第四話 新たな姉と冒険者ギルド
4月14日 修正、一部文章追加しました。
「これが”魔法”、こっちが”剣”、そして”家”……」
「はい、その通りです。さすがお兄様です、覚えが凄く早いです」
リングナード邸に来てから数日、俺はエルナから基本的な常識や文字を教わっていた。
小箱に入れていたノートや筆記用具で教わった大陸語を書き、その横に日本語で同じ言葉を書き込む。
自作の辞書と言う訳だ。
何故か言葉は通じるのに読み書きは出来ない為、日々の勉強は必須。
――英語も苦手なのに、今更別の言語を覚えるのはしんどいな。
先生が可憐な少女、言葉に不自由しないのが救いだ。
「さあ、共に冒険へと赴くぞ弟よ!」
と、思っていたら拉致られた。
相手はエルシア・リングナード、二十歳の女性で亜麻色のポニーテールにこげ茶の瞳、しなやかな雌豹を連想させる雰囲気。
……俺の新しい姉、しかも革鎧を着てと剣を携えている。
纏う色彩はエルナと一緒だが、雰囲気は中性的な宝塚っぽい感じ。
庭先のテーブルに居たのに、あれよあれよと言う間に屋敷の外へ強引に連れ出されてしまった。
「楽しみだな、姉弟で冒険者として名を上げるのが夢だったのだ。エルナは妹で大人しいから、とっくに諦めていた夢だったのだがな」
「取り敢えず冒険者って何かを、弟に説明するところから始めませんかね。ええと、エルシアさん」
「他人行儀だな、家族になったというのに。それに呼び方はお姉様か姉上で頼む」
ああ、この人も子爵一家の血筋だなと思いました、まる。
「エルシア姉さんで一つ」
「むぅ、仕方あるまい。お姉様呼びはもっと姉弟としての仲が深まるまで楽しみにとっておこう」
そんな会話をしながら石畳の大通りを歩く。
町並みは石造りや木造りの家屋が整然と並んでいながらも、商店や露店に人が集まり活気があって盛んだ。
それでいて建物は綺麗でゴミも少ないし、衛生観念はしっかりしているらしい。喜ばしい事だ、昔の西洋では糞尿を歩道に垂れ流しとか聞いたことあるし。
人種も様々と言うか、明らかに人でない種族もいる。
大抵は西洋人種のようだが漫画のように猫耳や犬耳や尻尾がある者が居る。
人間と変わらない容姿の者も居れば、ほぼ獣様な顔、あるいは人と獣の中間のような顔立ちの者も。
……尻尾とかモフモフしてみたいが、いきなり行って『尻尾モフモフさせてください』とか言ったら断られるだろうな、きっと。
「冒険者とは一口に言えば何でも屋だな。植物や鉱石の採取、魔物の退治や捕獲、商人などの護衛、ダンジョンの探索……内容は多岐に渡る。冒険者ギルドは国とは協力関係にあるが、独自の組織として各国に展開している」
「本当に何でも屋と言うか、便利屋と言うか……」
サブカルチャー的にはよくあるものだけど、いざ自分がと思うとその内容に節操の無さを感じる。
だが、俺の様な手に職も常識も持たない者がお金を稼ぐには一番手っ取り早い手段である。
あまく国に頼り過ぎると後が怖いし。
「確かにな。しかし、冒険者の存在が各国を支えているのは事実だ。もっとも、冒険者の本場と言えばラビネスだが」
ラビネス、ラビネス……ああ、迷宮国家ラビネスか。
子爵から聞いたんだった。
「さっき冒険者の仕事にダンジョンの探索があるって言ったけど、そのラビネスがダンジョンの本場って事?」
「言葉遣いが砕けてきたな、良い傾向だ」
まぁ相手が気にしないなら、俺もその方が楽だ。
「君は知らないだろうが、ダンジョンとは迷宮、巣、遺跡の三つを総称した際の呼び方だ。ラビネスはこのうちの迷宮が有名なのだ。三つの違いについての説明は聞くか?」
「お願いします」
「巣は魔物の親玉が洞窟や廃坑に陣取り、己の眷属を呼び寄せる固まる事だ。昆虫系の魔物だと自ら穴を掘ったり、泥や土などで巣を造り上げたりもする。いずれにしても、優先的に排除する対象だ」
蟻の巣や蟻塚の様なものを想像していれば良いのだろうか?
