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悪魔のシェアハウス  作者: ユキマル02
【シェアハウス編】

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第29話『鍵の悪魔』☆

【登場人物】


まもる:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。


冬美ふゆみ:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。


孝志たかし:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。


五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。

悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。



【登場する悪魔たち】


放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。


宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。

名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。


シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?


清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』

軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。

誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。


メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。

冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。


整備士シンさん

部屋の整備や修理を担当する悪魔。

無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。


「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔 。

普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが

常軌を逸した執着と狂気がのぞく。

油断できない悪魔である。




(以降、悪魔たちは順次追加予定)




















「記憶の部屋に鍵がかかって入れない?そりゃあ、そうだろ。記憶の部屋に関しちゃ、悪魔は関わってねぇ」


 シンさんはあっさり見つかった。三階の壁紙を新しく塗り変えている最中だった。


(この人も油断できない相手なんだよな)


 僕はシンさんの人柄に騙されて危うく契約させられるところだった。三階に戻るまでに一応、五十嵐くんたちにはそのことは話して「シンさんには油断しちゃダメだ」と注意している。


「関わってないって、どういうことなんですか?」


「その部屋だけは『悪魔の管轄外』だ」


 作業の手を止めないまま、シンさんが淡々と答える。どうやら新しい壁の色は白と緑色のストライプ柄のようだ。


 シェフも時も思ったけど、ここにいる悪魔は基本的に魔力を使わない。壁を塗る作業なんて魔力を使ってしまえば、あっという間に終わると思うのに。


 それこそ、まるで人間のように……コイツらは、手間のかかる方を選んでやっている。


「管轄外って」


「記憶の部屋は、五十嵐様の管轄だ」


「は?……俺?」


 突然名前を出されたことに五十嵐くんが驚き目を見開いた。


「鍵がかかっているのは、五十嵐様が見られることを『拒絶』しているからだ」


「つまり、鍵は……俺がかけた?」


「あぁ、普通のやつじゃあできねぇよ」


 シンさんはそこで言葉を切って、目線だけを五十嵐くんへと向ける。


「五十嵐様が、特別だからできることだ」


「特別って……俺は、別に見られて困る過去なんてねぇんだけど」


 珍しく困った表情を浮かべながらも、五十嵐くんは目の前にある扉を見上げた。


「そりゃあ、表のアンタが、思ってるだけだよ」


「表……」


 シンさんの言葉を聞いて、彼の目線は再びシンさんへと向けられる。逆にシンさんの方は五十嵐くんの方を見ていなかった。


「あの、記憶の部屋って五十嵐くんの記憶だけがあるんですか?」


 僕の隣にいた冬美が一歩進んでシンさんに尋ねる。食堂ではサンドイッチの具材で意気投合していた二人だけど、僕の忠告を聞いたせいなのか、冬美はシンさんを警戒しているようだった。


「ん?あぁ、そうじゃねぇかな?あー、いや……中身を見てねぇから、断言はできねぇわ」


「悪いな」そう言ってシンさんは刷毛を緑色のバケツに入れて、壁に縦に貼られたテープからはみ出さないように、丁寧に塗った。


「じゃあ、俺なら開けられるってことか?」


「いや、残念だけど五十嵐様はその扉を開けられねぇよ」


「は?なんでだよ」


 シンさんの言葉に五十嵐くんが怪訝な表情を浮かべる。


「扉に鍵をかけたのは俺なんだろ?それなのに自分じゃ開けられないってのは矛盾してねぇか?」


「人間の『無意識』ほど怖いもんはねぇからな」


 言いながらシンさんは作業の手を止める。今まで感じなかった塗料のキツイ香りが鼻をツンっと刺激した。


「アンタはこの扉を無意識に作った。つまり、本人の意思がなく作られたものは、本人には開けられない。なんせ、作るつもりも、作られたことも知らねぇからな」


「無意識か。……なるほど、確かにそうだな」


「えっ、納得しちゃうの?」


 正直言って、僕は二人の会話の展開についていけてなかった。今の会話で、どうして五十嵐くんが納得できたのか、僕にはわからない。


 冬美も同じようで困った顔で五十嵐くんを見上げている。僕たちの様子に気づいた五十嵐くんが後ろを振り返る。真剣な表情を浮かべたまま五十嵐くんが「誠……」と僕の名前を呼んだ。


性的嗜好(せいてきしこう)ってわかるか?」


「えっ、わかんない」


「あぁ、そうか最近は違う方の意味が広がってるのか……そうだな、本来の正しい使い方ではないけど『性癖』って言えばわかるか?」


「せ、せいへき。えっ……」


(い、いきなり冬美の前で何を話すんだよ!?『性癖』って、今その話必要かな!?)


