その頃の両親たちは
今、私は陛下の隣に座り、晩さん会という名の歓待を受けている。
外交での歓待は、その国の力を表す場だと言えるだろう。食事も部屋も、その部屋の装飾も、華やかであればあるほど国に財力があり余裕がある事を示している。
この部屋にあるテーブルクロス、カーテン、絨毯に至るまで、使用されている物は派手ではないが華美なものだ。見れば見るほど我が国との力の差を示している。私の考えに合わせれば、この会場の広さも装飾も力をさりげなく誇示しているだろう。もともと我が国とは国土も経済活動の大きさも違う。主体の産業も違うのだ。当然と言えば当然だが改めて突き付けられた、と思ってしまうのは私の僻みだろうか。
この国から交換留学の話が来たとき。私たちは体のいい人質だと考えていた。当然だ。私たちの娘は留学という名目で出国したのに、この国から来る予定だった交換留学生が来ていないのだから。私たちも、その流れは予想はしていた。わかってはいたが。交換がないということで、留学という名目の娘への扱いが良いものになるはずはない、とも考えていた。
私たちは娘への対応がどうなるか、と心配で案じられてならなかった。
その予想は的中していた。実際に娘の扱いは良いものではなかったそうだ。当時の話を聞けば聞くほど苦いものが上がってくる。娘がその事実を教えてくれなかった、ということもあるが。その事実に気が付けなかった私にも、父親として問題があっただろう。
まあ、確かに。初めはいいものではなかった。が、現状は改善されている。別な意味で複雑化している。いや、全体的にはいい方向へ変化したと思った方が良いだろうか。
この国力差で、わが国へ婚約の打診が来るとは考えてもいなかった。わが国に属国になれ、と言うつもりなら婚約は必要ない。形式こそないものの実態は変わらないからだ。我々では逆らうには力が不足している。その事実は、こちらの陛下と宰相は理解しているはずだ。と言うことは娘に価値を見出しているということになる。長く離れていたからか、私は娘のことを何も知らない。娘に価値を見出されるほど、あの子は何をしたというのだろうか?
農家の支援や商売をしていたというが、それ以外にも何かしているようだ。具体的なことは教えてはもらえないが。虐げられていた時期に打開策として何かしたのだろと考えている。その時に才を認められたのだろう。その内容を教えてもらえないということは、娘も父と言ってくれてはいるが、私を頼れる相手とは思ってくれていないかもしれない。自分が大変な時に力も貸してくれず、相談すらできない父親など頼りにはしていないのだろう。
その頃のことは想像でしかないが、大変な生活を追っくていたのだ。思い出すのもつらいのだろう。娘から話題にされることはないし、私も触れていない。そんな話を持ち出す気にはなれなかったという面もある。
そんな中で殿下との婚約話が上がった時は断ることしか考えていなかった。今は良いが、交渉や外交問題で何かあった時、娘の立場は弱いものだ。前例もあることから扱いが不安定になることしか考えられない。そんな相手に嫁がせることはしたくなかった。幼いころから国のために不自由な思いをさせたのだ。少しは子供らしい時間を持たせたいと思うのが親心だ。その考えは妻とも一致している。娘も同意してくれたのでお茶を濁す方向で帰国を考えていたのに。この国に来てから何度驚かさされるだろう。
正式な話の前とはいえ婚約相手が変更されるなんて、なかなかにない話だ。だが、変更相手が隊長殿とは僥倖だ。娘とは関係性は良いようだし。隊長殿も娘を大事にしてくれそうだ。国の大きさ的にも公爵領の方が釣り合いが取れる。それを思えば、話的にはこちらのほうが都合がよい。婚約したからといってすぐに結婚するわけではない。一度は国に帰れる時間はとれるだろうし、そういった交渉もできるだろう。