確かに町とか村の近くにそんなものを作られたら、危険な事この上ない。
「遺跡は古代の魔法文明の跡地だ。このグラスは特に多くの遺跡が見つかり、南の未開地にもまだ多くの遺跡があるとされている。遺跡の出土品は有用でな、その研究成果により様々な恩恵がこの国にはもたらされている」
「水道とか灯りの事か……」
驚いた事にリングラード邸には上下水道も電灯(正確には魔力で灯す魔灯)もあった。
これらは魔導具と呼ばれ、今普及しているのは所謂上級階級ぐらいらしいが、何代もしないうちに国全体へ広げる方針らしい。
古代の遺跡が多く、またその解析による技術の発展によるグラス王国が他国より優れている点だとか。
日本を振り返れば判るが、技術って言うのは確かに高く売れる。
「最後に迷宮だな。迷宮では魔核や魔物の素材が産出する。個人的な意見を言わせてもらえば、迷宮を目指さない冒険者は冒険者に有らず、だな」
「迷宮って前の二つ、遺跡と巣とどう違うんで?」
「迷宮は最深部にある迷宮核が生み出すとされている。この迷宮核がどうやって生まれ、何処からやって来たのかは不明だ。一説には太古に砕け散った邪神の肉片が変貌したものだと話もあるが」
「そりゃまた、おっかない話で……」
邪神ってまた嫌な単語が出てきたな。
頼むから復活フラグなんて立ててくれるなよ。
「迷宮で出現する魔物の傾向や階層の深さは迷宮毎に違うが、共通しているのは倒した魔物から魔核が取れると言う事だ。一度迷宮から出て外の世界に根付いた魔物は、あまり魔核の質が良くないらしいからな」
「……その魔核って、重要な物?」
「当然だ、魔核を加工すれば魔晶石となる……つまりは、魔導具の動力となるわけだ。他にも様々な用途があるな」
異世界へ来ることになった元凶の装置も、魔石を動力源にしていると言っていた。
帰る為には迷宮へ潜る必要もあるかもしれない。
「そのラビリスって言うのは、迷宮国家って言うぐらいだから迷宮の数が多かったするのか?」
「多いな。現在では大陸に八つ程度だと聞いているが、うち五つがラビリスにある。しかも、未だ踏破されない上に同じ地に密集しているのだ」
「うっわ、確かにそれは凄い」
「魔核も魔物の素材も高額で売れ、功績によっては騎士や貴族に叙される事もある。危険でも集まる冒険者が後を絶たないと言う訳だ」
なるほど、冒険者のメッカと言う事か。
どうせ手掛かりを探しながら大陸中を見て回るつもりなのだ、候補の上位に入れておこう。
それにこう話をしていても、周囲の人々や建物は本当に見ているだけでも面白い。
「先程から、随分と熱心に周りを見ているな」
「そりゃま、別の世界の出ですからね。見るもの聞くもの珍しい物ばかりだし」
俺の返答にどうしてか、少し思案するようにエルシア姉さんが俯く。
「こうして連れ出してしまってから言うのもあれだが……君は本当に冒険者になって良いのか?」
「え、どうして?」
「冒険者と言えば危険と隣り合わせだ。そして君は行ってみれば被害者のようなもの、無理して自分から危険に飛び込む必要もあるまい。すぐには無理だろうが、国の調査を安全な場所で待つのが君にとって良いのではないか?」
俺を屋敷から連れ出した時とは打って変わって、落ち着いた思慮深い雰囲気を漂わせながらそう聞いてくれる。
エルシア姉さんの言う通り、自分の安全を第一に考えるならわざわざ自分で冒険者になる必要は無いんだろうな。
一応国王から、手掛かりを探してくれると言質は取っている。
「だって、それじゃつまらないじゃないですか」
「……つまらない、か?」
「ええ、つまらないですね。だってここ、別の世界っしょ? 異世界って事。そんな未知の場所に魔法なんてものが当たり前にあって、見たことない人や物が山の様にある。それだって、ここにあるのは世界から見ればほんの一部でしかない」