 僕は、隣にいる冬美をなるべく見ないようにしながら、しどろもどろになりながら答える。


「ど、ドエスとか?ドエム、とか、ですかね?」


 クラスの男子が水着の女の人が写った雑誌を見ている時間、友達のためにおにぎりを握っていた僕が知ってる知識なんて、それくらいだ。


 過激な漫画は苦手で避けてきたから、もっと他にも種類があるかもしれないけど、この程度の知識が僕の限界だ。


「そう。それだよ、でもさ、意外と自分の性癖って自覚してねぇやつが多い。つーか、自覚してる人間の方が珍しい」


「へぇ、そ、そうなんだ?あの……今の話、鍵と関係あるの?」


 正直って好きな子の前で性癖の話なんてしたくない。僕は心の中で「早く終わってくれ!」と願った。


「ある。人間の無意識で一番わかりやすいのは、性癖なんだよ」


 僕の願いなど知らないとばかりに、五十嵐くんが話を続ける。性癖という単語に過剰反応している僕の方がオカシイみたいな雰囲気すら感じる。


 さっきから隣の様子が気になって仕方がないのに、見る勇気はなかった。


「俺のもそれに近いんだと思う。自分が普通だと思ってても――心は違うんだ……俺は無意識に、自分の過去は見せられないものだと思ってる」


「じゃあ、本当に五十嵐くんにも開けられないの?でも、それじゃあ、この部屋が存在している意味がわからないよ」


「ん?いや、開けられるやついるけど?」


「は?」


「へ?」


 全ての壁を塗り終えたのか、シンさんが工具箱の中に道具をしまいながら、なんでもないように、当たり前のように言った。


 三人が一斉にシンさんの方を見る。五十嵐くんはちょっとキレていた。


「おい、おっさん。紛らわしい言い方してんなよ。いるなら最初から言え」


「ははっ、悪い悪い!まー、そう怒りなさんなって」


「あの、シンさん。開けられるやつって誰なんですか?」


 僕の質問にシンさんは扉を見上げた。



「この扉を開けられるのは、ただ一人……通れない扉、閉ざされた心、記憶、感情の封印を解除できる――『鍵の悪魔』だ」


「!鍵の悪魔……」


「えっ、待ってよシンさん。どうして、わかるんですか?」


 僕はシンさんの言葉に驚きよりも先に疑問を抱いた。緊張しながらもシンさんを見上げて言葉を続ける。


「悪魔はお互いの能力を知らないはずですよね?」


 それなのにどうして『鍵の悪魔』という具体的な情報を出すことができるのか。


「お?なんだ、ソレ知ってんのか、シェフから聞いたのか?」


「えっ、それは」


「おいおい。俺に嘘が通用しねぇこと、もう忘れたか?」


「っ!」


 そうだった。忘れてた、シンさんの前では――誰も嘘をつくことができない。


「嘘が付けない?」


 シンさんの言葉に五十嵐くんがすかさず反応をする。彼の反応にシンさんはとくに気にした様子もなく、明日の天気を答えるような軽いノリであっさりと能力をバラした。


「おう。俺の能力は『嘘を見破る』ことだからな」


「えっ!?」


「は!?お前っ、なに能力バラしてっ」


 きっと悪魔は契約の際に能力のことを契約者に話しているのだろう。二人はまったく同じ表情で、信じられないと言った様子でシンさんを見上げていた。


 僕は冬美にバレないようにそっと彼女の方へと視線をやった。


 反応したってことは――彼女は悪魔との契約ルールを『知っている』ってことだ。


 意図せずに気づいてしまった事実に胸が痛くなった。だって、ついさっき疑似バズり体験をして心が折れてしまいそうになった僕を抱きしめてくれたのは、冬美だった。


 彼女の優しさは変わらないものだと知ってしまったからこそ、辛かった。冬美の反応を見る限りメイドに無理やり契約させられた様子はない。――望んで、契約したのか?