娘は隊長殿との婚約を否定していたが、今二人で顔を寄せ合い楽しそうに話をしている。その様子は嫌がっているようには見えなかった。冷たいと評される隊長殿も姫と話す感じでは冷たいようには見えず、穏やかな笑みを浮かべている。これが二人とも取り繕っているものだとしても、それができるほど関係は良好なのだと言えるだろう。その様子を眺めながら陛下に世間話を持ちかけた。
「隊長殿は随分と穏やかな方のようですね。娘も随分と楽しそうです」
「そのようですね。甥も護衛を長く努めていますので気心もしれているのでしょう」
「ありがたいですわ。護衛は同じ方が務めていただいたほうが安心感がありますもの」
妻も会話に加わり隊長殿の様子を聞いて来る。娘たちは殿下も含め楽しそうに話していた。その様子は招待客全員に見られている。娘も初めは視線を気にしていたようだが、隊長殿と話を始めると周囲のことは気にならない様子で、食事を楽しんでいる。一緒に話をしている殿下も、初めは硬い表情だったが今はリラックスしているようだ。
殿下も含めたこの様子は、次代の良好な関係を示唆しているので止める必要はなかった。むしろこのまま楽しんでもらいたい。それは陛下も同じ思いなのか口を挟む様子は見られなかった。
婚約について陛下から具体的な話はなかったが、隊長殿をエスコートにつけた時点で返答はわかっている。こちらもその意見に賛同したので返答も理解されているだろう。直接的な話はないが内々の打診は終了した形だ。この話はこのまま進むことになるだろう。
こちらから希望があるとすれば一度、娘を帰国させたいことだけだ。長く帰っていないし、上の二人も心配している。婚約・結婚との流れになるとしても輿入れは国からさせたいと思う。留学してそのまま、というのは親としてどうかと思うのだ。少しでも家族の時間を持ちたいと思うのは甘い考えだろうか? それに、末の息子は噂だけで姉に会ったことがない。物心がつく前に出国したのだ。それを思えば一度でも帰国させたいと思っている。
現段階でこちらに拒否の姿勢がないことは伝わっている。和やかな雰囲気があるうちに帰国の意向を示すのも悪くはない。
「陛下。娘も長くお世話になっていています。今後のことを考えると一度国に帰る時間が必要かと考えていまして」
「姫の帰国を考えておられるのですか?」
「ええ。今帰国しなければ次の立場での帰国は難しいでしょう。ならば身軽な今のうちが良いかと思いましてね」
「次の立場では、確かに」
陛下にも私の意図は伝わったようだ。婚約・結婚となれば次は公爵家の人間となる。そうなると里帰りと言っても他国扱いだ。距離も考えれば帰国するのは大変だろう。ならば、今のうちに、と思うのは当然だ。
「それに、新しい旅立ちは親元から、が良いでしょう。このまま次のステップに進むのは」
「それは確かにそうですな。兄弟の方たちも見送りたいでしょうし」
陛下もこの希望は断りにくいだろう。特に次の段階に進む前にと言われれば尚更だ。前回は此方の要望を通す余裕はなかった。今回は少しでも希望を通したい。
「それに今回は慌ただしく必要な準備もできませんでした。次は親なりに相応のものを用意してやりたいと思っています」
「衣装も見立てたいですし。少し母親らしいことをしてあげたいと考えておりますの」
妻からも援護が入った。衣装は女性らしい意見だろう。私では思いつかない言葉だ。陛下が苦笑いをしている。娘の留学当初の事を思い出しているのだろうか。それを思えば帰国したいというのは妥当と判断するはずだ。
私は今の状況で帰国を断られるとは思っていない、こちらも婚約に賛同しているのだ。その上で次の準備をしたいと言っているのに断る理由はないだろう。
私たちが入国したとき話し合った「婚約して帰国する」その意見は変わっていないが、その後の段取りは変わっている。
これは私たちも予想外のことだった。だが、今後を考えれば姫にとっても我が国にとっても悪い話ではないと思っている