かつて『幻獣の庭』を走り回っていたが、歳を重ねるにつれてそれも難しくなってきた。
幼稚園、小学生、中学生、高校生……大きくなるごとに学業や学校行事が多くなり、気軽に遊びに行く事も出来なくなってきていた。
好奇心が萎んだ訳じゃない、見たいものはまだまだ沢山ある。
そんな折に今回の異世界転移事故だ。
良くも悪くも俺は柵から一度、解放されたともいえる。
「見たい物、やりたい事が多すぎて困ってるくらいなんですよ。でもその為には冒険者になるのが一番手っ取り早い……多分だけどね。だから多少危険な事があったとしても、あくまで自己責任で誰を恨んだりもしませんよ。だから俺に冒険者の事、色々教えてください」
俺を突き動かすものは、初めて『幻獣の庭』の扉を開いた時から変わっていない。
あの時からこの胸でずっと燃え続ける、衰える事の無い好奇心だ。
――目的と手段が入れ替わっているという突っ込みはナシで願いたい。
「……ふふふ、そうか、君はそういう人間か。なるほど、君となら仲良くできそうだ。改めてよろしく頼むぞ、弟よ」
俺の回答をお気に召したのか、エルシア姉さんが笑顔で手を差し出してくる。
応える様に自分も手を差し出し、固く握手を交わした。
「おっと。丁度話も一段落着いたところで、冒険者ギルドに到着だな」
そこは三階建て程の周りと比べて広く高い建物。
看板に盾の前で交差する剣と杖のマーク、これが冒険者ギルドのシンボルマークだろうか。
中に入ると、まず鎧を着て剣や槍を持った男女が目に入る。
それからカウンターやテーブル、奥の方に売店の様なものもある。
他には多数の紙が貼り付けてある掲示板などだ。
「俺、場違いな気がする」
流石にもう学生服ではないが、用意された黒のズボンにワイシャツに似た服、その上に赤いベストだ。
「しまった、浮かれ過ぎてて君の装備を整えるのを忘れていたな……まぁ、別に後で選んでも問題ないだろう、うん」
「うん、じゃないよ。恥ずかしいのは俺なんだけど?」
「すまない、彼の冒険者登録を頼む」
き・け・よ・!
「はい、かしこまりました。身分証はお持ちでしょうか?」
エルシア姉さんの事は諦め、カウンターに座る制服の受付嬢に金属のプレートを差し出す。
国王より即日発行された身分証だ。
残念な事に文字は読めないが、タツヤ・リングラードと書いてあるはず。
「はい、タツヤ・リングラード……あれ、エルシアさんの縁者の方ですか?」
「そうだ、昨日家に養子として来た。今日からは姉弟で冒険者という訳だ」
「そうですか、頑張ってください。では、冒険者証を発行いたしますね」
エルシア姉さんと受付嬢は顔見知りなのかそんな会話を交わした後、受付嬢は奥に引っ込んでしまった。
少しして戻ってくると、その手に銅色のカードの様な物を持っていた。
「こちらがタツヤさんの一つ星の冒険者証になります。紛失いたしますと再発行に時間が掛りますし、評価にも影響致しますのでご注意ください」
「判りました」
受け取る銅色のカードには文字と、背景に☆のマークの様なものが刻印されている。一つ星と言うのはランクだろうか?
ミシュランの格付けっぽいな。
「最後にこちらに署名願いますか?」
「えっと、代筆でも良いですか?」
「何だ、書けないのか?」
そんな俺の代わりにエルシア姉さんが、辞書の様な分厚い本に名前を記入していく。
「はい、これでタツヤさんの登録は終了ですね。こちらの本は魔本の一種で、記入された名前は各支部にある本でも確認できるようになっております。つまりタツヤさんの冒険者証は、今すぐにでも各国の冒険者ギルド支部でご使用になれます」
何と、ただの分厚い本と思っていたらそんな機能が。
「これよりタツヤさんは冒険者として活動可能な訳ですが、基本的な説明をお聞きになりますか?」
「ええ、お願いします」
というより聞かない人っているのかな?
