第五話 気が向くまま足が向くまま
「魔法を使い、アイテムボックスを持ち、ミスリルの剣が得物とは、君は大変に面白い……な!」
「お褒めに与り光栄です、よ!」
リングラード邸の庭で木刀を互いに持ち、エルシア姉さんと打ち合う。
生憎と一撃入れるどころか、こっちが散々小突かれて見学のエルナがハラハラしているが。
冒険者ギルドに行ったのはもう昨日の事だ。
仲裁に入って来た男は冒険者ギルドの支部長で、壮年の渋いナイスガイだった。
彼の指示で禿鷹はギルド内にある留置所へ送られ、後に冒険者証を剥奪されると伝えられた。
もっと早く仲裁に入っても良かったのではと、そう問い掛けたがどうやら禿鷹を処分する為の大義名分が欲しく、その為に問題が起きるのを待っていたらしい。
俺の指摘に逆上と抜刀、第三者の目もあるしこれであの馬鹿者を追放できると逆に感謝されてしまった。
俺としてはギルド側の都合などどうでも良く、文句を言ってやろうと思ったのだが、
『君を二ツ星の冒険者証を発行しよう。何、禿鷹の抜けた分を有望なルーキーが埋めたと思えばいい。優秀な冒険者いつだって不足しているし、エルシア嬢が当面サポートするなら問題は無いだろう』
『当然だ、私の弟なのだからな!』
そう言われて矛を収めた。
貰っておいて損は無いし、乗合馬車などもランクに応じて割引されるとお得らしい。
受けられる依頼の幅も広がるし、エルシア姉さんもご満悦だ。
ああ、ついでにあの猫耳少女もブラックファングを退治した報奨金をキチンと貰えたらしい。
あの騒ぎの後で注目を集めるのが嫌だったから、裏口から失礼したので顔を合わせてないけど。
「さて、そろそろ魔法を使わないか? 魔法を使った君とも戦ってみたい」
「あんまり期待されても困るけどね……身体強化Ⅰ!」
体内の『マナ』を活性化させ、身体能力を引き上げ再度エルシア姉さんに向かっていく。
『マナ』、それは不可視のエネルギーで魔法を使う力の源。
『幻獣の庭』では世界中に湯水の様に溢れ、そこに住む様々な生き物に恩恵をもたらしている。
まだ地球と『幻獣の庭』が繋がっていた頃は、扉を通してマナが地球上にも溢れ出ていたらしい。
マナは魔法の源や精霊や妖精と言った存在の生きる糧となるから、地球にも大昔は本当に魔法を使える者や、精霊や妖精などが当たり前の様に居たのかも知れない。
俺は幼い頃から『幻獣の庭』へ出入りし、濃厚なマナに触れ続けた所為でいつしか体内でマナを生み出せるようになっていた。
それを見抜いたラヴィア姉さんが、俺に魔法の使い方をレクチャーしてくれたと言う事だ。
『幻獣の庭』には危険な生き物や場所も多い。
好奇心旺盛な俺を押し留めるより、対処法を学ばせる事を選んでくれたのだと思う。
まぁ、マナを体外で行使して火や水を生み出すなどの技術が致命的に欠けていたので、俺に出来るのは自分の肉体を強化する事以外には出来る事は少ない。
身体強化は身体能力全般を高める魔法。
本来は行使するマナのイメージだけで言葉は必要ないのだが、それだと強化の仕方や消費するマナにバラつきが出て上手くいかなかった。
それを解消する為に、言葉によるイメージ付けで繰り返し練習し、口に出すだけで決まった強化の段階・マナの消費を実現することができた。
ちなみに数字は強化のレベルだ。数字が増すほど強化のレベルは上がるが、その分マナの消費や肉体への負担は大きくなる。
覚えたての頃に調子に乗って限界を超え、指一本動かせなくなってラヴィア姉さんに叱られたっけな。
「……っと、全然当たらない!?」
「素早さ、力強さは見違えたが、動きは単調だな。それでは一撃入れるのは難しいぞ?」
身体強化Ⅰだけでも三メートル近くあるツキノワグマと殴り合い出来たのに(地元民に目撃されて熊殺しと呼ばれて慌てて逃げたが)、掠らせもしてくれないとは。
「だったら……速力強化Ⅰッ!」
身体強化Ⅰを解除、今度は脚部だけをマナで活性化させて突っ込む。
全身を強化するよりマナの消費が少なく、全体を強化するより素早く動くことが出来る。
小さかったり、身軽な相手に対して有効な魔法だ。
が、
「ふっ!」
「んぐっ!?」
木刀の一撃を流されたと思ったら、そのまま木刀の柄が腹に減り込んできた。
速力だけ上げて防御は素の状態なので、大変に堪える。
――なんて冷静に分析しているが超痛い!
