第31話『心の闇の育て方』
【登場人物】
誠:主人公。友達思いの優しい高校生。現在の姿は小学生。家族が大好きで早く元の世界に戻りたいと思っている。冬美のことが好き。
冬美:元気で明るい美少女。現在の姿は小学生。家庭環境が複雑で、この空間に残ることを望んでいる。
孝志:誠の親友。現在の姿は小学生。兄貴肌で面倒見がよくて優しい性格。父子家庭で幼少期は父親から暴力を振るわれていた。誠をいつも支えてくれる存在。
五十嵐:誠の親友。友達のことを大切する優しい高校生。医者の家系で裕福な家育ち。放課後の悪魔と契約して皆を閉じ込めた張本人。そこには“ある理由”が…。
悪魔が疲弊するくらいガチガチの追加契約を作った。
【登場する悪魔たち】
放課後の悪魔:この空間を創った存在。関西弁で話すが、ときどき標準語に戻るのが逆に怖い。常にテンションは軽く、距離も近い。見た目は人間のようだが、明らかに“異質”。誠たちを翻弄する存在。
宇佐美:誠専属の『コーディネーター』。時間や場所を問わず服を用意できる能力を持ち、寸分の狂いもなく時間を把握できるため、“時計”の役割も果たしている。
名前は『宇佐美』。白くふわふわした毛並みを持つウサギの姿をしている。
シェフ:この空間の専属『料理人』。無口で寡黙、人間があまり好きではなく、長話も嫌い。料理に対するこだわりは現実のプロと遜色なく、「料理に関しては嘘はつかない」という姿勢は本物。つい最近新しい契約者を得た。…誠たちの味方?
清掃の悪魔:常にテンションが高くノリの軽い青年。この空間の『清掃員』
軽い口調からいきなり雰囲気がガラッと変わるため油断できない。
誠が苦手意識を持っている悪魔。シェフとは古い友達らしい。
メイド:丁寧な口調で微笑む、美しいメイド姿の悪魔。
冬美専属の「レディースメイド」として身の回りの世話を担う一方でその本性は冷酷かつ策略家。「性格は悪いです」と本人も公言している。つい最近新しい契約者を得た。
整備士
部屋の整備や修理を担当する悪魔。
無骨だが気さくで、誰とでもすぐに打ち解ける“面倒見のいいおじさん”のような存在。
「嘘を見破る能力」を持つ特例の悪魔 。
普段は豪快に笑う気のいい兄貴分だが
常軌を逸した執着と狂気がのぞく。
油断できない悪魔である。
(以降、悪魔たちは順次追加予定)
※この話には【心理描写強め】【悪魔による価値観の話】が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「匂い問題なし、体も髪も綺麗になったな、偉いで?うん、入ってヨシ!!」
「……はぁ。ありがとうございます?」
(なにこれ、お風呂検査?)
あの後、僕たち三人は無事に風呂奉行から合格点を貰い湯船に入る事が出来た。
「ふわぁあ~~、やっぱりお風呂っていいねぇ」
「ははっ、誠なんかジジくせぇな」
「だ、だって一週間ぶりのお風呂だよ?こんな声も出るって!」
二十人は余裕で入れる大きな浴槽、僕たちはなるべく悪魔から距離を取って三人で固まって温泉を堪能している。
宇佐美たち動物組は浴槽の隅っこ、全員プカプカ浮きながら温泉を堪能していた。
「それにしても、これってタダのお湯なのか?」
湯船のお湯を両手ですくって孝志が「なんか、スゲーいい匂いする」と言いながら匂いを嗅いでいた。
「確かに、いい匂いするよね」
僕も孝志と同じように湯をすくって匂いを嗅いでみる。
懐かしい匂いがした。
「この匂いは……檜かな?」
自宅のお風呂はこれと同じ匂いの入浴剤を使っていたのかもしれない。
馴染みのある香りに、体の力が抜けた。
「甘いで諸君。このお湯は源泉からちゃんと持ってきてるんやで」
少し遠くの方、放課後の悪魔が腕組みをしながらゆっくりと横に首を振る。
「魔力か、なんか使ってんじゃね?」
「悪魔なら簡単にできそうだもんな」
「げ、源泉からって、どうやって?」
僕の驚いた声に反応して、悪魔がすい~っと泳いで距離を詰めてきた。
「こっち来るな!」と言ったが完全無視である。