もしかしたら、説明書を読まないタイプみたく説明聞かない人もいるのか。
「かしこまりました。まずは冒険者証のランクについてご説明いたします。冒険者証には功績に応じて五つのランクに分けられ、冒険者証の材質もそのランクに応じて使われるものが違います。タツヤさんの物は最低ランクの一つ星、材質は銅になります」
銅色っていうか、まんま銅だったのか。
「二ツ星だと鉄、三ツ星で銀、四ツ星で金。最高ランクの五ツ星の冒険者になると、ミスリル製の冒険者証となります」
「ミスリルですか」
「ええ、大変貴重な鉱石です」
大変貴重……ね。
「受けられる依頼は一ツ星の間は掲示板に貼ってある、買い取り素材の持ち込みのみとなります。二ツ星、三ツ星と上がって行くに連れて、魔物の討伐任務や護衛任務などを受けられるようになりますので頑張ってください」
「判りました。ところで、迷宮や遺跡に入るのにも何か許可とかランクとか必要になりますか?」
「未発見の遺跡でしたら許可などは不要ですね。迷宮に関してもこちらから斡旋する仕事と違い、完全に自己責任となりますのでランク問わず挑戦できます」
確かにギルドの斡旋する仕事は依頼人への責任が生じるから、ギルド側も誰それと紹介は出来ないだろう。
それと違って迷宮は勝手に入るだけだから、どうなろうが自己責任と言う訳だ。
「説明は以上ですが、他にお聞きなりたい事はございませんか?」
「特にないですね」
あったらエルシア姉さんに聞けば良いわけだし。
「かしこまりました。ところで、初心者の方は三日間の初心者講習が受けられますがどういたしますか?」
「必要ないな。私が実地も交えてしっかり教え込もう」
「なるほど、それはご愁傷さ……ご安心ですね」
待て。いま『ご愁傷様』って言おうとしなかった?
「それでは最後に賞罰の確認をさせて頂きますので、彼方のカウンターへどうぞ」
言われたカウンターへ行くと、青い布地に金の縁取りがされた貫頭衣を来た人が居た。
エルシア姉さん曰く法神ローズの神官らしい。
青の法神ローズ
赤の戦神ファイティス
白の癒神メデュア
緑の旅神ビジュネラ
この世界の四柱の神だとエルナから習った。
法を司るのがローズ、戦いがファイティス、癒しがメデュア、旅人と商売がビジュネラ。
これらの信徒達はの信仰する神の力で、己の魔力を消費して信仰魔法を行使する事が出来るらしい。
信仰魔法は治癒や解毒といったゲームでの回復魔法の様なものらしいが、高位の信仰魔法になるほど信仰する神の特色が出るのだとか。
その一つが法神ローズの神官が使う、賞罰を確認する賞罰確認の信仰魔法。
ローズの神官によって賞罰を確認されるが、勿論俺はパスした。
そもそも異世界人の賞罰をチェック出来るのか疑問だが、わざわざ突っ込む必要もないので黙っている。
関係ないが信仰魔法を行使する為には魔力が必要だが、高位の信仰魔法を使う為にはより強い信仰心を力に変えるのだとか。
そして、高位の信仰魔法を使う者ほど組織の上に立っている。
……凄いな異世界の宗教団体は、組織の上の方に行けば行くほど人格者がいるらしい。
そうじゃない者は高位信仰魔法使えないし、汚職が入り込まないある種の完璧なシステムかも知れない。
それはさておき神官に丁寧な一礼を受けた後、エルシア姉さんに促されて奥の掲示板を見に行った。
早速何か受ける気かい。
「ふむ、一ツ星の仕事とは言え姉弟の門出に相応しいものにしたいな」
「俺まだ字はおろかお金の単位も知らないのに……」
貨幣すらちゃんと見た事な無いんだけど?