 それと同時に僕はふっと思い出した。僕は目の前にいるシンさんの方をそっと盗み見る。


 冬美のことを聞いた時、シンさんは意味深なことを言っていた。



『あぁ、魔力よりも、厄介なもんだよ。ああいうのは剥がすのが一番めんどくせえ。ただ、俺はアレを見て――この空間が作られた理由に『納得』したけどな』



 悪魔の目から見て、彼女から孝志と同じように魔力を感じるのか、知りたくて聞いた質問だった。しかし、シンさんから返ってきたのは予想もしていない返答だった。


(そういえば、五十嵐くんと言い合いになった朝食の時も――)



『違う、ちがうんだ……言えないんじゃない……俺は、『勝手に見ただけ』だから。言えない……』


 

 シンさんは、五十嵐くんは――冬美の『なに』を見たんだ?



(ダメだ。判断材料が少なすぎる……)



「あー……」


「!」


 シンさんの声で、僕は思考の海から現実世界に戻ってきた。


「これまた説明すんのか、めんどくせ」


 自分から厄介の種を撒いたシンさんが頭の後ろをかきながら二人を見下ろして、ぼやくように言った。


「いや、シンさん。完全に自爆だから」


「えっ?俺のせいなの?」


 僕の言葉にシンさんは少し間を開けると「しょうがねぇな」と言って、二人に向き直った。


(考えるのは後にしよう、いまは記憶の部屋のことだけ考えるんだ)


「俺は、サタンさま専用の『うそ発見器』みたいなもんでなぁ。俺の能力はほとんどの悪魔が知ってんだよ。だから、お前らに話しても、契約は発生しねぇ」


「うそ発見器?」


「おう。驚かせて悪かったな!」


「あ、二人とも、対価まで聞いたら強制契約だから。絶対聞いちゃダメだからね!」


「えっ?」


「誠、それ知ってるってことは聞いたのか?」


 二人に忠告するつもりで言ったら、勘の鋭い五十嵐くんに僕のミスがすぐにバレた。……流石五十嵐くんだ、あと目が怖い。


「恥ずかしながら……孝志が止めてくれなかったら、危なかったです」


 ここに来る前に二人に説明したのは能力を抜かした話だったのを僕はすっかり忘れていた。


(二人の顔を見ていると、胸の奥がじわっと緩む。孝志のことも、シェフとの契約のことも、全部吐き出してしまいたくなるんだ……)


「はぁ……なにやってんだよ、馬鹿」


「それ一番抜かしちゃいけないとこだろ?」と言って五十嵐くんが呆れたように深いため息をついた。


「うっ、ごめん」


「でも、これで納得したわ。おっさんに嘘は通用しない。つまりそれは、他の悪魔もってことだろ?」


「お!鋭いねぇ~ご主人様」


 シンさんは顎に手をやりながら、五十嵐くんを興味深そうに鋭い眼差しで見下ろした。……二人の間に緊迫した雰囲気が漂っているのが肌でわかった。シンさんもいつものおちゃらけたおじさんという雰囲気はない。

 