「お兄様っ!? 大丈夫ですかっ!?」
「ごほ、げほ……だ、大丈夫だニャン」
「お姉様、ちゃんと手加減してください! お兄様の頭がおかしくなってしまいました!」
ちょっとしたお茶目だから、頭おかしいとか言わないで妹よ。
「すまんな、急に速くなったものだから手を抜き損ねた」
「大事は無いから大丈夫ですよ」
「あの、休憩にいたしましょう。昨日お母様がバレアス伯爵夫人に美味しいお茶を頂いたと仰ってました」
エルナの提案に賛同し、使用人達の手により瞬く間に用意された茶会の席に着く。
お茶菓子はリンゴの様な味のする果物を使ったパイと、あっさりとして上品な甘みのする紅茶だ。
普段は紅茶なんて飲まないが、これはなかなかに美味しい。
「ふぅ……タツヤ、君の持つミスリルの剣をもう一度見せてくれないか?」
「好きですね~…はい、どうぞ」
小箱からミスリルの剣を取り出して渡す。
既に『幻獣の庭』の事や『妖精の小箱』の事はエルシア姉さんには教えてある。
小箱もミスリルの剣も魔法も見られたし、隠し通すのは無理だと思ったからだ。
ミスリルの武具は少ないながらも流通してるし、同じく希少だが『妖精の小箱』と同じ効果のある魔法や魔法具もあるらしいので、厳重に隠し通す必要が無いと分かったのは収穫だ。
エルシア姉さんの反応は『世界はまだまだ不思議で満ちているな。興味深い』と、実にあっさりしたものだったけど。
「……ほぅ、何度見ても実に見事な剣だ。装飾を取り払った無骨とも言える剣だが、これほど素晴らしい輝きを放つミスリルの剣は見た事が無い」
うっとりと、何て形容詞がピタリと当てはまる様子のエルシア姉さん。
刃物見てその反応はちょっと怖く、俺と同じ気持ちなのかエルナ顔を見合わせて苦笑いする。
「いずれは私もこのような名剣を持ち、それに相応しい腕前になりたいものだ」
「その理屈だと、俺よりエルシア姉さんの方がその剣が相応しいね」
その剣は『幻獣の庭』を冒険し、とある山を訪れ時に貰った物だ。
相手は暗く深い洞窟に住み、鍛冶だけを時間を潰す趣味として生きる闇の住人。
『幻獣の庭』に居ない筈の人間である俺が姿を見せた時は驚いたようだが、何度か作業場を見に行っているうちに『物好きな人の子だ。これでも持って行け、お代はたまに使い心地を聞かせるだけで良い』と言って剣をくれたのだ。
……くれたのは、剣だけじゃないけど。
「人の物を欲しがるほど幼くはない。それにこの剣は主を君としている、そんな気もするな」
「わたしもそう思います。何だか、お兄様の手にある時は、より一層美しい輝きを放っているような気がします」
姉妹の言葉にそんなものかと思いながら、剣を返してもらい小箱に仕舞う。
その後は三人で昼下がりの午後をお茶で楽しんだ……更にそのあと、しっかりとしごかれたが。
□
翌日、昼下がり。
さて、今日は王都の散策だ。異世界の街に来たと言うのに、まだ城と家と冒険者ギルドしか行っていない。
折角、王様に観光しますよ宣言しているのだから、色々見て回ったって良いじゃないか。
常識も相場も文字も判らないやつがアホ言うな、と言われても文句言えないけど。
グラリオースは東西南北の四つの区画に大分されていて、それぞれを東街、西街、南街、北街と呼ばれている。
各街には多少の特色があり、北街は他国の玄関口となっている事から宿屋が多い。
南は冒険者ギルドがあるからか冒険者向けのお店が多く、東は職人の作業場、西は貴族向けの高級店や屋敷が多い。
俺は西の貴族区画のリングナード邸から、南の商店が立ち並ぶ大通りにやってきた。
冒険者向けの店が多いと聞いただけあって、武器や冒険者向けの雑貨を扱うお店が彼方此方にある。
映画の中に入り込んだ様な、奇妙な昂揚感を覚えるな。
どうせ目的なんてないんだ、この昂揚感に任せるまま適当に入ってみるか。
手始めに入ったのは薬を扱っているお店。
やや薄暗い店内には植物や硝子瓶に入った液体などが雑然と置かれている。
「アンタ、お客さんかい? 買う気が無いなら帰っておくれよ」
奥のカウンターにローブを目深に被った老女が、こちらを一瞥だけして言う。むぅ、一軒目から冷やかし止めろと言われてしまった。
しかし引き下がるのも何なので、カウンター近くにまとめて置いてある硝子瓶に入った、濁った緑色の液体を一つ手に取って聞いてみる。