来る途中の露店で銅貨でやり取りしていたのはチラ見したが。
「そう言えば……俺が一応貴族て知っても特に驚かなかったな、あの人。貴族が冒険者って変じゃないのかな?」
「貴族の冒険者は今時珍しくないからな」
領地を持たない下級貴族や家督を継げない次男や三男に多いらしい。
冒険者として功績を上げてそれが国に認められれば、新たに家を興す事を認められる事もある。
後は単純に仕事が無かったり、冒険者と言う仕事に夢と野望を持っていたり。
小国だと王女が冒険者をやっているところもあるとか。
なるほど、それならエルシア姉さんが冒険者やってても不思議じゃない。
「ところでエルシア姉さんのランクは?」
「四ツ星だな」
そう言って俺に見せるのは金色に輝く冒険者証。
綺麗に磨かれたそれが放つ輝きは、ありがたみがあるような気さえする……成金のクレジットカードみたいとか、ちょっとだけ思うが。
「おお、凄い」
「冒険者のランクは一ツ星で初心者、二ツ星で見習い、三ツ星で一人前、四ツ星で一流、五ツ星で超一流と言われている。差し詰め私は一流の冒険者と言う事だな……まぁ、私一人の功績ではないが」
「一緒に組んでいる仲間が?」
だとすれば後から俺みたいな低ランク混ざるのは、問題の種になりゃしないか?
「組んでいた、だな。少し前の仕事でリーダーの剣士が怪我をして、それを切っ掛けに魔法使いと結婚して故郷に戻ってしまった。神官は助祭への誘いが有ってな、こちらを気にしていたが送り出してやった。それでまぁ、私一人になった訳だ」
それは何とも……タイミングが良いのか悪いのか。
「四ツ星ともなるとアチコチから引っ張りだこなのだが、どうにも合わない連中ばかりでな。君が来てくれて助かった。冒険者に成り立ての君を監督するという大義名分も立つし、姉弟で名を上げるという夢も見られるからな」
「ははは……お手柔らかに」
エルシア姉さんは行動はともかく美人の部類で、子爵の長女だ。
取り入ろうとする輩は確かに多いだろうから、新しい姉の役に立ったと思えばいいか。
「さて仕事を選ぼうか。このホーンラビットの角五匹分と言うのはどうだ? 報酬は銀貨二枚、悪くないな」
「報酬の良し悪しも分からないんだけど」
そこで聞いてみると、貨幣は全て大陸硬貨と呼ばれる全国共通のものを使うらしい。
銅貨、銀貨、金貨の三種類があって、銀貨一枚で慎ましく暮らせば十日は持つぐらいの価値はあるそうだ。
銅貨百枚ほどでおおよそ銀貨一枚と等価、金貨一枚に対しては銀貨が二十枚ほどで等価になると言う。
相場は年毎に産変わる事もあるそうだが、それなら確かに報酬の銀貨二枚と言うのはなかなかの額だ。
つまり、それだけ集めるのにリスクを伴うと言う事だろけど。
「ホーンラビットなら私一人でも充分だ。今日は君は見学しているだけで……」
ガラスの砕ける破砕音。
その音に言葉を止めたエルシア姉さんと俺は、発生源の方に目を向ける。
そこには床に砕け散ったジョッキと倒れる猫耳少年と、椅子に座って手を振り払った体勢の男。
「何するのよ、この豚野郎!」
失敬、猫耳少年じゃなくて猫耳少女だ。
ショートカットで後姿だったから誤認してしまった。
「てめえがいつまでもうるせえからだろうが!」
対する男はくたびれた鎧を着た、中年一歩前ぐらいの風体。
気持ちよく飲んでいた風だけど、ここギルドなのに飲食も出来るのか?
お酒は出さない方が良いと思うけど。
「アンタがわたしの苦労して倒したブラックファングを横取りして、証明部位を持ち去ったからでしょ!」
彼女の言い分は、討伐依頼が出ているブラックファングとやらを森で苦労して退治した。
しかし、いざ証明部位を剥ぎ取って帰る途中、王都の近くで背後から何者かに襲われて気絶したそうだ。
そして気絶の前に見たのが、その男らしい。
「(これどうなの、エルシア姉さん?)」
「(有り得るな。あの男はこの辺りの冒険者から禿鷹呼ばわりされるほど、働き以上の成果を要求し、下の者から理不尽に奪い取る愚か者だ。最近は周囲から疎まれ仕事も回されなくなっていたから、何かやらかしても不思議じゃない)」
話の心象だけで言うなら禿鷹さんは有罪だね、ギルティ!