「源泉?魔法使って、湯の成分を変えたとかじゃないのか?」
咎めることを諦めたのか、五十嵐くんが放課後の悪魔にジト目を向ける。
「はいはーい!僕の使い魔の『能力』で持ってきたんだよ?」
また一人の悪魔が挙手をした状態で僕たちのエリアに入ってくる。
続くようにやってきた他の悪魔2人の姿を見て、溜め息と同時に開きかけた口を閉じた。
気づいたら他の悪魔に僕たちは取り囲まれていた。
……サメに取り囲まれた気分だ。
「あの、使い魔って」
「そ!僕がほかの悪魔から奪った能力を与えてあげたんだ。『転送』って能力なんだよ!」
タオルを水に沈めてクラゲのようなものを作りながら清掃の悪魔が元気よく答える。
その隣では、シェフがクラゲの頭を指先でつついていた。
「ん?……あ、あの、能力言っちゃって大丈夫なの?」
あまりにも軽く言われるものだから聞き逃すところだった。
シェフから話を聞いたときは、悪魔の能力は『極秘』というイメージがあった。
しかし、実際に悪魔と話してみると、そんなことはない。
「転送は能力の中でも雑魚!だからね~、そこまで珍しいものでもないよ?」
悪魔たちは意外にも軽々しく能力を言葉に出して言うものだから認識がバグる。
「ざ、雑魚って」
気を使っているのが馬鹿らしくなってくる。
「そやで。おじさんも持ってるけどなぁ、容量はコイツんとこの使い魔の方が沢山運べるんや」
「同じ能力なのに、違いがあるの?」
「ん~、人間次第やなぁ」
「人間次第って…」
――この時の僕は、体を包む暖かさに心が緩んでいたのかもしれない。
「……あの」
「ん~?どないしたんや、誠クン」
放課後の悪魔が瞼を閉じながら、間延びした声で僕に返事を返す。
「もしかして、その人が持ってるもの、心……?心の、闇みたいなものが――」
能力の『根源』なの?
「え……あ、あれ?ぼく、なにいって」
無意識の発言に、僕の心は妙に焦っていた。
焦りが生じる中で僕の脳裏にはなぜか、あの日の五十嵐くんの言葉が蘇った――
『自分が普通だと思ってても、心は違うんだ。……俺は無意識に、自分の過去は見せられないものだと思ってる』
「……無意識の枠組みで考えたら『無意識の発言』も当てはまるのかな」
誰にも聞かせるつもりのない、独り言が大浴場に嫌に良く響いた。
僕の心は、悪魔たちの会話から、何かを読み取ったのか?
「……えっと」
少し混乱しながらも、隣にいる悪魔へと目を向ける。
眼鏡を通していない赤い裸眼が目の前で少しだけ大きく見開かれているのが見えた。
「えっ……」
――しかし、それも一瞬で、瞳はゆっくり、愉快に、歪んでいった。
「自分スゴイなぁ!!!」
歓喜に震えたような声と赤く光る瞳が目の前にあった。
捕まれた腕に悪魔の爪が食い込んで少し痛い。
「ちょっ、近っ」
「今の話聞いて、そこまでたどり着くなんてホンマすごいわぁ!」
「は?どういう意味だよ」
「その通りやで?人間はな、神さんが作った異様な存在。悪魔でも予測できない可能性を秘めてるんや。おじさんたち悪魔が欲しいのは『心の闇』やねん」
「こ、心の闇?」
悪魔は湯船に沈めていた手をゆっくりと出してトンっ……と僕の胸に人差し指をついた。
そこは、心臓の位置だ。
「……っ」
温かい湯船に入っているはずなのに、体が緊張に冷えていくのがわかった。
周りがやけに静かのが、酷く気になった。
「心の闇は、悪魔でも予測不可能な膨大なエネルギーを秘めてんねん。どろっどろに煮詰めた心の闇ほど、最高なもんはない」
「っそれが、人間を狙う理由なのか」
「そやで?」
背中に感じる悪魔の強い視線と、友達二人の僕を心配する不安げな視線
妙に感覚だけが鋭くなっているのか、二つの視線を感じ取ることができていた。
「おじさんたちの仕事は人間を神様から『離反』させることや。でもなぁ、悪魔は人間の『可能性』を
見るのが大好きやねん」
放課後の悪魔は、僕から目線を外さないまま
心臓に当てていた指を後ろへと向けた。
「この、後ろの二人みたいになぁ」