 僕も冬美も、対峙している人間と悪魔を見ていることしかできなかった。二人は互いを観察するような瞳で、相手を真っすぐ見据えている。その瞳は逸らされることは無い。


「放課後の悪魔に聞いたのか?」


 五十嵐くんが静かに質問をする。彼の質問に対して返って来たのは、「さぁ?」という重い空気に似つかわしくない軽い言葉だった。


「この空間を作ったのはアイツだ。なら、お前が扉に関して質問すれば、アイツは、お前の能力込みで、それすらも『遊び』に入れて答える」


「へぇ!流石ご主人様だな。悪魔をよくわかってんじゃねぇか」


「無駄話はいい。答えろ」


「あー、半分正解といったところだな。まず、俺はこの錠前を見た時から『鍵の悪魔』が存在することは予想していた」


 シンさんの答えを聞いて、五十嵐くんは目線を地面へと向ける。きっと何かを思い出しているのだろう。


 静かな空気は苦手だ。でも、異様な空気に息が詰まって、上手く喋れる気がしない。


 僕は汗で湿った拳を静かに握りしめて、彼が話すのを待った。


「なぜ、その仮説を立てた?」


 沈黙の後に吐き出された言葉は、とても短いものだった。


「この世界はご主人様と、その友達のために作られたものだ。すべてがご主人様と友達のものであるはずなのに――入れない部屋があるのはおかしいだろ?『契約違反』になる」


「それは俺も考えた。だが、悪魔にペナルティーが発生してないところを見ると、この部屋は契約違反じゃないってことだろ?」


 まるで、シンさんの答えを先読みするかのように五十嵐くんが答えた。


「ご主人様は頭が回るねぇ」


 五十嵐くんの答えにシンさんはニヤリと口角を上げる。


「悪魔は人を騙すけど嘘はつかない、アイツが言ってたことだ」


「それはつまり?」


「悪魔も俺も開けられない。どう見ても、この部屋は……冗談じゃあ済まされない空間だ」


「ご主人様が願ったのは、安定した衣食住。部屋に入れないってのは、衣食住の『住』の条件を満たしていないことになるからなぁ」


「だから、鍵の悪魔がいると断言できた」


「その通り。無意識で作られた鍵のかかった部屋を開けるなら『鍵の悪魔』が必須だ。それに――」


 シンさんは言葉を切って、扉の前に立つと人指し指を曲げて、指の背でコツンっと双子座の彫刻を叩いた。


「この双子座を見て、ピンと来た。『アイツ』が来るってな」


「……知り合いなんですか?その、鍵の悪魔は」


「うんにゃ、知り合いっつーか……放課後の悪魔の『使い魔』だよ」


「使い魔?」


「使い魔」は僕が見てる漫画やアニメでよく目にする言葉だ。でも、正直言って、使い魔がどうしているのとか、僕はよくわかっていない。


(キャラクターがただ可愛いから見てるだけのものあるし、最近は作者も勢いとノリだけで設定ぐちゃぐちゃのとか、ザラなんだよな)


「悪魔のペット……って言ったら怒られるな。部下?みたいなもんだなぁ」


 続けて顎髭を触りながら「俺は持ってねぇけど」とシンさんはつぶやくように言った。


「主人に忠実で、命令されれば動く人形みたいなやつもいれば、自我を持ってるやつもいる」


「部下……」


「使い魔だから能力を公表してる」


「え!?みんなが鍵の悪魔の能力を知ってるんですか?そ、それってヤバいんじゃないの?悪魔って、他の悪魔の能力を奪うんでしょ?」


 僕たちが今、やっていることなんてソレだ。悪魔の能力を知り、奪う作戦。


(鍵の悪魔やシンさんみたいに能力を公表してくれる悪魔がもっといれば、こんな苦労もしないのに……)


「奪う?どうやって奪うんだよ?」


「!」


 シンさんがニヤリと笑って僕の方を見る。


「使い魔ってのは、ご主人様の持つ『能力を分け与えられた存在』だ。つまり、常に放課後の悪魔と繋がってんだよ」


「そ、そうか。奪おうとしたら……放課後の悪魔が出てくるのか」


「あいつは悪魔の中でも上位クラスだ。勝てるやつなんて、そうそういねぇよ」


「やっぱり、アイツ強いのか……」


 脳裏に蘇るのは『バズり体験』をした時の記憶だ。


 悪魔の声が聞こえたと思ったら、僕は知らない空間で……姿も元に戻っていた。


 あの能力が何に分類されるのかはわからない。


(正直、思い出したくもない)


 それ以前にこの広い空間を作ってるのもアイツなら、アイツの能力は『未知数』すぎる。


「自分を疑わせることで相手の疑心暗鬼を誘ってんのかよ。流石、悪魔だな」


 シンさんの言葉にすぐに答えを導き出したのだろう。五十嵐くんは「性格悪い」と言いながら顔を歪めていた。


「逆に、知らせておいた方が安全だろ?」


「鍵の悪魔の性格は?できれば関西弁喋らねぇやつだといいんだが」


「鍵の悪魔は、主人に似てかなり自由奔放なタイプの使い魔でな。喋るし勝手に動くから、よく『普通の悪魔』って間違われて、キレてるらしい」


「主人に似て……」


「アイツに似てんのかよ」


 鍵の悪魔の話を聞いて、僕と五十嵐くんの脳裏にはウザい悪魔の話し方と姿が思い浮かべられていることだろう。



(いや、絶対うるさいやつじゃん……!)









