
「誠……そうだな。能力のことは、明日全快したらちゃんと話すよ」
「うん。シェフも、清掃の悪魔に話すときは同席して貰ってもいい?」
僕はハニワおにぎりを死んだような目で見ているシェフに話しかける。
「あ、あぁ、構わない。だが、時間は決めろ。俺には調理の時間がある」
「なら、夕食の後がいいんじゃね?」
「いや、メイドはいつも夕飯後は冬美と入浴してそのまま就寝するから、接触する時間が無いと思うよ」
「そうか。……ん?誠、お前なんでそんな詳しいこと知ってんだよ?」
納得しかけた孝志だったが、言葉に引っかかりを感じたのか疑うような目を向けてくる。
「今日の朝食の時、僕の隣に冬美が来たんだ。それで、ご飯食べ終わったら何してるかって話になって」
「なるほどな。お前、アイツのこと好きすぎて盗聴したのかと思ったわ」
「すっ……!?ぼ、僕にそんなことできるわけないだろ!?」
顔を真っ赤に反論すれば、孝志は「ははっ」と笑った。
(風邪にしては元気過ぎないか?……本当に風邪引いてるの?)
「げほっ!わ、悪い。少し調子乗りすぎた、顔あっちぃ」
「あんまり無理しないでよ。うーん、でも、頭使うのは今の孝志にもよくないか」
「え?馬鹿って言ってる?」
「えっ、純粋に心配してる」
「ははっ、まぁ、頭良くねぇのは事実だしな!」
「五十嵐くんとは違った感じの清々しさだ」
僕は孝志から皿を受け取ると、ついでにシェフの皿も回収した。
(あ、ハニワおにぎり。ちゃんと食べたんだ)
「じゃあ、今日はもう帰るね」
「うん。おやすみ、誠」
「おやすみ、孝志」
僕はベッドに腰掛ける孝志に手を振ると部屋を出て行った。そして、そのまま階段を下りて無人の食堂まで歩いていく。
数時間前まで騒がしかった厨房は静かだった。
「アイツ等、食べ終わった食器洗ってないじゃん…!」
シンクには米粒と海苔のついた汚れた皿とコップが置かれていた。僕は溜息をつきながらスポンジを手に取ると泡を立てて、食器を洗う。
洗いながら考えるのは、風邪を引く前の孝志の様子だった。
「暗い顔、してたな」
シェフの詳しい能力は知っている。でも、能力を使用した際の契約者の感覚は僕にはわからない。
(疲れたって言ってた。それほどまで、悪魔の能力は体力が削られるものなのか?)
本当は、すぐにでもメイドの能力のことを聞きたい
(でも、孝志が体調を崩した原因が、あの日にあるなら……)
「僕の、せいだ」
静かな厨房に、僕の後悔の声が響く……。
(孝志に、これ以上の無理はさせたくない)
あの日、戻ってきた孝志の顔を見た時に……僕の脳裏には、契約の瞬間がフラッシュバックしていた。
(孝志は気にするなって言うけど、無理だ……これは、僕の罪だからっ)
メイドの能力が奪えたとしても、それはぐちゃぐちゃに絡まった紐を直すようなもので、放課後の悪魔を倒せる強い悪魔を探し出すためではない。
(でも、これからのことを考えると、契約の際に『間違った能力・対価』を言われてしまうのは困る)
「僕たちが、今してることは正しいことなのか?答えに近づいているのかな……」
僕は洗い終わった食器の水気をタオルでふき取ると戸棚に戻した。
「まだ、孝志を、苦しめるのか?」
僕の苦し気な表情が綺麗に拭かれた調理台にくっきりと映っている。僕は拳をぎゅっと強く握りしめると、前を見据えた。
「次は、絶対に僕が……契約するんだ」
孝志が無理をしないように、一人で苦しまないように――
「鍵の悪魔と、契約するのは。僕だ!!」
僕は決意を新たに、厨房に背を向けて食堂を出て行った。……。
最後まで読んで頂きありがとうございました!