これ、中身の液体に見覚えがあるような気がするんだよね。
「店主、これは何か聞いても?」
「見りゃ判るだろ、回復薬に決まってる」
回復薬て、こりゃまた定番だな。
「回復薬って、飲んだら傷が治る魔法薬の事?」
「それ以外に何があるのさ」
即答されてしまった。
「これ一本で幾らするのかな?」
「下級回復薬だからね。銀貨三枚だよ、そこに値段が書いてあるからよく見な」
すんません、文字読めないんです。
言葉は話せるんだから、文字も読めるようにしてほしかったな。
それにしても下級回復薬という事は、効果は回復薬の中でも低い方なんだろう。それで銀貨三枚、一月は暮らせる額と言う事は結構なお値段だ。
だが、カウンター前にまとめて置いているという事は、需要は高いのだと思う。
「アンタ、貴族様かなんかだろうけど、冷やかしなら帰え――」
「これの買い取りの査定ってやってますかね?」
最後まで言わせず腰の革袋に手を突っ込み、取り出した小瓶をカウンターに置く。
実際は革袋の横の『妖精の小箱』から出したのだが、似たようなアイテムボックスの魔法具も相当に高価なものらしいので、気軽に使うのは防犯上よろしくない。
そこで小箱から出している様に見せない為の、言わばダミーという訳だ。
小瓶の中身は回復薬と同じ緑色の液体だが、こちらは濁りのない上に薄らと燐光を放っている。
炭酸のないメロンソーダみたいな色合いだ。
「アイテムボックスの魔法具かい。そんな物を持ってるなんざ、随分な伝手と金が……ちょっと待ちな、こりゃなんだい」
「何って、回復薬(……だと思うんだけど)」
濁りもないし光っているので自信は無いが、多分回復薬と同じ物のはずだ。
ラヴィア姉さんが『幻獣の庭』を冒険する俺の為に用意してくれたもので、目薬サイズの容器でも飲めばどんな大怪我でも瞬く間に完治する優れもの。
幾らでも用意できるとかで遊びに行く度に渡され、まだ小箱には大量に在庫がある。
店主は俺の了解も取らずに蓋を開けると、スポイトで一滴だけ取って幾つかの測定機器にかけると溜息をついた。
「アンタ、こいつの価値が判ってないのかい? そうさね……買い取りで金貨で十枚ってとこさね」
金貨十枚!? 待て待て、銀貨一枚で十日暮らせるなら大雑把に考えて一万円とする。
銀貨二〇枚で金貨一枚なら二十万、それが十枚だから……二百万!?
「こんな特級回復薬、数える程しか扱った事ないよ、わたしゃ。大抵は上級貴族やら王族やらが錬成した段階で買い占めちまうからね」
……今まで気軽に使ってたけど、どんだけ凄い物なんだ。
「で、こいつを売ってくれんのかい? これだけの品質なら、売り手には困らないからね」
小箱の在庫を売り捌けば大儲けできそうだが、見せた一個だけ売る事にする。
やり過ぎると悪目立ちしそうだし、ラヴィア姉さんが俺を心配して用意してくれた物を換金するのは気が進まない。
もっとも本人に聞いたら『お好きなようにして構いませんよ? そんなことより、猫屋の羊羹を忘れずに持ってきてくださいね』とか言いそうだけど。
出された十枚の金貨の内、九枚だけ取ってからから革袋にしまう。
店主はその行為に眉を顰めて見てくる。
「どういうつもりだい?」
「何が? 俺はただ色々と雑談がしたいだけだよ、物知らずだから。だけど物知らずって周りにバレるのは、ちょっと恥ずかしいからね」
つまり、金貨一枚分は口止め料と言う事だ。
回復薬の買い取り価格だって足元見てるかも知れないし、口止め料としては充分な筈だ。
「ふん、物知らずの割には変に世慣れてるね……いいさ、何が聞きたいんだい?」
胡散臭そうに見られたのは一瞬、店主は金貨を素早くしまって聞きの体勢になる。
店主に聞いたのは冒険者が良く使う薬の種類、薬の原料となる各種植物の事などだ。
面白いのが回復薬の原料になる霊薬草と呼ばれる植物で、魔力が濃いとされる土地でしか育たないと言う。
時たま人里離れた山や森の中で自生しているのを持ち込み者がいるが、ほとんどは国が管理している土地で栽培されているのだそうだ。
現物を見せて貰ったのだが……めっちゃ見覚えあるな、大きな四つ葉のクローバーみたいな植物。
『幻獣の庭』の森とか山だと、雑草かと思うぐらいの勢いで生えている。
ひょっとして俺の言う『マナ』って、この世界で言う所の『魔力』とイコールで繋がれてるんじゃないだろうか?