「まったく、俺様は自分でブラックファングを倒して、証明部位を持ち帰ったんだ。剥いだその足でここに直行して、な。てめえこそ俺様の成果を横取りしようとするんじゃねえよ、クソガキが!」
「な、なんですって!?」
互いの言い争いはヒートアップする。
エルシア姉さん曰く荒事専門のギルド員がここには常駐しているので、すぐ来るから止めなくとも良いとの事。
……だったが。
「ったく、うるせえよ!」
「おい、待て!」
イラつきが我慢を超えたのか、禿鷹が腰の剣に手を伸ばしたのを見て慌てて口を挟んでしまった。
周囲の視線が突き刺さり、やっちまったと思いながら仕方なく少女と禿鷹の間に割って入る。
だって少女は床に倒れた体勢のままだったから、剣とか振り回されたら避けられないだろうし。
「何だてめえは! そこガキの仲間かああぁん!」
「ただ通りすがりですよ。ですが、暴力はいけないなと思って」
「はん、見ない顔だが良い服着てんじゃねえか。大方箔を付ける為に冒険者になったお坊っちゃんだろ」
中らずとも遠からず、かな。実質二日の俄か貴族だが。
「とっとと消えろガキ。それともお家のパパとママに泣きつくか? 貴族のえらーい僕が、屈強な冒険者に苛められた~ってよ!」
ぎゃははははは、と品無く笑う禿鷹を見て不快感が過る。
次に感じたのは、怒り。
まだ家族になって丸一日程度しか経ってないが……どうしてだろうな、俺はともかくあの一家も馬鹿にされたと思うと、怒りがこみ上げてくるのは。
「一つ、聞いても良いですか?」
「あん? なんだ?」
「確か証明部位を剥いで、直接こちらに持ってきたと仰いましたよね?」
「それがどうしたよ」
「途中で寄り道などはしていませんか? 宿屋とか、水辺とか、着替えたりは……」
「してねーよ! さっきから言ってるだろう、俺様は直接此処に来たってな!」
踏ん反り返って偉そうに答える禿鷹……馬鹿が、俺の質問の意図を何も判っちゃいない。
周りの冒険者はなるほどと呟きながら頷く者も居るというのに。
「おかしいですね、それならなんで貴方の服に血の一滴も付いてないんですか?」
「へ?」
「剥いで直接来たなら、血の一滴ぐらい付いていも良さそうなものですけどね」
「いや、それは……」
さっきまでの偉そうな態度は何処へやら、途端にしどろもどろになる禿鷹。
「それにブラックファングは森に居たのに、服も靴も妙に綺麗だ。本当に森まで行ったんですか?」
禿鷹の格好はくたびれてはいるが、新しいと思われる汚れはほとんどない。それこそ、都の中にでもずっと居たかのように。
「ふ、服は着替えたんだよ! 文句有るか!」
「有りますよ、さっきと言ってる事が違う。それから、ブラックファング退治や剥ぎ取りに使った道具も見せてください。使った痕跡や毛の一本ぐらいはあるはずですから」
……ブラックファングとか言うのに毛があるか知らんが。
「う、うるせえーーーっ!」
元々短気なのか、叫び立ち上がりながら腰から剣を抜こうとする禿鷹。
「ったく……身体強化Ⅰ」
そう呟くと同時に、体中に力が漲るのがわかる。
その力の滾りに任せるまま、素早く踏み込み禿鷹の剣を抜いた手首を掴む。
「え、な、あんだ? くそ、離せこのガキっ!」
禿鷹は空いた手も使って俺の手を外そうとするが、ピクリともしない。
ま、俺よりガタイも良いし、『素の状態』の俺なら簡単に抜け出せるだろうね。
今は無理だけど。
「さってっと、俺は剣で斬られそうになった訳だし、仮に反撃しても正当防衛って事だよね」
「ああ、その通りだ。私が保証しよう」