「えっ?」
放課後の悪魔の後ろにいたのは――
シェフと清掃の悪魔だ。
「なんでって?顔しとるなぁ、なんでやと思う?」
「っなんで」
「あの二人を悪魔にしたん、俺やから」
「は……?」
悪魔の言葉に驚いて僕は、二人を凝視してしまう。
孝志も、シェフを見ていた。
「あ、先言うとくけど、おじさんは2人の能力は知らないで?」
心を読んだかのようなタイミングで悪魔が僕に釘をさす。
「契約者なのに知らない?そんなことってあるの?」
「うん。知ったらおもしろくないやん」
「……つまり、いつでも知れるってこと?」
「さぁ、どっちやと思う?」
放課後の悪魔はただ静かに笑う。
疑いが、確信に変わった。
確たる証拠はない。
でも、コイツは確実に、僕の心を読んでいる。
「おい、もしその話が本当なら。その2人は、元々は人間だったのか?」
悪魔の話に反応したのは僕たちだけじゃなかった。
五十嵐くんの質問に首を傾げそうになったところで、ハッと気づいた。
(そうだ。五十嵐くんは悪魔の中に『元人間』がいることを知らないんだった)
「そだよー?僕とシェフは人間の頃からの付き合い!というか友達同士?」
「お前の場合は悪友だな」
「えー!そこは友達って言えよ~」
「あ、ちなみに俺も元人間だぜ」
シェフたちの言葉に続くように、シンさんがシレっと混ざる。
「はぁ!?おっさんもかよ……」
驚きを隠せないようで、五十嵐くんは元人間の悪魔たちの顔を凝視していた。
「なんで……悪魔になりたい理由がわからねぇ」
五十嵐くんは困惑した表情を浮かべたままそう言った。
僕も同じだ。人間が悪魔になりたい気持ちを理解できない。
「ははっ、それをお前さんが言うのか。おもしれぇな」
シンさんが笑って近くにいた孝志の肩に腕を回した。
「おわっ」
シンさんの太い腕を回されて孝志の体が斜めになって、少しだけ溺れそうになっていた。
入った時から気づいていたけど、この浴槽の底は深い。
「おぶっ……っ」
「孝志っ!」
「おっと、悪い悪い。よっこらしょいっと!」
五十嵐くんの焦った声に気づいたシンさんが親父臭い掛け声で孝志を持ち上げ膝に乗せる。
持ち上げられた時、孝志の足が湯船から数センチくらい離れていた気のせいだと思いたい。
離れたら溺れてしまうからか、孝志は借りてきた猫のようにおとなしかった。
「悪魔になりてぇ理由なんて、人それぞれだ」
気さくな行動も声の明るさもいつものシンさんだ。
口元に笑みを浮かべているのに、その顔に笑顔はない。
「能力も人間捨ててからじゃねぇとわからねぇし。それに――悪魔に限った話じゃねぇだろ?」
「……どういう意味だ。つーか孝志から離れろ」
シンさんを睨みつけながら五十嵐くんが右手で孝志の腕を掴む。
その手をやんわりとシンさんが「何もしねぇから落ち着けって」と軽く笑って引きはがす。
「ほら、あれだよ。日本人が好きなやつ。怪異、妖怪、都市伝説!それもほとんど、元人間だった奴が恨み辛みで姿を変えたやつじゃねーか」
「それは違うだろ。境遇が可哀そうな人間の末路だ。だからあいつ等は、死んでからも苦しんでる。お前らはどう見たって、悪魔であることを楽しんでるじゃねぇか」
「おーおー、流石五十嵐さまだな。なかなか、鋭いツッコミだなぁ……でもよぉ……」
五十嵐くんに向けられていた瞳が隣にいる僕へと静かに移る。
「俺も、そこの誠も……『恨む心』が無いってどうして断言できる?」
「は?なに、意味わかんねぇこと言ってんだよ」
五十嵐くんが眉間に皺を寄せてシンさんを睨みつける。
「人間なんてもんは、表に出ている言葉よりも裏に溜めてる言葉の方が圧倒的に多い。俺は何人もの人間の嘘を見てきたからわかんだよ」
嘘を見破る能力持ちのシンさんだからか、その言葉の説得力の重みは凄まじいものだった。
心当たりのある僕は、シンさんの言葉を強く否定できない。
虐められていた頃、孝志に助けてもらう前の僕ならきっと――
『なんで僕ばっかりっなにも、ぼくは悪いことなんてしてないのにっ』