『幻獣の庭』は魔力で溢れているから霊薬草が至る所に自生しているし、この世界にも『魔力』がある程度あるから、霊薬草や魔法も存在していると。
うん、なかなか有意義な話が聞けた気がする。
礼を述べて店を出ようとすると、包帯や止血剤や解毒剤と言った細々とした物を押し付けられ、「また来な、今度はお茶ぐらい出してやるよ」と言われた。
口止めとお喋りの内容にしては、金貨一枚分は多すぎると言う事だろうか。なかなか律儀な人だ、次の機会があれば寄らしてもらう。
次に魔法具のお店へと入ってみる。
中は本や杖、水晶や装飾品といった物が置かれているが、全て魔法の品なんだろか?
「いらっしゃ~い……ありゃ、お客さん。見ない顔ですね~、初めてさん?」
奥のカウンターに座っているのは……幼女? 十二、三ぐらいの歳の栗毛の女の子が店番していた。店主の娘か何かだろうか?
あるいは実は百歳超えてる合法ロリとか?
いやまぁ、興味ないけど。
「初めてだけど、そんなの判るのかい?」
「黒髪黒目なんて見た事ないですよ~」
ああ、それなら確かに。
にしても、何だか間延びした話し方をする子だ。
「何かお探しですか~?」
「そうだな……アイテムボックスの魔法具ってある?」
「お客さん、運が良いですね~。今日一個だけ入荷できたんですよ~」
相場を聞いてみたいだけなんだけど、現物があるのか。
「金貨百枚です」
「無理」
考える前に即答していた。
何だ金貨百枚って、二千万って事か!?
取り敢えず現物だけ見せて貰ったが、ボックスと言う割に金の刺繍がしてる黒袋だった。
似たような外見の袋を縫って、ダミーに持っておくのも良いな。
「そう言えば、魔法を覚えられる魔導書も扱っているかな?」
エルシア姉さんに聞いたところ、この世界では各魔法ごとに魔導書と呼ばれる物があり、それを見て学べば適正次第で覚えられるらしい。
ラヴィア姉さんの講義では無理だったが、この世界の魔法体系ならひょっとして覚えられるかもしれない。
「ありますよ~? でもお客さん、魔導書買うの初めてですか~?」
「そうだけど、何か問題あるのかな?」
「魔導書は魔力を持っているお客さんにしか売れない事になってるので、測定にご協力して貰っても良いですか~?」
間延びした声を出しながら、四角い石の台座の様な物を指す。
赤い台座の中央には手形の模様があり、そこに手を置けば魔力量を計測出来るのだと説明される。
魔力は誰でも持っているが、魔法を発動させるのは魔力量が一定水準に達している必要がある為だとも言われた。
「それじゃ一つ、測ってみますか」
かる~い気持ちで台座に手を置く。
この世界の基準では知らないが、『幻獣の庭』ではラヴィア姉さんはおろか、出会ったほとんどの存在の足下にも及ばない魔力量なのだ、俺は。
この世界でも大した事は――
「おお! お客さん凄いですね、これだけの量はなかなか……あれ、まだ上がりますよ~?」
あれ?
「ど、どんどん上がっちゃってますよ!? は、針が振り切れそうですーーっ!?」
あっれ~~?
店番幼女の声に合わせるように台座が独りでに震え始め、ガタガタと大きな音を鳴らす。
本能的にこれ以上は危ないと思い、慌てて手を離すと台座は少しずつ静まり動かなくなった。
「……」
「……」
「……お客さん、人間さんですか~?」
「……その筈、だけどね~」
何となく会話が白々しい。
店番幼女が言うには、俺は最低でも一流の魔法使いの十人前の魔力量があるそうだ。
……んな馬鹿な。
あれか、ひょっとして異世界に来た事による主人公補正……ないな。
自分の魔力量の増減くらい判る。
だとすれば、考えられるのは『幻獣の庭』で魔力を増やす訓練をしたくらいしか思いつかない。
魔力は筋トレと似ていて、ギリギリまで消費すると回復する際に魔力量の上限が増えることがある。
マナ=魔力で満ち満ちた『幻獣の庭』での訓練は、こちらの世界の常識を越える魔力量を俺に与えてくれたのかも。
そんな事を考えながらも俺は、その場に居づらくなって逃げるようにお店を出た。
俺は俺が思っているよりも、遙かに非常識な存在なのかも知れないな……
読んでくださっている方々、更新の遅くて申し訳ございません。
感想、誤字、駄目だし、要望のようなものでも良いので頂ければ大変うれしく励みになりますので、よろしければ一言お願いいたします。