すぐ後ろからエルシア姉さんが周りに聞かせる様に言ってくれる。
周囲の冒険者や受付嬢も見てるはずだから、これで遠慮なく……
「それじゃ……吹っ飛べハゲ!!」
無防備の腹に蹴りの一撃。
禿鷹は後ろに吹っ飛びながらテーブルを巻き込みつつ壁に激突して沈黙した。
……あ、ごめん。禿鷹だからついハゲって言っちゃった。剥げてないのに。
「うむ、見事な一撃だ」
パチパチと拍手するのはエルシア姉さんに、つい文句の言葉が。
「途中で助けてくれても良かったんじゃないの、エルシア姉さん?」
「君の実力がわからなかったからな。剣を抜いた時はすぐに手を切り落とすつもりだったが、君の方が早かったんだ」
……禿鷹、俺に感謝しろ。
「それはもういいや……君、大丈夫?」
「え、その……ありがとう」
今だ床に座り込んでいた少女に手を差し伸べ立ち上がらせる。
少女は禿鷹の吹っ飛んだ様子に驚いたのか、やや放心状態が。
俺がどう見てもそんなことが出来るようには見えないだろうし。
猫耳少女は十五歳くらいで薄い金髪のショートカット、瞳は宝石を思わせるブルーアイ。
ピンとたった三角の猫耳も、細長い尻尾も含めて結構可愛い。
助けたお礼に耳とか尻尾とか触らせてくれないかなと思っていたら、猫耳少女が耳と尻尾をピンと立てて警戒態勢に。
「あっ!」
彼女が小さく叫びその視線が俺からズレて後ろに向けられた。
釣られて振り返ると、テーブルや椅子の間から立ち上がる禿鷹の姿が。
しっかりと抜刀なさってるや。
「あらま、手加減し過ぎたか」
内臓破裂とか嫌だから、ちょっと手を抜き過ぎたかも知れない。
『人間相手』の経験値が無い事が災いしたか。
「し……死にやがれ糞ガキーーーっ!」
剣を大きく振りかぶり突進してくる禿鷹に向かって、庇って前に出ようとするエルシア姉さんを左手で制しながら、右手で腰の辺りに手を伸ばした。
ちゃ~んと持って来てた、『妖精の小箱』に。
「身体強化Ⅱ」
虚空に消えた右手で目的の物を掴みながら、禿鷹の振り下ろされる剣に合わせて右手を振り抜いた。
キィン、と一瞬だけ響く金属音。
周囲の視線を集めたのは三つ。
一つは刃が折られた禿鷹の剣、二つ目はギルドの壁に突き刺さった折れた刃。
三つ目は……俺の持つ青みがかった銀色の剣。
「み、ミスリルの剣……?」
ああ、やっぱりこれってミスリルなのか。
『幻獣の庭』のミスリルとこの世界のミスリル、同じものか知らなかったけど。
それにしても刃が折れるとは予想外だ、余程のなまくら使ってたようだな。
「さ~て、アンタはどうしてくれようか」
「ひ、ひぃ!」
自前の剣を折られて呆然としていた禿鷹は、そこで我を取り戻し腰を抜かしながら後ずさりした。
「悪いけどさ、俺って人斬った経験って無いんだよね。でも冒険者をやる以上、盗賊とか人を相手にする必要も時にはある訳だろ? いきなり実戦って言うのも怖いからさ……」
剣を突きつけながら、ゆっくりと焦らすように距離を詰めつつ、出来るだけ冷たい声を出して続ける。
「――アンタで練習、しても良いかな?」
正当防衛だしね、と付け加えて微笑みながら禿鷹の首筋に刃をあてる。
すると禿鷹は目に涙を溜めてアワアワし出した。
いやま、経験が無いは事実だけど殺さないよ?
ここで存分に脅しておいて、仕返しする気なんて起きないようにしておくだけだから。
――だが、人生なんて上手くいかないもんだ。
「さあ、そこまでだ。その喧嘩、俺が預からせてもらおう」
唐突に現れた一人の男によって、中断させられたしまったのだから。