「なぁ、誠。お前、鍵の悪魔は欲しいか?」



「えっ」



 さっきまで扉の前にいたシンさんが目の前にいた。



 まるで、この瞬間だけ時間が止まっているように、僕の耳にシンさんの言葉が強く響いた。



「なら、この『男女のレリーフ』覚えておけ。これを忘れなければ、嘘を見抜く能力がなくても――勘の鋭いお前なら『鍵の悪魔』にたどり着くことが出来る」



「双子座を……」


(覚える……)



 シンさんに言われて僕は無意識に少し遠くにある扉を見上げた。



 背中合わせの、男女のレリーフ。


 そこに、鍵の悪魔のヒントが隠されている。



「どうして……僕に、そんなこと教えてくれるんですか?」



 放課後の悪魔や清掃の悪魔と同じくらい、この悪魔の考えが読めない。



 気さくで明るくて、優しくて



「どうして?楽しいからだよ。お前ら見てると、改めて人間っておもしれーなって」




 僕と同じ人間だったのに……

 




「生きるために嘘をついて、疑心暗鬼になって、それでも信じようとして、裏切られて泣いて──だから、たまに壊したくなる」




 人間じゃない……




「ほんっと、可愛い生き物だよなぁ。お前らは」






 本物の、悪魔なんだ――。




「ったのしいって」




 そうだ。この感覚は、覚えがある――『優しいお兄さん』



 優しいと思っていた近所のお兄さんは、子供たちに笑顔を向ける裏で女の子に沢山、酷いことしていた。悪魔のような人間だった。



(この人を見てると、悪魔と人間の境目なんて、本当は無いんじゃないかって思ってしまう……)


『なんか、よくわかんねぇけど。あの人見てると、背中がゾワゾワして気持ち悪いんだ』


 人間と悪魔の境目はわからないけど……


『ごめん、よくわかんねぇけど…それ以上、聞いちゃいけねぇような気がするんだ』


 人間の皮を被った悪魔を見破れる人間がいることは知っている。


(孝志は、シンさんの本性に気づいた)



 僕はそっと、自分の影に目線を向ける。




(孝志は、今……誰の影にいるのかな――)








「アンタ、怖いな」



 顔に冷や汗をかきながら五十嵐くんはそう言った。



「でも、納得したよ。悪魔は基本は嘘つきだ。嘘を見破る能力持ちが味方に居れば強いが、敵にいると厄介でしかない。だから愛想よくしてんだろ」


「あらら、そこまでわかんのか?すげぇな」


「シンさんってのは名前か?」


「いや?」


(えっ、名前じゃないの……?)


「悪魔は基本、悪魔を信じちゃいねぇ。腹の探り合いだ。……だが、俺には嘘も騙しも通用しない、どの悪魔も俺の前では猫かぶってる」


「わかるって言いたくねぇけど、わかるよ。感情がある生き物は、どうしたって嘘をつく。それが通用しない相手が目の前にいれば、頭のいい奴ほど疑心暗鬼になる」


「悪魔は頭がいいやつ多いからなぁ」


「アンタはそれを楽しんでんだろ?」


「あぁ、楽しいねぇ。強い悪魔が弱い悪魔の俺を必死に騙そうと汗かいてんの見るのは最高の気分だ」


「性格悪い」


「ははっ、ご主人様。それは褒め言葉にしかならねーよ」


 シンさんは五十嵐くんとの会話が楽しいのか、終始ご機嫌な様子だった。瞳孔が完全に開いて、楽しいという雰囲気が体全体からあふれ出ている。五十嵐くんは相変わらず警戒したままだ。


「……っ」


(なんだよ、この二人の会話……!)


