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第十話

リリアンがにゅるりと動いて、横に伸び始めた。ぬめりを帯びた黒い塊は徐々に四角い形になる。ルースは初めて見るリリアンの変形を、ビクつきながら観察していた。


「リリアンはね、リアンに文字や画像、映像を使って宣託を教えてくれるの。すごい能力なのよ」


私は怯えてしがみついてくるルースの髪をゆっくり撫でながら説明した。リリアンの奇妙な動きに視線が釘付けになりながらも、ルースはガクガクとうなずく。


「リアン。この宣託は映像?」


「……いえ……。文字です。まず……おねい……さま」


四角くなったリリアンに『アリシア』と出る。


「次に……その男……」


『ルース』と出た。その男、なんてこの子ったら。


「そして……夜」


『夜』と出る。リアンは一歩前に出た。ルースが小さく「ひっ」と声をもらす。リアンの両手は、ずっと胸元に重ねられていた。何か大切な物を大事に持っているように。


「穴」


あな?


「入れたり」



「出したり」


⁉ ⁉ ⁉


「入れたり、出したり」


リアンの声が段々大きくなる。


「入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したり入れたり出したりっ! ふぁっ、ふぁあああああああああっ」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ──!! !! !!」とルース。


「きえぇぇぇえええええいっ!! !! !! 悪霊退散!」


バッとリアンが両手を前に突き出す。ものすごい勢いで何かが飛んで、ルースの額にベシッと当たった。たまらず「ギャ──ッ」とルースが叫ぶ。


ルースに当たった物が地面にバタッと落ちた。それはワラで出来た人型の人形だった。


「うわ──っ! うわぁぁぁぁぁぁっっっ」


あまりの恐怖に叫び声しかでないらしい。ルースは人形から少しでも離れようと、ますます私に身体を押し付けてくる。目からは涙がボロボロこぼれていた。


「バラ人形……です」


妹は、いつものように小さな声に戻って言った。


「バ、バラ人形? ワラ人形ではなく?」


「はい……。関節の部分を……ミサンガで縛ってあり……ます。おねい……さま……の願いを……叶え……、最後にバラバラにな……ります」


そう言ってリアンはニタリと笑った。ショールとフェイスベールのせいで顔は見えなかったけど、笑ったのは確信できた。


「お守り……です」


「そ、そう。ありがとう。とても効き目がありそうね」


私はリアンにお礼を伝えた。リアンはこくりとうなずく。ルースは今や目をつぶって、震えながら嗚咽をもらしていた。


無理もない、と思った。リアンとリリアンのコンビはホラーな雰囲気抜群だもの。私はリアンが産まれた時から見てきているけど、初めての人にはちょっと刺激が強すぎるわね。


「ルース。大丈夫よ。リアンはお守りを渡してくれたの。ごめんなさいね、渡し方が独特で」


ルースは涙にぬれた目を何とか開けようとしながら、小刻みにうなずいた。さっきからルースはずっと私の胸に顔を埋めた状態なので、ちょっとくすぐったいし、恥ずかしい。


カシャン、と金属のこすれる音がした。ルースは即座に反応し、パッと目を開ける。上体を起こすと私を背中にかばった。


「──貴様……何をしている」


さやから細身の剣を抜きながらルースに言ったのは、アルレイだった。ルースを睨みつける目は、気のせいではなく殺気を放っている。


「斎の姫巫女に対し無遠慮に抱きついた上泣きわめき、非公式とはいえ、託宣を受けている最中に叫びまくるなど言語道断」


ガチャリ、と音を立ててさやが下に落ちる。アルレイは抜き放った剣の切っ先をルースに向けた。


「処罰を受ける覚悟は出来ているだろうな⁉」


「あ、あのっ……俺は……その……」


「アルレイ! やめて。ルースは何も悪くないわ」


「――姉さまの胸にその穢らわしい顔を埋めるとは……」


「え⁉ 胸? あ、あああ……あの、あれは無意識で……」


ルースは真っ赤になりながら弁解する。


「認識ある過失……いや、未必の故意か。また夜のオカズにしようと企てていたんだろう。いずれにしても罪は重いぞ。よもやこのまま無傷で旅立てると思ってないだろうな?」


「ひっ。そんな、誤解です!」


「立て、下郎」


アルレイは剣をルースに向けたまま、もう片方の手を振って立つように促した。


ルースはひぃひぃ言いながらなんとか立ち上がった。アルレイはルースの胸のあたりまでしか身長がないはずなのに、怒気を放つ迫力で異様に大きく見えた。


「貴様……昨夜は何杯いった?」


「え? は? 杯?」


「何杯いったかと訊いている」


「ああ……あの……えっと、そのう……五杯?」


「五杯だと⁉ めちゃくちゃお代わりしてんじゃねーか! 長旅で疲れてるはずなのにどんな体力なんだよっ」


「筋力と持久力には自信があります」


「何を偉そうに! お前みたいなやつが相手じゃ姉さまが壊れる!!」


「スミマセン……。姫の魅力に勝てませんでした……」


「言うかっ、このエロ勇者! 貴様、ぼくと決闘しろ!」


アルレイは剣をルースに向けて真っすぐ伸ばした。


「ア、アルレイ! 何言ってるの? 勝てるわけないでしょ!?」


私は焦って止めた。アルレイは首を横に振り「姉さま、これは男と男の勝負です」と言った。


「殿下、俺は殿下にケガをさせたくありません」


「ぬかせ……。いや、確かにぼくが不利だ。ではハンデをもらおう」


「なんなりと」


「手は使うな」


そんな! いくらルースでも何も持たずに戦うのは不利過ぎる。弟は将来こそ、誰も勝てる者がいないかもしれないと言われるほどの剣の名手なのだ。


アルレイがシャッと鋭く剣を突き出した。ルースは少しだけ目をすがめた表情でフッと横にずれる。剣の切っ先は空を突いた。また弟が剣を突く。ルースはふわりと避ける。


何度突いても、ルースはさらりとかわした。これこそが歴戦の勇者と言われる所以。無駄な動きの一切ない、あざやかな身のこなしだった。


「いい筋です。ただ、先生に教わった通りの動きですね。試合では勝てても、実践にはまだまだだ」


「うるさい、くそぉ! お前、足も使うな!」


「それは卑怯だ。従えません」


「ルース様! 助太刀しましょうか?」


カルが舞い降りて、ルースの肩に止まりながら言った。


「いや、大丈夫。もう勝負はついている。後は殿下が納得したら終わりだ」


「納得なんてするワケないだろ! お前なんか妄想強制わいせつ罪で死刑だぁ」


今になって子供らしく泣きながら、アルレイは剣をぶんぶん振り回してルースを追いかける。ルースは律儀に手を使わず、アルレイの追撃をかわしていった。


「バカヤロー! 姉さまのおっぱいで泣くのは、ぼくだけの特権なんだぞ!」


「論点ソコぉ⁉」


うひゃーっと言いながら、ルースは逃げた。私はふたりがなんの話をしているのか、ほとんど良く分からなかったけど、今となってはふたりで楽しそうに追いかけっこしているようにしか見えない。


とりあえず、ほんとの決闘にならなくて良かったわ。


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