『ううう……お腹痛いよぉ…っ気持ち悪い、吐きたいっ、学校になんて、いぎだぐないよ゛ぉ゛』
『なんで、アイツらは楽しそうに、笑ってんだろ?どうして、ぼくは、ぼくは…っわらっちゃ、だめなの?』
『きょうねて、おきたら……あいつら、全員。しんじゃってたらいいのに……』
「……っ」
嫌な記憶がフラッシュバックして、気持ち悪くなった。
(最悪だ。こんなこと、思い出したくなかったのに……あぁ、そうか、この感情が……)
さっき、無意識に出てきた言葉は偶然じゃなかった。
(……だから、か)
「心の闇ってのは、普段はな、皮と肉、あと良心に守られてんだよ」
さっきまで他人事のように聞いていた言葉が、僕の心にしみわたるように、静かに、重く、響いてくる。
「死んで魂だけになると生前に溜めて煮詰めた。恨み 憎しみ 嫉妬 怒り……後悔だけが『心の闇』として残る」
「恨み……」
シンさんの対話相手が五十嵐くんから僕へと変わっていた。
僕の体も自然とシンさんへと向けられている。
「それが、お前らの世界の言葉で言うところの『悪霊』や『地縛霊』ってやつだな。アイツらは、心の闇の塊だ」
「塊……」
「他人事だと思うなよ?お前らは人間である限り、誰でも『悪魔になれる可能性』があんだよ」
シンさんの鋭い瞳が僕たちを見据える。
孝志はシンさんの醸し出す雰囲気に少し怯えているようで、僕と同じくらい顔色が悪かった。
「……人間は、常に悪魔に狙われてるって言いたいのか」
「人間は隙だらけだからなぁ」
シンさんの言葉に、僕の心臓が音を立てる。
動きづらいお湯の中、自分を守るようにそっと両手で両腕を抱きしめた。
クラスメイトがする『ヒソヒソ話』は、全部自分に向けられているものだと思っていた。
もし、あの日、孝志が声をかけてくれなくて、その後に悪魔に出会ったとしたら……
きっと、寝る前に毎日願っていた言葉を口にしていただろう――
『ぼくを、虐めるやつ。全員殺してください』
「アカンなぁシンちゃん!ちょーっとちゃうで?おじさんたちは「悪霊」には興味ないねん」
放課後の悪魔の声で、僕の意識が現実に戻される。
(ぼくは、なにをかんがえてた?)
「お、そうだったな。悪い悪い」
「もう死んでるやつになんて興味ないねん。心の闇の成長が止まってしまってるやろ?歩いても成長しない、万歩計モンスター育ててるようなもんやん」
放課後の悪魔は首緩く振ってやれやれと言ったような仕草で「そんなんつまらんわ!」と吐き捨てるように言った。
「つまらないって……」
放課後の悪魔の言葉に少し腹が立って悪魔を睨みつける。
悪魔もこっちを見ていたようで、近い距離で目が合って少し驚いた。
血のように赤い瞳が僕の姿を捉えている。
「だから、幽霊にも悪霊にもさせん。おじさんの監視下でな。生きたまま、心の闇を育てていくんや」
聞いてるだけで背筋が凍ってしまいそうなほど、低い声だった。
「人間は欲深い生き物やからね。願いを叶えれば、叶えるほどに――『闇が深くなる』……なんでやと思う?」
「えっ、願いが叶ったのに?」
突然の悪魔から出された問題に僕は上手い答えが見つからない。
「ブブー!はい、時間切れー!!」
「早い!一秒も経ってないよ!?」
放課後の悪魔は両手でバツを作った。
水しぶきが起きてぬるいお湯が僕の顔にかかる。
……どうしよう、殴りたい。
「じゃあ、少しだけ頭が良くて、鈍感な誠クンにもわかりやすく、おじさんが教えてあげよか~!」
「いや、別に聞きたくないからいいよ」
「例えば殺したいほどに憎い相手を悪魔に殺してもらったとするやろ?」
「話聞けよ」
「そしたらな、大抵の人間はこう考える……」
他にも憎い相手を殺してもらおう。
「は?」
「まだあるで?『自分は直接手を下していない』『バレることはない』……ってな」
遮るように続けられた言葉が大浴場に静かに響いた。
「実際そうやねん。悪魔が人を殺せば、バレることはないな」
「っでも、そんな、みんながみんな、憎い相手が沢山いるわけじゃないだろ?」
