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第八話

「あなた、行かせましょう」


女王フローレスの声が、しんと静まった応接間に響いた。


「アリーの気持ちももちろんですが、祈禱師の夢占も無視できません。私たちはお告げに重きを置く国の王族でしょう? 祈禱師がアリーを指名したのなら、それは神がお示しになったと同義ではありませんの?」


ううむ、と父が唸る。目を閉じ、しばらく苦悶の表情をしていたが、最後にはしぼりだすような声で言った。


「……よかろう。アリシア・カリナン。クリソベリル大将と共に〝弦〟へ向かいなさい」


「ありがとう、お父さま!」


私は喜びの声をあげた。ルースはポカンとした顔でそんな私を見ている。


「アリシア……。俺は……」


「ごめんなさい、勝手に決めて。私は旅もしたことはないし、戦うこともできません。迷惑をかけるかもしれない。でも一緒に行きたいの」


私はルースに向かって、手を合わせて拝んだ。父が許しても、当のルースから拒否されたらさすがに無理強いは出来ない。でも引き下がる気もなかった。例えそれが危険な旅だと分かっていても。


「あなたの事は、俺が命に代えても守ります」


きっぱりと、ルースは言ってくれた。私は嬉しさと安堵のあまり目から涙がこぼれた。


「ぼくは嫌だ!」と叫んだのはアルレイだった。


「嫌だ、ダメだよ! 〝弦〟なんて危なすぎる。そんな今日会ったばかりの奴の誓いなんて信用できないよ。それに死ななくても、大けがをするかもしれないじゃないか!」


「アルレイ、ごめんね。それでも姉さまはルースと一緒に行きたいの」


私が言うと、アルレイは涙をボロボロこぼしながら下唇を噛んで黙った。しばしの間そうしていたが、くるりと後ろを向くと「姉さまのバカ!」と言って応接間を飛び出した。


すぐさま、従者のナディルが後を追う。「俺も行きます」とルースが言って、アルレイの後を追った。私もルースの後に続く。


アルレイは外庭にある大きな楡の木の下で泣いていた。膝を抱えて座り込み、嗚咽と共に肩を震わせている。足元にはナディルがアルレイを守るように伏せて座っていた。


アルレイは怒られたり、悔しいことがあったりするとよくこの場所でこうして泣いていた。それを慰めるのがいつも私の役目だった。


「王太子殿下……。その……申し訳ございません」


「うるさい! お前なんか……お前なんか絶対に許さないからな!」


ルースに向かってアルレイが怒鳴る。私はアルレイの前にひざまずいた。


「ごめんなさい、アルレイ。姉さまを許して。そしてルースも。必ず、元気で帰って来るって約束するから」


アルレイは顔を伏せたまま、首を横に振った。私はアルレイの髪を撫でて、まだ小さいアルレイの身体を抱きしめた。アルレイは最初膝を抱えたまま震えて泣いていたが、腕を伸ばして私を抱き返し、胸に顔を埋めた。


「……必ず、無事で戻ると約束して。もし姉さまに何かあったら、ぼくがそいつを殺してやる」


「アルレイ……」


「王太子殿下。約束します。決して、誰にもアリシア様を傷つけさせたりしません」


「──お前もだぞ」


「はい……へ? 俺?」


「そうだ。お前自身も、姉さまを絶対傷つけないと約束しろ。どこもかしこも。どんな場所もだ」


アルレイはますます強く私を抱きしめ、胸の谷間からルースを睨みつける。


「そんなっ……。当然です。なんで俺がアリシアを傷つけるんだ」


「よし。約束は取り付けたからな。もし姉さまのお身体に変化があったら、お前のアームストロング砲などぼくが根元から叩き斬ってやるっ」


「あっ……はひっ……〇!☆#X□$@△?*◇……っっっ」


ルースは言葉にならない声を発している。私もアルレイが何を言いたいのか何となく察して、思わず頬を赤らめてしまった。


それにしてもこの子、まだ子供なのにそういう事をどこまで分かっているのかしら。実を言うと私もよく分かってないのだけれど……。


約束を取り付けて少しは気が収まったのか、アルレイは応接間に戻った。私とルースも後についていく。


「あの……アリシア。ほんとにいいんですか? 俺と一緒に〝弦〟に向かうこと」


どこか気まずい雰囲気を残しつつ、ルースが言った。私は赤くなってしまったのがバレませんように、と願いつつ、ルースに答えた。


「私の望みよ。あなたと行きたいの」


「──分かりました。感謝します。そして、俺はあなたを必ず守る。だから向こうに行ったら俺から離れないでください」


「……はい」


ドキドキする。明日になっても、その先も、ずっとルースと一緒にいられる……。そう思うだけで嬉しくて胸の鼓動が早くなる。プリンがぽよぽよと飛び上がり、私の頭の上に乗った。ひんやりとした感触が気持ちよかった。


応接間の出入り口から中に入るとすぐ、リアンが立っていた。アルレイは既にさっき座っていた場所に戻り、眼のふちを赤くしたまま頬を膨らませて前方を睨みつけている。両親は心配そうに戻って来た私とルースを見ていた。


「リアン、騒がしくしてしまってごめんね」


リアンは首を横に振ると、黙ったままルースの方に顔を向ける。相変わらず、深く被ったフードのせいで表情はわからない。


「……カ……」


囁くようなリアンの声に「はい?」とルースが返した。


「カレーシュウがします……」


「ひっ……加齢臭⁉ 俺? 俺からですか? 俺まだ十九歳なんですけど、もう加齢? え、カメムシ臭いだけじゃなく、加齢臭もするの⁉」


ルースは青くなって自分を抱きしめた。


あら、ルースってまだ十代だったの? 私より一つ上なだけなのね。てっきりもっと年上かと思ってた。最初見た時は二十五、六……いえ、二十七、八……ううん、ハッキリ言うわ。三十くらいだと思ってた。


「ジャガイモのカレー粉炒めが出来上がりました。まだお腹に入りそうですか?」


執事のオルロフが新たな料理を乗せたカートを押しながら、応接間に入って来た。


「カレーシュウってこれ⁉」とルースが声をあげる。リアンはそんなルースをスルーして、静々と自分の席に戻った。


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