 人間と悪魔の会話と思えないほどの探り合うような会話。聞いてるだけなのに、体に緊張が走った。


「んじゃ、壁の塗装も終わったし。部屋に帰るわ」


 シンさんは足元の道具を持ちあげる。


 そして、指先をひょいって上に向けると持ちきれない道具たちがふわっと空中に浮いた。……いや、そこは魔力使うのかよ。


「あ、あの、色々教えてくれてありがとうございました!」


 過ぎ去ろうとしたシンさんの背中に向かって冬美が感謝の言葉をかける。


(えっ、よくあの会話聞いたあとでお礼言えるな冬美!?)


「おう!わかんないことあったら遠慮なく聞いてくれよー」


「誰が聞くか」


 軽快な声を五十嵐くんが一刀両断する。しかし、彼の反応は悪魔にとってしてみれば楽しいものでしかない。


「ご主人様と話すんの楽しいし、好きだぜ?アンタなら、契約してやってもいいけど?」


「しねぇ。嘘を見破る能力なんているかよ」


「お。マジのやつか。おじさん振られちゃったか~」


「能力使うなよ。命令権発動して一日全裸にしてやろうか?」


「それはやめて。おじさん、色々終わるから」


 シンさんは能力で五十嵐くんの言葉冗談ではないとわかったのか、「コイツ、マジか?」という表情をして、逃げるように部屋を出て行った。



「なんか……いろいろすごかったし、五十嵐くんのカッコよさを改めて認識した気がするよ」



 ポカーンとした表情でシンさんの背中を見送りながら、関心したように言うと彼は僕に目線を向けて、小さく首を傾げた。


「はぁ?なに馬鹿なこと言ってんだ。つーか、鍵の悪魔がいねぇとこの部屋見れねぇのか。俺たち無駄骨ってやつじゃねぇかよ」


 五十嵐くんが疲れたように深いため息をついた。どうやら、あの空気に緊張していたのは僕だけじゃなかったらしい。よく見ると五十嵐くんの額からは汗が滲み出ていた。


「確かに、そうだよね」



 僕は本来の目的も忘れて、五十嵐くんと同じように溜息をつく。



【冬美サマ!ご入浴の時間でございますよ!】


 しんっとした空気を切り裂いたのは、ハム助の甲高い声だった。


「えっ、ハムちゃん。もうそんな時間?」



【はい!】



「冬美ちゃん。お迎えにあがりました」


「!」


 ハム太の声が合図のように階段の前にメイドが立っていた。冬美はハム太をポケットに入れるとメイドに駆け寄っていく。


「お風呂か。そういえば、僕、まだここのお風呂に入ったことないかも」


「俺もだな。というか、俺の場合は一人で入れねぇつーか」


 僕たちの会話が聞こえたのか、冬美が少し離れた位置で大きな声を出す。


「え~もったいない!!男女でちゃんと分かれてるから、誠くんたちも入ってみるといいよ!すっごく気持ちいいから!」


「僕、五十嵐くんのこと介護するよ!」


「介護言うな」


 僕が拳を強く握り宣言すると、呆れたように五十嵐くんが言葉を返す。


「誠」


 冬美に続いて階段を降りようとした僕の背中に五十嵐くんが声をかける。


「なに?あ、手貸す?」


「えっ、それはお願いするけど」


「?どうしたの?僕の顔になにかついてる?」


「いや……なんか、誠に『戻った』なって思って」


「?戻るも何も、僕は誠のままだけど」


「だよな。俺もよくわかんねぇんだよ、この感覚……契約の影響か?」


 心底わからないと言った表情で五十嵐くんは右手で首の後ろかいた。


「うーん、五十嵐くんがわからないんじゃあ、僕には絶対わからないよ」


 言いながら僕は五十嵐くんに手を差し伸べる。

 

 後ろの方で僕の名前を呼ぶ、冬美の声が聞こえる。五十嵐くんは難しい顔をしながら、僕の手を強く握った。でも、その目は……




 僕の影をジッと静かに見下ろしていた――。















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