聞き返す声は緊張に震えていた。
温かいお湯の中にいるはずなのに、手足が冷たい。
「前に、おじさん言うたよな?この世界には不幸な人間の方が多いって……でもな、不幸の基準なんて人それぞれやねん。ちょっと気にくわないって思ったときに、犯行がバレないで殺せる便利道具あったら、使うのが人間や」
僕の心を見透かしたように悪魔の唇は弧を描き、赤い瞳はゆっくり細められる。
「自分、心当たりあるんとちゃうん?」
「……!」
「チュートリアルなんていらん。人間は『欲望』さえログインしてやれば、勝手にレベル上がってくんや。自分の世界の平穏のために憎い相手、友人、最終的にただ気に食わないってやつも、グシャッとなぁ」
「グシャ」が何を示しているのか想像するだけで怖い。
「願いを叶えて、闇のレベルが100くらいになったら――パクっとな、それを食うんや」
「……っ」
「シェフの料理よりも何倍も美味いで?」
悪魔はその瞳に僕をとらえながら、指先で何か摘まむような動作をすると腕を持ちあげて、ゆっくりと赤い舌を伸ばして食べる仕草をする。
「!?た、食べるって」
僕は驚いて、シェフの方を見た。
「じゃ、じゃあ、なんでシェフや清掃の悪魔は、食べられてないの?」
「あぁ、そいつらは『悪魔希望者』やから、別枠やねん」
「別枠って」
「あ、誠クンみたいに『自分の闇に気づかず飲まれるタイプ』は、おじさんのご飯やから」
「っご、ごはん……」
サラッと当たり前に言われた言葉は僕の心に重く圧し掛かった。
話を聞いていた時から自覚していたが、僕は『ごはん側』だ。
「シェフたちはなぁ、眷属みたいなもんやね。ま、もうそこから『独立』したけどな」
「独立……」
……会社?
「おじさんは成長が期待できる子の巣立ちは応援する優しい悪魔やから」
「巣立ちするまでに僕ら何回も殺されたけどねー」
タオルでクラゲを作るのに飽きたのか、尻だけを水面から出して泳ぎながら清掃の悪魔が呑気に答える。内容は物騒極まりないけど……
「殺しちゃうで、躾や。仕事ミスしたら拷問するんは普通やろ?」
「そんな普通ないよ!?」
「仕事中寝ても、仕事しなくても許されんのはどこぞの議員だけや」
「アイツ等、出会ったときから思ってたけど、人間世界のこと詳しすぎねぇか?」
シンさんの膝の上で孝志が呆れたような目を3人へと向ける。
僕は、孝志の言葉に無言で頷いた。
「懐かしいな。1000回殺されたあたりで俺は数えることを諦めた」
「おじさんの躾のおかげで、シェフも人を廃人にできるようになったんや。ええやん」
「廃人って?」
放課後の悪魔の言葉に孝志が視線をシェフに向けると、シェフは無言で目を逸らした。
「ははっ!お前のとこ楽しそうでいいなー」
笑いながらシンさんが孝志の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「おじさんもシンちゃんと早く会いたかったわ~。シンちゃんみたいに『自分で闇を使いこなす』タイプ好きやねん」
「僕、噂でしか聞いたことないんだけどさ~、シンさんは契約した悪魔殺して独立したんだっけ?」
「あぁ、「俺の上司殺してくれたらサタンさまの嘘発見器になります」って冗談で言ったら、その日のうちに殺されてたぜ」
「いいな~!」
「え?いいな~ってそれどういう意味?おじさんに教えてくれる?」
「黙秘しまーす!」
「………右に同じ」
「いつからここは裁判所になったん?」
目の前で軽々と交わされる悪魔たちの殺伐とした会話に温かいはずのお湯が、冷たく感じてしまう。
僕たちの方には暗い雰囲気が漂っている。
悪魔の言葉はどうしてか、僕の心に嫌に響く。
アイツ等は雑談をするような軽いノリで自分が知りたくない、目を背けようとしたことを刺激してくるから、苦手だ。
「……悔しいけど、わかるんだよな」
隣で悪魔たちが談笑する中、その声はハッキリ聞こえた。
「五十嵐くん?」
「俺、たぶん悪魔の力でどこまでやれるのとか……実験みたいに、なんの感情も無くできてたと思う。あの日、あの公園で誠たちに会わなかったら……自分の人生なんてどうでもいいってさ、思ってただろうから」
揺れる水面を見つめる五十嵐くんは虚ろな表情をしていた。
その表情はあの日、夜の公園で見た五十嵐くんと似ているような気がした。
「……僕も」
五十嵐くんが目線だけをこちらに向ける。
「孝志が、あの日、僕に声をかけてくれなくて、目の前に、悪魔が現れたら……っ「いじめっ子を殺してください」ってお願いしてたと思う」
「誠……」
水面に映った僕の表情は、今にも泣きそうなほど歪んでいた。
「だって、誰も助けてくれなかったから……っ僕は、クラス全員、ううん、下手すれば孝志だって、恨んでたんだ、心の中でずっと」
「……」
「恨んでだって、人生がどうでもよくたって……お前ら2人はさ、それを人にぶつけなかった」
「!!」
暗く沈みそうな思考の中で聞こえた声に……いつだって繋ぎ止めてくれる友達の声に、僕たちはゆっくりと顔を上げる。
「孝志……」
「俺はそれだけで、誠も五十嵐も、スゲーって思うよ。だってさ、今ってそういうの押さえられなくて他人を傷つけるやついっぱいいんじゃん」
見上げた先に見えた優しい笑顔に僕たちの心の闇は晴れていくのを感じた。
「っ孝志」
「お前らは、悪魔になんてならねーよ」
孝志の言葉は真っすぐ僕たちへと届く。
「孝志は、すごいな」
もう、癖になってしまったお決まりのセリフに孝志が呆れたように笑う。
「お前、その言葉何回言うんだよ。すごくねーって」
「いや、俺も誠と同じ。お前はいつもスゲーよ」
「えっ、五十嵐もかよ」
「うん。だって隣に悪魔いるのに、断言できるのすごいと思うよ」
「いや、このおっさん力強くてさっきから抵抗してんだけど、岩みてぇにビクともしねぇんだって!」
そう、孝志はあの言葉を言ったときもシンさんの膝の上にいた。
シンさんも孝志があの言葉を言ったとき、少し驚いたように見下ろしていた。
シェフといい、シンさんといい、孝志は悪魔を驚かせるのが上手い。
「ははっ、シェフに助けてもらえばいいじゃん。契約者なんだからさ」
「あ、そうか。その手があった、っうぉっ!?」
「あらら、取られちった」
孝志がシェフにお願いする前に、シェフがシンさんから孝志を無言で奪い返していた。
そして、米俵みたいに孝志を肩に担ぐ。
シェフの中で孝志を運ぶときのスタイルはこれが定番のようだ。
「先にあがるぞ」
担いでない方の手でシェフは濡れた髪をかきあげると、鋭い目線をシンさんに向ける。
「はぁ……シンさん。人間の感情弄ぶのは結構ですが、それに孝志を利用しないください」
「ははっ、やっぱりお前にはバレてたか。悪い悪い、坊主も怖がらせて悪かったな!」
「へ?いや、俺は別に」
「失礼します」
「あ、待ってシェフ!僕も行く。五十嵐くんは?」
「俺も行くわ」
「ん、じゃあ手引っ張るよ」
僕たちは孝志を担ぐシェフに続くように浴槽から出ると脱衣所に向かった。
「また一緒に入ろうな~」
「また食堂でね~」
「ちゃんと髪乾かせよ~」
悪魔たちの楽しそうな声を背後に聞きながら、僕たちは風呂場を後にした――。
◇◇◇
「風呂上りは水分をしっかり取れ」
脱衣所に戻ると、シェフからキンキンに冷えたミックスジュース瓶を投げ渡された。
「あ、ありがとうございます」
「……どうも」
「このミックスジュースすげぇうめぇぞ!」
「見るからにおいしそうだよね」
先に五十嵐くんの分を開けて手渡し、次に自分のぶんも開けて瓶ジュースに口を付けた。
「ん!冷たい!うまっ!」
「!美味いな、コレ」
「な!」
脱衣所に設置されている椅子に三人座って瓶ジュースを飲み干した。
浴室では静かだったシェフが脱衣所では孝志の隣で腕を組み、黙って棚に寄りかかっていた。
まるで、誰にも近づけさせないように。
「……」
なんとなくシェフを眺めていると、少し前にシンさんが言っていた言葉を思い出す
『悪魔っつーのは独占欲が強くてなぁ、一度手に入れたら相手が死ぬまで手放さねぇ』
悪魔の独占欲はきっと僕らの感覚とは違うものなのだろう。
僕なら独占欲=恋愛って考えちゃうけど……。
人間の常識なんてはるかに超えてしまう存在が持つ独占欲は
もっと違う形なんじゃないかなとは思う……。
(独占欲でもなんでも。それで孝志が守られるなら、いい)
僕は、それ以上考えることをやめた。
「あっちぃ~、誠、扇風機つけるぞ」
「えっ、扇風機なんてあった?」
「あるある。今、持ってくっから」
脱衣所に隅っこ、体重計の隣に置いてある昔ながらの扇風機を持ってきた。
そして、コンセントを差してカチッとスイッチを押した。
ぶうんっと中のプロペラが回ると同時に本体の首も左右に動き出した。
涼しい風が三人へと平等にあたる。
「あ~涼しい~~っ」
「扇風機の風が骨身に染みる~~」
「ははっ、その言葉なんか違くね?でも、ちょうどいい涼しさだな」
あそこで忘れたい過去を思い出して、最悪な気分だった。
だけど、風呂上りは冷えたミックスジュースを三人で飲んで、最高の気分だ。
「あのさ、孝志。さっきはありがとう」
僕は飲み終わった瓶を手の中で転がしながら、感謝の言葉を述べる。
「ん?なにが?」
「僕、あの時……イジメられてた時のこと、思い出してたんだ」
「……」
「前に、孝志にさ。虐められてよかったなんて言ったけど……本当は、死にたくなるくらい辛かった」
「……」
「過去の自分に……いじめに耐えてた自分を、褒めてあげられるのは自分、しかいないから……っ」
加害者はいじめをいじめだと思ってない。
学校帰りに遊ぶ公園と同じような日常の中にある「遊び」でしかない。
卒業して、違う学校に行けば虐めたことすら忘れてまた同じように「ターゲット」探す。
まるで、餌に飢えた「ハイエナ」のように……
「誠、無理して話さなくていいから」
孝志が僕の肩に優しく手を置いた。
「お前、さっきのシンさんの言葉気にしてんだろ?」
「…っうん」
「あんな言葉、気にすんな」
僕の肩に手を置きながら、孝志は五十嵐くんに目を向ける。
「五十嵐も」
「……あぁ」
「話したくなった時に話せばいい。俺たちの人生まだまだあるんだぜ?過去とか関係ねぇよ。お前らの話、全部聞きたいんだ」
「なら、俺も……お前の過去とか、お前の心の声、聞かせてくれよ」
空になった瓶を右手で強く握りしめながら、五十嵐くんは孝志に強い目指しを向ける。
「お、俺の?」
「うん。俺だって聞きたい」
「俺は、その……あんま話すの上手くねぇから」
「そんなんの別に気にしねぇよ。お前は優しすぎるから、なんでも人の悩み聞いて……ソイツの闇まで抱えそうで怖いんだ」
「……五十嵐」
五十嵐くんの言葉に少し孝志の表情が強張った。
「俺は……お前には悪魔になって欲しくないから」
「……五十嵐くん」
五十嵐くんはきっとさっきシンさんが言っていた「誰でも悪魔になれる」という言葉を気にしているのだろう。
僕も……あの言葉を強く否定ができない。
だから、彼の不安が痛いくらいにわかってしまった。
「だから、お前も……話せるようになってからでいい。お前の、過去も、心の声も聞かせてくれ」
「……おう。わかった」
「っぼくだって、聞くよ、聞きたい……!」
ここから出て、80歳でも、90歳でも、生きて――
「また現実世界でも、こうして三人で銭湯行ってミックスジュース飲もうよ!」
「誠…」
「……」
僕の言葉に当たり前だけど五十嵐くんは何も言わなかった。
けれど、僕と孝志を見る目は、現実世界にいた頃と変わらずに優しかった。
【誠サマ~!お待たせして申し訳ありません!ただいま服をご用意しますね~!!】
パタパタと可愛い羽音を鳴らして宇佐美が脱衣所に入ってくる。
宇佐美の声が聞こえて、変な表現かもしれないけど……
『日常』が戻ったような気がして場が和んだ。
「宇佐美!おかえり」
僕は持っていたタオルで空飛ぶウサギをキャッチすると
ふかふかのタオルで宇佐美の体を優しく拭いてあげた――。
最後まで読んで頂きありがとうございました!




